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一人で温泉に泊まる——一人の15分は気分の振れ幅を小さくした

一人で温泉に泊まる——一人の15分は気分の振れ幅を小さくした

一人で温泉に泊まることに踏み出せない理由は、視線と手持ち無沙汰だと思っていた。一人で過ごした15分は、高揚も苛立ちも静め、寂しさや退屈の混じった不快な感情もわずかに増やす傾向があった。観光目的の宿泊旅行者のうち、一人は延べ約9%。

TOMOAKI··趣味

一人で温泉宿に泊まることに踏み出せない理由は、たいてい「周囲の視線」と「手持ち無沙汰」の二つに集約される気がする。実際に行ってみると、宿のスタッフにとって一人客は、思うほど珍しい存在ではないという印象があるし、グループ客の会話に付き合う必要もない分、スケジュールを自分の都合だけで決められる。昼まで寝ていてもいいし、気に入った湯に何度入ってもいい。

ただ、「珍しくない気がする」という印象と、一人の時間が心に何をするのかという話は、別の問いだ。この文章では、印象で済ませていた部分を、統計と研究に当てて確かめてみる。結論を先に言えば、一人の時間は気分の振れ幅を小さくするが、寂しさもわずかに増やす。どちらも本当で、どちらかを選んで宣伝できるほど単純な話ではなかった。

一人で泊まることに、踏み出せない理由

まず、「宿にとって一人客は珍しくない」のかどうかを数字で見る。観光庁の旅行・観光消費動向調査(2025年の年間確報)で、観光・レクリエーション目的の国内宿泊旅行を、人数で数えた延べ旅行者数は1億8,117万人。そのうち「自分ひとり」は1,709万人で、約9.4%にあたる。2019年は1億7,173万人のうち1,271万人で約7.4%だったから、人数にして約1.3倍に増えている。民間のじゃらんの調査(2025年度、18〜79歳のネット調査、旅行件数で30,139件)では、旅行を件数で数えると「ひとり旅」が18.5%で、「夫婦2人」の26.0%に次ぐ2位だった。

観光庁の表には、出張や帰省を含めた国内宿泊旅行全体の数字もあり、そちらで「自分ひとり」の割合は2019年も2025年も約20%になる。出張や帰省が一人で行われることが多いからで、観光の一人旅の割合ではない。統計は、どの旅行を母数にするかで、同じ「一人旅」が約9%にも約20%にも見える。じゃらんの18.5%と観光庁の9.4%の違いは、お客の数を数えるか、玄関をくぐった組の数を数えるかの違いに近い。観光庁は旅行者の人数で数えるので、二人旅は二人分になる。件数で数えれば、一人旅の割合は高くなる。その数え方なら、一人旅は少数派ではあっても、5件か6件に1件という規模になっている。ただし、これは旅行全体の話で、旅館に限った一人客の割合は、確認できる統計がなかった。「宿のスタッフにとって珍しくない」という実感を、数字で裏づけることはできない。

宿に断られないか、という不安もある。旅館業法第5条は、宿泊を拒んではならないとしたうえで、拒否できる場合を、特定の感染症の患者、違法行為や風紀を乱す行為のおそれ、過重な要求の繰り返し、宿泊施設に余裕がないときや都道府県の条例で定める事由、の四つに限っている。一人であることは、この中に入っていない。同条第2項は、宿泊を拒むときには、客観的な事実に基づいて判断し、求められれば理由を丁寧に説明できるようにしておくことを求めている。ただし、法律が一人用のプランを用意する義務を定めているわけではない。「一人だから断れないはずだ」とまでは言えず、「拒否の理由として挙げられていない」までが、条文から言える範囲だ。

では、視線のほうはどうか。他人は自分を、自分が思うほど見ていない、という心理学の知見がある。2000年のギロビッチらの研究は、恥ずかしい絵柄か好ましい絵柄のTシャツを着た参加者が、その絵柄を覚えている人の数を、実際より多く見積もった、と報告した。自分の体験が鮮明なので、他人の視点に立つ調整が足りなくなる、というのが著者らの説明だ。具体的な割合は、確認できた要旨に書かれていなかった。一人で夕食の席に座る自分に向けられている視線も、自分が感じているほど多くない可能性が高い、というのが、そこから言える範囲だと思う。

もうひとつ、一人でいることへのためらいを、実験で調べた研究がある。2015年のラトナーとハミルトンの論文は、展覧会や映画に一人で行くとき、人は、同伴者がいるかどうかで楽しさがどれだけ変わるかを過大に見積もっている、と報告した。ためらいの一部は、「友達がいないと思われる」という恐れだったという。ただし、確認できたのは出版社ページの要旨までで、人数や効果量は確認できていない。

一人の時間は、何をしているのか

では、視線を気にしなくなったとして、一人の時間そのものは心に何をするのか。2018年にグエンらが発表した研究は、この問いに実験で答えている。4つの研究のうち、研究1では大学生114人が、携帯などの機器を預けて、椅子に座って15分を過ごした。75人は一人で、39人は研究助手と会話をした。結果は、会話の条件では感情が変わらなかったのに、一人の条件では、高い覚醒を伴う感情が、快も不快も下がった。5段階の平均でいえば、高覚醒の快い感情は2.77から2.49に、高覚醒の不快な感情は1.57から1.33に下がっている。

つまり、一人でいると、楽しい高揚も、苛立ちや不安のざわつきも、同じように静まる。「リラックスできる」というより、感情の振れ幅が小さくなる、と言ったほうが正確だ。研究2では、読書をしながら一人でいても同じ結果が出て、落ち着きやくつろぎも、寂しさや悲しさ、退屈などをまとめた「低い覚醒の不快な感情」も、どちらも有意傾向ながらわずかに増えた。研究3では、考える内容に条件をつけると、結果が変わった(後述する)。研究4は2週間の日誌調査で、分析に残った157人の1,808日分から、割り当てられた一人の時間を、自分から望んで過ごしていた人ほど、くつろぎが増え、ストレスも有意傾向ながら減ったことが示された。望まずに一人で過ごした人は、その日に、寂しさや悲しさなどの低い覚醒の不快な感情が強く、くつろぎと満足感が低かった。

前向きなことを考えるか、考える内容を自分で選べると高揚が下がらなかった、という研究3の結果は、手持ち無沙汰への対処にも示唆を与える。何も考えずに椅子に座ると高揚が静まり、考える方向を決めておくと静まりにくい。手持ち無沙汰とは、静まっていく感情に落ち着かなさを覚える状態の別名なのかもしれない。これは、実験の結果から筆者が読んだものにすぎない。

この実験にも限りがある。15分という長さは、著者自身が恣意的だと書いている。対象はすべてアメリカの大学生だ。だから、温泉宿で過ごす半日や一晩に、そのまま当てはまるわけではない。それでも、「一人の時間は、感情を上げも下げもせず、振れ幅を小さくする」という描き方は、一人旅の経験を言い当てているように思う。

一人の時間の中身は、ひとつではない。ロングとアヴェリルの2003年の論文は、一人の時間の利点として、自由、創造性、親密さ、精神性を挙げ、孤独とは区別した。同じ年の質問紙調査は、一人の時間の9つの類型が、内向き(自己発見や心の平穏)、外向き(親密さや精神性)、孤独の3つの次元にまとまると報告している。同じ「一人」でも、湯船の中で自分と向き合う時間と、孤独を感じる時間は、別の次元にある。

寂しさのほうは、別の研究が詳しく見ている。2023年のワインスタインらの研究は、178人に21日間の日誌をつけてもらい、一人の時間と社交の時間のバランスを調べた。事前に分析計画を登録した研究である。事前登録とは、結果を見てから分析や解釈を変えにくくするための仕組みで、日誌調査のように自由度の高い研究では、特に意味がある。誰にでも当てはまる「ちょうどいい配分」は見つからなかった。一人の時間が長い日ほど、寂しさが強く、満足感が低い傾向があった。ただし、自分で選んだ一人の時間では、この傾向が弱まるか消えた。しかもこの傾向は日をまたいで積み重ならず、ふだん一人の時間が長い人が、全体として寂しいわけでもなかった。一方で、一人の時間が長い日はストレスが低く、自律感が高かった。こちらは積み重なった。得るものと失うものが、別の指標に出ているのだ。

ワインスタインらの研究は、日誌による自己報告で、参加者が自分の状態を毎日答えた結果だ。日々の気分と一人の時間の長さが同時に動くため、因果の向きまでは言えない。それでも、自分で選んだかどうかで寂しさの出方が変わる、という点は、他の研究の結果とも矛盾していない。

一人でいる動機が、結果を分けるという報告もある。調べる対象を「一人の時間の長さ」ではなく「なぜ一人でいるのか」に移した研究である。2019年のトーマスとアズミティアは、成人形成期(おおむね18〜25歳)の803人と思春期の176人のデータで、一人になる動機を測る尺度を作った。自分で選んだ理由で一人でいることは幸福感と、外から押しつけられた事情で一人でいることは、孤独や社交不安や抑うつと、それぞれ関連していた。相関の研究で、因果は言えない。それでも、多くの一人旅は、自分で選んだ一人に近いのだろう、と筆者は考える。

ここで、「一人でいること」と「孤独」は別のものだ、という区別も押さえておく。ホークリーとカシオッポが2010年にまとめた総説は、孤独を、主観的に感じる社会的な孤立と定義し、脅威への過敏さや睡眠の質の低下と結びつけている。要旨が明言するとおり、孤独は単に一人でいることではない。人との結びつきが足りないという感覚のことで、人に囲まれていても生じうる。一人旅で眠りが浅くなる夜があるとすれば、環境が変わったせいなのか、静けさの中で寂しさが顔を出したせいなのか、区別する手がかりは、自分の中にしかない。温泉宿で一人の夜を過ごして感じるのは、孤独というより、感情の静まった状態に、寂しさがひとさじ混ざったものに近いのかもしれない。

宿を選ぶときに考えること

豪華さより、何を求めているかで宿を選ぶ方が結果的に満足しやすい、というのが自分の経験則だ。ただ、研究がこれを支えているわけではない。先ほどのグエンらの結果をふまえれば、強酸性の湯や硫黄の香りが強い温泉のような刺激の強い湯は、気分を切り替えたいときに向いている、と書くのは根拠が足りない。感情の振れ幅を小さくするのが一人の時間の効果なら、刺激の強い湯は、その効果の邪魔をするかもしれない。どちらとも言えない、というのが正直なところだ。

部屋については、窓際に椅子とテーブルがある「広縁」があると、外を眺めながらぼんやりする時間が作りやすい。他人の視線や会話を気にしたくないなら、部屋食や個室の食事処がある宿を選ぶ人もいる、という点も、あくまで好みの話だ。11時チェックアウトの宿なら、朝の時間を慌ただしくせずに使える。

荷物は少ない方がいい、とは言い切れない

「万が一のために」と持ち込んだ余分な着替えやガジェットは、日常を旅先まで引きずってくる。足りなければ現地で何とかなることが多いし、宿の浴衣やアメニティに頼ることも一つの選択だ。ノートと筆記具、読みたかった本くらいがあれば、自分には十分だった。荷物が軽いと不思議と気持ちも軽くなる。宿によっては、浴衣、タオル、歯ブラシ、化粧水までそろっているから、足りないものを数えるより、何を持たないでいられるかを考えるほうが、自分には向いている。

この感覚に、選択肢が多すぎると人は動けなくなる、という有名な研究を重ねたくなる。2000年のアイエンガーとレッパーの研究は、高級ジャムの売り場で、選択肢が6種類のときのほうが24種類のときより、買う人が多かったと報告した。チョコレートの実験(6種類対30種類)では、選んだあとの満足度も、選択肢の少ないほうが高かった。ところが、その後の統合分析は、結論を一定させなかった。2010年のシャイベーネらは、50件の実験の63条件(合計5,036人)を統合し、選択肢の多さの効果は平均でほぼゼロで、研究ごとのばらつきが大きいと結論した。2015年のチェルネフらは、99件の観察(7,202人)を統合し、選択肢の複雑さ、課題の難しさ、好みが定まっていないこと、手間を省きたいという目的、の4つの条件が、それぞれ選択肢過多を起こりやすくすると報告した。しかも、これらの条件を考慮すると、全体の効果も有意だった。先の2010年の結論と、逆である。つまり、条件次第で起きたり起きなかったりする。

四つの条件を荷造りに引き寄せると、少し見えてくることがある。選択肢が複雑で、課題が難しく、好みが定まらず、手間を省きたい。旅先で何を着るか、何を持つかは、初めて行く宿で、季節も読めず、何が必要か分からないときは、全部が当てはまりやすい。慣れた宿で、好みが決まっていれば、当てはまる条件は減る。荷物の軽さが心の軽さになるかどうかは、準備の難しさにも左右される。

この結果は、「荷物は少ないほうがいい」と断言できないことを教えてくれる。選択肢を減らして楽になるのは、好みが定まっていない人や、選ぶ課題が難しいときであって、全員がそうなるわけではない。これは研究を旅行に当てはめた筆者の連想にすぎない。

一人の夕食と、湯船で考えること

湯に浸かっていると、仕事や人間関係のことが不意に浮かんでくることがある。無理に消そうとせず、雲のように眺めて、また流れていくのを待つくらいの距離感がちょうどいい、と感じてきた。心理学には、これに近い構えを指す言葉がある。脱中心化と呼ばれ、2015年のバーンスタインらの総説は、いま何を考えているかに気づくこと、考えと自分を同一視しないこと、考えの内容に反応しにくくなること、の3つの過程にまとめた。具体的には、脱中心化の考え方は、自分の考えを事実としてではなく、心に浮かんだ出来事として扱う練習に近い。「雲のように眺める」という比喩そのものの効果を検証した研究は、確認できなかった。言えるのは、思考を思考として眺める構えが、臨床心理学で概念として整理されている、というところまでだ。

湯の中で考えが浮かぶ、という感覚を実験した研究もある。2012年のバードらは、頭をあまり使わない課題をしている間は思考がさまよいやすく、その後、前に出された創造性の課題の成績が上がる、と報告した。ただ、後続の研究は、結果が安定しない。2025年に報告された85人の実験では、発散的な思考への効果はなく、収束的な思考では、条件によって効果が見られた。同じ年の事前登録研究は、操作した休憩の課題による差を見出さなかったが、課題に関係なく、思考がさまよった量が多い人ほど、創造性の伸びが大きかった。入浴中に名案が浮かぶ、という経験を直接検証した研究は、確認していない。

一人での夕食も、スマホを見ずに、盛り付けや温度、香りに意識を向けてみると、思いのほか時間が持つ、というのが自分の実感だ。これを直接支える研究は、見つからなかった。近いものとして、気が散った状態で食べるとその場の摂取量がやや増え(標準化平均差0.39、中程度)、その後の食事ではさらに増える(0.76)、という24研究のメタ分析がある。食べている自覚を高めても、その場の摂取量は変わらなかった(0.09)。扱っているのは食べる量で、楽しさや時間の感じ方ではない。

一人で食べることについて、日本には大きな追跡研究がある。65歳以上の男性17,612人と女性19,581人を3年追った研究で、一人で食べる独居の男性は、誰かと食べる独居の男性の約2.4倍の率で、うつを発症した(調整済み率比2.36、95%信頼区間1.18〜4.71)。同じ研究グループの別の追跡(男性33,083人、女性38,698人)では、同居しているのに一人で食べる男性の死亡のハザード比が、同居して誰かと食べる男性と比べて1.48、独居で一人で食べる男性は1.19だった。この追跡では、女性はどちらも有意でなかった。ただ、先の追跡では、女性にも差があった(独居で一人で食べる女性1.31、同居して一人で食べる女性1.21)。しかし、これは高齢者が日常的に一人で食べる習慣の研究で、旅先で自分で選んだ一夜の夕食とは、別の話だ。この二つを重ねて読むと、選べない孤食と、選んだ一人の食事を混同してしまう。

数字を並べて気づくのは、一人旅を測る物差しが、研究ごとにまるで違うことだ。感情の高揚を測るもの、日々の寂しさを測るもの、動機を測るもの、数年後の死亡を測るもの。どれも「一人」を扱っているが、同じものを測ってはいない。一人旅について確かな答えが出にくいのは、研究が足りないからというより、「一人」という言葉に、いくつもの状態が畳み込まれているからなのだろう。

寂しさを、どこに置くか

ここまでの結果を合わせると、一人で温泉に泊まることは、得るものと失うものが別々の指標に出る体験として読める。ストレスは下がり、自律感は上がり、寂しさはわずかに増えるかもしれない。寂しさは、日をまたいで積み重なりにくく、自分で選んだ一人の時間では弱まる傾向があった。この配分が良いか悪いかは、研究が決めることではない。

問いは、むしろ手前にある。寂しさがわずかに増えることを、一人の時間の費用として払うのか。それとも、増えた寂しさを、誰かへの連絡や次の約束の理由として使うのか。研究は、どちらも禁じていないし、勧めてもいない。一人旅の価値は、一人であることそのものではなく、一人でいる理由を自分で決められたかどうかに、かかっているのかもしれない。

旅が終わったあとに

旅は宿の玄関を出た瞬間に終わるわけではない。旅先で書いたメモを一週間ほど経ってから読み返すと、旅の熱が冷めた後の落ち着いた視点で、自分が何を考えていたかが見えてくることがある。

これを直接検証した研究は、確認できなかった。近いものを挙げると、2005年のクロスらは、怒った出来事を思い出すときに、自分から距離を置いた視点で「なぜ」を考えると、嫌な感情を強めずに振り返れる、と2つの研究で報告した。効果は、出来事を抽象的にとらえ直すことを通じて生じ、出来事がすでに解決済みかどうかは関係しなかった。2016年のパクらは、感情を書き出す15分の課題を3日続けると、翌日に出来事を振り返るときの自己距離化が増え、感情の反応が1か月後(二つめの研究では6か月後も)小さかった、と報告した。2015年のブルームラン=セネカルらは、嫌な出来事を遠い未来の視点から見ると苦痛が減り、鍵は「これは永続しない」と気づくことだと、7つの研究で示した。言い方はそれぞれ違うが、共通するのは、距離が感情の強さを小さくする、という方向だ。

ただし、これらが操作したのは、想像上の視点の切り替えや書く行為であって、実際に時間をおいて読み返すことではない。書くこと自体の効果も、大きくはない。146件のランダム化研究を統合したメタ分析は、感情を書き出す課題の平均の効果量をr=.075と報告している。正で有意だが、小さい。「書くと楽になる」とまでは言えない。書き留めたメモを一週間後に開くのは、研究の知見を適用するというより、自分で試してきた習慣として残している。

一人旅を、どう締めくくるか

一人で温泉に泊まることは、少数派だが珍しくはなく、断られる理由にも法律上はなっていない。他人の視線は、思うほど向けられていないらしい。一人の時間は、楽しい高揚も苛立ちもまとめて静め、そのかわり寂しさもわずかに連れてくる。その寂しさは日をまたいで積み重なりにくい、というのが研究の言うところだ。ここまでが、確かめられた範囲だ。

確かめられなかった部分も多い。広縁の椅子が気分を変えるのか、荷物の軽さが心を軽くするのか、湯の中で考えが流れていくのか。それらは、今のところ自分の実感に頼るしかない。実感を研究の言葉で言い換えることはできても、研究が実感を保証してくれるわけではない。それでも、一人の夜に感じる静けさに、寂しさが少し混ざることを、欠点としてではなく、一人の時間の性質として受け取れるようになったのは、研究をたどった収穫だったと思う。

最後に、数字の置き場所について。この文章で使った数字の多くは、アメリカの大学生や、日本の高齢者といった、特定の集団のものだ。温泉宿で一晩を過ごす、日本の働く世代の一人客を直接測った研究は、確認できなかった。研究の数字は、自分の旅の輪郭をなぞる定規にはなっても、自分の旅の結果を予言する式にはならない。

出典

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