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差別化という信仰

差別化という信仰

差別化が顧客の選択を動かしているという確信の強さと、それを裏付ける証拠の薄さには落差がある。ブランド研究、行動経済学、市場参入の実証データから、差別化への強迫観念そのものを問い直す。

TOMOAKI··仕事

「差別化」という言葉を、マーケティングの会議で聞かなかった日はほとんどない。競合と同じことをしていては埋もれる、独自の強みを打ち出さなければ選ばれない——この前提を疑う人は少ない。差別化は正義であり、差別化の欠如は敗北の予兆として語られる。

だが、この前提を実際に検証しようとした研究者たちが行き着いた結論は、もう少し居心地が悪いものだった。

ユーザーは差別化ポイントをほとんど気にしていない

南オーストラリア大学のエーレンバーグ・バス研究所は、数十年にわたって消費者のブランド選択を定量的に追跡してきた。そこで繰り返し観察されるのが、同一カテゴリー内のブランドに対する消費者の知覚が、驚くほど似通っているという事実だ。銀行、航空会社、洗剤、ビール——業界を問わず、消費者に「このブランドの強みは何か」と尋ねると、どのブランドについても似たような属性が挙げられる。差別化されているはずの競合同士が、消費者の頭の中ではほぼ同じ顔をしている。

バイロン・シャープは著書『How Brands Grow』(2010年)で、この観察をさらに一歩進めた。同一カテゴリー内のブランドは知覚される属性も顧客層も酷似しており、差別化が市場シェアを動かす力は限定的で長続きしない、というのが彼の観察に近い。市場シェアをより強く説明するのは差別化の知覚ではなく、「メンタル・アベイラビリティ」(購買を検討する瞬間にそのブランドが思い浮かぶかどうか)と「フィジカル・アベイラビリティ」(実際に買おうとしたときに手に入りやすいかどうか)だという。もっとも、この見立てに全員が同意しているわけではない。マーク・リトソンらは、ラグジュアリー品のように差別化そのものが効くセグメントもあると反論しており、シャープの主張を万能の法則として扱うのは早計だ。

これは直感に反する。差別化がブランド選択の主因でないなら、企業が独自性の追求に投じてきた労力は何だったのか、という話になる。

ただし、ここで注意すべき留保がある。シャープが「差別化は不要」と言っているわけではない、という点だ。彼が区別するのは「差別化(differentiation)」と「独自性・際立ち(distinctiveness)」である。機能や便益で他と違うことを競うのが前者、色やロゴ、キャラクター、音といった「ブランド資産」によって、瞬時に見分けがつき記憶に結びつくことを指すのが後者だ。ジェニー・ロマニウクらの研究は、この「際立ち」の強さこそが購買行動と結びつくと示している。つまり否定されているのは「中身で違いを作ること」そのものではなく、「中身の違いが顧客の頭の中で選択を左右している」という思い込みの方だ。

作り手は四六時中考えているが、顧客は数秒しか考えていない

差別化への強迫観念の裏には、もう一つ、もっと個人的な錯覚がある。自社の商品やサービスについて、開発者やマーケターは日々何時間も考えている。競合との違い、機能の細部、価格設定の妥当性——それらは彼らの生活の一部になっている。一方、顧客がその商品について考える時間は、購入を検討する数秒から数分にすぎない。

この非対称性を実験で示したのが、スタンフォード大学の大学院生エリザベス・ニュートンが1990年に行った「タッピング実験」である。被験者の一方(タッパー)に、"きらきら星"のようによく知られた曲のリズムを机を叩いて伝えてもらい、聞き手がその曲名を当てられるかを調べた。タッパー自身は、聞き手の約50%が曲を言い当てるだろうと予想していた。実際に正解した割合はおよそ2.5%だった。タッパーの頭の中では旋律がはっきり鳴っているのに対し、聞き手に届くのは無機質な打音の連なりでしかない。

この現象は「知識の呪縛(curse of knowledge)」と呼ばれる。経済学者のコリン・キャメラー、ジョージ・ローウェンスタイン、マーティン・ウェーバーが1989年の論文でこの語を経済的な意思決定の文脈——市場実験において、情報優位者が自分の持つ情報を持たない相手の視点に立ち切れないこと——に定式化した。あることを知っている人間は、それを知らない人間の視点を正確に想像できなくなる、という骨格そのものは、ニュートンの対人実験とも重なる。差別化ポイントを設計した本人にとって、その違いは自明で、際立って見える。だが、その差別化について何も知らず、何の思い入れもない顧客からすれば、机を叩く音と同じように、ただの雑音の一部でしかない。

これは、消費者の注意力が低いから起きる現象、というだけではない。ハーバート・クルーグマンが1965年に提唱した「低関与学習」の議論はさらに踏み込む。多くの商品カテゴリーにおいて、消費者はそもそも深く考えて選んでいるわけではなく、テレビを眺めるのと同じような低い注意水準で情報を受け流し、それが後の選択にわずかな影響を残すにすぎない、という。差別化を懸命に説明する側と、それをほとんど処理せずに受け流す側との落差は、注意力の問題であると同時に、情報処理のモードそのものが違う、という問題でもある。

作り手が自社サービスについて考える時間の総量を、顧客のそれと比べれば、後者はほぼゼロに近い。差別化の議論が空回りしやすいのは、この非対称性を作り手自身が忘れ、顧客も自分と同じ密度でそのサービスについて考えている、という前提で語ってしまうからだ。

最初に出会ったものを選ぶ、という身も蓋もなさ

差別化が選択を左右しないとすれば、代わりに何が選択を左右しているのか。ここで浮上するのが、身も蓋もない答えである——人は、最初に接触した選択肢をそのまま選び続ける傾向がある。

行動経済学ではこれを「現状維持バイアス」や「デフォルト効果」と呼ぶ。エリック・ジョンソンとダニエル・ゴールドスタインが『Science』誌(2003年)に発表した研究はよく知られている。臓器提供の意思表示について、「提供する」がデフォルトに設定されている国(オプトアウト方式)では提供同意率が86〜99.98%にのぼるのに対し、「提供しない」がデフォルトの国(オプトイン方式)では最も低い国で4%程度、高い国でも30%に届かない、という国別データを示した。人が能動的に比較検討して結論を出しているなら、この差は説明がつかない。多くの人は、最初に提示された選択肢をそのまま受け入れているにすぎない。

これは臓器提供という特殊な文脈の話だと片付けたくなるが、もっと退屈な市場でも同様の傾向は観察されている。英国の競争市場庁(CMA)が2016年に行った小売銀行市場の調査では、個人の当座預金口座を持つ顧客のうち、年間で口座を乗り換える人はわずか3%程度にとどまるという報告があった。しかも、調査対象の多くは「他行に切り替えればより良い条件が得られる」ことを認識していた。認識していながら動かない。差別化された商品を比較検討して最良のものを選ぶ、という消費者像は、実際の行動データの前ではかなり後退する。

ここで働いているのは、認知的な節約である。選択肢を毎回ゼロから比較検討するコストは高く、多くの人はいったん「これでいい」と決めたものを更新しない。差別化がいくら精緻でも、比較検討という行為自体が発生しなければ意味を持たない。

空港の待合室に並ぶ、見分けのつかない座席の列

では「先に市場に出た者が勝つ」のかというと、それも怪しい

ここまでの話を聞くと、次の結論に飛びつきたくなる——差別化に労力を割くより、とにかく早く市場に出て、顧客の「最初の接触」を独占すればいい、というものだ。いわゆる「ファーストムーバー・アドバンテージ」である。

だが、この結論もまた、検証に耐えない。

スティーブン・ゴルダーとジェラルド・テリスが『Journal of Marketing Research』(1993年)に発表した研究は、この神話に冷や水を浴びせた。彼らが多数の製品カテゴリーで市場のパイオニア企業を追跡したところ、パイオニアの失敗率はおよそ47%にのぼり、現在の市場リーダーの多くは、実はその市場を最初に開拓した企業ではなかった。多くのカテゴリーで、真のリーダーは市場が立ち上がってから数年後に参入した企業であり、初期の混乱を生き延びたパイオニアたちの屍を越えて台頭してきている。

つまり「最初に出会わせれば勝てる」という単純化も誤りである。最初に市場に出ることには、需要そのものが未成熟であるコスト、顧客教育のコスト、製品の欠陥を市場で洗い出すコストが伴う。それらのコストを引き受けた末に消えていった企業の数は、生き残った成功例よりもおそらく多い。後発企業は、パイオニアが開拓した需要と、パイオニアの失敗から得られた教訓の両方にただ乗りできる。

差別化も、先行者優位も、単体では選択を説明する変数として弱い。ではどちらも無視していいのかというと、そう単純でもない。「際立ち」による認知のしやすさと、「アベイラビリティ」——顧客が買おうとした瞬間にそこにいるという条件——の掛け合わせが、実際の選択に近いところで効いている、というのがここまでの研究の落とし所に近い。差別化の中身より、思い出されやすさと手に入りやすさ。地味な話だが、地味であることと重要でないことは別だ。

差別化への強迫観念が、事業の成長と無関係な行動を生む

ここまでは消費者行動の話だったが、もう一つ別の問題がある。差別化を追求すること自体が、組織の内部で独自のインセンティブを生み、それが事業の拡大や存続とは無関係な方向に労力を吸い取っていく、という問題だ。

差別化を強く意識する組織で起きがちなのは、次のような現象である。既存顧客の大多数が求めていない機能への投資、競合が持っていないというだけの理由で追加される仕様、営業資料における「独自の」の乱用。これらはどれも、顧客の購買行動を動かす証拠に基づいているわけではなく、「他と違って見えなければならない」という社内向けの圧力から生まれている。差別化は本来、市場での選択を有利にするための手段だったはずが、いつの間にか、組織が自らのアイデンティティを確認するための儀式に転化する。

この転化が起きやすい理由は、差別化の効果測定が難しいことにある。ある機能が売上に寄与したかどうかを厳密に検証するには、それなりの実験設計と時間が要る。一方で「競合にはない機能を作った」という事実そのものは、会議の場で即座に確認でき、達成感を伴う。測定しやすい代理指標(競合との違いの数)が、測定しにくい本来の目標(顧客の選択率、事業の拡大)にすり替わっていく。これは差別化に限った話ではなく、あらゆる代理指標に共通する陥穽だが、差別化はとりわけこの罠にはまりやすい概念だと言える。「違いを作ること」自体が目に見える成果として消費されてしまうからだ。

事業を拡大するために本来必要な作業——販売チャネルを増やす、既存顧客の解約を減らす、値付けを検証する、オペレーションのボトルネックを解消する——は、地味で、差別化の物語にならない。それに対して「競合にない新機能」は社内外に説明しやすく、差別化という大義名分がその優先順位づけの歪みを正当化してしまう。

差別化が「良いもの」だという常識それ自体を疑う

差別化という発想の背後には、もう一段深い前提がある。「他と違うことは良いことだ」という価値判断そのものだ。この前提は、消費者を合理的な比較検討者として、企業を独自性で評価される存在として描く、ある種のロマンティシズムに支えられている。

だが、これまで見てきた研究が示すのは、その反対に近い像だ。消費者の多くは比較検討という行為自体をできるだけ避けようとし、企業の側も、独自性を追求すること自体が目的化して、肝心の拡大とは無関係な労力を注ぎ込む。差別化が「良いもの」だという前提を疑うと、代わりに見えてくるのは、認知されること、思い出されること、手に入りやすいことという、もっと退屈で、もっと物理的な条件の集積である。

差別化を放棄せよ、と言いたいわけではない。中身の違いが不要だという主張には、無理がある。ただ、差別化が選択を動かしているはずだという確信の強さと、その確信を裏付ける証拠の薄さとの落差は、一度は数字を並べて確認しておく価値がある。確認した上でなお差別化に賭けるなら、それは信念に基づく判断であって、常識に基づく判断ではない、ということだけは自覚しておいていい。

出典

  • Byron Sharp, How Brands Grow: What Marketers Don't Know, Oxford University Press, 2010.
  • Jenni Romaniuk and Byron Sharp, How Brands Grow: Part 2, Oxford University Press, 2016.
  • Mark Ritson, Marketing Week 誌上でのコラム(ラグジュアリー等のセグメントでは差別化がなお有効との批判的検討).
  • Elizabeth Newton, doctoral dissertation, Stanford University, 1990(Chip Heath and Dan Heath, Made to Stick, 2007 で広く紹介).
  • Colin Camerer, George Loewenstein, and Martin Weber, "The Curse of Knowledge in Economic Settings: An Experimental Analysis", Journal of Political Economy, 1989.
  • Herbert E. Krugman, "The Impact of Television Advertising: Learning Without Involvement", Public Opinion Quarterly, 1965.
  • Eric J. Johnson and Daniel Goldstein, "Do Defaults Save Lives?", Science, 2003.
  • Competition and Markets Authority (UK), Retail Banking Market Investigation: Final Report, 2016.
  • Peter N. Golder and Gerard J. Tellis, "Pioneer Advantage: Marketing Logic or Marketing Legend?", Journal of Marketing Research, 1993.