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子どもと一緒に何かを直したり育てたりする週末について
「サステナブルな暮らし」という言葉を使わずに、コンポストやアップサイクル、ベランダ菜園を子どもと試してみて実際に分かったことを書く。
子どもを連れて出かけると、たいてい何かを消費して帰ってくる。遊園地の入場料、フードコートの食事、その場限りで数日後には忘れられているおもちゃ。悪いこととは思わないが、選択肢がそれしかないような気になる週末がある。
代わりに、家で何かを直したり育てたりする時間を試してみたことがある。効果があったのは事実だが、「地球にやさしい」「心地よい暮らし」といった言葉で語ると、実態より立派に聞こえすぎる気がしている。ここでは、実際にやってみて分かったことだけを書く。
コンポストは思ったより地味だった
生ゴミが土に還るまで数ヶ月かかる。子どもと一緒に様子を見に行っても、ほとんどの日は「特に変化なし」で終わる。教育的な意味を期待しすぎると拍子抜けする。ただ、たまに臭いが出たときに「なぜだろう」と考える工程だけは、実際に何かを学んでいる感じがした。答えを先に教えるより、一緒に首をかしげている方が長く記憶に残るようだった。
アップサイクルは、工作とほぼ同じ
使い古したデニムを切って何かを作る。これを「素材との対話」と呼ぶのは大げさで、実際は普通の工作だ。違うのは、材料がすでに家族の生活の跡がついているものだという点くらいだと思う。どこが擦り切れているかを見ながら、子どもが「これ、お父さんがよく座ってた椅子の跡じゃない」と言ったことがあり、それは新品の材料では起きないことだった。
ベランダ菜園は、失敗の方が記憶に残る
うまく育った野菜より、枯らしてしまった鉢の方が会話になった。「なんで枯れたと思う」と聞くと、子どもなりに水のやりすぎや日当たりを疑い始める。正解を当てることより、疑うという動作自体に意味があるように見えた。
続けるために結局必要だったこと
完璧にやろうとすると、たいてい数週間で止まる。ペットボトルのラベルを剥がすといった小さな作業だけを続けている方が、結果として長く続いている。義務感でやっている作業には子どもも興味を示さないので、こちらが本当に楽しんでいるかどうかの方が影響が大きいようだった。
これを「サステナブルな趣味」と呼ぶかどうかは正直どちらでもいい。ゴミが減ったかどうかより、何かを直したり育てたりする時間が、単純に週末の選択肢の一つとして残ったことの方が、自分にとっては大きかった。
