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休暇の記憶が、あとから薄くなっているのはなぜか
「何もしない30分」を、あえて予定表に書いておく。休暇の記憶が後から薄くなるのは時間が短いからではなく、その場で判断を重ねすぎているからかもしれない。
月曜の朝、週末を振り返って「何をしていたんだっけ」と思うことがある。物理的には48時間あったはずなのに、記憶に残っているのは薄くて短い断片だけ、ということが自分にもよくあった。
「意思決定していない時間」は、記憶に残りにくい気がする
厳密な検証をしたわけではないが、経験的に、その場その場で「何をしようか」と迷いながら過ごした時間よりも、あらかじめ決めていたことをやった時間のほうが、後から思い出しやすい。逆に、なんとなくSNSを眺めて、なんとなく食事を選んで過ごした時間は、記憶にほとんど残らない。
心理学で「意思決定疲労」という言葉があるらしいが、それを厳密なモデルとして休暇に当てはめるつもりはない。ただ、休暇中に細かい判断を重ねること自体が、その判断に意識を使ってしまい、その場を味わう余力を削っている感覚は、自分にもある。
準備でできることは、思ったより多い
予約はもちろん、当日食べるものまで前もって決めてしまう人がいる。窮屈に思えるかもしれないが、当日に「味わう」ことへ意識を割ける分、迷う時間は減る。持ち物リストを前日の夜までに終わらせておくのも同じ理屈で、当日の朝に靴下を探すような小さな判断を、あらかじめ片付けておく。
予定を詰め込みすぎないことも、自分にとっては重要だった。「何もしない30分」を、あえてスケジュールに書いておく。ただし、それはダラダラする時間というより、予定していなかった発見を拾うための余白として使う。この余白があると、思いがけない出来事がストレスではなく面白い体験として残りやすい。
移動時間の扱い方
移動を「無駄な時間」と捉えると、休暇はそのぶん短く感じられる。乗り物に乗ったら通知を切って、窓の外を眺める。日常の考え事から旅先の考え事へ、頭を切り替えるための時間だと思えば、無駄ではなくなる。
ガイドブックの断片的な情報より先に、その土地に関係する小説や歴史の本を一冊読んでおくのも、個人的には効果を感じている方法だ。物語としての背景を知ってから現地に立つと、同じ景色でも見え方が違ってくる。
結局、特別なことではない
ここに書いたのは、意思決定の回数を減らす、余白を残す、移動時間を無駄にしない、というだけの地味な工夫だ。脳をハックするような大げさな話ではなく、休暇を「与えられるもの」ではなく多少なりとも自分で組み立てるもの、として扱うというだけのことだと思う。
何をして過ごすか迷うときは、6問の選択を3つのアーキタイプに数えるだけの簡単な診断も置いている。AIは使っていない、ただの集計だ。
