傷ついた革を、休日に少しずつ直す
クローゼットの奥にしまい込んでいた革製品を、自分の手で手入れしてみた記録。うまくいったことと、取り返しがつかなかった失敗について。
財布やバッグの傷を見て、それを劣化と見なすか、時間の痕跡と見なすかは、案外気分に左右される。新品の状態を百点として、そこからの減点で見てしまうと、使うこと自体が惜しくなる。逆に、傷を積み重ねてきた時間として見られるときは、同じ傷が急に気にならなくなる。この感覚の切り替えは、自分でもうまく説明がつかない。
革がボロボロに見える主な原因は乾燥だという。動物の皮膚だった頃は体内から水分と油分が供給されていたが、製品になった瞬間からその供給が絶たれる。繊維同士が油分を失って固着し、そこに無理な力がかかるとひび割れる。だとすれば、やるべきことは単純で、水分と油分の循環を擬似的に再現するだけでいい。理屈としては、そう難しい話ではなかった。
ただし、すべての革が生き返るわけではない。目立たない場所に水を一滴垂らしてみて、染み込めば本来の革で、手入れのしがいがある。弾けば表面が樹脂で覆われたタイプで、汚れ落とし程度の効果しか望めない。かつて本革だと思い込んでいたジャケットに高級なクリームを塗り込んだら、翌日表面がボロボロと剥がれ落ちたことがある。合皮だった。クリームも時間も無駄にしたその虚しさは、先に確認しておけば避けられた失敗だった。
道具は、普通地用ではなく厚地用を選ぶ必要があった革製の靴と同じで、専用品に頼った方が結果は安定する。馬毛のブラシで埃を払い、水性のクリーナーで古いクリームやワックスを落としてから、乳化性のクリームで油分と水分を補う。この順番を守らずにいきなり上からクリームを重ねると、汚れごと閉じ込めてしまう。
つま先の深い傷は、紙やすりで周囲のささくれを削り、補修用のクリームで凹みを埋めてから、同色のクリームで馴染ませ、最後にワックスで磨いた。ヤスリをかける工程には最初かなり抵抗があったが、古い角質を落とさない限り新しいクリームが定着しないというのは、なるほどそういうものかと納得できた。磨き終えたつま先に光が入ると、傷があった場所がむしろ美しい色ムラのように見えてくるのが不思議だった。
雨シミだらけになったヌメ革のバッグは、脱脂してから濃い染料で染め直した。一度塗りでは必ずムラになるので、乾いては塗るを三回ほど繰り返す。ステッチの糸は染料を吸わないポリエステルのことが多く、革だけ黒くなって縫い糸だけ元の色のまま残ることがある。これをどう受け止めるかは、正直好みの問題だと思う。
ソールの剥がれや縫製のほつれは、素人の手には負えない。接着剤で誤魔化そうとすると、革が硬化してプロが後から縫い直すことすらできなくなる。自分でできる範囲とプロに任せるべき範囲の線引きは、一度失敗してみないと体感として分からないものかもしれない。
帰宅後にブラシを軽くかけるだけの、数十秒の習慣も続けている。これだけで埃を取り除けて、大がかりな手入れの頻度が減る。単純作業を繰り返している間、他のことを考えなくて済むのも、地味にありがたい時間になっている。
