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買い替えられた家電の3割は、まだ動いていた——使い捨ての境目

買い替えられた家電の3割は、まだ動いていた——使い捨ての境目

ある実験では、修理の手配にわずかな手間が加わるだけで、毎回修理を選ぶ人が42%から35%に減った。同じ手間を買い替えに足しても、選択はほとんど変わらない。その非対称から、直せるモノと直せないモノの分かれ目を考える。

TOMOAKI··収集

引き出しの奥から、古い万年筆が出てくることがある。インクは固まり、ペン先は少し曲がっている。それでも専門の店に持ち込めば、たいてい「直せますよ」と言われる種類のモノだ。同じ引き出しには、インクの切れたボールペンが何本も転がっている。こちらは誰に見せるまでもなく、燃えないごみの袋に入る。

どちらも「モノを買う」という同じ行為から始まっている。片方は直せて、片方は直せない。その違いはどこで生まれたのか。値段か、素材か、作り手の誠実さか。最初に浮かぶのは、たぶん三つ目だろう。最近のモノは壊れるように作られている、という話は誰でも一度は聞いたことがある。この記事は、その話がどこまで本当なのかを確かめるところから始めたい。

電球の寿命が1,000時間に決められたころ

実際にあった話から書く。1924年12月、世界の主要な電球メーカーがジュネーブに集まり、「フェーバス(Phoebus)」と呼ばれるカルテルを結んだ。市場を分け合うだけでなく、翌1925年の初めには、一般家庭用の白熱電球の定格寿命が1,000時間と定められ、そこから外れた電球を出した工場には罰金が科されたという。それまでの電球は1,500〜2,000時間ほどもつのが普通だった、とされる。メディア史家のクライェフスキがオスラム社などの社内文書を調べてまとめたところでは、基準となる電球の平均寿命は1926年の1,800時間から、1933〜34年度には1,205時間まで縮んだ。

「わざと短くする」は、少なくとも一度は、文書の残る形で起きていた。

では、今の家電もそうなのか。ここで話が急に地味になる。ドイツ連邦環境庁(UBA)の委託で、エコ研究所(Öko-Institut)とボン大学のプラカシュらが2016年にまとめた報告書がある。洗濯機や冷蔵庫などの大型家電、テレビ、ノートパソコンについて、市場調査会社GfKの消費者パネルのデータ、回収拠点に捨てられた洗濯機の製造年の調査、消費者アンケートを突き合わせ、モノがいつ、なぜ買い替えられているのかを300ページ以上かけて調べたものだ。

報告書は、メディアで「計画的陳腐化」の典型例として扱われてきた三つの事例を個別に検討している。熱に弱い電解コンデンサーが熱源のすぐそばに置かれている問題、洗濯機の水槽が金属ではなくプラスチックである問題、インクジェットプリンターが廃インクの吸収パッドの容量に達すると止まってしまう問題。結論は、どれも「メーカーが意図的に弱点を仕込んだ」という主張としては成り立たなかった、というものだった。

とはいえ、三つとも無罪放免になったわけでもない。コンデンサーは回路の性能上、熱源の近くに置かざるをえない。その一方で報告書は、コンデンサーの容量や品質の選び方は製品の寿命を左右し、想定と違う使われ方をすれば早すぎる故障の原因になりうるとして、選定の最低基準やサプライチェーンの品質管理を求めている。プラスチック槽については、消費者団体シュティフトゥング・ヴァーレンテストが15年間に196機種・約600台の洗濯機を試験したなかで、槽が原因の故障はわずかだったという。もっとも、この試験は350ユーロを超える機種に限られている。プリンターの件には、本体ごと止めなくても漏れは防げるはずだし、その容量が買う時点で知らされていないことは問題だ、と注文をつけた。報告書自身、故意を証明することが調査の主目的ではなかったと断っている。

代わりに報告書が書いているのは、もっと身も蓋もないことだ。製品の寿命は、設計の段階でふつう「計画」されている。部品がだいたい同じ頃に寿命を迎えるように作るほうが、無駄が少ない。目指すのは「必要なだけ長く」で、「できるだけ長く」は目標に入っていない。その「必要」を決めるのは、想定する使い方や使われる環境、売り先、そして将来の市場や技術の見通しで、要求の違いはふつう価格に表れる、と。

靴の中敷きだけが十年もっても、靴底が三年ですり減るなら意味がない。だから中敷きも三年もつように作る。その判断自体に悪意はない。ただ、その「三年」がどう決まったのかは、買う側には一切見えない。報告書もこの点を、情報の非対称として批判している。

買い替えの3割は、壊れていないモノだった

同じ報告書には、もう一つ、こちらの居心地を悪くする数字が載っている。

ドイツで大型家電が買い替えられた理由を見ると、2012年から2013年にかけて、全体の30.5%は「古いものはまだ動いていたが、もっと良いものが欲しかった」だった。テレビになるとこの傾向はさらに強い。2012年の薄型テレビの買い替えのうち6割以上は、まだ動くのに、より良い機種が欲しくて、というものだった。

壊れるように作られているかどうかを論じる前に、壊れる前に手放している分が、思っていたよりずっと大きい。

ここで反対側の数字も並べておく。大型家電で故障が理由の買い替えは、2004年に57.6%、2012年に55.6%で、今も買い替えのいちばん大きな理由は故障のままだ。壊れていないモノの買い替えが3割、壊れたモノの買い替えが5割強。どちらか一方だけを見れば、どちらの物語も語れてしまう。

そのうえで、壊れ方そのものも変わってきている。同じ報告書は、購入から5年以内に故障して買い替えられた大型家電が、買い替え全体に占める割合が2004年の3.5%から2012年には8.3%に増えたこと、最初の持ち主が使う期間の平均が14.1年から13.0年へ縮んだことも記録している。回収拠点に捨てられた洗濯機の平均年齢は、2004年の16年から2013年には13.7年になっていた。報告書は、製品がより短い使用期間で買い替えられ、捨てられるようになっていること自体を、環境面で受け入れがたいとしている。壊れて手放す場合も、壊れる前に手放す場合も、そこには含まれる。

数字の読み方にも一つ注意がいる。8.3%というのは「買い替えのうち、5年以内の故障によるもの」の割合で、裏返せば9割以上の買い替えはそうではない。早く壊れるモノは増えている。けれど、早すぎる故障が買い替えの大半を占めているわけではない。原因はいくつもあり、報告書の言葉を借りれば、素材の劣化、機能の陳腐化、心理的な要因、経済的な要因が絡み合って「非常に複雑な模様」をつくっている。

「最近のモノは壊れるように作られている」という言い方は、この複雑な模様を、いちばん語りやすい一本の線に置き換えたものに見える。語りやすい線は、たいてい誰かを悪役にしてくれる。そしてその分だけ、手放す側の判断を視界の外に置いてくれる。

素材ではなく、三つの条件

それでも、直して何十年も使えるモノと、そうでないモノがあるのは確かだ。素材が良いから、という説明はよく聞くが、これは半分しか合っていない。無垢の木材も上質な鋼も、使っているうちに摩耗する。素材の良さは「壊れにくさ」には効くが、「直せるかどうか」には直接は効かない。

効いているのは、次の三つだと考えている。

  • 構造が分解・再組立てできるように作られているか(接着ではなく、ネジや継手で組まれているか)
  • 消耗する部分が、交換できる部品として独立しているか(革は張り替えられる、ムーブメントは分解して掃除できる)
  • その修理をできる人と部品が、今もどこかに存在しているか

これは私の整理で、誰かが検証した分類ではない。それでも修理の現場の記録と照らし合わせると、だいたい筋は通っているように見える。

オランダを拠点に世界へ広がった「リペアカフェ」は、壊れたモノを持ち込むと、ボランティアの修理人が一緒に直してくれる集まりだ。その運営団体が、参加しているリペアカフェから修理の記録を集めて公表している。2022年分では、97か所から8,864件の修理が登録され、61%が直り、14%は持ち主が自分で直すための助言を受けて帰り、25%は直らなかった。直らなかったもののうち理由が記録された分を見ると、その場に交換部品がなかった(18%)、部品がもう市場にない(11%)、部品が高すぎる(8%)と、部品にまつわる理由が合わせて4割近くを占める。開けることができなかった、という理由も10%ある。

一つ目の条件と三つ目の条件が、そのまま数字になって出てきている。

二つ目の条件については、UBAの報告書に手がかりがある。ボン大学のオンライン調査で、壊れたノートパソコンの持ち主が挙げた故障箇所は、バッテリーがおよそ3分の1で最も多く、メインボード(約23%)、画面と冷却ファン(それぞれ約19%)が続いた。報告書は、本体に固定されたバッテリーや、基板にはんだ付けされたメモリを、寿命を縛る要因として挙げている。いちばん先にくたびれる部品が、取り外せない場所にある。消耗する部分が独立しているかどうかは、こういう形で寿命に効いてくる。

興味深いのは、三つ目の条件が一つ目を肩代わりできる場合があることだ。バロスとディムラは2023年の論文で、フランスの修理可能性指数とiFixitの採点を、3社のスマートフォンに当てはめて比べている。分解しにくい設計でも、メーカーが質の良い修理サービスを手頃な値段で用意していれば、指数は高く出うる、と彼らは論じている。「直せる」という評価には、モノの構造と並んで、その周りの修理の仕組みが入り込んでいる。修理可能性指数という制度そのものの成り立ちについては、分解できないモノを、所有と呼んでいいのかで書いたので、ここでは繰り返さない。

町の自転車屋を思い浮かべると分かりやすい。安い自転車でも、近所に店があって、チューブとブレーキシューがどこでも手に入るかぎり、何年でも走る。逆に、どれだけ作りの良い輸入車でも、専用部品を扱う店が一軒もなければ、パンク一つで置物になる。直せるかどうかを左右しているのは、そのモノを取り巻く人と部品の網が、今も生きているかどうかだ。

同じ手間でも、修理だけが諦められる

では、直せる条件がそろっていれば、人は直すのか。

欧州委員会が2018年に公表した行動研究は、この問いに正面から取り組んでいる。EU12か国の12,064人へのオンライン調査と、6か国の6,042人が参加したオンラインの行動実験を組み合わせたものだ。まず調査のほうでは、壊れたモノを直したことがある人が63%と多数派で、報告書は「使い捨て経済」と呼べるほどの証拠は見つからなかった、と書いている。ただし自分の手で直した人は12%にとどまり、多くは修理業者やメーカー、家族や友人に直してもらっていた。直さなかった人が挙げた理由は、修理代が高いと思った(製品によって25〜50%)、古いモノがもう時代遅れだと感じた(20〜30%)、新しいモノが欲しかった(17〜25%)が上位に並ぶ。

実験のほうが、もっと面白い。参加者は、壊れた製品を直すか買い替えるかを3回選ぶ。全体として修理は人気のある選択で、製品によって62〜83%が買い替えより修理を選んだ。ところが修理を手配するのにちょっとした手間が加わると、3回とも修理を選んだ人は42%から35%に減り、一度も修理を選ばなかった人は6%から12%に倍増した。同じだけの手間を買い替えの側に加えた条件では、結果は手間のない条件とほとんど変わらなかった。

手間は、修理にだけ効く。

報告書はこの非対称に、二つの解釈を添えている。買い替えを選んだ人の多くは、もともと修理する価値がないと考えていたり、最新のモノが欲しかったりと、はっきりした動機を持っていた。動機が強ければ、多少の手間は気にならない。もう一つは、画面の上では手間が同じでも、参加者が「修理は現実には面倒なものだ」という予想を実験の中に持ち込んだ可能性だ。

二つ目の解釈には、身近な心当たりがある。網戸が外れたとき、直し方を調べ、部品の型番を確かめ、店に問い合わせる手順は、まだ一度も通ったことのない道だ。新しいものを注文する手順のほうは、何度も通ってきた道でもある。実際にかかる時間が同じでも、出発前に感じる重さは、たぶん同じではない。もっとも、この実験は現実を単純化したものだ、と報告書自身も断っている。それでも、修理という選択肢が小さな摩擦で目減りする様子は、十分に見て取れる。

同じ報告書には、修理の評判にまつわる思い込みを崩す結果もある。業界関係者への聞き取りでは、修理サービスは消費者に不評だという声がいくつかあった。ところが実際に業者の修理を使った人に聞くと、手軽さ、速さ、対応、仕上がりのいずれについても、7割以上が期待どおりか、期待以上だったと答えている。実験でも、参加者はメーカーの修理か独立系の修理店かをほとんど気にしなかった。直してくれる誰かがいて、そこまでたどり着きさえすれば、多くの人はその結果にそれなりに満足している。つまずきは、修理の手前の道のりに集まっている。

そう考えると、三つの条件に、もう一つ書き足したくなる。直せる人と部品が「存在している」だけでは足りない。そこまでの道のりが買い替えの道のりより少しでも面倒に見えれば、それだけで修理は選ばれにくくなる。四つ目の条件は、道の傾きだ。

モノへの愛着は、性能とは結びついていなかった

ここまでは、直すかどうかを判断の問題として見てきた。ここから少し、モノとの関係のほうへ寄る。

モノに愛着があるのは、それが丈夫で役に立つからだ。そう考えるのは自然なことだ。デルフト工科大学のシッファーシュタインとズワルトクライス=ペルフリムが2008年に発表した研究は、この素朴な前提を確かめている。地域住民からの無作為抽出でつくられた消費者パネル(著者の所属から見て、オランダの地域パネルと考えられる)の新規会員200人に質問票を送り、回答のあった161人を、照明(39人)、時計(38人)、車(40人)、置物(44人)の四つの群に分けた。一人ひとりは、割り当てられた種類のなかから自分の持ち物を一つ選び、そのモノへの愛着の強さと、愛着を生みそうな七つの要素――使っていて楽しいか、人や場所や出来事の思い出があるか、自分らしさを支えているか、実用性、信頼性、市場価値など――に答えた。

全体を分析すると、愛着と関係していたのは、楽しさと思い出の二つだけだった。実用性も、信頼性も、市場価値も、愛着の強さとは関係が見られなかった。

壊れない、役に立つ、高く売れる。そうした性質の高さと、そのモノへの愛着の強さとは、この調査では結びついていなかった。結びついていたのは、そのモノを通じて何を楽しんだか、誰とどこで過ごしたかのほうだ。所有期間で見ると、愛着は手に入れて1年目を過ぎるといったん下がり、20年以上持っているモノで最も高くなった。統計的に他と差があったのは、この20年以上の群だけだ。

この結果には、はっきりした限界がある。一時点で測った調査なので、関係があるとは言えても、どちらが原因かは分からない。長く持ったから愛着が育ったのか、愛着があったから20年も手放さずにきたのかも区別できない。好きでないモノは、とうに捨てられて調査の網にかかっていない可能性がある。製品ごとの回答者は40人前後で、対象は四種類のモノと、一つの地域の、車を持つ成人に限られている。

それでも、この研究は修理の話に一つの角度を与えてくれる。直すかどうかの判断は、「まだ使えるか」「直す価値があるか」という性能と値段の言葉で語られがちだ。けれど、持ち主がモノを手放したくない理由は、そもそも性能の言葉では書かれていないのかもしれない。修理代の見積もりを前に迷うとき、天秤の片側に載っているのが思い出だということは十分ありうる。手をかけたモノの評価が上がる心理(いわゆるIKEA効果)や、持っているだけで価値を高く見積もる傾向については、傷んだ家具を直したくなるのは、本当にモノへの愛着のせいかで詳しく扱っている。

直すという行為が、所有の意味を変える

この節は、研究の紹介を離れて、私の考えとして書く。

数年に一度オーバーホールに出す機械式時計と、電池が切れたら捨てるだけの時計とでは、持ち主の関わり方がまるで違う。前者は、定期的に手放し、専門家に預け、戻ってくるのを待つという一連の手続きを伴う。面倒ではある。そしてその面倒さの中に、自分がこのモノを持っているというより、しばらく預かっているような感覚が生まれる瞬間がある。

椅子の張り替えにも、似たところがある。座面がへたるたびに新しい革を張れば、その椅子は買ったときの状態には戻らないが、別の状態で存在し続ける。傷や染みの一部は消え、別の履歴が上書きされていく。新品を買い直すのとは根本的に違う経験で、モノが生活の時間を溜め込んでいく感覚に近い。シッファーシュタインらの調査の言葉を借りれば、思い出という項目が、修理のたびに少しずつ書き足されていく、ということなのかもしれない。これは推測にすぎない。確かなのは、直せないモノにはこの書き足しの機会そのものがない、ということくらいだ。

誤解のないように言っておくと、これは「だから直して使え」という話ではない。時間もお金も有限で、修理に価値を見出さない暮らし方にも十分な合理性がある。言いたいのは、直せる作りのモノを選んだときにだけ起こりうる関わり方がある、ということだけだ。

いくつかの付き合い方

使い捨てるか、長く使うか。その間には、いくつかの道がある。どれが正しいという順番はつけられないし、モノによって使い分けるのが普通でもある。根拠が取れたものだけを、良いところと弱いところを並べて書いておく。

直せる作りのモノを選ぶ。買う時点で、分解できるか、消耗部品を替えられるか、直せる人と部品があるかを確かめるやり方で、一つのモノを長く使うこと自体に楽しみを見出せる人や、買い替えの判断そのものを減らしたい人には、なじみやすい。欧州委員会の実験では、耐久性の情報を表示しただけで、参加者が最も長持ちする製品を選ぶ確率がほぼ3倍に、修理のしやすさの情報では2倍以上になった。情報さえあれば、人はわりと素直に長持ちするほうを選ぶ。経済面でも、UBAの報告書の試算では、寿命20年の洗濯機は寿命5年のものより20年間で約283ユーロ安くつき、価格差が約270%に達するまでは長持ちするほうが得になる。弱いところもある。実験は簡略化された画面上の買い物で、現実の店頭では効果が大きくなることも小さくなることもありうる、と報告書は断っている。現実の店頭では耐久性の情報そのものが見つけにくい、とも書いている。修理可能性の点数が、構造より修理サービスで底上げされうるという指摘は、バロスとディムラの論文にもあった。そして同じ試算で、テレビの場合は、修理が必要になった長寿命機のほうが、短寿命機より年あたりの総費用が高くついた。長持ちする作りが、いつも財布に優しいわけではない。

中古や修理済みのモノを買う。すでにあるモノの寿命を延ばす側に回るやり方だ。新品より安く、作りの確かな古い型を選べることもある。環境への効果のほうは、思われているほど単純ではない。マコフとフォント・ヴィヴァンコは2018年の論文で、アメリカでのiPhoneの再利用を例に(機種別の環境負荷の評価を公表している大手がアップルだけだったため、対象はiPhone。そのうち、調査の時点で新品も売られていた6、6 Plus、6s、6s Plusの4機種)、中古品が新品を完全には置き換えないことと、浮いたお金が別の消費に回ることを合わせて計算した。その結果、再利用で減るはずの温室効果ガスのうち、平均29%(機種によって27〜46%)が、こうしたリバウンド効果で打ち消されると推定している。地域や消費のパターンを変えた想定では、打ち消しが100%を超える場合もありうるという。浮いた分をどう使うかまで含めて、ようやく勘定が閉じる。出費を抑えたい人や、モデルの新しさにこだわらない人には自然な道だ。ただ、「中古なら環境に良い」という勘定は、少なくともこの試算では、そのままでは閉じない。

直し方を学ぶ、リペアカフェのような場に持ち込む。修理人と部品へのつながりを、自分の側に引き寄せるやり方だ。リペアカフェの2022年の記録では、持ち込まれたモノの6割が直り、1割強は持ち主が自分で直すための助言をもらって帰っている。一人で工具をそろえるより、失敗の費用が小さい。直すこと自体を楽しめる人や、モノの中身を知ることに興味がある人には合う反面、とにかく早く元の生活に戻りたい人には遠回りになる。他方で、この数字は参加したカフェのボランティアが自分で登録したもので、何をもって「直った」とするかの基準も厳密ではない。部品がなければ、どれだけ腕の良い修理人がいても直らないことは、リペアカフェ自身の失敗理由の内訳が示している。欧州委員会の調査でも、自分の手で直した経験のある人は12%にすぎなかった。持ち込む場があっても、自分の手が動くようになるまでの距離は、それなりに長い。

割り切って、使い捨てる。これも一つの選択だ。欧州委員会の調査で修理しなかった理由の筆頭は修理代の高さで、UBAの試算でもテレビのように修理代がかさむ製品では、短いサイクルで買い替えるほうが安くつく場合があった。時間を修理以外のことに使いたい人にとって、これは時間の配分の判断でもある。引っかかるのは、同じ試算で洗濯機、テレビ、ノートパソコンのいずれについても、新しい機種の省エネ性能の向上を見込んだうえで、長寿命のほうが環境面ではすべての指標で上回っていたことだ。財布の勘定と環境の勘定は、必ずしも同じ答えを出さない。そのずれを承知のうえで割り切るなら、それは一つの立場として十分に成り立つ。

引き出しの中の二本

最初の問いに戻る。万年筆とボールペンの違いはどこで生まれたのか。

作り手の悪意、と答えたくなる気持ちは分かる。電球のカルテルのように、実際にそういう時代もあった。けれど、今のモノの寿命を決めているものを並べると、「必要なだけ長く」という設計の判断があり、壊れる前に手放す私たちの側の判断があり、部品や修理人という網が残っているかどうかの偶然がある。そして直すかどうかの最後の一押しは、驚くほど小さな手間で消えてしまう。

万年筆が今も直せるのは、誰かがそれを分解できる作りに設計し、ペン先を扱える人が今もどこかにいて、持ち主がそこまで足を運ぶ手間を惜しまなかったからだ。どれか一つが欠けていれば、同じ万年筆も、同じ袋に入っていたはずだ。

手元にあるモノのうち、壊れたときに持っていく先を思い浮かべられるものは、いくつあるだろうか。

出典

  • Krajewski (2014). "The Great Lightbulb Conspiracy." IEEE Spectrum, 2014年9月24日. https://spectrum.ieee.org/the-great-lightbulb-conspiracy(フェーバス・カルテルについて、オスラム社などの社内文書を調べた研究者本人による一般向け記事。二次情報)
  • Prakash, Dehoust, Gsell, Schleicher & Stamminger (2016). Einfluss der Nutzungsdauer von Produkten auf ihre Umweltwirkung: Schaffung einer Informationsgrundlage und Entwicklung von Strategien gegen „Obsoleszenz". Umweltbundesamt, TEXTE 11/2016. https://www.umweltbundesamt.de/publikationen/einfluss-der-nutzungsdauer-von-produkten-auf-ihre-1
  • Stiftung Warentest の洗濯機耐久試験(15年間・196機種・約600台、350ユーロ超の機種のみ):Prakash ほか (2016) の報告書内での引用による(原資料未見)。
  • Repair Café International (2023). RepairMonitor: Results 2022(ファクトシート). https://www.repaircafe.org/wp-content/uploads/2023/04/Factsheet_RepairMonitor_2022_EN.pdf(参加リペアカフェのボランティアによる自己登録データ)
  • Barros & Dimla (2023). "Smartphone repairability indexes in practice: Linking repair scores to industrial design features." Journal of Industrial Ecology, 27(3), 923–936. https://doi.org/10.1111/jiec.13398(抄録のみ確認)
  • フランスの修理可能性指数(indice de réparabilité、2021年施行)および iFixit の修理しやすさの採点:本文では Barros & Dimla (2023) の分析対象として言及。
  • European Commission / LE Europe, VVA, Ipsos, ConPolicy & Trinomics (2018). Behavioural Study on Consumers' Engagement in the Circular Economy: Final Report. https://doi.org/10.2818/956512
  • Schifferstein & Zwartkruis-Pelgrim (2008). "Consumer-product attachment: Measurement and design implications." International Journal of Design, 2(3), 1–13. https://www.ijdesign.org/index.php/IJDesign/article/view/325
  • Norton, Mochon & Ariely (2012). "The IKEA effect: When labor leads to love." Journal of Consumer Psychology, 22(3), 453–460. https://doi.org/10.1016/j.jcps.2011.08.002(本文では名前に触れるのみ。内容は別記事で扱う)
  • Kahneman, Knetsch & Thaler (1990). "Experimental Tests of the Endowment Effect and the Coase Theorem." Journal of Political Economy, 98(6), 1325–1348. https://doi.org/10.1086/261737(本文では触れるのみ。内容は別記事で扱う)
  • Makov & Font Vivanco (2018). "Does the Circular Economy Grow the Pie? The Case of Rebound Effects From Smartphone Reuse." Frontiers in Energy Research, 6, 39. https://doi.org/10.3389/fenrg.2018.00039(対象はアメリカでの iPhone 4機種の再利用)
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