ficus.life/料理
目次
料理に「ひとつまみ」という変数は存在しない。

料理に「ひとつまみ」という変数は存在しない。

「ひとつまみ」という曖昧な単位を、塩分濃度で言い換えてみる。0.9%という体液に近い濃度、パスタの茹で汁の1.2%、調味料ごとの塩分換算まで、量ることについて考えてみる。

TOMOAKI··料理

「塩ひとつまみ」というレシピの指示に、これまで何度、素直に従ってきただろう。指でつまむ量は、その日の手の状態や塩の湿り具合で、思っている以上にばらつく。それが一因で、同じレシピで作ったはずなのに、今日はやけに塩辛い、ということが起きる。

0.9%という数字

点滴などで使われる「生理食塩水」は、血漿と浸透圧が等しくなるよう調整された0.9%の塩化ナトリウム水溶液だ。人が「ちょうどいい」と感じる汁物の塩分濃度が、この数値に近いところに集まりやすい、という話はよく引かれる。ただ、この0.9%という数字自体には注釈がいる。実際のヒト血漿のナトリウム濃度は135〜145mEq/L程度で、生理食塩水の154mEq/Lより1割ほど低い。「生理的」と呼ばれている割に、生理食塩水は本物の体液よりやや塩辛いのだ。それでも桁としては近く、料理の塩分濃度が体液に近い範囲でちょうどよく感じられるという経験則自体は、大きく外れてはいなさそうだ。

0.9%を下回ると物足りなく感じ、1.2%を超えるとしょっぱく感じる、というこの幅の狭さが、「ひとつまみ」のような曖昧な単位と特に相性が悪いのだと思う。

パスタの茹で湯という基礎

「お湯1Lに塩大さじ1」という指示も、よく見かける。大さじ1杯の塩はだいたい18gだから、1Lの湯に対して濃度は1.8%になる。これは、多くのレシピが目安として挙げる1.2%〜1.5%よりだいぶ濃い。

この濃度は、ソースの味だけで完結させるのではなく、麺自体にも塩気を含ませておくための下地だと理解すると、数字の意味が少し変わってくる。薄すぎれば麺の中心が無味のまま残り、濃すぎれば食感が締まりすぎる。狙う範囲はそう広くない。

スケールの桁

塩を「測る」と決めたとき、次に問題になるのはスケールの精度だ。1g単位のスケールは、実際にはある程度の幅を丸めて「1g」と表示している。少量の塩を扱う場面では、この丸めの幅が無視できない誤差になる。0.1g単位で測れるスケールに変えるだけで、「なぜか今日は味が違う」という原因不明のばらつきが、ずいぶん減った。

調味料への置き換え

塩そのものでなく、醤油や味噌で味をつける場合も、考え方は同じように使える。濃口醤油の塩分をおよそ16%、味噌をおよそ12.5%と見積もれば、「必要な塩分量」から逆算して、醤油ならおよそ6倍、味噌ならおよそ8倍の重量を使えばいい、という目安が立つ。もちろん銘柄によって塩分は前後するので、あくまで大まかな換算に過ぎないが、勘だけに頼るよりは足場になる。

数字と感覚のあいだ

「愛情を込めれば美味しくなる」という言葉を、否定したいわけではない。丁寧に測ろうという気持ちや、いい材料を選ぼうという姿勢の源にはなるのだと思う。ただ、それ自体が塩分濃度を自動的に調整してくれるわけではない、というだけの話だ。

材料の総重量を量り、目的の濃度をかけて、必要な塩の量を出す。数字が教えてくれるのはそこまでで、そこから先の味見は結局、自分の舌に委ねるしかない。数字と感覚は、対立するものというより、役割の違う道具なのだと思う。

塩分濃度計算機 | 肉・汁物・パスタの「ちょうどいい塩加減」を数値で出す
肉の下味0.8%、汁物0.9〜1.2%、パスタの茹で湯1.8%。記事で紹介した数値から、重さに応じた塩の量を計算する。醤油・味噌への換算つき。

出典

Li, H., Sun, S., Yap, J. Q., Chen, J., Qian, Q. (2016). "0.9% saline is neither normal nor physiological." Journal of Zhejiang University-SCIENCE B, 17(3), 181–187.