趣味
2026
効能への疑いと、湯上がりの爽快感は、別の場所にある
温泉の効能表示は、無作為化比較試験ではなく行政指針としての経験則に基づいている。それでも湯上がりに感じる爽快感が本物であることとは、そもそも別の問いだ。制度の成立史と査読研究、入浴の生理学から三層構造でたどる。
「もったいない」を、少し疑ってみる。――趣味とサンクコストの心理学
趣味に投じた金額と時間は、続けるかやめるかの判断とは無関係のはずだ。鳩の実験からNBAのドラフトまで、サンクコスト効果をめぐる研究を辿る。
道具を買わずに外へ出る、雑草・雲・星をただ見るということ
道端の雑草を見る、音を遠近に分けて聞く、雲の名付けの歴史をたどる、光害の中で星を探す。道具なしで外に出るという条件は、実は何も削っていない。何を見るかを決める前に、なぜそれで時間が持つのかを疑ってみる。

なぜ40代の男性は、趣味さえランキングで選ぼうとするのか
「良い趣味」には「良いレストラン」のような共有された評価軸がない。それでもランキングを求め続けるのだとしたら、探しているのは活動名ではなく、仕事の外側にもう一つ持ちたい達成の物差しなのかもしれない。

「面白い趣味」を探しても、たぶん見つからない理由
「面白い」は活動の性質ではなく、新奇性と理解可能性の釣り合いから生まれる反応にすぎない。だから外から探しても見つからず、続けるほど自分の手でその釣り合いを崩していく。心理学の複数の理論から、この構造を考える。

「家でできる趣味」で、本当は何を探しているのか
「家でできる趣味」を探す人が本当に求めているのは、特定の活動ではないのかもしれない。習慣形成と社会心理学の知見から、その検索条件が指しているものの正体を考える。

なぜ「直す」ことは、こんなに気持ちがいいのか
自転車の整備、革靴の手入れ、繕い物。新しく買うのではなく直す趣味には、無限の選択肢にはない何かがある。制約と手応えという二つの手がかりから考える。

趣味が続かない理由は「動機」のズレ? 没頭を生む3つのタイプと、余白の選び方
趣味が続かないのは、意志が弱いからではない。収集・没入・自己研鑽——満たしたい動機がどれに近いかで、続く余白は変わる。記事の終わりに、6つの問いで数えるだけの診断も置いてある。

「今、何が流行っているか」を趣味選びの参考にしていいのか
検索数やSNSの投稿数で趣味を「これから来る」「もう定着した」と分類したくなる衝動について、その分類が実際には何も教えてくれないのではないかという疑いを書く。

「贅沢な不便さ」と言いたくなるときに疑っておきたいこと
フィルムカメラのダイヤルを回す手応えを「贅沢な不便さ」と呼ぶ言説を、不便益の研究、効果ヒューリスティック、そして「切断できることは特権である」という指摘から検証する。

何かを集めるという趣味について
鉱石でも古書でも万年筆でもいい。何かを集め始めるとき、実際に何を選んでいるのか。診断で決めるものではない気がする、という話。

「資産になる趣味」という言い方について
機械式時計やヴィンテージカメラを「資産にもなるコレクション」として語る記事をよく見かけるが、その言い方がどこまで実態を反映しているのか、疑わしく思う点を書く。

集めたものを、ゴミに見せないための余白
棚に詰め込んだコレクションが、なぜか雑多に見えてくる。飾り方を変えてみて気づいた、余白の役割について。

なぜ大人は「無意味なもの」に惹かれるのか
「集めてどうするの」という問いに、収集は単なる消費行動ではないと思う。心理学的な報酬の話や、ため込みとキュレーションの違いから、収集という趣味について考えてみる。

【ソロキャンプの次】はどこにあるか?―消費としてのレジャーを脱却し、日常を開拓する「自己統治」というテーマ
ソロキャンプに飽きてしまった理由を考えてみる。道具を買い揃えるレジャーの先に、知性と身体で自分の環境をいくらか自分で制御してみる、という方向がある。日常や別のフィールドに応用できそうな10の視点。

手を動かす趣味に、何を期待しているのか
「物理世界の主権を取り戻す」という説明を面白いとは思うが、実際に手を動かしているときに考えているのは、結果がその場でわかることへの単純な安心感だ。

仕事に役立たない勉強を、それでも続けている理由
夕焼けが赤いのは、光が通過する大気の距離が長くなるからだと知っても、美しさが増すわけではない。ただ見え方は変わる。リスキリングという言葉に追われる中で、役に立たない学びを続けている理由。

「一生モノ」を見分ける、地味な着眼点
高いから、有名ブランドだから一生使えるわけではない。壊れたときに自分で直せるかどうかという、もっと退屈な基準について。

「摩擦」のある趣味は、本当に脳をリセットしてくれるのか
万年筆や手挽きコーヒーが「認知のデフラグ」になるという話をよく見かけるが、実際にそこにあるのはもっと地味な効果ではないか、と一度立ち止まって考えてみる。

「かっこいい趣味女子」を卒業する
SNSに溢れる「おしゃれで自立した」趣味のテンプレートに、どこか息苦しさを感じることがある。他人の評価から離れ、自分の意思決定そのものを研磨する趣味のあり方について考えてみる。