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収集癖は「才能」なのか——個人差の心理学から見るコレクターの正体

収集癖は「才能」なのか——個人差の心理学から見るコレクターの正体

同じように物を集めていても、性格特性も、遺伝的な下地も、人によってかなり違う。双子研究が示す遺伝率、コレクターのパーソナリティ、強迫的購買障害との境界線から、収集という行為の個人差を追ってみる。

TOMOAKI··収集

「集める才能がある」と人から言われたことがある。褒め言葉のつもりだったのだろうが、素直に喜んでいいのか、しばらく判断がつかなかった。才能という言葉は、本人の意志や努力とは独立した、生まれつきの何かを指すはずだ。だとすれば、棚を埋めていくこの衝動もまた、選んで身につけたものではなく、最初から自分の中に組み込まれていたことになる。

同じ物を集めるという行為でも、それに費やす熱量にも、集め方の丁寧さにも、人によってかなりの差がある。同じ棚を見せても「几帳面だ」と言う人もいれば、「よくそんなに散財できるものだ」と眉をひそめる人もいる。この個人差はどこから来るのか。性格の違いなのか、育ちの違いなのか、それとも遺伝という、当人にはどうしようもない下地の違いなのか。

この記事では、収集という行為そのものが何を満たすかという話には立ち入らない。なぜある人は集め、ある人は集めないのか、そして集める人の中でも何が違うのか——個人差の側にだけ焦点を絞って考えてみたい。手がかりにするのは、双子研究による遺伝率の推定、コレクターの性格特性を測定した比較的新しい研究、そして収集がどこから隣接する診断名の領域に踏み込むのかを扱った研究である。

集める人と集めない人を分けるもの

いきなり身も蓋もないことを言うと、「収集癖がある人とない人の違い」そのものを正面から調べた決定的な研究は、実はそれほど多くない。研究者の関心は主に、集めすぎてしまう側、つまり臨床的な問題としてのホーディング(ためこみ症)に向けられてきた。収集そのものは長らく、病理ではなく趣味の一種として、真剣な測定の対象にされてこなかったということでもある。

この非対称は、考えてみれば少し奇妙だ。世の中には「集める人」と「集めない人」がはっきり存在していて、前者の中にもさらに熱量の差がある。誰かがそれを性格の問題だと言い、別の誰かが育った環境の問題だと言い、また別の誰かが「そういう星の下に生まれただけだ」と半分冗談で片づける。どれも検証されないまま、なんとなく流通している説明でしかない。個人差の中身をきちんと言葉にしないまま、「才能」や「性分」という便利な言葉に丸投げしてしまっているとしたら、それは思考の放棄に近い。

集めない人を「無趣味だ」と評するのも、集める人を「執着が強い」と評するのも、どちらも根拠のない印象論であることに変わりはない。個人差を扱うということは、良い悪いの判断を一旦脇に置いて、何がその差を作っているのかを分解していく作業である。

裏を返せば、「ふつうに集めている人」の性格特性を大規模に測った研究が出てきたのは、比較的最近のことになる。臨床の側から病的な水準を測る物差しはすでにいくつも整備されていたのに対し、健常域での個人差を測る物差しは、後追いで作られてきたということでもある。

パーソナリティで割れる、コレクターの三つの型

ドイツの研究者ヤンス・クライネ、トーマス・ペシュケ、ニクラス・ワーグナーが2021年に『Journal of Behavioral and Experimental Finance』誌に発表した研究は、この空白を埋める試みのひとつだった。4042件の有効な回答のうち1601人が何らかの収集品を所有していたという大規模なデータをもとに、彼らはビッグファイブ性格特性(開放性、誠実性、外向性、協調性、神経症的傾向)を用いて、コレクターの性格構造を分析している。

結果は一枚岩ではなかった。この研究は収集家を大きく三つに分類している。集めた物を実際に使う「消費志向型」、利益を度外視してコレクションを完成させること自体を目的とする「純粋収集型」、そして転売や資産形成を視野に入れる「投資型」である。

消費志向型は、非収集家と比べて開放性が高い以外に大きな違いは見られなかったという。新しい物や経験への好奇心の強さが、収集という選択にわずかに反映されている程度で、性格構造としては一般的な消費者とさほど変わらない。

対照的だったのが、純粋収集型と投資型だ。純粋収集型は誠実性が高く、目標に向けて計画的に行動する几帳面な性格が際立っていた。一方の投資型は、協調性と誠実性の両方が低く、競争的で衝動的な性格傾向が見られたという。同じ「収集家」という括りの中に、性格特性としてはほとんど正反対の二つの型が同居していることになる。

これは考えてみると奇妙な話だ。「収集癖のある人」という一つの人格像を思い描いてこの記事を読み始めた人がいたとしたら、その像はここで一度崩れることになる。棚に何を並べているかを見ただけでは、その人が几帳面で計画的なタイプなのか、競争心が強く駆け引き好きなタイプなのか、区別がつかない。収集という行動の型は一つでも、それを駆動している性格の中身は、少なくとも二種類に分かれている。

双子研究が測ってきたもの

性格の違いが後天的な習慣や環境の産物なのか、それとも生まれつきの気質に根ざしているのかを切り分けるには、双子を比較する研究が古くから使われてきた。一卵性双生児と二卵性双生児の類似度の差から、ある特性がどれだけ遺伝の影響を受けているかを推定する手法である。

収集そのものを対象にした双子研究はまだ乏しいが、隣接領域であるホーディング(ためこみ症)については、まとまった知見がある。ロンドン大学キングス・カレッジのアンジェリカ・イエルヴォリーノらが2009年に『American Journal of Psychiatry』誌に発表した研究は、5022組の双子を対象に、ためこみ行動の有病率と遺伝率を推定した。この研究では、双子全体の2.3%が臨床的に問題となる水準のためこみ行動の基準を満たしており、その割合は女性で2.1%だったのに対し、男性では4.1%と、ほぼ倍だったという。モデルを用いた解析では、少なくとも女性においては、ためこみ行動の分散のおよそ半分が遺伝要因で説明されると報告されている。

より新しい知見として、イランの研究チームが2024年に『Iranian Journal of Psychiatry』誌に発表した双子研究がある。97組、194人の双子を対象にしたこの研究は、ためこみ行動を「捨てられなさ」「過剰な収集」「散らかり」という三つの下位要素に分けて、それぞれの遺伝率を個別に推定している。その結果、「捨てられなさ」の遺伝率は43%、「過剰な収集」の遺伝率は52%だったのに対し、「散らかり」については遺伝的な寄与はほとんど確認されず、共有環境と個人特有の環境要因でほぼ説明されるという。

この切り分けは興味深い。ためこみ行動全体を一括りにするのではなく、「物を手放せない」ことと「物を過剰に集めてしまう」ことを別の要素として扱うと、後者、つまり収集家の行動により近い部分のほうが、遺伝的な影響を強く受けているという結果になる。部屋が散らかるかどうかは主に環境の話だが、目についた物を手に入れたくなる衝動そのものは、生まれつきの気質にかなりの部分を負っている、という読み方になる。

分子レベルで探すと、遺伝率は縮む

双子研究が示す遺伝率は、実際の生物学的なメカニズムまで踏み込んで検証されたものではない。一卵性双生児と二卵性双生児の類似度の差から統計的に逆算した推定値であって、どの遺伝子が関わっているかを直接示しているわけではない。この推定値を、実際のDNA配列の情報と照合するとどうなるのか。

スウェーデン、オランダ、イギリス、カナダの複数のコホートが参加し、ノラ・ストロムらの研究グループが2022年に『Translational Psychiatry』誌に発表したゲノムワイド関連解析(GWAS)のメタ分析は、まさにこの照合を試みている。7つの国際的なコホートから集めた27651人分のデータを統合したこの研究では、双子由来ではない一般集団のサブコホートにおいて、DNA配列の個人差だけから説明できる遺伝率(SNPベースの遺伝率)は11%にとどまったという。双子研究が示していた26%から48%という数字と比べると、半分以下、場合によっては4分の1程度まで縮んでしまう。

この落差は、収集やためこみに限った話ではなく、行動遺伝学ではよく知られた「消えた遺伝率」という問題の一例である。双子研究が測る「遺伝の影響」には、実際の遺伝子そのものの効果だけでなく、双子が共有する胎内環境や、遺伝的に似た者同士が似た環境を選びやすいという間接的な効果まで、ひとまとめに含まれてしまう。DNA配列だけを見たときの遺伝率のほうが、より厳密な意味での「生まれつき」に近いとすれば、ためこみ行動における生物学的な下地の実際の大きさは、双子研究の数字が示唆するよりもずっと控えめなものである可能性が高い。

もう一点、見過ごせない報告がある。この研究はゲノムワイドで有意な遺伝子座を一つも特定できなかった一方で、統合失調症の遺伝的リスクとためこみ症状のあいだにも、自閉スペクトラム症とのあいだにも、それぞれ統計的に有意な関連を確認している。反対に、強迫性障害やうつ病、不安症、注意欠如・多動症との有意な関連は見つからなかったという。ためこみ行動を「不安の強い几帳面な性格の延長」だと直感的にイメージしがちだが、遺伝的な関連のパターンは、その直感とは違う場所を指し示している。

「才能」という言葉が隠しているもの

ここで一度、この記事の出発点に戻りたい。遺伝率が50%前後という数字を聞くと、それはいかにも「才能」や「素質」という言葉になじみそうに見える。知能や音楽的な能力についても、しばしば同じくらいの水準の遺伝率が語られる。数字だけを見れば、収集への衝動と、多くの人が羨望込みで「才能」と呼ぶ特性とは、遺伝の影響を受ける度合いという点で、それほど大きく違わないことになる。

ただし、前の節で見た通り、この50%前後という数字は双子研究による推定であって、DNA配列そのものから測った遺伝率はこれよりずっと小さい可能性がある。「才能」という言葉に寄りかかりたくなる気持ちを、まず一段冷ます必要がある。遺伝の影響が皆無だという話ではないが、双子研究の数字をそのまま「生まれつきの才能の大きさ」と読み替えるのは、少なくとも早計だということになる。

加えて、もうひとつ見落としてはいけない留保がある。イエルヴォリーノらの研究が測定していたのは、収集を趣味として楽しんでいる人の性質ではなく、臨床的に問題となる水準のためこみ行動だったという点だ。遺伝率が高いと分かった対象は、「うまく集められる才能」ではなく、「集めすぎて生活に支障をきたす傾向」のほうである。同じ生物学的な下地が、ある人の中では棚を整える趣味として発現し、別の人の中では家中に物があふれて動線を塞ぐ状態として発現する。数字そのものは中立で、それをどちらの結果として発現させるかを決めているのは、遺伝以外の何かだということになる。

つまり、「収集癖は才能だ」という言い方は、半分は正しく、半分は都合よく切り取られている。遺伝的な下地があるという意味では才能という表現も的外れではないが、その下地の大きさそのものが測り方によって縮んだり伸びたりするうえに、程度と環境次第でそのまま診断名のつく状態に転じうるという事実を伏せたまま「才能」とだけ呼ぶのは、都合の悪い部分をこっそり脇に置いているのに近い。

集める人とためこむ人を分けているのは、遺伝ではないらしい

では、同じ遺伝的な下地を持ちながら、一方は健全な収集家として、もう一方は生活に支障をきたすためこみとして現れる、その分かれ目は何なのか。ここでもう一度、性格特性の研究に話を戻したい。

オーストラリアの研究者ジェシカ・チャン、コートニー・パウエル、ジェイド・コレットが2022年に『Behavior Therapy』誌に発表した研究は、ためこみ症状とビッグファイブ性格特性との関係を検討している。その結果、ためこみ症状は誠実性の低さ(特に「勤勉さ」と「秩序立てる力」という下位要素)と、神経症的傾向の高さ(特に「引きこもりがちな傾向」という下位要素)によって予測されるという。

ここで、先ほどのクライネらの収集家研究を思い出してほしい。「純粋収集型」の性格プロファイルは、誠実性が高いという一点において、ためこみ症の性格プロファイルとほぼ正反対だった。同じ「集めたい」という衝動を土台にしていても、それを計画的に、優先順位をつけながら実行できる誠実性の高さを備えているか、それとも神経症的な不安に押されるまま無差別に物を増やしてしまうかで、行き着く先がまったく違う場所になる。

遺伝率の研究が示していたのは、「集めたくなる衝動そのもの」がどれだけ生まれつきの気質に根ざしているかという話だった。一方、性格特性の研究が示しているのは、その衝動を誠実性という別のチャンネルでどれだけ制御できているかという話だ。才能と呼ぶべき部分があるとすれば、それは集めたくなる衝動の強さそのものよりも、その衝動を計画的な行動に変換できる誠実性のほうかもしれない。皮肉なことに、こちらの特性のほうが、世間一般で「才能」と呼ばれる特性の定義にずっと近い。

とはいえ、この図式をきれいに片づけすぎるのも危うい。クライネらの研究には、純粋収集型とためこみ症のどちらにも当てはまらない、第三の型があったことを思い出したい。協調性と誠実性の両方が低い「投資型」である。この型は誠実性が低いという点ではためこみ症の性格プロファイルに近づくが、神経症的な不安に押されて無差別に物を増やすというためこみ症の像とはやはり違う。目的は資産価値であって、対象への愛着でも、不安の解消でもない。誠実性の高低だけで「健全な収集」と「病的なためこみ」をきれいに二分できるわけではなく、そこにはもう一つ、競争心や利得への感受性という、また別の軸が絡んでいる。個人差は、結局のところ一本の物差しには収まらない。

もう一つ、誠実性を頼りにする話を素直に喜べない理由がある。人格障害の研究者トーマス・ウィディガーらのグループが積み重ねてきた分析によれば、強迫性パーソナリティ障害(OCPD)は、臨床像としてはビッグファイブの誠実性を極端に押し進めた状態として理解できるという。ウィディガーの共同研究者エリザベス・ヘイグラーが2001年に『Journal of Personality Assessment』誌で発表した実験では、誠実性を測る質問項目に「過度に」「行き過ぎるほど」といった言葉を挿し込んで表現を書き換えただけで、OCPDとの相関が大きく跳ね上がったという。つまり、誠実性という特性は、程度を強めていった先にべつの診断名が待っている構造を持っている。ためこみ症から自分を遠ざけてくれるはずの誠実性が、行き過ぎればOCPDという、水準の異なる困難に転じうる。収集家を守っているように見えるこの特性も、無条件に安全な避難場所というわけではない。

買い物という行為に、収集は溶けてしまうことがある

もう一つ、収集の個人差を考えるうえで避けて通れない境界線がある。物を買うという行為そのものへの依存、いわゆる強迫的購買障害(compulsive buying disorder)との境目だ。

スタンフォード大学のロレイン・コランらが2006年に『American Journal of Psychiatry』誌に発表した全米規模の電話調査(2513人の成人が対象、2004年春から夏にかけて実施)によれば、性別調整後の強迫的購買の推定有病率は5.8%だったという。女性が6.0%、男性が5.5%と、男女でほとんど差がなかったという点は、この障害が女性特有の問題だという世間の印象とは食い違う。強迫的購買に該当した人々は、そうでない人々と比べて若く、世帯収入が5万ドル未満である割合が高く、クレジットカードの残高を全額返済できる頻度が有意に低かったとも報告されている。

強迫的購買と収集は、どちらも「物を手に入れる」という行為を中心に置いている点で紛らわしい。ドイツの研究者アンドレアス・ミュラーらのグループが2007年に『Behaviour Research and Therapy』誌に発表した研究は、治療を求めてきた強迫的購買の患者66人を対象に、購買の強迫性の程度とためこみ症状の程度の両方を測定した。その結果、購買行動の深刻さとためこみ症状の深刻さのあいだには、はっきりした関連が見られたという。物を買うことへの衝動を抑えられない人ほど、買った物を手放せずにためこむ傾向も強い。

ここで見えてくる境界線は、対象への態度の違いだ。強迫的購買が問題にしているのは、購入という行為そのものへの衝動と、それに続く後悔や罪悪感の反復である。買った物がその後どう扱われるかは、この障害の定義の中心にはない。一方、クライネらの研究で見た「純粋収集型」の性格像は、誠実性の高さに支えられた、目的に向かう持続的な行動だった。買うという瞬間の高揚のために次々と手を出すのではなく、コレクション全体の構造を見渡しながら、必要な一点を選んで加えていく。同じように財布からお金が出ていく行為でも、その内側で起きていることは、まるで違う。

ただし、ミュラーらの研究が示したのは、あくまで相関関係であって、どちらが先に起きるのかという因果の向きまでは分からない。買い物への衝動が抑えられなくなった結果としてためこみが進むのか、もとから物を手放せない性質があるところに買い物への衝動が重なって症状が深刻化するのか、この66人の患者データだけでは切り分けられない。境界線がどこにあるかを言うのは比較的たやすいが、その境界線の両側で何が原因になっているかを言うのは、また別の難しさを抱えている。

性格という、選べない出発点との付き合い方

ここまで見てきた研究を並べると、収集という行為の個人差は、単一の原因に還元できるものではないことが分かる。集めたくなる衝動の強さそのものには、無視できない遺伝的な下地がある。ただし、その下地の大きさは、双子研究とDNA配列の直接分析とでは食い違っており、額面通りに受け取っていい数字ではない。そのうえで、その衝動が健全な収集として発現するか、ためこみや強迫的購買として発現するかを分けているのは、遺伝というより、誠実性という性格特性の働き方のほうに近い。しかもその誠実性の高さだけでも図式は割り切れず、協調性や競争心の強さという、また別の軸が個人差に絡んでくる。そしてこれらは独立した話ではなく、同じ土台の上で綱引きをしている。

「才能なのか」という、この記事の出発点にあった問いに、単純な答えを出すのは難しい。遺伝的な下地があるという意味では、確かに才能と呼べる部分がある。しかし、その下地は放っておいて良い結果だけを生むわけではなく、同じ強さのまま診断名のつく状態に転じうる、両刃の性質を持っている。才能という言葉が本来含んでいるはずの「うまく活かせば良いものになる」という含みは、この場合、性格という別の要素がほとんど引き受けている。遺伝が用意するのは、あくまで衝動の強さという素材にすぎない。それを何に仕立てるかを決めているのは、もっと別の場所にある。

自分の性格特性を、あとから大きく作り替えることはできない。だが、遺伝的な衝動の強さと、それを制御する性格の働きとが別の話だと分かっていれば、棚が増えていく理由を、ただ「性分だから仕方ない」で片づけずに済む。集めたくなる自分と、それをどう扱うか選ぶ自分とは、少なくとも理論の上では別人だということになる。研究が教えてくれるのは、この二人のうち、少なくとも片方には手が届くということだけだ。

出典

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