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「初期投資30時間」のような数字を、趣味の記事でどこまで信じていいか
趣味を「フロー体験」や「意思決定の訓練」として語る記事に、妙に具体的な数字(習熟時間◯時間、初期投資◯万円)が並んでいたら、その精度を疑ってみる価値がある。実在するフロー理論の使い方を考えた。
「最近、何かに寝食を忘れて没頭しただろうか」——この問いに即答できる人は減っている、とよく言われる。心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱した「フロー(Flow)」は、時間の感覚が消え、行為そのものに没入する状態を指す実在する概念で、趣味の魅力を語るときによく引用される。
「習熟コスト30時間」という数字の出どころ

趣味の紹介記事に「初期投資15万〜30万円」「習熟コスト30時間」というように、やけに具体的な数字が並んでいることがある。もっともらしく見えるが、たいていは根拠となる調査や出典がなく、書いた人の感覚をそれらしい体裁に整えただけの数字だ。個人差が大きいはずのものに、平均や中央値の裏づけもなく単一の数字が振られていたら、まず出典を探してみるといいと思う。見つからなければ、話半分に読むのが正解だ。
本物の道具立てと、その使い方
一方で、趣味を語るときに引用される心理学用語の中には、実在して有用なものもある。「サンクコスト(埋没費用)」は、すでに使った時間やお金を惜しんで非合理な判断をしてしまう傾向を指す、行動経済学の基本概念だ。「イケア効果」は、自分で手をかけたものを実際の価値以上に高く評価してしまう心理を指し、こちらも複数の実験で確認されている。心理学者ダニエル・カーネマンが整理した「システム1(直感的な思考)」と「システム2(論理的な思考)」の区別も、広く参照される枠組みだ。
これらは趣味を「意思決定の訓練場」に見立てるための便利な道具ではあるが、道具はあくまで道具だ。「釣りはビジネスのリーン・スタートアップの縮図だ」というような大げさな例え話に発展させる必要はなく、単に「せっかく買ったから続けている道具はないか」「これは本当に好きで続けているのか」と自分に聞くくらいの使い方で十分だと思う。
数字を抜きにして、いくつかの趣味の魅力

ペダルの回転数と心拍、路面の振動が一定のリズムで重なる自転車。気温や潮の動きから見えない水面下を推理する釣り。何を写し、何をぼかすかを選び続けるカメラ。土に触れ、コントロールできない時間の流れに身を委ねるガーデニング。素材の特性を理解し、それに逆らわずに手を動かすクラフト。どれも数字で測れる効率とは別のところに、没頭の理由がある。
下手であることは、実際に特権かもしれない

ここは数字で裏づけるまでもなく、素直に頷ける話だと思う。仕事では常に一定の成果を求められるが、趣味では下手でも、非効率でも許される。3ヶ月で飽きたとしても、それは失敗ではなく、「自分にはこのジャンルは合わなかった」という発見だ。
結び
趣味を語る記事に具体的な数字が出てきたら、それが本当に調べられたものか、それとも雰囲気を出すための飾りかを、一度立ち止まって考えてみるといいと思う。数字がなくても、没頭できる理由は十分に語れるはずだ。
出典
Csikszentmihalyi, M. (1990). Flow: The Psychology of Optimal Experience. Harper & Row.
Norton, M. I., Mochon, D., & Ariely, D. (2011). "The 'IKEA Effect': When Labor Leads to Love." Journal of Consumer Psychology, 22(3).
Kahneman, D. (2011). Thinking, Fast and Slow. Farrar, Straus and Giroux.
