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日本の湿気の中で、ドライガーデンをやるということ
アガベやユッカが苦手なのは乾燥ではなく、日本の梅雨の多湿だ。地面を20〜30cm盛って高植えにするという、見た目のセンスより先にある地味な排水設計の話。
ドライガーデンという言葉には、いつも少し宣伝の匂いがつきまとう。「水やりという作業から解放される」「植物との対話が生まれる」。聞こえはいいが、実際にやってみると、最初にぶつかるのはロマンではなく排水の問題だった。
アガベやユッカのような乾燥地帯原産の植物は、もともと水資源の乏しい土地で進化してきた。だから乾燥には強いが、それは「多湿にも強い」ことを意味しない。むしろ逆で、日本の梅雨と夏の高湿度は、彼らにとってはむしろ苦手な環境に近い。根腐れさせてしまった、という話をよく聞くのは、この単純な事実を見落としているからだと思う。
排水を設計するという地味な作業
結局、日本でドライガーデンを続けられるかどうかは、見た目のセンスよりも先に、水がどれだけ速く抜けるかで決まる。地植えなら、平らな地面にそのまま植えず、周囲より20〜30cmほど土を盛って高植えにする。これだけで、雨が降ったときに水が株元に滞留しにくくなる。
土そのものも、保水性の高い一般的な園芸土ではなく、赤玉土と軽石・ひゅうが土を多めに、腐葉土は少量にとどめた排水寄りの配合にする。ゼオライトやくん炭を足すという人もいるが、そこまでしなくても、粒の大きい鉱物質を主体にするという方向性さえ守れば大きく外れない。
もう一つ地味だが効くのが、株と株の間隔を詰めすぎないことだ。見た目には寂しく感じるかもしれないが、風が通る隙間を残しておくと、蒸れによる傷みがかなり減る。密植したくなる誘惑に負けないことが、日本でこのスタイルを維持する条件の一つになる。
「手放す」というほど手放してはいない
水やりの頻度が減るのは事実だが、それは「何もしなくていい」ということではない。土の表面が乾いているかを指で確認してから水をやる、という基本は変わらない。カレンダー通りに水をやる庭よりは手間が減るが、観察をやめていいわけではないというのが、実際にやってみた感覚に近い。
季節ごとの手入れも、派手ではないが必要になる。梅雨時は過湿になっていないか、傷んだ下葉が残っていないかを見る。夏は西日の当たり方によって株の位置を調整することもある。冬は耐寒性の低い株だけ、不織布で軽く保護する。どれも「儀式」と呼ぶほど大げさなものではなく、単に様子を見に行く、という程度のことだ。
ドライガーデンが「手のかからない庭」として語られるのを見るたびに、少し違うと思う。手のかかり方が変わるだけで、なくなるわけではない。水を毎日やる必要はなくなるが、排水を最初に設計し、その後も湿気の様子を見続ける必要がある。派手な理由づけをしなくても、それだけで十分に続ける価値のあるスタイルだとは思っている。
