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「効率化」という言葉を使わずに、冷蔵庫の中身とどう付き合うか
献立を「サプライチェーン」と呼び替えても、実際に楽になるのは何なのか。ビジネス用語を外して、食材の在庫とどう付き合っているかを一度、素直に書き出してみる。
料理を「マネジメント」の語彙で語る記事を、時々見かける。冷蔵庫を「物流拠点」と呼び、献立を「サプライチェーン」と呼び、下ごしらえを「バッチ処理」と呼ぶ。以前、自分でもそういう書き方をしたことがある。書いている間は面白かった。比喩を思いつくたびに、料理という地味な家事が、急に高度なスキルのように見えてくる。
ただ、しばらく経って読み返すと、違和感が残った。冷蔵庫の在庫を管理する話は、本当にKPIやCI/CDという言葉を借りないと語れないものだったのか。むしろ、ビジネス用語を使うことで、実際にやっていることの地味さを覆い隠していただけではないか、という疑いが消えない。
なぜ管理の比喩に頼りたくなるのか
「料理を効率化する」という言い方には、ある種の後ろめたさへの言い訳が混じっている気がする。自炊は面倒だ、でも面倒だと思うこと自体が悪いことのような空気がある。そこで「これは家事ではなく、マネジメントのトレーニングだ」と言い換えると、面倒さの手前に意味が生まれたような気になる。
だが、冷蔵庫の奥でしなびた野菜を見つけたとき、それを「技術負債」と呼んでも、腐らせてしまった事実は変わらない。呼び方を変えることで実際に助かっているのは、野菜ではなく、自分の気分の方だったのかもしれない。
実際に効く工夫は、たいてい地味だ
比喩を外して、実際にやっていて助かっている工夫だけを書き出してみると、驚くほど地味なものばかりが残った。
- 葉物野菜のような傷みやすいものは、目線の高さの取り出しやすい場所に置く。これだけで、存在を忘れて腐らせる頻度がかなり減った。
- 休みの日に、野菜を切っておく・肉に下味をつけておくといった下ごしらえを少しだけやっておくと、平日の負荷が下がる。目新しい発見ではないが、効果は体感できる。
- 疲れて何も考えたくない日のために、「これだけは必ず作れる」という一品を、あらかじめ決めておく。冷凍ご飯と納豆でも、レトルトでもいい。選ぶという行為そのものを省略できるだけで、案外助かる。
- 週の終わりに、残っている食材をまとめて片付ける日を作る。名前をつけるなら「在庫一掃スープ」くらいで十分で、それ以上仰々しくする必要はない。
並べてみると、これは目新しい「戦略」ではなく、昔から言われてきた家事の工夫とほとんど変わらない。サプライチェーンという言葉を持ち込まなくても、誰かがすでに同じことを、もっと簡単な言葉で言っていたはずだ。
比喩が余計にしていたもの
ビジネス用語で語り直すことの弊害も、書いていて見えてきた。「認知リソースの最小化」と言ってしまうと、献立に悩む時間そのものが、無駄な負債のように扱われてしまう。でも、今日は何を食べようかと考える時間には、単純な楽しみも含まれていたはずだ。それを常に「削減すべきコスト」として扱う書き方は、静かに窮屈だった。
効率化の語彙は、生活のあらゆる場面に「最適化すべき対象」というラベルを貼っていく。その視線に慣れすぎると、何も考えずにぼんやり冷蔵庫を眺める時間まで、何かの無駄であるかのように感じられてくる。それは本当に望んでいたことだったのだろうか。
冷蔵庫の中身とどう付き合うかという話は、結局のところ、傷みやすいものを先に使う、少し先回りして準備しておく、疲れた日のための逃げ道を用意しておく、というだけの話だ。それをわざわざ大仰な言葉で覆う必要は、なかったのかもしれない。
