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傷んだ家具を直したくなるのは、本当にモノへの愛着のせいか

傷んだ家具を直したくなるのは、本当にモノへの愛着のせいか

傷んだダイニングテーブルを磨き直しながら、なぜ人はモノを直したくなるのかを考える。授かり効果、IKEA効果、所有と自己の心理学から、修理という行為に潜む勘定を検討する。

TOMOAKI··趣味

ダイニングテーブルの天板には、十年分の生活の跡がついていた。コップの底が焼き付けた白い輪、子どもが力任せに引いた鉛筆の線、何かをこぼして拭き取り損ねた染み。買い替えを検討する理由には困らなかった。同じ予算があれば、もう少し広いテーブルも、もう少し今の部屋に合う色のテーブルも買えたはずだ。それでも結局、粗い番手のやすりで表面を削り、木肌が出るまで磨き、オイルを染み込ませるという、決して短くはない作業に数時間を費やした。木屑の匂いに包まれながら手を動かしている間、なぜ自分はこれを新しいテーブルではなく、この傷だらけの板でやっているのかという疑問がずっと頭の隅にあった。

削っている最中は、単純作業に没頭できるという理由で片付けていた。粉が舞い、木肌が現れ、指先で触れるとざらつきが少しずつ滑らかさに変わっていく。その過程には確かに気分転換としての価値があったし、仕事の合間に頭を空にする時間としては悪くなかった。だが後になって振り返ると、その説明はどこか都合が良すぎる。数時間の労力を「気分転換だった」という一言で回収してしまえば、なぜ他の選択肢――たとえば散歩や昼寝――ではなく、わざわざ古い家具を削るという行為が選ばれたのかという問いには何も答えていないことになる。気分転換という言葉は、動機の説明というより、動機を説明したという体裁を整えるための後付けに近い。もっと手前まで遡って考える必要がありそうだった。

なぜ買い替えなかったのか、という問い

経済的に考えれば、答えは単純なはずだ。修理にかかる時間と材料費、そして仕上がりの不確実性を天秤にかければ、多くの場合、買い替えの方が合理的な選択肢になる。中古のダイニングテーブルは決して珍しい商品ではないし、状態の良いものを探す手間も、やすりをかけ続ける労力と大差ない。それでも人は、すでに持っているモノを手放すことに抵抗を覚える。この抵抗の正体を、行動経済学は比較的早い段階から扱ってきた。感覚としては誰もが一度は覚えのある話でありながら、その仕組みを数字で示した研究とすぐに結びつけて考える人は少ない。

手がかりになるのは、経済学者のカーネマンとネッチ、セイラーが1990年に発表した、コーヒーマグを使った実験である。彼らはコーネル大学の書店で6ドルで売られているマグカップを被験者の半数にランダムに配り、残りの半数には配らなかった。マグを受け取った「売り手」役には最低いくらなら手放してもよいかを、受け取らなかった「買い手」役にはいくらなら払ってもよいかを尋ねた。結果、売り手が要求した価格の中央値は5.25ドルだったのに対し、買い手が提示した価格の中央値は2.25ドルから2.75ドルにとどまった。理論上は市場に出るはずの取引の量も、予測値の2割程度しか成立しなかった。ただ20分ほど前に無作為に手渡されただけのマグカップが、その所有者の中で二倍以上の価値を持つようになっていたわけである。

この現象は「授かり効果」と呼ばれ、損失回避という、より一般的な心理傾向の一部だと説明されている。同じ量の得と損を比べたとき、人は損失の方をはるかに重く感じる。カーネマンとトベルスキーが1991年の論文で示した推定では、損失は利得のおよそ2.25倍の心理的な重みを持つという。テーブルを手放すことは、新しいテーブルを手に入れる喜びよりも、今あるテーブルを失う痛みとして体験される。だとすれば、傷んだ天板を前にした逡巡は、優柔不断でも懐古趣味でもなく、所有という状態そのものが引き起こす、ごく標準的な計算違いだったということになる。

興味深いのは、この効果が発生するのに、所有の期間はほとんど関係しないという点だ。マグカップの実験で価値が跳ね上がった被験者は、ほんの20分前にそれを手渡されたにすぎない。10年連れ添ったテーブルであれば、その効果はもっと強く働いていてもおかしくない。ところが心理学者のペックとシューが2009年に発表した研究では、所有権が発生していなくても、単に対象に触れるという行為だけで知覚的な所有感が高まり、支払意欲が上がることが確かめられている。売り場で商品を手に取っただけの買い物客が、実際にはまだ何も所有していないにもかかわらず、その商品への評価を無意識に底上げしてしまうという話だ。所有の事実と、所有しているという感覚は、思われているよりずっと簡単に乖離する。裏を返せば、やすりをかけながら何時間も天板に触れ続けた行為そのものが、テーブルへの評価を静かに押し上げていた可能性は十分にある。削って良くなったから愛着が増したのではなく、長時間触れ続けたから、削る前から評価がすでに上振れしていたのかもしれない。

手をかけると、さらに価値は積み上がる

ただし、授かり効果だけでは、やすりを持ち出した理由の説明としては足りない。マグカップの実験で価値が上がったのは、ただ手元に置かれていたからであって、被験者は何もしていない。一方、テーブルの場合、自分は数時間分の労力を投じている。この労力の効果を検証したのが、心理学者のノートン、モション、アリエリーが2012年にまとめた研究で、彼らはこれを「IKEA効果」と名付けた。

実験の一つでは、被験者にIKEAの組み立て式収納ボックスを渡し、半数には自分で組み立てさせ、残り半数には完成品をただ見せた。そのうえで、それぞれにいくらまでなら払ってもよいかを尋ねている。結果、自分で組み立てた被験者の入札額は平均0.78ドルだったのに対し、完成品を見ただけの被験者は平均0.48ドルにとどまった。同じ研究の別の実験では、被験者に折り紙を折らせ、その作品にいくらの値がつくかを見積もらせている。作った本人の評価額は平均0.23ドルだったのに対し、その折り紙を見ただけの第三者が払ってもよいと答えた額は0.05ドルに過ぎなかった。それどころか、素人が折った不格好な折り紙に対する本人の評価額は、熟練者が丁寧に折った作品に第三者がつけた評価額0.27ドルに近い水準まで達していた。労力を投じた本人には、自分の不出来な作品と職人の作品の差がほとんど見えなくなっているということになる。

この結果は、単なる「思い入れ」という言葉で片付けるにはもったいない精度を持っている。組み立てにかかった時間は同じでも、失敗して完成しなかった場合や、組み立てた後に自分で壊してしまった場合には、この効果は消えるということも同じ研究で確かめられている。つまり効果を生んでいるのは労力そのものではなく、労力が「成功」という結果に結びついたという実感の方だ。心理学者フェスティンガーが定式化した認知的不協和の理論、それを引き継ぐ形でアロンソンとミルズが1959年に行った有名な実験――厳しい入会儀式を経てグループに参加した被験者ほど、そのグループを高く評価したという実験――とも符合する。人は自分がわざわざ払ったコストを正当化するために、その先にある結果の評価を後から吊り上げる。やすりをかけ終えたテーブルが以前より愛着の持てるものに見えたとしても、それは天板が客観的に良くなった分だけではなく、削るのに費やした時間を自分の中で無駄にしたくないという計算が、静かに評価に混ざり込んだ結果でもある。

ノートンらは同じ論文の別の実験で、IKEA効果が授かり効果や、単に何かを完成させたという達成感――彼らが「トロフィー効果」と呼ぶもの――とは別種の現象であることも切り分けている。すでに組み立てられた製品を単純に受け取っただけの場合や、自分の手柄ではない完成品を見せられただけの場合には、これほど大きな評価の上昇は起きない。効果を生んでいるのは所有そのものでも、完成品を眺める満足感でもなく、あくまで自分の手を動かした結果、目の前の物が変化したという因果関係の実感だという。やすりで削って木肌の色が変わる瞬間に感じた高揚感は、この因果関係の実感そのものだったのだろう。

もう一つ付け加えておきたいのは、この効果が「手先が器用な人」や「日曜大工が好きな人」に限られた話ではないという点である。ノートンらの研究では、自分を日曜大工愛好家だと考えている被験者と、そうでない被験者とを事前に分けたうえで同じ組み立て課題を行わせているが、労力による評価の上昇はどちらの群でもほぼ同じ大きさで生じていた。器用さや趣味嗜好とは無関係に、労力が結果に結びつきさえすれば効果は起きる。つまり、日曜大工が趣味だと自認していない人間がやすりを握っても、この心理的な上乗せから逃れられるわけではないということになる。

ここまでは、労力が評価を吊り上げる相手を、労力を投じた本人に限定して考えてきた。ところが心理学者のクルーガー、ワーツ、ファン・ボーヴェン、アルターマットが2004年に報告した研究は、この上乗せが本人の外にまで漏れ出すことを示している。彼らは被験者に詩や絵画を見せ、それぞれの制作にかかった時間を伝えたうえで作品の質を評価させた。作品そのものは同一でありながら、制作に長い時間がかかったと説明された作品の方が、短時間で仕上げられたと説明された作品よりも高く評価された。作った本人でさえない第三者が、費やされた時間の長さだけを手がかりに価値を底上げしてしまうわけである。彼らはこれを「労力ヒューリスティック」と呼んだ。この知見を踏まえると、やすりをかけたテーブルへの評価が上がったのは、必ずしも自分ひとりの錯覚とは言い切れないことになる。もし友人がこのテーブルを見て「手をかけた甲斐がある」と言ったとしても、その感想自体が、天板の出来栄えとは独立に、かかった時間の長さから逆算されたものである可能性が残る。労力の痕跡は、それを見る者の評価軸そのものを静かに書き換えてしまう。だとすれば、修理をめぐる評価の上振れは、本人の中だけで完結する問題ではなく、それを取り巻く人間関係の中でも増幅されうる話だということになる。

労力の効果は、いつでも起きるわけではない

この理屈を裏返すと、修理という行為には賭けの要素があることになる。手を入れて満足のいく仕上がりになれば愛着は跳ね上がるが、途中で失敗したり、思うような色に染まらなかったりすれば、その労力はむしろ後悔として残る。ザイガルニクが1935年に報告した、未完了の課題ほど記憶に残りやすいという現象や、サビツキーらが1997年の研究で示した、行動した後悔よりも行動しなかった後悔の方がツァイガルニク効果によって長期的に想起され続けやすいという知見を踏まえれば、中途半端な修理はやらなかった選択として記憶に居座り続けかねない。買い替えを先送りにするどころか、かえって後味の悪さを長引かせる可能性すらあるということだ。今回、木肌が思いのほかきれいに戻ったのは、結果として運が良かっただけかもしれない。粗い番手で削ったところに白い粉が出て、それが古い塗膜の名残だと分かった瞬間には、少なくとも「やってよかった」と思えるだけの手応えがあった。だがこの手応え自体、すでに投じた労力を正当化したいという動機に、多少なりとも支えられていたはずだ。

作業の途中には、当然ながら不安な時間帯もあった。削りムラができて色が均一にならないのではないか、そもそも自分にこの作業をやり通す根気があるのかという疑いは、削り始めてから小一時間ほど続いた。この不安な時間を経験している間、頭の中にあったのはテーブルの仕上がりのことよりも、ここでやめてしまえば中途半端な板が残るだけだという焦りの方が大きかったように思う。この焦りの正体を、途中で投げ出すことへの恐れと呼んでもいいし、未完了の課題への居心地の悪さと呼んでもいい。いずれにせよ、その感覚に押されて作業を続けたのだとすれば、完成後の満足感を、純粋な達成感として語るのは少し正直さに欠ける。

モノは自己の一部になる、という説明

授かり効果とIKEA効果は、いずれも一回限りの実験室的な状況で確認された現象であり、何年も使い込んだ家具に対する態度をそのまま説明できるわけではない。より長期的な視点を提供しているのが、消費者行動論の研究者ベルクが1988年に発表した「拡張自己」という考え方である。ベルクは、人が所有物を通じて自己の輪郭を確認し、時には所有物そのものを自己の一部として扱っていると論じた。長く使ったテーブルには、そこで交わされた会話や、そこで過ごした年月の記憶が染み込んでいる。傷や染みはテーブルの欠陥であると同時に、自分の生活史の索引でもある。買い替えるという選択は、単に家具を新調するだけでなく、その索引ごと手放すことを意味してしまう。授かり効果が価値の勘定における歪みだとすれば、拡張自己は、その勘定に自分自身の履歴という項目を密輸入する仕掛けだと言える。

もっとも、この説明を過大に評価するのも危うい。あらゆる持ち物に自己が宿っているのだとすれば、部屋を片付けられない状態や、不要品を溜め込む状態も同じ理屈で正当化できてしまう。ベルクの議論が有効なのは、あくまで一部の対象――日々長時間触れ、生活の節目に立ち会ってきたモノに限られる話であって、あらゆる所有物に等しく当てはまる普遍法則として扱うと、途端に説得力を失う類のものだ。ダイニングテーブルがこの条件に当てはまりやすいのは、それが食卓という、家庭内でも特に反復的な行為の舞台になっているからにすぎない。

ここで、拡張自己と混同しやすいが別の話として整理しておきたいのが、いわゆる埋没費用の誤りである。すでに投じた費用や時間は取り戻せないにもかかわらず、それを惜しんで非合理な選択を続けてしまう傾向のことで、たとえば途中まで読んだつまらない小説を「ここまで読んだのだから」と最後まで読み通してしまう行動がその典型とされる。テーブルの場合で言えば、「これまで十年使ってきたのだから今さら手放せない」という考え方がこれに当たる。だがこの記事で扱ってきた授かり効果やIKEA効果は、埋没費用の誤りとは発生の仕組みが異なる。埋没費用は過去の投資額そのものに引きずられる現象であるのに対し、授かり効果は現在の所有という状態が生む評価の歪みであり、IKEA効果は労力の結果に対する遡及的な意味づけである。三つの効果は似た結論――モノを手放しにくくする――にたどり着くが、そこに至る心理的な経路はそれぞれ独立している。テーブルを手放せなかった理由を一つの理論だけで説明しようとすると、この重なりを見落とすことになる。

修理を美談にする前に、確認しておきたい数字

ここまでの説明は、修理という行為を心理学的に筋の通ったものとして扱ってきた。しかし、この筋の通し方には、都合よく見落とされがちな側面もある。米環境保護庁が2020年に公表した2018年時点の推計によれば、その年アメリカ国内で廃棄された家具・什器類は1215万トンにのぼり、そのうち80.1パーセントが埋め立て処分に回された。リサイクルされた割合はわずか0.3パーセントで、家具は同国の廃棄物の中でもとりわけリサイクル率の低い品目に数えられている。この数字が示しているのは、修理という選択肢を美徳として語ること自体が、家具という品目に関してはまだ十分に一般的ではないという現実である。一人が古いテーブルにやすりをかけたところで、この数字が動くわけではないし、それを動かすことを狙ってやすりを手に取ったわけでもなかった。

それでも、この統計を根拠に「だから修理すべきだ」と主張するのは、このサイトが距離を置きたい種類の物言いだ。ある行動が個人の心理としてどれほど筋が通っていても、それが社会全体の廃棄物問題を解決する処方箋になるとは限らない。むしろ危ういのは、修理という個人的な満足感を、環境配慮という体裁のよい言葉に横滑りさせてしまうことの方である。テーブルを磨き直した動機を振り返ってみても、廃棄物削減への意識が最初にあったわけではない。手を動かしている間に頭が空になる感覚や、削った跡から立ち上る木の匂いに気持ちよさを覚えたことの方が、動機としてはよほど大きかった。環境への配慮は、後から取ってつけたように付随してきた理屈にすぎない。動機の順序を偽ってまで、自分の趣味的な満足を高尚な行為に見せかける必要はない。

修理のしやすさそのものを制度の側から扱っている国もある。フランスは2020年に成立した循環経済法にもとづき、2021年からパソコンやスマートフォン、洗濯機など特定の電化製品について、10点満点の「修理可能性指数」を店頭で表示することをメーカーに義務付けた。部品の入手のしやすさや分解のしやすさが点数化され、消費者は購入前にその製品がどれだけ直しやすいかを比較できる。裏を返せば、家具にはこの種の制度的な圧力がほとんど存在しないということでもある。電化製品の修理可能性は政策の対象になり得ても、ダイニングテーブルが直しやすい構造かどうかを気にする消費者は少数派だろう。修理という行為に対する社会の関心は、品目によってかなり偏っている。今回のテーブルの修理が意味を持つとすれば、それは廃棄物政策への貢献としてではなく、その偏りの外側にある、個人の勘定の問題としてでしかない。

合板や賃貸という条件が変える計算

無垢材や突板の天板であれば、削って再塗装するという選択肢が成り立つ。しかし合板や化粧板でできたテーブル、あるいは持ち主が大掛かりな加工を許されていない賃貸住宅の家具となると、話はまるで違ってくる。この場合に選ばれるのが、リメイクシートを貼るという方法だが、ここでも授かり効果とIKEA効果の力学は形を変えて働く。安価なシートを選んで数か月で浮きや剥がれが生じれば、投じた労力は失敗として記憶され、先述のザイガルニク効果的な後味の悪さだけが残る。逆に、多少値の張る建築内装用のシートを選んで仕上がりが安定すれば、テーブルへの評価はやすりで削った場合と同様に底上げされる。素材の物理的な条件が変わっても、労力と結果が評価に及ぼす作用そのものは変わらない、ということになる。

興味深いのは、素材の違いによって、投じられる労力の質そのものが変わるという点だ。無垢材を削る作業は、力加減を間違えれば削りすぎてしまうという、後戻りのしにくい緊張感を伴う。一方、シートを貼る作業は、失敗しても貼り直しがきくという意味で、労力に対する心理的なリスクが低い。同じ「テーブルに手を入れる」という行為であっても、後戻りできない選択の方が、成功した際の評価の上昇幅は大きくなりやすいと考えられる。危険を冒した分だけ、成功の実感も大きくなるという構図は、投資の世界でリスクとリターンが結びつけて語られるのと、どこか似た形をしている。もっとも、これは実証された話ではなく、ここまで見てきた諸理論から導かれる推測にとどめておく。

迷いを晴らすための記事ではない

やすりをかけ終えたテーブルは、以前より確かに手触りが良くなった。木目も心なしか際立って見える。ただ、この満足感のどこまでが天板そのものの変化で、どこまでが授かり効果と労力の正当化が生んだ錯覚なのかを、正確に切り分けることはできない。おそらく本人にも分からないというのが正直なところであり、それこそがこの手の心理効果の厄介な点でもある。効果が働いているという自覚があっても、効果そのものを打ち消すことはできない。知っているからといって免れられるわけではないという点では、視覚の錯覚を見破った後でも図形が歪んで見え続けるのとよく似ている。理屈を知ったことで多少なりとも変わったのは、テーブルに対する見方そのものではなく、その見方を疑いながら眺める習慣の方だった。

だとすれば、この文章が導くべき結論は、「修理は美徳だから勧める」でも「単なる思い込みだから買い替えた方が合理的だ」でもないはずだ。どちらの立場も、自分の判断の理由を単純化しすぎている。傷んだ家具を前にして人が迷うのは、そこに複数の勘定――所有による過大評価、労力による正当化、記憶という私的な資産、廃棄物という社会的なコスト――が同時に働いているからであり、その複雑さを一本の答えに縮めてしまう方が、むしろ不誠実なのだと思う。

もう一つ言えるのは、この種の分解作業は一度やったら終わりというものでもないということだ。次にまた別の家具を前にして同じ迷いに直面したとき、今回と同じ結論にたどり着くとは限らない。天板の傷み具合も、そのときの時間的な余裕も、そもそも自分がその家具にどれだけ触れてきたかも、条件はそのつど変わる。授かり効果やIKEA効果は、判断を一度きれいに片付けるための道具ではなく、なぜ自分がある選択に傾いているのかを、そのつど問い直すための道具として使う方が性に合っている。次に何かを直すか買い替えるか迷ったときには、その迷いの中身がどの勘定から来ているのかを、少しだけ分解して眺めてみる価値はあるかもしれない。

出典

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