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趣味を選ぶ基準を、他人の反応から動機に移してみる
約束された賞状で、絵を描く時間は半分になった。ただし、この効果がどこまで一般に通じるかは割れている。趣味の選び方を、報酬・予測・過去の行動の研究で確かめ直した。
心理学には、外発的動機と内発的動機という区別がある。前者は評価や報酬といった外側の要因によって行動が支えられている状態、後者はその活動自体が面白いから続けている状態を指す、というのが大まかな説明だ(デシとライアンの自己決定理論などで扱われる区分だが、実際の動機づけはこの二分法ほど単純に切り分けられないという指摘も多い)。趣味の選び方を考えるとき、この区別は一つの補助線になる。
ブランド名は言えるが、手入れの方法はよく知らない道具。それを持っているだけで、その趣味を続けていることになるのだろうか。反対に、道具の名前は覚えていなくても、手が勝手に動くくらい繰り返してきた作業がある。どちらが「本物」かという話をしたいわけではないが、後者のほうが、評価がなくなっても続けられる可能性は高いと思う。
この記事は、その「高いと思う」を、実験の数字で確かめ直す試みでもある。結論を先に言えば、確かめ直すと、きれいな話はあまり残らない。残ったものを、順に並べる。
報酬を足すと、興味が減ることがある
この直感を裏づける実験が、意外と早い時期に行われている。心理学者マーク・レッパーらが1973年に、もともと絵を描くのが好きな幼稚園児を対象に行った実験だ。子どもたちは三つの群に分けられた。「上手に描けたら賞状をあげる」と事前に約束して、実際に賞状を渡した群。事前の約束なしに、描き終えてから賞状を渡した群。何も渡さなかった群である。1〜2週間後、教室で自由に遊べる時間を観察すると、事前に約束して賞状をもらった子どもたちは、自発的に絵を描いて過ごす時間の割合が8.59パーセントで、他の二群(16.73パーセントと18.09パーセント)のおよそ半分だった。この数字と51人という人数は、二次資料で確かめたもので、1973年の論文本体の表は取得できていない。
差を分けたのは、賞状をもらったかどうかではない。描く前に、賞状が約束されていたかどうかだ。約束なしに賞状を渡された群は、何も渡されない群と変わらなかった。好きだったはずの活動が、「賞状のためにやること」に置き換わった瞬間、活動そのものへの関心が目減りしたことになる。
これを「報酬は常に逆効果」と単純化するのは早い。エドワード・デシらが1999年に発表したメタ分析は、128件の実験を統合している。有形の報酬全体では、内発的動機への影響の大きさ(効果量d)がマイナス0.34だった。ところが、予期していなかった有形の報酬では、ほぼゼロ(0.01)になる。参加すればもらえる報酬はマイナス0.40、完了すればもらえる報酬はマイナス0.36、成績に応じた報酬はマイナス0.28で、課題と関係なく渡される報酬はマイナス0.14と有意ではなかった。
さらに意外なのは、課題の中身による違いである。もともと面白い課題では、有形の報酬の効果はマイナス0.68と大きく、退屈な課題ではプラス0.18と有意でなかった。報酬が壊せるのは、もともとあった面白さのようで、退屈な作業では、はっきりした低下は見えなかった。子どもに対する有形の報酬はマイナス0.39、大学生に対してはマイナス0.27だった。言葉による称賛はどうかというと、肯定的なフィードバックが動機を高めたのは大学生(0.43)で、子どもでは有意でなかった(0.11)。
メタ分析は、動機の測り方も二つに分けている。自由時間にその活動を選ぶかどうかという行動の指標と、本人が申告する面白さの評定である。行動の指標より、自己申告の面白さのほうが、差が小さい。有形の報酬全体でd=マイナス0.07、参加すればもらえる報酬でマイナス0.15、完了すればもらえる報酬でマイナス0.17にとどまる(いずれも有意な低下)。申告される面白さは、行動ほどには落ちない、とも読める。これは数字の読み方についての私の解釈である。
この結果に異論もある。キャメロンとピアスが1994年に、96の実験を統合して、報酬の悪影響はほぼないと結論した。デシらは2001年に、その分析を「重大な欠陥がある」と再反論している。さらに、2022年に発表された現場実験(Esteves-Sorenson と Broce)は、100件を超える先行研究を見直したうえで、金銭が面白い課題の成果を押し下げる証拠を見つけられなかったと報告している。過正当化効果は、定説として一枚岩ではない。報酬が動機を壊すかどうかは、報酬の種類と、それが何に結びついているかという条件次第で、研究者の間でも見方が割れている、というのが実証データの示す姿になる。
趣味の現場では、何が確かめられているか
幼稚園児の絵と、大人の趣味は同じではない。趣味に近い場面で測った研究はあるのか。
テレサ・アマビールが1985年に、創作に熱心な72人に詩を書いてもらった実験がある。詩を書く前に、書く理由を考えさせる質問票に答えてもらう。外発的な理由(お金、評価、就職など)について考えた群の詩は、創造性の評価の平均が15.74だった。内発的な理由(書くこと自体の楽しさなど)について考えた群は18.78、何もしなかった対照群は19.88である。現金も賞も出ていない。書く理由を意識させられただけで、詩の評価が下がった。
もう一つ、評価や報酬ではなく、数字を見せるだけで楽しさが下がる、という実験がある。ジョーダン・エトキンが2016年に発表した研究では、歩数を見られる歩数計を着けて歩いた人は、歩数が増えたが(対数に変換した値で7.97対7.01。対照群も蓋を閉じた歩数計を着けていた)、歩くことを楽しんだ度合いは下がった(4.82対5.33)。おもしろいのは、調査で88パーセントの人が歩数を数えたいと答え、回答者の平均では、計測すれば歩くのがより楽しくなると予測していたことだ。予測は、実験の結果と逆だった。なお、塗り絵を使った実験1は、単独では有意に届かず(p=.062)、追試(160人)で有意になっている(p=.014)。
趣味を収益化すると楽しさが下がるのか、SNSの「いいね」が趣味の楽しさを変えるのか。直接検証した研究は、今回探した範囲では見つからなかった。ネットで語られる体験談は多いが、実験や調査の数字としては確かめられていない。確かめられていないことを、確かめられていないまま書いておく。
外発的に始まった活動が、内発的なものに変わることもある。アインシュタインは、母に習わされたバイオリンを、はじめは強く嫌がったが、のちに音楽を熱烈に愛するようになったと、アメリカ物理学協会の展示が紹介している(一次資料は確認できていない。習い始めの年齢も、5〜6歳と資料によってずれる)。チャーチルの油絵は、1921年から翌年にかけて『ストランド』誌に連載された「Painting as a Pastime」で本人が書いていて、1948年に単行本になった。書誌以外の内容は確認できていない。こうした逸話は、出典があいまいなまま広まっているものが多く、そのまま鵜呑みにするのは危うい。偉人の趣味が立派だったという話より、身近な範囲で、評価と関係なく続いている作業があるかどうかのほうが、参考にはなる。
最後に、自己決定理論の側の整理も確認しておく。ライアンとデシが2000年に、外発的な動機を四つの型に分けている。外的調整、取り入れ、同一視、統合である。外から言われるからやる型から、自分にとって大事だと認めてやる型まで、自律の度合いが違う。四つは発達の段階ではなく、順番に通る必要もない、と原典は断っている。冒頭の「二分法ほど単純ではない」という留保の根拠は、ここにある。外発的な動機にも、自律の度合いの違いがあることは、理論の中に最初から織り込まれている。
不便さを選ぶという逆説
趣味の中には、あえて不便な方を選んでいるものがある。フィルムカメラは現像するまで結果がわからない。万年筆はこまめな洗浄が要る。楽器の練習は指が痛くなる。効率という基準だけで見れば、どれも合理的ではない。
この不便さを引き受けること自体が、その活動を続ける理由になっている場合もある。タイムパフォーマンスという言葉があらゆる場面に持ち込まれる中で、あえて時間のかかる作業を選ぶことは、その時間の使い方の主導権を自分の手元に置いておく、という意味を持つのかもしれない。
これを実験で確かめようとした古い研究がある。エリオット・アロンソンとジャドソン・ミルズが1959年に行った実験で、ある議論グループに加入する条件として、参加者の一部に恥ずかしい単語を音読させるという不快な「通過儀礼」を課し、別の一部には穏やかな課題を、残りには何も課さなかった。その後、実際の議論の中身は同じものを聞かせたにもかかわらず、不快な通過儀礼を経た参加者ほど、そのグループを好意的に評価した。苦労して手に入れたものを、苦労していないものより高く見積もる、という認知的不協和の検証例としてよく引用される。
この結果の再現は、割れている。1966年のジェラードとマシューソンは、音読の代わりに電気ショックを使って追試し、元の結果と同じ方向の結果を報告している(二次情報による紹介で、確認した範囲は限られる)。一方、オランダの実際の集団で、厳しい通過儀礼が集団の魅力を高めるかを調べた現場研究は、仮説を支持しなかった。Lodewijkx と Syroit が1997年のデータなどを、2001年の論文で分析し直した結果である。2013年の Kamau の追試(70人)も、元の結果を再現しなかった。趣味における不便さが、同じ仕組みで評価を底上げしているのかもしれない、と考えるのは自由だが、その根拠として、この実験を強い定説のように使うことはできない。
選ぶときに、自分に聞いてみること
子供の頃、親に止められても続けていたことは何だったか。書店で、仕事とは無関係なのになぜか足が止まる棚はどこか。「いつかやりたい」と一年以上思い続けていることはあるか。こうした問いは、答えを出すためというより、外側からの評価を一旦脇に置いて、自分が本当は何に反応しているのかを確かめるための問いだと思う。
この「自分に聞いてみる」というやり方にも、素直に信じきれない部分がある。心理学者ティモシー・ウィルソンとダニエル・ギルバートが2005年にまとめた論文は、人は「これをやったら自分がどれくらい満足するか」を予測するとき、強さと持続を過大に見積もる傾向があると述べる。「インパクト・バイアス」と呼ばれる傾向だ。原因の一つは「フォーカリズム」で、注目している出来事以外の要因が同時に自分の気分に影響することを見落としてしまう。同じ論文は、快か不快かの方向の予測は得意で、外れるのは強さと持続だ、とも書いている。
この傾向を実験で確かめた研究を、一つずつ見ておく。ウィルソンらが2000年に、バージニア大学のフットボールのファン27人に、対ノースカロライナ戦の勝敗が自分の気分に与える影響を予測してもらい、勝った翌日に実際の気分を測った(研究3)。予測と実際の差が大きかったのは、統制群である(予測がプラス1.43、実際がマイナス0.14)。別の群には、試合以外の予定を考えさせる日記をつけさせたが、差は有意ではなかった。同じ論文の研究2は、1997年の別のファンを対象に、試合のあとの自由記述を集めたもので、283件のうち試合に触れていたのは3件、1パーセントにすぎなかった。ファンは、試合のことなどほとんど考えずに、日々を過ごしていた。予測だけを聞いた研究1(バージニア大学とバージニア工科大学のファン88人)と研究2は、年も人も別で、著者自身が比較を暫定的なものと書いている。同じ人で予測と実際を比べたのは、研究3だけである。
ギルバートらが1998年に行った研究では、別れの2か月後の幸福を、別れを経験していない人に予測してもらうと、平均で3.89(7段階)だった。実際に別れた人の実測は約5.4で、別れていない人の現在の値(5.27)とほぼ同じである。予測した人と経験した人は、別の人どうしである。大学の終身在職権の決定を扱った研究では、獲得した場合の幸福の予測が5.90、拒否された場合が3.42だったのに対し、実測は獲得が5.24、拒否が4.71で、有意な差はなかった。拒否された群は直近でわずか7人で、著者自身が慎重な解釈を求めている。長期では、6年から10年後の予測は正確で、過大評価が出たのは最初の5年だった、というのが著者らの結論だ。
この「予測の外れ」自体にも、批判がある。Levine らが2012年に発表した再検討は、出来事についての感情の強さは、正確に予測できていたと報告している。過大評価が出たのは、「一般的な気分」を予測させておいて、あとで出来事に触れずに報告させた場合だけで、参加者の多くが質問を「その出来事を考えているときの気分」と読み替えていた。Mathieu と Gosling の2012年の再分析(11論文、16研究、1,074人)は、絶対的な誤差は大きいが、人どうしの順位で見ると予測は当たっている、と報告する(同誌の短報で、数字は広報による二次情報)。外れ方は、何を基準に測るかで見え方が変わる。
したがって、「予測は当てにならない」と言い切るのは強すぎる。言えるのは、方向はおおむね当たるが、強さと持続は外れやすい、というあたりだ。
実際にやった人の感想は、予測に勝つか
予測が外れやすいなら、どうすればよいのか。ギルバートらが2009年に『サイエンス』に発表した研究が、一つの方向を示している。スピードデートの前に、相手についての情報を与えられた人と、同じ相手とデートした別の人の感想を知らされた人を比べた(実験全体で25人)。他人の感想を知った人のほうが、自分のデートの評価を正確に予測できた。ところが、参加者も判定者も、そのことを信じなかった。人は、他人の経験より、自分が読んだ情報のほうが役に立つと考える。
趣味に当てはめるなら、「その活動を実際にやっている人に、続けてみてどうだったかを聞く」ことになる。ただし、これは趣味を調べた研究ではない。デートの評価の予測と、趣味の継続は別の話で、私の読みにすぎない。
過去の行動は、どこまで手がかりか
予測よりも記録のほうが当てになる、という見方がある。「これから何をしたら楽しいか」ではなく、「これまで何度も戻ってきた場所はどこか」を手がかりにする、という考え方だ。裏づけを確かめておく。
Ouellette と Wood が1998年に、過去の行動と将来の行動の関係を、メタ分析で調べた。全体の相関は0.39だが、毎日か毎週繰り返される、文脈の安定した行動では0.59、年に1〜2回しか起きない、文脈の不安定な行動では0.27と、2倍以上の開きがあった。過去の実績は、頻繁に行われ、場所や状況が決まっている行動ほど、将来の行動をよく予測する。年に数回しかできない趣味には、当てはまりにくい。これは習慣の強さの話で、動機や満足の話ではない。
続けるのに、どのくらいの日数がかかるのかも、確かめておく。Lally らが2010年に、96人に12週間、毎日同じ状況で同じ行動を続けてもらった研究では、行動が自動的になる(95パーセントの水準に達する)までの日数が、個人によって18日から254日と大きく開いた。データが十分だったのは82人で、そのうち曲線が当てはまったのは62人、当てはまりが良好だったのは39人である。1回やり忘れても、形成への実質的な影響はなかった(抄録による)。のちに「66日」という数字がよく紹介されるが、抄録にはなく、二次情報で見かけるだけで、何の値かは確認できていない。対象になった行動も、食事、飲み物、運動で、趣味ではない。「いつ手応えが出るのか」を日数で言える段階には、研究の側もまだ来ていない。
子どもの頃の興味は、どうだろう。職業の興味を扱った研究が、一番近い。Low らが2005年にまとめた分析では、職業興味の安定性は、大学時代に急に上がる。身体的な興味や芸術的な興味は、科学的な興味や社会的な興味より安定していた(抄録による)。これは職業の興味で、趣味と同じではない。12歳未満の子ども時代を扱った研究も、見つからなかった。「親に止められても続けていたこと」に近い実証は、今回の調査ではない。
興味がどう育つのかを論じた理論はある。ヒディとレニンガーが2006年に出した「興味の発達の4段階モデル」は、状況に引き起こされた興味が維持され、個人的な興味が現れ、十分に発達する、という道筋を描く。理論であって、段階の移行を数字で示したものではない。シルビアの2005年の実験(抄録による)は、興味を「新しさ(なじみのなさ、複雑さ)の評価」と「自分に対処できるという評価」の組み合わせとして捉え、楽しさは予測しなかった、と報告している。面白いと感じることと、楽しいと感じることは、同じではない。
選択肢が多すぎると、選べないのか
趣味探しの場面では、「選択肢が多すぎて選べない」という話もよく聞く。根拠として、イエンガーとレッパーの2000年のジャムの実験がよく引かれる。スーパーの試食台に、24種類のジャムを並べた日は、通りがかりの人242人のうち60パーセント(145人)が足を止めたが、そのうち買ったのは3パーセント(4人)だった。6種類の日は、260人のうち40パーセント(104人)が足を止め、そのうち約30パーセント(31人)が買った。大学の授業のレポートでも、選択肢の多い群のほうが提出が少なかった(選択肢の少ない群が74パーセント、多い群が60パーセント)。
この数字は、小さい母数に支えられている。買われたジャムは、合計で35瓶である。シャイベヘンネらが2010年に、50の実験、63の条件、5,036人を統合したメタ分析では、平均の効果はほぼゼロで、ばらつきが大きかった(抄録による)。選択肢が多いと選べなくなるのは、好みがはっきりしていないときなどの条件つきだ、という見方がある。趣味探しに当てはめるなら、好みがはっきりしないときに起きるのかもしれないが、これは私の読みで、趣味を調べた研究ではない。
知見のねじれと、残るもの
レッパーの実験が示したのは、外からの評価が入り込んだ瞬間に興味が目減りするという傾向だ。一方、デシらのメタ分析が示したとおり、報酬の効き方には条件がある。有形の報酬の悪影響は、もともと面白い課題で目立つ。そして、その効き方についても、研究者の間で見方が割れている。評価そのものを完全に排除しろという話ではない。
趣味選びで参考にできるとすれば、「これをやったら誰かに褒められるか」ではなく、「これをやったこと自体が、やる前より満足か」という、報酬を差し引いた後に残る手応えのほうを基準にしてみる、という程度のことだろう。
ここまで挙げた知見は、互いにねじれた関係にある。評価を足すと興味が減る一方で、苦労を足すと評価が上がるという話は、再現が割れている。そして、これから何が自分を満足させるかの予測は、方向は当たっても、強さと持続が外れやすい。整理すればするほど、「自分の好きなことを選べばいい」という助言の単純さが崩れていく。
それでも、崩れた先に何も残らないわけではない。過去に何度も戻ってきた場所、報酬がなくても続いていた作業——予測ではなく記録としてのそれらは、将来の行動をある程度予測する。その力は習慣の強さの話で、頻繁に繰り返され、文脈が安定した行動ほど強い(相関0.59)。年に数回しかできない趣味では弱まる(0.27)。習慣は意図や動機とは別のものとして扱われるので、「それが好きだから」の手がかりになるかは、この研究からは言えない。手がかりとして残るものは、あるにはあるが、思ったほど広い範囲には届かない。

出典
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