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趣味を選ぶ基準を、他人の反応から動機に移してみる

趣味を選ぶ基準を、他人の反応から動機に移してみる

心理学でいう外発的動機と内発的動機の違いを借りて、趣味の選び方を考え直してみる。ブランド名は言えるが手入れの仕方は知らない、という状態に心当たりがあるなら。

TOMOAKI··趣味

心理学には、外発的動機と内発的動機という区別がある。前者は評価や報酬といった外側の要因によって行動が支えられている状態、後者はその活動自体が面白いから続けている状態を指す、というのが大まかな説明だ(デシとライアンの自己決定理論などで扱われる区分だが、実際の動機づけはこの二分法ほど単純に切り分けられないという指摘も多い)。趣味の選び方を考えるとき、この区別は一つの補助線になる。

ブランド名は言えるが、手入れの方法はよく知らない道具。それを持っているだけで、その趣味を続けていることになるのだろうか。反対に、道具の名前は覚えていなくても、手が勝手に動くくらい繰り返してきた作業がある。どちらが「本物」かという話をしたいわけではないが、後者のほうが、評価がなくなっても続けられる可能性は高いと思う。

報酬を足すと、興味が減ることがある

この直感を裏づける実験が、意外と早い時期に行われている。心理学者マーク・レッパーらが1973年に幼稚園児を対象に行った実験では、もともと絵を描くのが好きな子どもたちを三つの群に分けた。「上手に描けたら賞状をあげる」と事前に約束して実際に賞状を渡した群、事前の約束なしに描き終えてから賞状を渡した群、そして何も渡さなかった群だ。数週間後、教室で自由に遊べる時間を観察すると、事前に約束して賞状をもらった子どもたちは、自発的に絵を描いて過ごす時間が、他の二群に比べておよそ半分にまで減っていた。好きだったはずの活動が、「賞状のためにやること」に置き換わった瞬間、活動そのものへの関心が目減りしたことになる。

ただし、これを「報酬は常に逆効果」と単純化するのは早い。心理学者エドワード・デシらが1999年に発表したメタ分析は、128件の実験を統合し、報酬の与え方によって内発的動機への影響がかなり違うことを示した。行動そのものに条件づけられた報酬(参加すればもらえる、完了すればもらえる)は動機を目に見えて下げる一方、成果の質に応じた報酬は、その下げ幅がやや小さい。さらに、モノや金銭による報酬は子どもにとって特に有害である一方、言葉による称賛は子どもより大人のほうが効果を強く感じるという、対象年齢による違いも見つかっている。報酬が動機を壊すかどうかは、報酬の種類と、それが何に結びついているかという条件次第だ、というのが実証データの示す姿になる。

不便さを選ぶという逆説

趣味の中には、あえて不便な方を選んでいるものがある。フィルムカメラは現像するまで結果がわからない。万年筆はこまめな洗浄が要る。楽器の練習は指が痛くなる。効率という基準だけで見れば、どれも合理的ではない。

ただ、この不便さを引き受けること自体が、その活動を続ける理由になっている場合もある。タイムパフォーマンスという言葉があらゆる場面に持ち込まれる中で、あえて時間のかかる作業を選ぶことは、その時間の使い方の主導権を自分の手元に置いておく、という意味を持つのかもしれない。

これは単なる印象論ではなく、古くから実験でも確かめられている傾向だ。心理学者エリオット・アロンソンとジャドソン・ミルズが1959年に行った実験では、ある議論グループに加入する条件として、参加者の一部に恥ずかしい単語を音読させるという不快な「通過儀礼」を課し、別の一部には穏やかな課題を、残りには何も課さなかった。その後、実際の議論の中身は同じものを聞かせたにもかかわらず、不快な通過儀礼を経た参加者ほど、そのグループを好意的に評価した。苦労して手に入れたものを、苦労していないものより高く見積もる——認知的不協和という理論の、よく引用される検証例の一つだ。趣味における不便さも、同じ仕組みで働いている可能性がある。手間そのものが、その活動への評価を底上げしているのかもしれない。

選ぶときに、自分に聞いてみること

子供の頃、親に止められても続けていたことは何だったか。書店で、仕事とは無関係なのになぜか足が止まる棚はどこか。「いつかやりたい」と一年以上思い続けていることはあるか。こうした問いは、答えを出すためというより、外側からの評価を一旦脇に置いて、自分が本当は何に反応しているのかを確かめるための問いだと思う。

ただし、この「自分に聞いてみる」というやり方にも、素直に信じきれない部分がある。心理学者ティモシー・ウィルソンとダニエル・ギルバートが2005年にまとめた研究群によれば、人は「これをやったら自分がどれくらい満足するか」を予測する能力そのものが、思っているよりずっと低い。「インパクト・バイアス」と呼ばれるこの傾向は、たとえば大学スポーツの試合結果について、ファンが事前に予測した幸福感の強さと持続期間を、実際に体験した後の値と比べる実験で確認されている。人は、これから起きることが自分の気分をどれだけ、どれくらいの期間左右するかを、一貫して過大に見積もる。原因の一つは「フォーカリズム」、つまり注目している出来事以外の要因が同時に自分の気分に影響することを見落としてしまう傾向だという。

この知見を趣味選びに当てはめると、少し厄介なことになる。「これをやったら楽しいはずだ」という未来への予測は、実はそれほど当てにならない。むしろ参考になるのは、「実際に何を続けてきたか」という過去の実績のほうだ。書店で足が止まる棚、子供の頃に止められても続けていたこと——これらが有効な手がかりになるのは、それが未来の予測ではなく、すでに起きた行動の記録だからだろう。自分に聞くべき問いは「これから何をしたら幸せになれるか」ではなく、「これまで何度も戻ってきた場所はどこか」のほうに近い。

アインシュタインがバイオリンを弾いていた、チャーチルが油絵を描いていたという逸話は、よく引用される。ただ、こうした逸話の多くは出典があいまいなまま広まっているものも多く、そのまま鵜呑みにするのは危うい。偉人の趣味が立派だったという話より、身近な範囲で、評価と関係なく続いている作業があるかどうかのほうが、参考にはなる。

レッパーの実験が示したのは、外からの評価が入り込んだ瞬間に興味が目減りするという傾向であって、評価そのものを完全に排除しろという話ではない。デシらのメタ分析が示した通り、報酬の効き方には条件がある。趣味選びで参考にできるとすれば、「これをやったら誰かに褒められるか」ではなく、「これをやったこと自体が、やる前より満足か」という、報酬を差し引いた後に残る手応えのほうを基準にしてみる、という程度のことだろう。

ここまで挙げた三つの知見は、互いにねじれた関係にある。評価を足すと興味が減る一方で、苦労を足すと評価が上がる。そして、これから何が自分を満足させるかを予測する能力そのものが当てにならない。整理すればするほど、「自分の好きなことを選べばいい」という助言の単純さが崩れていく。それでも、崩れた先に何も残らないわけではない。過去に何度も戻ってきた場所、報酬がなくても続いていた作業——予測ではなく記録としてのそれらは、この三つのねじれをくぐり抜けてもなお、手がかりとして残る数少ないものだ。

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出典

Lepper, M. R., Greene, D., & Nisbett, R. E. (1973). "Undermining Children's Intrinsic Interest with Extrinsic Reward: A Test of the 'Overjustification' Hypothesis." Journal of Personality and Social Psychology, 28(1).
Deci, E. L., Koestner, R., & Ryan, R. M. (1999). "A Meta-Analytic Review of Experiments Examining the Effects of Extrinsic Rewards on Intrinsic Motivation." Psychological Bulletin, 125(6).
Deci, E. L., & Ryan, R. M. 自己決定理論に関する一連の研究.
Wilson, T. D., & Gilbert, D. T. (2005). "Affective Forecasting: Knowing What to Want." Current Directions in Psychological Science, 14(3).
Aronson, E., & Mills, J. (1959). "The Effect of Severity of Initiation on Liking for a Group." Journal of Abnormal and Social Psychology, 59(2).