ficus.life/仕事
目次▼
誰の体も測らずに「8時間睡眠」を唱えていた

誰の体も測らずに「8時間睡眠」を唱えていた

「8時間睡眠」の起点としてよく語られるのは、1817年の標語「8時間休息」だ。ベッドにいる時間を6時間に絞って2週間過ごす実験では、眠気の自己評価は頭打ちなのに、注意力は徹夜1晩分まで落ちていた。

TOMOAKI··仕事

24時間を三等分しただけ、というところから話は始まる

「大人は8時間眠るべきだ」という言葉を、疑ったことのある人は少ないだろう。何時間眠れたかを気にする人は多いが、なぜ8時間という数字なのかを気にする人はあまりいない。数字自体があまりに定着しているので、まるで体温の36度台のように、生理学が測って決めた基準値だと思い込んでいる。

ところが起源をたどると、体を測った形跡がどこにもない。労働運動史の紹介によれば、1817年、ウェールズ生まれで、スコットランドのニューラナーク紡績工場を経営したロバート・オウエンが掲げたとされるスローガンに行き着く。「8時間労働、8時間娯楽、8時間休息」。ここでの8時間は「休息」であって、睡眠そのものではない。それでも、24時間を三つに割ったこの図式は、8時間睡眠という通念の起点としてよく語られる。当時の工場労働は1日10時間を優に超えるのが珍しくなく、オウエンはこれを切り詰めさせるために1日24時間をきっちり三等分してみせた。ケーキを均等に切り分けるとき、切り分ける側は誰がどれだけ空腹かを気にしない。同じように、この標語も誰の体がどれだけの休息を必要とするかという問いには、最初から関心が向いていない。少なくとも、この三等分は誰かの体を測って出した数字ではない。起点として語られる話は、生理学ではなく、労働時間をめぐる政治的な取引だった。8時間労働の要求はその後、米国では機械工出身の運動家アイラ・スチュワードらの運動を通じて広まり、やがて世界各地の8時間労働制の合言葉になっていった。スチュワードが1865年の小冊子で掲げた理屈も、労働時間を縮めれば賃金が上がるという経済の話であって、体が何時間の休息を必要とするかを測った話ではない。数字が独り歩きして、いつのまにか「体が必要とする量」であるかのような顔をして、現代まで生き延びているように見える。三等分という発想の分かりやすさが、そのまま数字の正しさとして受け取られてきた面もあるのだろう。睡眠そのものを測る研究が出てくるのは、ずっと後のことだ。それも最初のうちは、測るというより、何時間眠っているかを本人に尋ねる研究だった。この先では、そうした研究を順に見ていく。測ってみると、8時間は当たっている場面もあれば、外れている場面もある。

ヨハネス・フェルメールの絵画『眠る女』(1656-57年頃)。食卓に肘をついて、うたた寝する若い女性を描いている。

それでも、まるで根拠がないわけではないらしい

とはいえ、19世紀の運動スローガンがたまたま生き延びただけで、現代の推奨値には別の裏付けがあるのかもしれない。実際、米国睡眠医学会と睡眠研究学会が2015年に出した合同声明は、18歳から60歳の成人に「7時間以上」の睡眠を推奨している。15人の専門家が5,314本の論文を検討して出した推奨で、その根拠をまとめた方法論の論文が引く研究の一つに、2002年に発表された大規模な疫学研究がある。米国対がん協会の調査に参加した110万人以上を、1982年から6年間追跡したもので、睡眠時間と死亡率の関係を調べたところ、7時間ちょうどで最も死亡率が低く、そこから短くても長くてもリスクが上がるU字型の曲線が現れた。8時間睡眠の群ですら、すでに統計的に有意なリスク上昇に入っている。

ただし、この研究には著者自身が認めている弱点がある。睡眠時間はアンケートの自己申告にすぎず、機器で実測したものではない。そして何より、短時間睡眠に伴うリスクの多くは、持病を含む他の要因で説明できる可能性があると、論文の中で著者自身が留保をつけている。眠りが短いから病気になるのか、病気だから眠りが短くなるのか、この研究だけでは順番を決められない。健康診断で血糖値と体重の相関を見せられても、どちらが先かは分からないのと同じ構造だ。効果量も、印象ほど大きくはない。リスクの上昇が15パーセントを超えたのは、8.5時間を超えて眠ると答えた人と、3.5時間ないし4.5時間未満しか眠らないと答えた人だった。抄録の書き方からすると、その間の5時間や6時間の群の上昇は、そこまで大きくない。短い側では極端な短さまで行かないと大きな差が出ないのに、長い側では8.5時間を超えたあたりで早くもその水準に達している。論文の結論部も、因果は証明されていない、と念を押している。110万人という規模の大きさと、結論の確実さは、必ずしも比例しない。しかも合同声明自身が、9時間を超える睡眠のリスクについては「不確実」だと明記している。下限の7時間には比較的強い根拠があっても、上限の9時間はそこまで固い話ではないということだ。

U字の右側は、原因なのか目印なのか

110万人の研究は一つの調査にすぎない、という反論もありうる。2010年、ウォーリック大学のフランチェスコ・カプッチオらは、睡眠時間と死亡の関係を追った前向きの研究を集め直し、16本の研究から27の集団をまとめて分析した。合計の人数は138万人あまりにのぼるが、そのおよそ8割は、先の2002年の研究と同じ米国の集団が占めている。人数の大きさの大半は、同じ調査を数え直したぶんだと思っておいたほうがいい。それでも、ほかの集団を合わせた結果として、短い睡眠の群は基準の群(多くは7時間前後)に比べて死亡リスクが1.12倍、長い睡眠の群は1.30倍だった。U字は一つの調査の偶然ではなかった。ただし長い側は、研究ごとのばらつきがずっと大きい。ばらつきの指標は短い側の39パーセントに対して71パーセントで、高齢の集団や、「長い」を10時間以上と定義した研究ほど強く出ていた。

面白いのは、そこから先の論文の書きぶりだ。短い睡眠については、食欲に関わるホルモンの変化、血糖の調節、軽い炎症といった、体の中で何が起きうるかの説明が並ぶ。ところが長い睡眠については、それが体に害を与える仕組みを示した研究はこれまでに一つもない、と論文自身が認めている。代わりに挙がるのは、抑うつ、低い社会経済的地位、失業、運動不足、まだ診断されていない病気。長く眠ること自体が害なのではなく、長く眠らざるをえない状態の人が、もともと死亡リスクの高い集団に多く含まれているだけ、という読み方が成り立つ。論文はこれを、長い睡眠は病気の「目印」かもしれない、と表現している。

雨の日に傘を持っている人が多いからといって、傘が雨を降らせているわけではない。U字の右側は、どうやら傘に近い。そして左側は、傘であると同時に、少しは雨そのものでもあるらしい。

その「少し」を確かめる道具として、近年はメンデルランダム化という手法が使われている。生まれつき短く眠りやすい遺伝子の組み合わせを持つ人は、くじ引きで短い睡眠の側に割り振られたようなものだから、その人たちに病気が多ければ、生活習慣や持病による交絡をある程度避けて因果を推せる、という考え方だ。2019年、ブロード研究所のイヤス・ダグラスらは、英国の46万人あまりを追跡したデータで、6時間未満しか眠らない人の心筋梗塞が6〜9時間の人より約2割多いことを確かめたうえで、心筋梗塞の遺伝研究の大規模なデータと組み合わせてこの分析を行った。遺伝的に短く眠りやすい傾向(ここでの「短い」は7時間未満)は、心筋梗塞のリスクを押し上げる方向に働いており、短い睡眠が原因になっているという解釈と矛盾しない結果だった。長い睡眠のほうは、関連する遺伝子の目印が8つしかなく、この研究では検証されなかった。

その空白に手をつけたのが、2021年に香港中文大学などのチームが英国の40万人あまりで行った分析だ。心筋梗塞だけでなく、高血圧や心房細動を含む12の心血管疾患を相手にしたところ、遺伝的に短く眠りやすい傾向(6時間以下)は5つの疾患で悪影響を裏づける結果になった。一方、遺伝的に長く眠りやすい傾向(9時間以上)は、12のどれとも関連しなかった。見ているのは心血管疾患で、死亡そのものではない。それでも、U字の右側は傘に近いという読みは、遺伝の側からも支えられつつある。

U字全体を少しずつずらしかねない問題も残っている。これまでの大規模研究のほとんどは、睡眠時間をアンケートで尋ねている。シカゴの中年の成人669人を対象にした2008年の研究で、ダイアン・ローダーデールらは、手首に付けた活動量計で2回に分けて3日間ずつ測った睡眠と、本人の申告とを比べた。実測の平均は6時間、申告の平均は6.8時間。両者の相関は0.47にとどまり、統計モデルの推定では、実際に5時間眠っている人は1.2時間、7時間眠っている人は0.4時間ほど長めに申告していた。短く眠る人ほど、多めに答える傾向がある。

これが本当なら、アンケートで「7時間」と答えた人の多くは、実際にはもう少し短く眠っていることになる。死亡率がいちばん低かった「7時間」という底の位置そのものが、物差しの目盛りの読み違いを含んでいる可能性がある。自己申告で見つかってきた睡眠と健康の関係は、実測で見たときには違う形になりうる。論文の結論は、そこまでを控えめに述べている。どちらにずれるかまでは、この研究からは言えない。言えるのは、7時間、8時間という数字を論じるとき、私たちはたいてい、誰かの記憶を数えているということだ。

6時間15分しか眠らずに暮らす家系がいる

数字の不確かさを補うように、もう一つ別の角度からの証拠がある。2009年、カリフォルニア大学サンフランシスコ校の研究チームは、ある小さな家系で、寝る時刻は普通なのに目覚めが極端に早い二人を調べ、DEC2という遺伝子に特定の変異を見つけた。本人たちの申告による普段の睡眠時間は、変異を持つ二人が平均6時間15分、同じ家系で変異を持たない人たちが8時間強。この変異を組み込んだマウスでも、起きている時間が長く、眠る時間が短くなった。同じチームが2018年に報告したマウスと細胞の実験によれば、DEC2は覚醒を保つ物質オレキシンの産生を普段は抑えるブレーキ役をしていて、変異によってそのブレーキが緩み、起きていられる時間が延びるらしい。

この種の遺伝子はその後も見つかっており、2019年には別の家系からADRB1という遺伝子の変異が報告されている。研究チーム自身は、DEC2の変異を持つ人たちを、生涯にわたって毎晩6時間ほどしか眠らず、それでいて目立った悪影響のない人たち、と紹介している。「7時間未満は体に悪い」という前提そのものが、少なくともこの少数派には当てはまらないらしい。論文が引くデータベースでは、ADRB1のこの変異の頻度は10万あたり4程度にすぎない。この頻度から考えると、「自分もショートスリーパーかもしれない」と感じている人の多くは、睡眠不足が慢性化して、それに気づかなくなっているだけ、と考えるほうが自然だろう。ただ、その「気づかなくなる」という状態を本人の感覚で見分けるのは、思うほど簡単ではない。それについては、少し先で触れる。稀な例外の存在は、多数派に向けた目安を覆さない。これは、足の速い人が世界に何人かいるからといって、全員が100メートルを10秒台で走れるわけではないのと似た話だ。例外を根拠に一般則を書き換えることはできないが、例外が実在するという事実そのものは、「誰にでも一律に当てはまる正解」という発想の方を静かに疑わせる。

「もう慣れた」という感覚は、どこまで当てになるか

短い睡眠に体が慣れた、と感じている人は少なくないはずだ。最初の数日はつらくても、一週間もすれば眠気はそれほど気にならなくなる。その感覚が正しいなら、ショートスリーパーは遺伝子の幸運に恵まれた人だけでなく、慣れによって後から作ることもできる、という話になる。

この感覚そのものを実験室で確かめた研究がある。2003年、ペンシルベニア大学のハンス・ヴァン・ドンゲンとデイヴィッド・ディンゲスらは、21歳から38歳の健康な成人48人を研究室に泊め込んだ。そのうち35人は、夜にベッドにいられる時間を8時間、6時間、4時間のいずれかに割り振られ、それを14日間続けた。残る13人は、比べるために3晩まったく眠らない条件に入った。昼寝は禁止、カフェインも禁止。そのうえで、起きている間は2時間おきに、画面に光が出たらボタンを押すだけの単純な注意課題(反応が0.5秒を超えた回を「見落とし」と数える)や、計算の課題、そして「いまどれくらい眠いか」の自己評価を繰り返し測った。

結果は、感覚と成績がはっきり別の方向に進んだ。4時間の組では見落としが日を追うごとに増え続け、14日目には、3晩の徹夜条件で2晩眠らなかったときと同じ水準に達した。6時間の組も、14日目には徹夜1晩ぶんに相当するところまで落ちている。一方、眠気の自己評価は、制限を始めた直後に上がったあと、ほとんど伸びなくなった。しかも6時間の組と4時間の組とで、眠気の評価に統計的な差が出なかった。成績のいちばん悪い14日目に、両方の組の人たちは「少し眠い」程度にしか感じていなかった、と論文は書いている。

体重計の針が少しずつずれていくのに、毎日乗っている本人だけはずれに気づかない、という状態に近い。昨日の自分と比べるかぎり変化は小さく見え、その小さな変化が14日分積み上がっていることは、内側からは見えにくい。自分の眠さを当人が正確に内省できなくなっているのか、4時間程度でも眠れていれば徹夜ほどの眠気は感じないだけなのか。論文はどちらとも決めていない。人々が睡眠制限を「慣れたもの」と感じる理由はこれで説明できるかもしれない、という見立てを添えるだけだ。

一つ、この記事にとって皮肉な細部がある。14日間ほぼ成績が横ばいだったのは、8時間ベッドにいられた組だった。通念の8時間睡眠が、少なくともこの実験室では、注意力を2週間保つのに足りる側に入っていたことになる。この組はわずか9人で、しかも6時間の組より有意に若かった。8時間という数字が正しかったというより、6時間では足りない人が多かった、と読むほうが控えめだろう。

論文の中ほどには、目立たない相関も載っている。実験前の5日間に普段から長く眠っていた人ほど、制限による成績の落ち方が大きかった(相関係数0.29)。弱い関連で、因果を語れる数字ではない。それでも、短い睡眠への耐性が人によって違いうるという手がかりは、「全員に同じ数字を」という発想を、実験の側からも少しだけ揺らしている。

好きなだけ眠らせてみると、何時間で止まるのか

必要な睡眠時間を知りたいなら、いちばん素直な方法は、時計も予定もない部屋で好きなだけ眠らせてみることだろう。乱暴に聞こえるが、実際にそれに近いことをした実験がある。

2008年、ハーバード大学のエリザベス・クラーマンとサリー大学のデルク=ヤン・ダイクは、18歳から32歳の若い健康な男女35人と、60歳から76歳の高齢の男女18人を研究室に入れ、時刻の手がかりをすべて取り除いたうえで、1日のうち16時間を暗い部屋のベッドで過ごさせた。夜に12時間、午後に4時間。眠れなければ横になったまま起きているしかないが、眠る機会はいくらでもある。これを3日から7日続け、脳波で実際の睡眠を測った。

最初の日は、どちらの組も普段より長く眠った。ところがその長さは日を追って短くなり、やがて一定の値に落ち着いた。若い人たちが落ち着いた先は8.9時間、高齢の人たちは7.4時間。差は1.5時間あり、レム睡眠とノンレム睡眠がほぼ半分ずつその差を作っていた。若い人たちの普段の睡眠時間は、6.1時間から10.3時間までばらついていたという。

この結果から読めることは二つある。一つは、最初の数日に長く眠ったぶんは、それまでに溜まっていた借りの返済だということ。若い人も高齢の人も、ふだんの生活で睡眠の借金を抱えていた、という解釈だ。もう一つは、若い人の場合、その返済が終わって値が落ち着くまでに5日目あたりまでかかったことだ。高齢の人は2日目には落ち着いていた。週末に一度たっぷり眠ったくらいでは、自分の本当の量は見えてこない。

そして、この実験の若者たちが行き着いた8.9時間は、8時間より長い。通念の8時間は、少なくともこの研究室の若者たちにとっては、むしろ少なめの見積もりだったことになる。

著者たちは、この落ち着いた値を、それぞれの年齢の人に必要な睡眠に近いものとして読んでいる。若い人たちは普段ベッドに8.5時間いると答えていたので、自分に必要な量を満たすだけの時間を取っていない、というのが論文の見立てだ。私はそこまでは言い切れないと思う。題名にあるとおり、測ったのは「眠れる量の上限」で、暗い部屋で16時間横になるという条件は、どんな日常とも似ていない。高齢の人が短く落ち着いた理由についても、必要な量そのものが減ったのか、眠る力が衰えたのかは区別できないと論文は認めていて、そのうえで前者と整合する、と述べている。

年齢による変化は、もっと大きな集まりでも確かめられている。2004年、スタンフォード大学のモーリス・オハヨンらは、5歳から102歳までの3,577人を脳波や活動量計で測った65本の研究をまとめ、成人では年齢とともに総睡眠時間、睡眠効率、深い眠りの割合が減っていくことを示した。ただし60歳を過ぎてからも減り続けたのは、睡眠効率だけだった。しかも、どの程度の変化が見えるかは、対象者から病気や睡眠時無呼吸のある人をどこまで丁寧に除いたかによって大きく変わった、と論文は報告している。年を取ると眠りが短くなる、という話の一部は、年を取ると病気が増える、という話が紛れ込んだものでもありそうだ。

若い人の8.9時間と、高齢の人の7.4時間。そのあいだに8時間という線を一本引いて全員に配ることの粗さは、ここからも見えてくる。

そもそも、時間より別のものを測るべきなのかもしれない

ここまでは「何時間眠るべきか」という前提そのものを疑ってきたが、もう一段疑うべき点がある。総睡眠時間という指標自体が、測るべきものとしてふさわしいのかという疑問だ。米国の地域住民3,810人の自宅で一晩、脳波や呼吸を含む睡眠検査を行い、その後およそ11年追った研究では、横になっていた時間のうち実際に眠れていた割合を示す「睡眠効率」が8割を下回る人は、睡眠時間や年齢、肥満度、睡眠時無呼吸の程度などをそろえて比べても、心血管疾患を起こすリスクが約1.3倍、心血管疾患で亡くなるリスクが約1.9倍高かった。もともと効率が8割を下回る人には、9割以上の人に比べて高血圧や糖尿病のある人も多かった。同じ8時間をベッドで過ごしても、そのうち何時間眠れていたかは人によって大きく違う。財布に入っている金額よりも、実際に使える現金がいくらかのほうが生活を左右するのと似ている。

さらにねじれた話もある。地域に暮らす69歳前後の高齢者135人を対象にした2023年の研究では、深い眠り(徐波睡眠)の割合が高い人ほどエピソード記憶の成績が良かった。ただしこの関連は実行機能では確認されず、対象者数も大きいとは言えない規模にとどまる。それでも、この研究が物差しにしたのは、何時間眠ったかではなく、眠りのうちどれだけが深い眠りだったかという中身のほうで、記憶との結びつきはそこに見つかった。時間だけを物差しにしていたら、そもそも問えなかった関係である。

「昔の人は分割して眠っていた」という対抗説も、無傷では済まない

8時間睡眠という通説への反発として、近年よく語られる対抗言説がある。産業革命以前のヨーロッパでは、夜を「最初の眠り」と「二度目の眠り」に分け、その合間の1時間ほど(イーカーチ自身は「最大1時間、あるいはそれ以上」と書く)を祈りや夢の反芻、近所への訪問などに充てる二相性の睡眠が一般的だった、というものだ。歴史学者ロジャー・イーカーチが2000年代に発表した研究に基づく説で、街灯や照明の普及によって連続した一晩通しの眠りに置き換えられていったと説明される。8時間の連続睡眠こそが不自然で、人間本来の眠り方は分割されていたのだ、という筋書きは魅力的に響く。「本来の姿」を提示する言説は、たいてい魅力的に聞こえるものだが、それ自体は正しさの証明にはならない。

ところが、この説にも綻びが指摘されている。2023年、ニール・ボイスが発表した史学的な再検証は、分割睡眠説の背後にある科学・人類学・文学の資料を見直し、分割を前提にしない眠り方の解釈も成り立ちうると論じた。イーカーチは翌年、その再検証は自分の2001年の最初の論文だけを相手にしていると反論し、ボイスは応答のなかで、短い引用では明快に見える証拠も文脈に戻すと曖昧になる、と重ねている。決着した話ではない。加えて、電気のない生活を今も送る前産業社会——タンザニアのハッザ族、ナミビアのサン族、ボリビアのチマネ族——を対象に実際の睡眠を計測した2015年の研究では、平均睡眠時間は5.7時間から7.1時間、眠り始めは日没から平均3.3時間後で、夜の眠りが長い覚醒で途切れることはなかった。工業化社会の睡眠時間と比べても、むしろ短い側に入る数字だという。現代の照明が人間から眠りを奪った、という筋書きにも、この結果はそのまま乗ってこない。文献の解釈にも、実測データにも、それぞれ別の弱さがある。通説を覆したつもりの対抗説も、同じ厳しさで検証すれば無傷ではいられない。

自分の数字を見積もる、三つのやり方とその癖

8時間が誰の体も測っていないのなら、自分の体を測ればいい、という話になる。測り方にも、それぞれ癖がある。ここでは、根拠のたどれるやり方を三つ並べておく。順位はつけない。どれも何かを測り、何かを測り損ねる。

一つ目は、睡眠日誌だ。寝床に入った時刻、眠ろうとした時刻、寝つくまでにかかった時間、夜中に目が覚めた回数、起きた時刻、眠りの質の自己評価を、毎朝紙に書く(拡張版では、昼寝やカフェイン、酒、薬のことも書き込める)。素朴すぎて方法と呼ぶのも気が引けるが、不眠の研究では標準的な道具で、2012年にはキャロル・カーニーら不眠研究の専門家たちが、項目をそろえた「コンセンサス睡眠日誌」を作っている。良く眠れる人、不眠のある人、睡眠時無呼吸のある人を交えたグループで聞き取りを重ね、子どもでも読める言葉に整えたものだ。強みは、お金がかからないことと、前の日の調子を自分で一行書き足せば、時間と「その日どうだったか」を同じ紙に並べられることにある。先に見たヴァン・ドンゲンの実験を思い出すと、眠気の自己評価は当てにならなくても、何時に寝て、翌日に何を取りこぼしたかという記録なら、あとから読み返して傾向を拾える。弱みは、結局は本人の記憶と申告だということだ。ローダーデールらが示した、短く眠る人ほど長めに答える癖から、日誌が自由だという保証はない。この日誌はまだ検証と改良が必要な「生きた文書」だ、と作った当人たちが断っている。毎朝の記入が苦にならない人、数字より自分の調子との関係を見たい人には向くが、几帳面に書くこと自体が負担になる人には続かないだろう。

二つ目は、予定のない日が続くときに、目覚ましなしで眠ってみることだ。クラーマンとダイクの実験を、生活の中で粗くなぞるやり方と言える。実験が示した一番役に立つ細部は、最初の数日の長い眠りは借りの返済で、若い人では値が落ち着くまでに5日ほどかかった、という点だった。連休の初日に10時間眠ったからといって、それが自分に必要な量だとは限らない。数日たって、目覚ましなしで起きる時刻がそろってきたあたりの長さのほうが、手がかりとしてはましだろう。弱みははっきりしている。そもそも、まとまった休みを取れる人が限られる。旅先の寝床、酒、夜ふかしの誘惑は、研究室の暗い部屋のようには統制されていない。実験の値を必要量と呼べるかについても、先に書いたとおり留保が残る。長い休みが取りやすく、休み中の生活を比較的一定に保てる人なら、試す余地はある。

三つ目は、腕時計型や寝床に置く型の機器で測ることだ。2021年、米海軍保健研究センターのエヴァン・チノイらは、健康な若い成人34人を研究室で3晩眠らせ、市販の睡眠計測機器7種類と、研究用の活動量計と、脳波を含む睡眠検査とを同時に比べた。眠っている時間を「眠っている」と判定する力はどの機種も高く(感度は全機種で0.93以上)、眠りと目覚めの判定全体でも、7種類のうち5種類は研究用の活動量計と同等かそれ以上の成績だった。ところが、目が覚めている時間を「起きている」と見抜く力はばらつきが大きく、0.18から0.54にとどまった。起きて横になっている時間の一部を、睡眠として数えてしまいやすいということだ。眠りが乱れた夜ほど成績は悪くなり、浅い眠りや深い眠りといった段階の判定は、機器によってまちまちだった。それでも全体としては、研究用の活動量計と比べて遜色ない機種が多い、というのが論文の結論で、弱点は目覚めの判定に偏っている。

機器には、測る側ではなく測られる側に起きる癖もある。2017年、心理学者のケリー・バロンらは、睡眠計測機器の数字を見て「深い眠りが足りない」「睡眠時間が短い」と自分で判断し、治療を求めてやってくる人たちの症例を報告した。そうした人たちにとっては、検査室の正式な測定よりも機器の数字のほうが自分の実感に合うと感じられ、理想の睡眠を求めることがかえって完璧主義的な追求になっていた、という。著者たちはこれに「オルソソムニア」という名前をつけた。正しく眠ろうとしすぎることが、眠りの悩みになる。機器は、日誌より手間がかからず、毎晩の変化を長く追えることが強みだが、数字の小さな上下に気持ちが動きやすい人には、測らないことのほうが楽な場合もあるだろう。

三つとも、睡眠時間という一つの数字を、少しずつ違う角度から外している。日誌は記憶を数え、休暇は上限を数え、機器は横になっている時間の一部を数える。私自身は、どれか一つの数字を自分の正解として掲げるより、昼間の調子と並べて眺めるほうが、少なくとも8時間という借り物の数字よりは自分の体に近い、と考えている。いびきや呼吸の止まり、どれだけ時間を取っても眠れない状態は、ここで並べた見積もりとは別の、医療の領分にある。先の合同声明も、自分の睡眠が短すぎる、あるいは長すぎると心配な人には、医療者への相談を勧めている。

数字を捨てるのではなく、数字の出どころを見ておく

並べてみると、8時間という数字は、生理学の測定値というより、いくつもの異なる時代・異なる動機から出てきた話が偶然同じ数字の近くに収斂しただけのようにも見える。19世紀の労働運動が24時間を三等分し、1980年代の調査をもとにした疫学研究がその近辺にU字の底を見つけ、遺伝学が例外の存在を示し、対抗言説がその通説をひっくり返そうとして、今度は自分自身が検証にさらされている。誰も嘘をついているわけではないが、それぞれ違う場所から歩いてきて、たまたま似た数字の前で立ち止まっているだけなのかもしれない。

だからといって、何時間眠っても構わないという話にはならない。睡眠不足が体に良くないという大枠自体は、多くの研究が支持している。疑うべきなのは「8時間」という具体的な数字の権威であって、睡眠そのものの重要性ではない。服のサイズがSかMかで迷うとき、大事なのは表示された記号ではなく実際に体に合うかどうかであるのと同じで、8時間という記号そのものにこだわりすぎると、かえって自分の体が発している信号を聞き逃す。眠気を感じたら眠り、日中に支障がなければそれでいい、という当たり前の基準のほうが、110万人分のアンケートよりも自分の体には近いのかもしれない。ただ、その眠気という信号でさえ、2週間の睡眠制限のあいだに頭打ちになって、成績の低下を知らせなくなることは先に見た。8時間という他人の物差しを疑うのと同じ程度には、自分の感覚という物差しも疑わしい、と私は思っている。どちらか一方に寄りかかるのではなく、両方の目盛りのずれを知ったうえで眺めること。数字の出どころを見ておく、というのは、たぶんそういうことだ。

出典

  • Owen, R. (1817). "Eight Hours' Labour, Eight Hours' Recreation, Eight Hours' Rest"(スローガン。年号は労働運動史の概説による二次情報で、一次資料は未見)。
  • Steward, I. (1865). The Eight Hour Movement: A Reduction of Hours Is an Increase of Wages. Boston Labor Reform Association.(講演の抜粋を収めた小冊子。書誌は大学図書館の目録で確認、原書未見)
  • Kripke, D. F., Garfinkel, L., Wingard, D. L., Klauber, M. R., & Marler, M. R. (2002). "Mortality Associated with Sleep Duration and Insomnia." Archives of General Psychiatry, 59(2), 131–136. doi:10.1001/archpsyc.59.2.131(抄録で確認)
  • Watson, N. F., Badr, M. S., Belenky, G., et al. (2015). "Recommended Amount of Sleep for a Healthy Adult: A Joint Consensus Statement of the American Academy of Sleep Medicine and Sleep Research Society." Journal of Clinical Sleep Medicine, 11(6), 591–592. doi:10.5664/jcsm.4758
  • Watson, N. F., Badr, M. S., Belenky, G., et al. (2015). "Joint Consensus Statement of the American Academy of Sleep Medicine and Sleep Research Society on the Recommended Amount of Sleep for a Healthy Adult: Methodology and Discussion." Journal of Clinical Sleep Medicine, 11(8), 931–952. doi:10.5664/jcsm.4950(参考文献に Kripke 2002 と Cappuccio 2010 が含まれることを確認)
  • Cappuccio, F. P., D'Elia, L., Strazzullo, P., & Miller, M. A. (2010). "Sleep Duration and All-Cause Mortality: A Systematic Review and Meta-Analysis of Prospective Studies." Sleep, 33(5), 585–592. doi:10.1093/sleep/33.5.585
  • Daghlas, I., Dashti, H. S., Lane, J., et al. (2019). "Sleep Duration and Myocardial Infarction." Journal of the American College of Cardiology, 74(10), 1304–1314. doi:10.1016/j.jacc.2019.07.022
  • Ai, S., Zhang, J., Zhao, G., et al. (2021). "Causal Associations of Short and Long Sleep Durations with 12 Cardiovascular Diseases: Linear and Nonlinear Mendelian Randomization Analyses in UK Biobank." European Heart Journal, 42(34), 3349–3357. doi:10.1093/eurheartj/ehab170(抄録で確認)
  • Lauderdale, D. S., Knutson, K. L., Yan, L. L., Liu, K., & Rathouz, P. J. (2008). "Self-Reported and Measured Sleep Duration: How Similar Are They?" Epidemiology, 19(6), 838–845. doi:10.1097/EDE.0b013e318187a7b0(出版版の抄録と、PMC の著者原稿の全文で確認。本文の数値は出版版の抄録による。著者原稿では数値がわずかに異なる)
  • He, Y., Jones, C. R., Fujiki, N., et al. (2009). "The Transcriptional Repressor DEC2 Regulates Sleep Length in Mammals." Science, 325(5942), 866–870. doi:10.1126/science.1174443
  • Hirano, A., Hsu, P.-K., Zhang, L., et al. (2018). "DEC2 Modulates Orexin Expression and Regulates Sleep." Proceedings of the National Academy of Sciences, 115(13), 3434–3439. doi:10.1073/pnas.1801693115(全文で確認)
  • Shi, G., Xing, L., Wu, D., et al. (2019). "A Rare Mutation of β1-Adrenergic Receptor Affects Sleep/Wake Behaviors." Neuron, 103(6), 1044–1055.e7. doi:10.1016/j.neuron.2019.07.026
  • Van Dongen, H. P. A., Maislin, G., Mullington, J. M., & Dinges, D. F. (2003). "The Cumulative Cost of Additional Wakefulness: Dose-Response Effects on Neurobehavioral Functions and Sleep Physiology from Chronic Sleep Restriction and Total Sleep Deprivation." Sleep, 26(2), 117–126. doi:10.1093/sleep/26.2.117
  • Klerman, E. B., & Dijk, D.-J. (2008). "Age-Related Reduction in the Maximal Capacity for Sleep—Implications for Insomnia." Current Biology, 18(15), 1118–1123. doi:10.1016/j.cub.2008.06.047
  • Ohayon, M. M., Carskadon, M. A., Guilleminault, C., & Vitiello, M. V. (2004). "Meta-Analysis of Quantitative Sleep Parameters from Childhood to Old Age in Healthy Individuals: Developing Normative Sleep Values across the Human Lifespan." Sleep, 27(7), 1255–1273. doi:10.1093/sleep/27.7.1255(抄録で確認)
  • Yan, B., Yang, J., Zhao, B., Fan, Y., Wang, W., & Ma, X. (2021). "Objective Sleep Efficiency Predicts Cardiovascular Disease in a Community Population: The Sleep Heart Health Study." Journal of the American Heart Association, 10(7), e016201. doi:10.1161/JAHA.120.016201
  • Ourry, V., Rehel, S., André, C., et al. (2023). "Effect of Cognitive Reserve on the Association Between Slow Wave Sleep and Cognition in Community-Dwelling Older Adults." Aging (Albany NY), 15(18), 9275–9292. doi:10.18632/aging.204943(全文で確認)
  • Ekirch, A. R. (2001). "Sleep We Have Lost: Pre-Industrial Slumber in the British Isles." American Historical Review, 106(2), 343–386. doi:10.1086/ahr/106.2.343 および Ekirch, A. R. (2005). At Day's Close: Night in Times Past. W. W. Norton.(原典未見。本文の分割睡眠の細部〔合間の時間の長さや過ごし方〕は、Boyce 2023 が引く Ekirch 2001 の要約部分〔344頁〕で確認)
  • Boyce, N. (2023). "Have We Lost Sleep? A Reconsideration of Segmented Sleep in Early Modern England." Medical History, 67(2), 91–108. doi:10.1017/mdh.2023.14(全文で確認)
  • Ekirch, A. R. (2024). "Reflections on 'Have We Lost Sleep?'." Medical History, 68(3), 254–262. doi:10.1017/mdh.2024.20 および Boyce, N. (2024). "Response to: Reflections on 'Have We Lost Sleep?'." Medical History, 68(3), 263–264. doi:10.1017/mdh.2024.18(いずれも全文で確認)
  • Yetish, G., Kaplan, H., Gurven, M., Wood, B., Pontzer, H., Manger, P. R., Wilson, C., McGregor, R., & Siegel, J. M. (2015). "Natural Sleep and Its Seasonal Variations in Three Pre-industrial Societies." Current Biology, 25(21), 2862–2868. doi:10.1016/j.cub.2015.09.046(全文〔著者原稿〕で確認)
  • Carney, C. E., Buysse, D. J., Ancoli-Israel, S., et al. (2012). "The Consensus Sleep Diary: Standardizing Prospective Sleep Self-Monitoring." Sleep, 35(2), 287–302. doi:10.5665/sleep.1642(全文で確認)
  • Chinoy, E. D., Cuellar, J. A., Huwa, K. E., et al. (2021). "Performance of Seven Consumer Sleep-Tracking Devices Compared with Polysomnography." Sleep, 44(5), zsaa291. doi:10.1093/sleep/zsaa291(全文で確認)
  • Baron, K. G., Abbott, S., Jao, N., Manalo, N., & Mullen, R. (2017). "Orthosomnia: Are Some Patients Taking the Quantified Self Too Far?" Journal of Clinical Sleep Medicine, 13(2), 351–354. doi:10.5664/jcsm.6472(全文で確認)
XはてなブックマークLINEFacebook