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米国調査で語られた中年の危機、過半は38〜50歳の外だった

米国調査で語られた中年の危機、過半は38〜50歳の外だった

米国の電話調査で集まった「中年の危機」190件のうち、過半は38〜50歳の枠の外の年齢で語られていた。40代半ばに危機が来ない筆者が、数字と論争を、一次情報を中心に確かめた。

TOMOAKI··仕事

受験、家の空気、AI。材料は揃っているのに

今、40代の半ばにいる。世間で「ミッドライフ・クライシス」と呼ばれる年代の、ちょうど真ん中だ。材料には事欠かない。子供は受験を控えていて、家の中はお世辞にも円満とは言えない空気が漂う日がある。仕事のほうも、AIが自分の得意分野をじわじわ侵食しているのを日々実感している。教科書どおりなら、そろそろ人生の正午が来て、鏡の前で立ち尽くす頃合いのはずだ。

ところが、危機らしい危機がまるで来ない。夜中に虚無感に襲われることもなければ、赤いスポーツカーが欲しくなることもない。

理由に心当たりはある。20代の頃、いまとは比較にならないほど過酷な職場にいた。終電を逃すのが当たり前で、休日出勤にすら疑問を持たなくなっていた数年間だ。あれに比べれば、いまの悩みは悩みの範疇に入るかどうかも怪しい。当時を知る元同僚と久しぶりに飲むと、たいてい「今のほうが全然マシですよね」で話が落ち着く。基準点が低すぎると、現状は快適に見えてしまう。強がりでも謙遜でもなく、ただの相対評価だと思っている。

とはいえ、これは自分の実感にすぎない。実感ほど当てにならない証拠もないので、今回は「危機が来ない」側から、数字を調べ直してみることにした。来ない自分が鈍いのか。それとも、来るはずだという前提のほうが怪しいのか。先に言ってしまうと、どちらも少しずつ当たっていて、どちらも言い過ぎになる。その中間にたどり着くまでの道筋で、数字がいくつか意外な顔をしていた。

レンブラント・ファン・レインの『自画像』(1660年)。表情は取り乱してはおらず、静かに自分自身を見つめている。

この言葉は、偉人の経歴から生まれた

言葉の出どころは、1965年に精神分析家のエリオット・ジャックが発表した論文「死と中年の危機」だ。根拠になったのは、全米の調査でも追跡研究でもない。画家、作曲家、詩人、作家、彫刻家のうち、疑いなく偉大か天才と呼べる人々、約310人の経歴を眺めて、創作が年齢とともにどう変わるかを読み取る作業である。その読み取りに、精神分析の臨床例が添えられた。310という数字は解説による紹介で確かめたもので、原典そのものは手元で開けていない。

解説の紹介によれば、ジャックが見たのは、偉人たちの創作に、30代半ばから後半にかけて危機へ向かう顕著な傾向がある、ということだった。年齢でいえば35歳前後。創作の行方は三つに分かれる。ぱたりと止まる人。この頃になって初めて創造性が現れる人。質も中身も決定的に変わる人。三つ目が、のちに有名になる区別へつながっていく。若い頃の、火から下ろしたばかりのような熱い創造性が、時間をかけて形を整えた「彫琢された創造性」に変わる、という見立てだ。

ここに、気になる点がある。「中年の危機といえば37歳」という言い回しを見かけることがある。解説をたどると、37歳前後が目立つと言われたのは、偉人たちの死亡年齢のほうらしい。危機が起きる年齢としてジャック自身が挙げたのは、少なくとも解説を読む限り、35歳前後である。これも二次的な紹介の範囲での話で、原典で確かめたわけではない。そうだとすれば、「40代の危機」というイメージは、元の論文より後になって育ったことになる。

加えて、偉人の経歴は、そもそも物語に編集されやすい素材だ。伝記作家は人生を転機で区切りたがる。登山家の遭難記録から、日曜のハイキングの危険度を論じるのに近い。参考にはなるが、そのまま当てはめるものではない。

概念の出生証明は、統計ではなく、物語だった。

26%という数字を、定義でほどいていく

物語のあとに、数字が来る。最もよく引かれるのは、ウェシントンが2000年に発表した論文だ。全米調査MIDUSの追跡として、28歳から78歳の724人に電話で聞いた。回答率は82.7%。質問は単純で、「あなたは中年の危機を経験しましたか」。

26%が、はいと答えた。男性25.4%、女性26.3%で、性差はほぼない。4人に1人だ。50歳以上に限れば35.2%まで上がる。この数字だけを見れば、危機は珍しくない。

ところが調査者は、ここで一歩進める。研究者側の定義では、中年とは38歳から50歳。答えた人が自分の危機の起きた時期を挙げているので、それを枠に当てはめてみた。報告された危機は190件。枠の内側に収まったのは90件で、38歳になる前が34件、50歳を過ぎてからが66件だった。つまり52.6%、過半が「時期はずれ」の危機である。自分の危機の年齢として、17歳から75歳までの数字を挙げた人がいた。

もっとも、この52.6%は、人の割合ではなく、集まった190件の内訳だ。しかも答えた人の年齢によって、語れる範囲が決まっている。38歳未満の人は枠の内側の危機を語れず、50歳以下の人は50歳を過ぎてからの危機を語れない。著者自身も、時期はずれが多いのは、どんな危機を中年の危機と数えるかが定まっていないことの表れだろう、と書いている。世の中の割合としてではなく、この調査に集まった危機の内訳として読むのが妥当だ。

枠に収まる危機を報告した人は、39歳以上の回答者全体の14.4%(男性15.5%、女性13.3%)。39歳未満の回答者は、中年の危機を経験しうる年齢ではないとして、論文の側で除かれている。分母は違うが(26%は全回答者、14.4%は39歳以上)、26%という数字は、定義を当てはめると14%台まで縮む。「地元のラーメン屋に行ったことがある人」を数えたら、半分は隣県の店の話だった、というのに似ている。数えた人数が間違っているわけではない。数えた対象が、思っていたものと違ったのだ。

ほかの見積もりと並べると、幅はもっと広がる。ウェシントンの論文は、ブリムが1992年に出した推計として、米国の男性の約10%という数字を引いている。後年のラクマンが一人で書いた論考(2015年)は、米国の成人の10〜20%が経験を報告する、という書き方をする。10%から26%まで、数字がばらつく。これは誰かが嘘をついているのではなく、誰を数えるか、何を危機と呼ぶかで、答えが動くということだ。輪郭が定まっていない言葉の、典型的な症状だと思う。

面白いのは、この言葉がよく知られていることだ。同じ調査で、危機の定義を答えられなかった人は9.2%。9割以上が、中年の危機とは何かを説明できた。説明できるのに、枠に収まる経験をした人は1割強にとどまる。

2009年のフロイントとリッターの論文は、さらに踏み込む。抄録は、厳格な定義でも穏当な定義でも、中年の危機は経験的にも理論的にも維持しがたい、と述べる。この論文の調査数値は、原文が手に入らず、紹介による二次情報になる。調査の対象も、確認できなかった。紹介によれば、92%が「危機は存在する」と信じ、71%が、自分が経験中か、経験した知人がいると答えたという。存在を信じる人が、紹介では92%。定義を満たす経験をした人が、米国の調査では14%。別々の調査の数字だが、この落差は、「みんなが言っている」ことが、そのまま「みんなが経験している」ことを意味しない、という当たり前の事実を、数字にして見せてくれる。

同じ「危機」でも、年齢によって語り方が違う

ウェシントンの論文で、いちばん手が止まったのはここだった。危機の原因として何を挙げるかが、答えた人の年齢で大きく違う。

39〜43歳の回答者では、報告された危機の67%が、「40歳になること、近づくこと」を原因に挙げていた。体力の衰えや、まだ何も成し遂げていないという焦りだ。ところが64歳以上になると、89%が具体的なライフイベント(仕事、結婚、健康、死別)を挙げ、「40歳になること」を原因にしたのは11%しかいない。49〜53歳は中間で、44%が老いにまつわる心理的な危機、40%が深刻な出来事、16%が自己評価を変えうる出来事だった。

著者自身が、この部分は「人数が小さい」と断っている。それでも示唆的ではある。中身の見えない段ボールに、貼られるラベルは人によって違う。若い人は「40歳が近づく」と書き、年長の人は「あのときの離婚」「あの失職」と書く。箱の中身が同じかどうかは、この調査からは分からない。分かるのは、貼られた文字が年齢で違う、ということだけだ。これは年齢の違う人たちを一度に比べた結果で、同じ人が語り直す様子を追ったわけではない。そこは差し引いて読む必要がある。

さらに、統計を回してみると、語りと数字が噛み合わない。論文の抄録は、危機を報告した人の多くが、年齢ではなく大きなライフイベントを原因に挙げた、と書く。それなのに、危機を報告するかどうかを予測する回帰分析(38〜55歳)では、直近の失業は有意に効かなかった(離別は有意にならなかったが、該当は8人しかいない)。有意だったのは、年齢の高さと、うつのエピソードの既往だけ。しかもこのモデルが言い当てられた危機は、8.3%にすぎなかった。

出来事が人を危機に追い込む、という分かりやすい筋書きは、語りの上では多数派なのに、この調査の統計では裏づけが得られなかった。原因を一つに指さそうとすると、指がどこにも止まらない。

もう一つ、個人的に目を引いた数字がある。危機が起きる年齢として回答者が予想したのは、平均46歳(男性46.1歳、女性46.7歳)。実際に自分の危機の年齢を挙げた人の平均は、男性45.0歳、女性47.6歳。45歳の私は、世間が危機を予定している時刻のど真ん中にいる。時刻表どおりに来ていない列車を、駅のホームで待っているような気分になる。もっとも、時刻表のほうが怪しいのだが。

幸福度の谷は、危機とは別の問いだ

「危機はなくても、統計的に中年は幸福度が下がるはずだ」という反論もある。これは確かに、別の根拠がある。

ブランチフラワーとオズワルドが2008年に発表した論文は、米国と西欧でランダムに選ばれた約50万人のデータを使い、年収や婚姻などの条件を同じにそろえると、幸福度は中年で最小になる、と報告した。底の年齢は、欧州の男女がともに40代半ば。米国では男性が50代前半、女性が30代後半。米国の数字は、生まれた世代の違い(コホート)を統制に入れた分析の値で、それを入れない男性の底は35.7歳と、まったく違う場所に出る。谷の底は、分析の仕方によって動く。

谷の深さも、読むと印象が変わる。20歳と45歳の幸福度の差は、著者が置いた尺度でおよそ0.1〜0.2点。点数の大きさは尺度次第なので、著者自身の言い換えを借りると、標準偏差の約5分の1にあたる。さらに別の物差しとして、失業が幸福度を下げる大きさの約3分の1、とも書く。失業は1回食らうと大きい。谷はその3分の1だ。危機というより、ゆるい坂に近い。

そしてこの論文には、読み返すたびに驚く一行がある。生まれた世代による差、つまりコホート効果は、年齢によるU字の効果の2〜3倍の大きさだという。米国男性で最も幸福な世代と最も不幸な世代の差は、標準偏差の半分を超える。何歳かよりも、何年に生まれたかのほうが、幸福度を左右するというのだ。中年の谷を気にしているあいだに、生まれ年という、変えようのない変数が、もっと大きく効いている。

では、同じ人を追いかけたらどうなるか。チェン、パウダヴィー、オズワルドの2017年の論文は、英国、豪州、ドイツの縦断データで、年齢ごとの満足度の変化を調べた。底にあたる年齢は、英国42.3歳、豪州40.1歳、ドイツ41.4歳。先に見た横断データの推計(欧州で40代半ば)よりも早い、40代前半だった。豪州の医師だけを対象にしたデータでは46.9歳。著者らは、コホート効果が測れないこと、早く亡くなった人が抜けることなど、手法の留保を自分で並べている。

この数字を自分に当てはめると、少し可笑しい。危機が来ないのは、すでに底を通り過ぎたからかもしれない。通り過ぎた記憶は、ないのだが。

谷の存在そのものを疑う人たち

だが、谷があるのかどうかも、決着していない。

2020年にガランボスらが発表したレビュー論文は、2013年から2019年に出た29本の研究を表にまとめた。表は33行で、U字を支持するものが12、どちらともいえない混合が14、支持しないものが7。結論は慎重で、U字は「しばしば想定されるほど頑健でも、一般化できるものでもない」。本文では、幸福度に普遍的なU字があると結論することはできない、とも書く。縦断研究では、フリッタースとビートン(2012年)やグローバーとヘリウェル(2019年)のように、選択の影響や前の時点の満足度を統制すると、年齢の効果が消えるという結果が並ぶ。

これに、ブランチフラワーとグレアムが2021年に反論した。同じ表の分類をやり直し、U字を支持する研究が多数だと主張している(これは検索で見た要約までの確認で、原文は精読していない)。ガランボスらの再反論の要点は、平均の曲線を一本引くより、人によって軌道がずいぶん違うことのほうを調べるべきだ、というものだ。

さらに厳しい見方もある。Kratz と Brüderl が2021年にプレプリントで公開した分析は、ドイツの縦断調査(約7万1,000人)を使い、年齢と幸福度の関係をゆがめる偏りを四つ挙げる。偏りの多くは、本物でないU字を作り出す方向に働くという。偏りを避けた設定では、幸福度は「ほぼ単調に低下」した、と報告している。これはプレプリントで、査読を経た版の中身は確認できていない。断定は避けておく。

谷が見えたり見えなかったりする理由として、面白い説がある。Schwandt の2016年の論文だ。ドイツの縦断調査から、人が予想した将来の生活満足度と、実際にその後に答えた満足度を、13万2,609組、突き合わせた。若者は未来を甘く見積もり、年配は辛く見積もる。予想の誤差は、21歳で9.8%の過大、68歳で4.5%の過小だった。

若い頃の自分は、未来の自分に甘い通知表をつける。年を重ねた自分は、辛口の採点に回る。その採点のずれが、叶わなかった期待となって積もり、中年に谷をつくる、という説明だ。著者の結論は、この説と整合的だという範囲にとどまり、因果を証明したとは言っていない。それでも、谷を作っているのが人生そのものではなく、見積もりの誤差だとすれば、40代の「谷」の景色は、だいぶ違って見えてくる。

地域の問題も残っている。スティープトーらが、ギャラップの世界調査を使って2015年に出した論文は、U字がもっとも明瞭なのは、米国、カナダ、英国、アイルランド、豪州、ニュージーランドといった、豊かな英語圏だと述べる。旧ソ連・東欧圏では年齢とともに大きく低下し、ラテンアメリカも低下、サハラ以南のアフリカは年齢による変化が小さい。

反対側の研究もある。ブランチフラワーとオズワルド(2008年)は、東欧、ラテンアメリカ、アジアにも似たU字を報告した。ブランチフラワー(2021年)は、109の途上国を含む145か国で、最低点はおよそ50歳前後だと論じる。グレアムとルイス・ポゼロ(2017年)は、46か国中44か国でU字を見た。どちらも大規模で、どちらも専門家が書いている。使うデータも、条件をそろえるかどうかも、研究ごとに違う。「豊かな英語圏だけ」とも「世界中どこでも」とも、言い切れる段階ではない。

日本の谷は、もっと奥にあるらしい

では日本ではどうか。Oshio と Shimizutani の2024年の論文は、日本(2000〜2018年)、中国(2003〜2021年)、米国(2000〜2022年)の反復横断調査を、調査年と生まれ世代を統制して比べた。三か国とも幸福度はU字を描き、底の年齢は日本58歳、中国49歳、米国42歳。日本の曲線は、米国よりも急だった。主な媒介要因として、配偶者との死別が挙げられている。

一方、ブランチフラワーとオズワルド(2008年)の付録にある世界価値観調査の日本のデータ(1,173人)では、底は49.8歳と出る。同じ国で、49.8歳と58歳。データも統制も違うので、食い違うこと自体は不思議ではない。ただ、「日本の底はここだ」と一つの年齢を指させない、ということは分かる。

内閣府の「満足度・生活の質に関する調査報告書」(2024年)も見てみた。0〜10点の生活満足度は、報告書のグラフの数値で、39歳以下が5.89、40〜64歳が5.57、65歳以上が6.61。ミドル層が最も低く、高齢層が最も高い。形は合っている。けれど、年齢が三つに区切られているだけなので、底が何歳かは見えない。インターネット調査でもある。報告書自身は「U字」とは書いていない。

日本の心理学にも、中年期の危機を扱う仕事がある。岡本祐子が1985年に発表した研究は、40〜56歳の男女49人(平均47.3歳)に文章完成法を行い、うち22人に面接をした。中年期の自我同一性の再確認は、身体感覚の変化の自覚を伴う危機期、心理的モラトリアム期、軌道修正・転換期、自我同一性の再確認期という四つの段階をたどる、というモデルだ。著者自身が、22人から導いた仮説的なモデルで、一般性は今後の課題だと明記している。結果には、中年期は平穏だという説と、危機だという説の両方が予測される、とも書かれている。日本の中年に危機が来る割合を示すものではなく、変化の自覚が一定数あることを示す、小さな観察だ。

さっきは底を過ぎたかもしれないと書いたが、日本の推計に乗り換えて、底が58歳だとするなら、45歳の私は谷の底どころか、谷の手前の斜面にいる。手前にいる者には、谷底の景色は見えない。危機が来ないのは、そういう位置の問題かもしれない。

性格で説明したくなる。ただ、材料は薄い

危機を感じる人と感じない人を分けるのは何か。その答えとして、性格、とりわけ神経症傾向が挙がる。ラクマンらの総説(2015年)も、危機を経験する人は、中年以外の時期にも動揺があった人が多く、年齢よりも神経症傾向が効く、と整理している。同じ総説は、英国の調査では成人期を通じて4〜6割が危機を報告したとされる、とも紹介している(二次情報)。

これを一次の研究で確かめようとすると、思ったより足場が弱い。ウェシントンの調査は、神経症傾向を測っていない。危機の報告を予測したのは、先に見たとおり、性格ではなく、うつの既往だった。

近いものとして、Sutin らの2010年の研究がある。533人に、直近10年で最もストレスだった出来事を書いてもらい、それを転機と考えたか、教訓と考えたかを尋ねた。出来事の前後で性格を測っている。神経症傾向の高い人は、その出来事を転機と受け止めやすく、外向的な人は教訓を得た、と受け止めやすかった。ただ長い目で見ると、否定的な転機だと受け止めたことが、のちの神経症傾向を上げてもいた。性格が受け止め方を決め、受け止め方が性格を動かす。向きは一方通行ではない。しかも、扱ったのは「中年の危機」ではなく、10年間で最も大変だった出来事の受け止め方である。

だから、「危機は特定の性格の人にだけ起こる」と書くのは、今回見た範囲では言い過ぎになる。言えるのは、受け止め方に個人差があるらしい、というところまでだ。

むしろ確かなのは、危機が40代特有ではない、という側だ。ロビンソンらの2013年の研究は、25〜35歳の「危機のエピソード」を経験した50人に面接し、その過程を四つの局面に整理した。閉じ込められた局面、距離を置く局面、探索の局面、立て直しの局面。出発点は、もう望まなくなった仕事や家庭へのコミットメントだ。つまり、危機と呼ばれる体験は、30歳前後にも起きる。

40代が、性格が大きく変わる時期というわけでもない。コスタらの2000年の研究は、40代の2,274人を6〜9年後に再検査し、すべての特性で再検査相関が0.60を超えたと報告している。人生の出来事が性格の水準に与える影響は、全体としてごく小さかった。

26%の節で触れた、ラクマンが一人で書いた論考が描く中年期の姿は、「谷」のイメージとだいぶ違う。中年期はおおむね40〜59歳で、米国の人口の28%を占める。収入がピークを迎える時期であり、複数の責任を同時に抱える時期でもある。自尊心は中年期にピークがあり、自殺率も中年期にピークがある、と論考は整理する。生活満足度の最低点は30〜50歳あたりにあるが、差は10点満点で0.2〜0.7にとどまる。縦断のMIDUSで見ると、中年の多くは生活に満足している。負担と資源が、同じ時期に同居する。危機というより、荷物の多い時期、と言うほうが近い。

年齢という一語に預けた荷物

ここまでを並べ直してみる。ミッドライフ・クライシスは、偉人の経歴から生まれた言葉だった。最も引かれる調査では、経験したと答えた人たちが挙げた危機のうち、半数以上が定義の枠の外にあった。枠に収まる危機を報告した人は、39歳以上の回答者の14%だった。語り方は、答える人の年齢で変わる。幸福度の谷は、あるとしても浅く、その存在も論争中で、日本の底は58歳という推計もある。性格で説明できる材料は薄く、40代特有ではないという点だけは、今回見た範囲では揺らがなかった。

では、私の「基準点が低いから来ない」という説はどうか。これらの研究は、そこまでは調べていない。20代の過酷な職場が今の安定を作っている、という私の見立ては、検証された仮説ではなく、一つの観察にすぎない。当たっているかもしれないし、当たっていないかもしれない。それを確かめる手段は、今のところ持っていない。

数字の側から言えるのは、次のところまでだ。米国の調査では、枠に収まる危機を報告した人は14%、危機を経験したと数える広い定義でも4人に1人にとどまった。来ていない人のほうが、数字の上ではむしろ多数派の側にいる。ただし、年齢を問わず成人期の危機まで数えた英国の調査では4〜6割が報告したとされ、数え方しだいで多数派は入れ替わりうる。

受験、家の空気、AI。いまの私が抱えているものは、それぞれ別の名前で呼べる。名前で呼べるうちは、危機という大きな言葉に預けなくても済む。ミッドライフ・クライシスという言葉が便利なのは、離婚、失業、比較対象の記憶、性格の傾向といった個別の事情を、年齢という一つの説明変数にまとめてくれるからだ。個別の事情を一つずつ見る手間を省いた代わりに手に入るのが、都合の良い物語でなければいいのだが。

出典

  • Jaques, E. (1965). "Death and the Mid-life Crisis." International Journal of Psycho-Analysis, 46, 502–514.(原典は未見。「約310人」「35歳前後」「37歳前後が目立つのは死亡年齢」「熱い創造性から彫琢された創造性へ」は、Conversable Economist "Jaques in 1965: Original Meaning of Midlife Crisis"(2022年)と Bering, J. "Half-dead men and the mid-life crisis"(Scientific American ブログ)による二次情報)
  • Wethington, E. (2000). "Expecting Stress: Americans and the 'Midlife Crisis.'" Motivation and Emotion, 24(2), 85–103. doi:10.1023/A:1005611230993(全文で確認。Brim (1992) の推計はこの論文が引くもので、Brim の原典は未見)
  • Brim, O. G. (1992). Ambition: How We Manage Success and Failure Throughout Our Lives.(男性の約10%という推計。Wethington (2000) が引くもので、原典は未見)
  • Frijters, P., & Beatton, T. (2012). "The Mystery of the U-Shaped Relationship between Happiness and Age." Journal of Economic Behavior & Organization, 82(2–3), 525–542.(Galambos らが挙げる研究で、原典は未見)
  • Grover, S., & Helliwell, J. F. (2019). "How's Life at Home? New Evidence on Marriage and the Set Point for Happiness." Journal of Happiness Studies, 20, 373–390.(Galambos らが挙げる研究で、原典は未見。書誌は Crossref で照合)
  • Freund, A. M., & Ritter, J. O. (2009). "Midlife Crisis: A Debate." Gerontology, 55(5), 582–591. doi:10.1159/000227322(抄録で確認。92%・71%の数字は scite.ai の引用文脈などの紹介による二次情報で、原文は未見)
  • Lachman, M. E. (2015). "Mind the Gap in the Middle: A Call to Study Midlife." Research in Human Development, 12(3–4), 327–334.(単著の論考。全文で確認。本文の「ラクマンが一人で書いた論考」はこれ。10〜20%の記述は、下の共著の総説にもある)
  • Lachman, M. E., Teshale, S., & Agrigoroaei, S. (2015). "Midlife as a Pivotal Period in the Life Course: Balancing Growth and Decline at the Crossroads of Youth and Old Age." International Journal of Behavioral Development, 39(1), 20–31.(共著の総説。前半を確認。英国の4〜6割の数字は、この総説が引く Robinson & Wright (2013) によるもので、原典は未見。下の Robinson, Wright & Smith (2013) とは別の論文)
  • Blanchflower, D. G., & Oswald, A. J. (2008). "Is Well-being U-Shaped over the Life Cycle?" Social Science & Medicine, 66(8), 1733–1749.(著者サイトの全文で確認)
  • Cheng, T. C., Powdthavee, N., & Oswald, A. J. (2017). "Longitudinal Evidence for a Midlife Nadir in Human Well-being: Results from Four Data Sets." The Economic Journal, 127(599), 126–142.(全文で確認)
  • Galambos, N. L., Krahn, H. J., Johnson, M. D., & Lachman, M. E. (2020). "The U Shape of Happiness Across the Life Course: Expanding the Discussion." Perspectives on Psychological Science, 15(4), 898–912.(著者原稿で確認。Frijters & Beatton (2012)、Grover & Helliwell (2019) はこの論文が挙げる研究で、原典は未見)
  • Blanchflower, D. G., & Graham, C. (2021). "The U Shape of Happiness: A Response." Perspectives on Psychological Science, 16(6), 1435–1446.(検索結果の要約のみ。原文は未見)
  • Galambos, N. L., et al. (2021). "Another Attempt to Move Beyond the Cross-Sectional U Shape of Happiness: A Reply." Perspectives on Psychological Science, 16(6), 1447–1455.(要旨のみ)
  • Kratz, F., & Brüderl, J. (2021). "The Age Trajectory of Happiness." PsyArXiv プレプリント. doi:10.31234/osf.io/d8f2z(抄録のみ。査読版は未確認)
  • Schwandt, H. (2016). "Unmet Aspirations as an Explanation for the Age U-Shape in Wellbeing." Journal of Economic Behavior & Organization, 122, 75–87. doi:10.1016/j.jebo.2015.11.011(抄録で確認)
  • Steptoe, A., Deaton, A., & Stone, A. A. (2015). "Subjective Wellbeing, Health, and Ageing." The Lancet, 385(9968), 640–648.(全文で確認)
  • Blanchflower, D. G. (2021). "Is Happiness U-Shaped Everywhere? Age and Subjective Well-being in 145 Countries." Journal of Population Economics, 34(2), 575–624.(抄録で確認)
  • Graham, C., & Ruiz Pozuelo, J. (2017). "Happiness, Stress, and Age: How the U Curve Varies across People and Places." Journal of Population Economics, 30, 225–264.(抄録で確認)
  • Oshio, T., & Shimizutani, S. (2024). "Well-being Paradox: Comparing the Age-happiness Relationship across Japan, China, and the US." Japanese Economic Review, 75(4), 547–562.(抄録で確認)
  • 内閣府 (2024).『満足度・生活の質に関する調査報告書 2024』.(PDFで確認。年齢階層別の点数は報告書のグラフから読んだ)
  • 岡本祐子 (1985).「中年期の自我同一性に関する研究」『教育心理学研究』33(4), 295–306.(J-STAGE の全文で確認)
  • Sutin, A. R., Costa, P. T., Wethington, E., & Eaton, W. (2010). "Turning Points and Lessons Learned: Stressful Life Events and Personality Trait Development across Middle Adulthood." Psychology and Aging, 25(3), 524–533.(抄録で確認)
  • Costa, P. T., Herbst, J. H., McCrae, R. R., & Siegler, I. C. (2000). "Personality at Midlife: Stability, Intrinsic Maturation, and Response to Life Events." Assessment, 7(4), 365–378.(抄録で確認)
  • Robinson, O. C., Wright, G. R. T., & Smith, J. A. (2013). "The Holistic Phase Model of Early Adult Crisis." Journal of Adult Development, 20(1), 27–37.(抄録で確認)
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