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パソコンでできる趣味。ゲーム時間と幸福の関連は小さい

パソコンでできる趣味。ゲーム時間と幸福の関連は小さい

パソコンでできることを、見る・聴く、遊ぶ、作る、コードを書く、学ぶの五つに分けて、向き不向きを並べる。ネット利用者でパソコンを使う人は53.2%。遊んだ時間の長さと気分の関係は、38,935人の追跡でもほぼゼロだった。

TOMOAKI··趣味

パソコンの前で、動画を見て終わる人がいる

新しいパソコンを買ったとする。動作は速く、画面は大きく、できることは理屈の上ではほとんど無限に思える。動画編集も、簡単なゲーム開発も、データ分析も、このマシンなら重さを理由に諦める必要はない。ところが半年後、そのパソコンで主にしているのは、動画を眺めることと、いくつかのタブを行き来することだった。たとえばそういう人がいる。性能を持て余しているという自覚だけが、確かな実感として残る。

「パソコンでできる趣味」を検索する人の多くは、おそらくこの手前か、この少し先にいる。何かを始めたい。ただ、何を始めればいいかが分からない。この記事は、パソコンでできることを、見る・聴く、遊ぶ、作る、コードを書く、学ぶ、の五つに分けて、それぞれの向き不向きを並べる。ランキングにはしない。ランキングが示すのは多くの人が選ぶものであって、自分に合うものではないからだ。

具体的には、見る・聴く(動画、音楽、映画)、遊ぶ(ゲーム)、作る(絵、音楽、映像、文章)、コードを書く・データを触る(プログラミング、集計)、学ぶ(オンライン講座、語学、資格)の五つになる。自作パソコンやパソコンそのものをいじる趣味は、調べた範囲で統計も実証も見つからなかったので、ここでは扱わない。向き不向きは後半で、根拠の強さと一緒に並べる。その前に、数字を見ておく。日本の統計に、パソコンの趣味を直接測ったものはない。測られているのは、パソコンを使う人の割合と、趣味の種類ごとの行動者率で、その二つを重ねて読むことになる。

パソコンを使う人は、思ったほど多くない

総務省の令和7年通信利用動向調査(2025年8月末、2026年5月公表)によれば、世帯のパソコン保有率は64.4%で、スマートフォンの91.8%を大きく下回っている。パソコンの保有率が最も高かったのは平成21年の87.2%で、近年でも平成30年の74.0%から10ポイント近く下がった。平成28年にはパソコン(73.0%)がスマートフォン(71.8%)を上回っていたが、翌年に逆転している。

過去1年にインターネットを使った6歳以上の人(35,794人)に、使った機器を尋ねた項目では、パソコンが53.2%、スマートフォンが86.7%だった。インターネットを使う人の半数弱は、パソコンを使ったと答えていない。男女差も大きく、パソコンを使う人は男性で62.1%、女性で44.3%。年齢別に見ると、男性は50代(68.9%)、60代(70.1%)まで上がり続けるのに、女性は20代の57.5%がいちばん高く、50代では49.0%に下がる。

「パソコンでできる趣味」は、パソコンを持っている、あるいは使っている人の中の選択肢だ。その前提は、思っているほど全員に共通ではない。また、「プログラミング言語を使用してコンピュータプログラムを作成」を「できる」と答えた人は、6歳以上で6.1%(男性9.5%、女性2.9%)、男性の20代でも19.4%にとどまる。自己申告のスキルを尋ねた項目であり、趣味としてやっている人の割合ではない。それでも、パソコンの「何でもできる」と、実際に人がしていることのあいだには、かなりの距離がある。

画面の時間は、中身を見ないと分からない

では、ネットの時間は何に使われているのか。NHK放送文化研究所の国民生活時間調査(2020年と2025年の各10月、10歳以上、平日)で、全員平均の時間を比べると、インターネット動画が24分から42分へ、趣味・娯楽・教養のネット(動画を除く)が44分から53分へ増えた。一方、ネットを使わない趣味・娯楽・教養は24分から25分でほとんど動いていない。ただし、NHKの「インターネット」はパソコンかスマートフォンかを区別しないので、これを「パソコンの時間」とは読めない。

総務省統計局の令和3年社会生活基本調査の趣味・娯楽の項目は、もう少し具体的だ。10歳以上の過去1年の行動者率は、音楽鑑賞が53.5%、映画鑑賞(映画館以外。テレビ・DVD・パソコンなど)が52.7%、スマートフォン・家庭用ゲーム機などによるゲームが42.9%、写真の撮影・プリントが21.9%、楽器の演奏が10.2%、絵画・彫刻の制作が3.4%、詩・和歌・俳句・小説などの創作が2.2%。ゲームは平成28年の35.8%から7.1ポイント上がり、「年200日以上」遊ぶ人が10歳以上の16.4%、10〜14歳では37.0%、25〜29歳でも25.3%にのぼる。

ここで書いておくべきなのは、この調査にないものだ。プログラミング、ブログやSNSの書き込み、動画制作、パソコンゲームといった項目は、単独では立てられていない。一方、学習・自己啓発の項目には「パソコンなどの情報処理」がある。15歳以上の過去1年の行動者率は16.4%、20〜24歳では29.6%だった。統計局が公表している時系列の表は10歳以上で、そちらで見ると、平成13年の15.9%から平成18年に11.7%へ下がり、28年まで12%前後にとどまったのち、令和3年に16.5%へ戻っている。情報処理を学ぶことは、この調査では趣味ではなく学習の側に置かれている。プログラミングの学習もこの欄に入る、というのが私の読みだが、調査票や記入の手引きにそう例示されているかは確認できていない。パソコンで絵や文章を作ることがどの欄に数えられるかは、項目の名前からは分からない。

受け身の時間は、悪いのか

見るだけの時間は悪い、という話は広く流通している。根拠を一つずつ見ると、結論は割れている。

2020年のキムらの調査(カナダ・オンタリオ州の12〜17歳、2,320人、横断)では、受動的なスクリーンタイムが1日4時間以上の青少年は、2時間未満の青少年より、大うつ病エピソード(オッズ比3.28)、社交不安(3.15)、全般不安(2.92)の基準を満たしやすかった。年齢、性別、低所得、能動的スクリーンタイム、睡眠、身体活動を調整すると、オッズ比は小〜中程度に弱まったが、関連は残った。一方、能動的スクリーンタイムとの関連は、小さく、有意でなかった(以上は抄録による。受動的・能動的の定義は抄録にない)。オッズ比が3前後という数字は、疾患ごとの値で、該当する確率が3倍という意味でも、「どれかに該当する確率」でもない。

成人の追跡でも、似た向きの結果がある。スウェーデンの成人43,863人を調べ、うち33,116人を13年追った研究(2020年のハルグレンら)は、受動的な座位行動(テレビなど)が1日3時間以上だと、大うつ病の発症のハザード比が1.27(調整後1.29)だったと報告した。英国の1958年コホート4,607人の研究(2023年のウェルネックら)では、受動的な座位は1.43、能動的な座位は関連なしだった(ハルグレンらは抄録、ウェルネックらは出版前のプレプリントによる)。ただ、ウェルネックらの研究の「能動的な座位」は仕事中のデスクワークや運転などで、余暇に画面を能動的に使う時間のことではない。

実験になると、様子が変わる。2015年のフェルデュインらは、学部生をフェイスブックの閲覧だけをする群と、投稿もする群に分けた。分析対象の67人で、受動的な群だけが、その日の夜に気分が下がった。一方、SNSを断つ実験をまとめた2025年のルマーフらのメタ分析(10研究、4,674人)は、ポジティブ感情、ネガティブ感情、生活満足度のいずれにも、有意な効果を見つけなかった。さらに、能動的な利用が良く、受動的な利用が悪い、という二つの仮説を検討した2022年のバルケンブルフらの整理(40の調査研究、172の関連)は、どちらの仮説も支持されないことが多かったと報告している(投稿や閲覧など公開の利用に関する関連では、79%が能動の仮説を、74%が受動の仮説を支持しなかった)。青少年のウェルビーイングとデジタル技術の関連が、分散の0.4%以下だった、という大規模データの分析(2019年のオーベンとプシビルスキ)もある。

受け身の時間が悪い、という結論も、無害だという結論も、手元の材料では言い切れない。画面の時間の説明力については、別の記事で詳しく扱っている。ここで押さえておくのは、研究の種類によって結果が割れているということだ。ここで見た中で、受動と能動を実験で比べたのは1本(67人)で、受動のほうだけ気分が下がった。調査研究をまとめた整理では、この区分を支持しない関連が多く、SNSを断つ実験のメタ分析でも、効果は見つからなかった。

38,935人の追跡で、ゲームの時間は何を動かしたか

パソコンの趣味として真っ先に挙がるのがゲームだが、これも時間で測ると意外な結果になる。2021年のヨハネスらは、ゲーム会社が持つ実際のプレイ時間のログと、直近2週間の感情的ウェルビーイングの回答をつないだ。対象は2つのタイトルで、解析人数は468人と2,537人。プレイ時間が10時間多いごとに、気分の得点は0.10標準偏差と0.06標準偏差高い、という小さいが有意な正の関連で、説明できる分散は1%だった。しかも、自己申告のプレイ時間が実際の時間を説明できたのは15〜16%にすぎない。「何時間遊んだと思うか」は、実際の時間を、おおまかにしか当てていない。

2022年のヴォーレらは、7つのタイトル、38,935人を6週間追った。前の2週間にたくさん遊んだことが、次の2週間の気分を動かすかを調べ、プレイ時間が1日1時間増えたときの影響を、13点の感情尺度で、95%区間が−0.09〜0.16(ゼロを含む)の範囲に収まると推定した。ゼロと区別がつかない範囲で、気分がプレイ時間を動かす向きも、ほぼゼロだった。事前登録はされておらず、参加は自己選択で、脱落が一様でない。著者自身も、プレイ時間の総量は粗い指標で、動機や状況のほうが大事かもしれないと述べている。

ゲームに問題が起きる人がいないわけではない。2017年のプシビルスキらは、4つの調査(18,932人)で、インターネットゲーム障害の暫定基準に該当し得る人が0.3〜1.0%だと報告した。2021年のステーブンスらのメタ分析(当初は53研究、226,247人)は、世界の推定有病率を3.05%とした。著者らはのちの訂正で、誤って入っていた2本の研究を除き、2.96%に改めている。訂正前の分析では、厳しい抽出基準の研究に絞ると1.96%で、推定値のばらつきの77%はスクリーニング尺度の違いで説明されていた(訂正後の値は確かめていない)。診断名として認めるべきかについても、研究者のあいだで意見が割れている(2018年のファン・ローイらは延期を、同年のルンプフらは必要性を主張した)。

ここから言えるのは、ゲームの時間の長さだけでは、幸福の良し悪しは決まらない、というところまでだ。ヴォーレらの参加者の約85%は家庭用ゲーム機専用の2タイトルの遊び手で、パソコンで遊ぶ人を分けて調べたものではない。

フィードは、スロットマシンと同じ設計だろうか

動画や投稿のフィードが、延々と見てしまうように作られている、という話がある。引き合いに出されるのが、人類学者ナターシャ・ダウ・シュールの『Addiction by Design』(2012年)で、ラスベガスで約15年にわたってスロットマシンの利用者を調べた本である。プレイヤー自身が「マシン・ゾーン」と呼ぶ、勝つためではなく遊び続けるための状態が描かれていて、出版社の紹介によれば、ゲームのアルゴリズム、機械の人間工学、カジノの建築、プレイヤーの追跡が検討されている(本そのものは未読で、紹介による)。

その背景にあるのが、スキナーとファースターが1957年の『Schedules of Reinforcement』にまとめた強化スケジュールだ。反応の回数が強化ごとに予測できない形で変わる「変動比率」では、高く安定した反応率が生まれ、強化の直後の休止も少なかった。原典の記述で確認できたのは反応率であって、「やめにくい」(消去への抵抗)のほうではない。主に鳩の実験による。

フィードがこの仕組みを使っているという話は、総説として論じられている(2023年のクラークとザック)。けれども、利用者に対してフィードの報酬のスケジュールを無作為に変えて利用の長さを測った実験は、調べた範囲では見つからなかった。フィードがこの仕組みで作られている、という話は、実験で確かめられたものではなく、議論として読むほうが安全だ。

作る時間は、なぜ始めにくいのか

作る時間は、フローに近い状態をつくりやすい、という見方がある。それなら人は自然とそちらを選ぶのか。以下の研究は仕事と余暇を比べたもので、創作と消費を直接比べたものではない。1989年のチクセントミハイとルフェーブルは、働く成人78人に1週間、1日に何度も今の活動と気分を答えてもらった(抄録による)。挑戦も技能も高い状態、つまりフローに近い状態は、余暇より仕事の最中のほうが多かった。それでいて、動機づけは余暇のほうが高かった。この食い違いは、後の研究で「仕事のパラドックス」と呼ばれている。数値を含めた詳細は、別の記事に書いた。

注意が要るのは、この研究がフローを直接測っていないことだ。挑戦と技能が、その人の平均より高いことから、フローを推定している。ドイツの就業者100人、4,504回答で追った後続の研究(2016年のエンゼルとバウマン)では、仕事のフローは、受動的な余暇よりはるかに高く、能動的な余暇よりわずかに高かった。受動的な余暇のフローが低い、という点では一致している。

始める前の腰の重さは、別の研究が扱っている。2007年のスティールは、先延ばしに関する691の相関を集めたメタ分析で、課題の嫌悪度との相関が.40、衝動性が.41、気の散りやすさが.45、自己効力感が−.38、誠実性が−.62だったと整理した。意外なのは、意図との相関が−.03だったことだ。先延ばしする人も、やる意図の強さは他の人と変わらない。完璧主義(自己・他者志向)との相関もほぼゼロ(−.03)だった。違いが出るのは、意図を行動に移すところのほうで、意図と行動のずれとの相関は.29ある。ただ、達成動機との相関は−.35あり、「やる気」全般が無関係というわけではない。「完璧主義だから始められない」「やる意図が弱いから始められない」は、この分析の範囲では支持されない。2013年のシロワとピチルは、先延ばしを短期の気分修復として説明する(嫌な気分を避けるために、課題から離れる)。楽しいはずの活動に取りかかれない理由を、直接調べた実験は見つからなかった。

始めたあとの離脱の数字もある。趣味として自発的に始めた人ではなく、講座の学習者が分母になる(ジョーダンは登録者、キジルセクらは活動した学習者)。2014年のジョーダンの分析(公開データ)では、MOOC(大規模公開オンライン講座)の修了率の中央値が6.5%、2015年の分析(221コースを集め、修了の数字が取れた129コース)では12.6%だった。2013年のキジルセクらは、3つのコンピュータサイエンス講座を調べ、活動した学習者のうち課題の大半をこなした人の割合を、高校レベルで27%、学部レベルで8%、大学院レベルで5%と報告した(登録だけして何もしなかった人は分母に入っていない)。大学の入門プログラミングの不合格率は平均28%だが、その内訳は、途中で降りた人が10.7%、スキップが4.0%、不合格が12.7%だった(2019年のベネデンとカスペルセン。教員の回答170人で、代表性はない)。始めた人の少なくない部分が、途中で降りている。

創作の効果は、思ったより小さく、測りにくい

作る時間が幸福と結びつく、という研究はある。2018年のコナーらは、ニュージーランドの学生658人に13日間の日記をつけてもらった。創造性は「今日はどれくらい創造的だったか」の1項目(0〜4の5段階)で測られていて、活動の種類は記録されていない。前日の創造性が高いと、翌日の高活性のポジティブ感情と、繁栄の得点が上がった。ただし、繁栄が上がった幅は、創造性が1段階上がった翌日で0.052点にすぎない。デジタルな創作か手作業かは、この研究からは区別できない。

2024年のキーズらは、英国の「Taking Part」調査のうち、イングランドの成人7,182人を分析した。過去12か月に、絵画・彫刻、芸術としての写真・映像、コンピュータでの原作品・アニメ制作、繊維工芸、木工などのいずれかをした人は2,689人(37.4%)。創作・クラフトへの従事は、生活満足度、幸福感、人生が価値あると感じる度合いを予測し、不安と孤独は予測しなかった。就労との大きさの比較が本文で明示されているのは、人生は価値があるという感覚だけで、創作の係数が0.218、就労が0.136だった。孤独が低いことと結びついていたのは就労のほうで、係数は−0.187だった。性別・地域の剥奪度・年齢・健康・就労を入れたモデルに創作・クラフトの有無を加えて増えた説明分散は、有意だった三つの指標で0.0005〜0.003にとどまり、著者自身も相関研究であり、因果は決められないと書いている。

「創作は仕事より効く」とまとめるのは、数字の範囲を超えている。そして、パソコンでの創作に限った幸福の実証は、調べた範囲では見つからなかった。写真編集、作曲、動画編集、プログラミングごとに幸福を比べた査読研究は、確認できなかった。「創ることは満たされる」という感覚は、広く共有されているが、パソコンの上での創作について、測られた数字は多くない。

消費と創作を分けるのは、画面の中身ではない

動画も、自作のプログラムも、同じ画面の中で起きている。デバイスでは区別がつかない。違いを書き分けるなら、こうなる。これは私の整理で、研究で確かめられた区別ではない。

何かを作る作業には、次の一手を自分で決める場面がある。コードがエラーを返す。描いた線が思っていた形と違う。組んだ式の答えが直感とずれている。そのつど手を止めて、直すか諦めるかを選ぶ。自分の判断が次に反映されるこのループが閉じているかどうかが、同じ画面の前でも体験を別のものにしているのではないか、と考えている。ただ、ループが閉じていると時間が経つほど何かが手元に残る、という言い方に、実証の裏づけがあるわけではない。

創作的な活動であっても、評価の基準を自分の外に置いた瞬間、このループは外に開く。動画編集の腕が上がったかどうかを、自分の目ではなく再生数で測るようになると、フィードバックの出どころは、自分の判断から他人の反応に移る。これも整理であって、実験の結果ではない。道具や活動の種類で、消費と創作を線引きするのは難しい、とは言えるだろう。

余暇の研究には、この違いに近い区分がある。社会学者のロバート・ステビンスは、余暇を「カジュアル・レジャー」と「シリアス・レジャー」に分けた。カジュアル・レジャーは、すぐに内在的な報酬が得られる、短時間で楽しい活動で、特別な訓練を必要としない。シリアス・レジャーは、アマチュア、ホビイスト、ボランティアとして、特定の技能・知識・経験を体系的に積み上げていく活動で、忍耐、キャリア、努力、持続的な利益、独自のエートス、強いアイデンティティという六つの特徴を持つ。概念の出発点は1970年代で、シリアス・レジャーを定義した論文は1982年、カジュアル・レジャーの独立した定義は1997年にある。社会全体を説明する理論として成り立つかについては、批判もある(2021年のヴィール)。

この区分で見ると、動画を見る時間はカジュアル・レジャーで、悪いわけではない。回復や気晴らしとして、そのまま意味を持つ。性能を持て余している、という感覚の正体を探すなら、余暇の時間のなかに蓄積を伴う活動が一つもない、という偏りがあるのかもしれない。それが気になるかどうかは、人による。

パソコンでできることを、五つに分ける

ここまでの材料を、パソコンでできることに戻して並べる。優劣はつけない。何に向き、何に向かないか、その根拠の強さも併せて書く。この分け方は、私が作ったものだ。

見る、聴く

動画、音楽、映画。最も手軽で、始める準備がいらない。社会生活基本調査では、音楽鑑賞と映画鑑賞が行動者率で上位にある。受け身の時間が悪いかどうかは、前に見たとおり、研究の種類によって結果が割れている。弱みは、時間が経っても手元に何も積み上がらないという感覚が残りやすい、とは言われるが、実証ではない。

遊ぶ

ゲームは、プレイ時間で測ると幸福をほぼ動かさない、という大規模な追跡がある(ただし事前登録されておらず、参加者の大半は家庭用ゲーム機専用のタイトルの遊び手)。少数の人には、生活に支障が出る。推定は、ここで挙げた研究では0.3〜3%ほどで、ステーブンスらのメタ分析では、訂正前の値で、研究間のばらつきの多くがスクリーニング尺度の違いで説明されていた。診断名として認めるべきかは、研究者のあいだでも意見が分かれている。遊ぶ時間そのものよりも、何のために、どんな状況で遊ぶのかのほうが、大事かもしれない。

作る

絵や画像、音楽、映像、文章。自分の判断が結果に返ってくる点が、見る、聴くとの違いだ。創作と幸福の関連は、日記の研究とイングランドの全国調査で、小さいながら確認されている。ただし、パソコンでの創作だけを取り出した実証は、調べた範囲では見つからなかった。始めるまでの腰の重さは、先延ばし一般の研究では、意図や完璧主義(自己・他者志向)との関連がほぼゼロだった(趣味で調べたものではない)。評価の出どころが外に移ると、創作の形をした消費に近づく、というのは私の整理にとどまる。

コードを書く、データを触る

プログラミングや、手元のデータの集計。エラーが返ってくるので、私の整理で言えば、ループが閉じていることを実感しやすい。「プログラミングができる」と答える人は6歳以上で6.1%と少なく、入門講座の離脱も目立つ。大学の入門講座の不合格率は28%で、その内訳には途中で降りた人が含まれている。趣味として楽しむ人が多いかどうかは、民間の調査でしか見えない。スタック・オーバーフローの開発者調査(民間の調査で、自己選択の回答)では、2023年にプロの開発者の70.42%が趣味でもコードを書くと答えているが、調査対象は一般の人ではない。

学ぶ

オンライン講座、語学、資格。目標がはっきりしていて、進み具合が見える。一方、完了率は低い。MOOCの中央値は6.5%や12.6%で、レベルの違う3つのコンピュータサイエンス講座では、活動した学習者のうち課題の大半をこなした人が、高校レベルで27%、大学院レベルで5%だった。分母は講座の学習者で、趣味として自発的に始めた人の継続率とは違う。社会生活基本調査では、パソコンなどの情報処理は趣味ではなく学習に数えられる。

五つのうち、どれが正しいとは言えない。パソコンを持っているのか、何のために使いたいのか、人によって変わる。「パソコンでできる趣味」という言葉の中に、見る・聴く、遊ぶ、作る、コードを書く、学ぶが混ざっていることを知っているだけでも、探し方は少し変わるかもしれない。

確かめられたことと、確かめられていないこと

最後に、この記事が何に基づいているかを整理しておく。

確かめられたのは、統計の部分と、いくつかの研究の結果である。パソコンの世帯保有率が下がっていること、ネット利用者の半数弱がパソコンを使ったと答えていないこと、ゲームの行動者率が上がっていること、プログラミングや動画制作、パソコンゲームが統計の趣味の欄に単独の項目として立っていないこと。ゲームの時間と幸福の関連が小さいこと、先延ばしが意図の強さでは説明されないこと。創作・クラフトが幸福と小さく関連していること。

確かめられていないのは、次のようなことだ。フィードが変動比率スケジュールで作られていることを、実験で示した研究は見つからなかった。パソコンでの創作に限った幸福の実証、趣味としてのプログラミングの動機や継続を調べた査読研究、パソコンの趣味ごとの始めやすさや必要なものを示した公的・査読の資料も見つからなかった。受け身の時間が悪いかどうかは、研究の結果が割れている。

ここまで書いて、どの趣味を選ぶかは、書いていない。選ぶ材料になる数字が、そもそも多くないからだ。選ぶ前に問えるのは、何のためにその時間を使いたいのか(休むためか、遊ぶためか、何かを積むためか)、ということくらいだ。私の整理で言えば、自分の判断が返ってくる場面があったかどうかも、問いのひとつにはなる。

出典

総務省「令和7年通信利用動向調査」(2025年8月末現在、2026年5月29日公表)。世帯のパソコン・スマートフォンの保有割合(報告書図表1-1。平成28年以降は報道発表の表)、個人のインターネット利用機器・利用目的・ICTスキル(構成員編〈構11・構15・構23表〉)。世帯調査は20歳以上の世帯主がいる世帯の6歳以上の構成員が対象で、有効回収17,916世帯・43,281人。統計表(CSV)と報告書(PDF)で確認
NHK放送文化研究所「国民生活時間調査」2020年・2025年(各10月実施、10歳以上、平日)。公式サイトのデータ(CSV)で確認。「インターネット」はパソコンかスマートフォンかを区別しない
総務省統計局「令和3年社会生活基本調査」(2021年10月)生活行動編(趣味・娯楽の種類別行動者率と頻度別の表〈第30-2表〉、学習・自己啓発・訓練〈第1-9表〉、時系列統計表〈第1表、10歳以上〉)。統計表(Excel)で確認。趣味・娯楽の項目にプログラミング・ブログやSNSの書き込み・動画制作・パソコンゲームの単独項目はない
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