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スマホとメガネと幸福度
35万人のデータを分析した研究では、スマホの利用時間が幸福度に与える影響は、説明できるばらつきにしてわずか0.4パーセント。研究者自身が「ジャガイモを食べることと同程度」と書いている。
スマホを置けば幸福になる、という話の大きさを測ってみる
「スマホの利用時間を減らせば、もっと幸せになれる」という話は、もう説明抜きで通じるくらい定着している。SNSのアプリには使用時間を知らせる機能がついているし、デジタルウェルビーイングという言葉も日常語になった。前提として、スマホの利用時間と幸福度のあいだには、それなりに大きな負の関係があるはずだ、という期待がそこにはある。
この期待の大きさを、実際のデータで測り直してみたい。個人の実践としてのデジタルデトックスについては別の記事で書いたので、ここでは集団レベルの統計、つまり「本当にどれくらい効くのか」という数字のほうを見ていく。健康診断の数値と同じで、「悪い」という言葉だけでは、それがどれくらい深刻な悪さなのか分からない。血圧が「高め」と言われるのと、「即入院」と言われるのとでは、取るべき行動がまるで違う。デジタルデトックスの通説も、この「どれくらい」の部分がすっぽり抜け落ちたまま流通している。
説明できているのは、幸福度のばらつきの0.4パーセントだった
2019年に発表された研究は、35万人を超える12歳から18歳の若者を対象にした、3つの大規模データセットを統合したものだった。分析の切り口を変えるたびに結果が変わってしまう、という統計上のよくある落とし穴を避けるため、可能な分析パターンを網羅的に試す手法まで使っている。その結果、スマホやSNSの利用時間が説明できる幸福度のばらつきは、最大でも0.4パーセントにとどまった。
この論文の本文には、意外な一文がある。技術利用と幸福度の関連の強さは、「ジャガイモを定期的に食べることとほぼ同じ」で、「眼鏡をかけることのほうが、まだ強い負の関連を持っていた」と書かれているのだ。これはメディアが面白おかしく脚色した比喩ではなく、研究者自身が論文の中で使った言葉である。同じデータセットの中で、いじめ被害は技術利用のおよそ4倍から5倍、十分な睡眠が取れているかどうかはデータセットによって1.7倍から44倍という幅で、幸福度との関連が強かった。スマホをどれだけ見ているかより、夜どれだけ眠れているかのほうが、幸福度にはずっと効いているらしい。マリファナの使用や飲酒についても、データセットによってはほぼ同程度からおよそ10倍ほど、技術利用より強い関連が見られた。並べてみると、技術利用は「悪い習慣ランキング」の中でも、かなり下位に位置する項目だということになる。それでも技術利用だけが特別に名指しされ、ジャガイモや眼鏡は誰からも警戒されない。この扱いの非対称さ自体、考えてみる価値がある。
最適な利用時間は、ゼロではないらしい
ではスマホを完全に手放せば、その分だけ幸福になるのかというと、そう単純でもない。12万人を超えるイギリスの15歳を対象にした別の研究では、利用時間と幸福度の関係は、ゼロが最も良いというより、ある程度のところに山がある形をしていた。スマートフォンなら平日でおよそ2時間前後、週末で4時間前後というあたりが最も幸福度が高く、そこから増やしても減らしても、わずかに下がっていく。全く使わない生活が最適だという直感は、このデータからは支持されない。適量というものは、ゼロと無制限のあいだのどこかにあるらしい。塩分と同じ構図だ。摂りすぎれば体に悪いが、ゼロにしてもやはり体は壊れる。「悪いものは徹底的に排除すべきだ」という発想そのものが、この手の関係にはうまく当てはまらないことが多い。
有名な実験結果は、大規模な検証ではあっさり消えた
「実際にSNS利用を制限させたら、気分がどう変わったか」を調べた実験もある。よく引用される2018年の研究では、大学生143人にFacebook・Instagram・Snapchatのそれぞれの利用を1日10分(3つ合わせて最大30分程度)に制限させたところ、3週間後には孤独感や抑うつ感が実際に減っていた。この結果だけを見れば、通説を裏づける良い証拠に思える。
ところが2025年に発表されたメタ分析は、もう少し広い視点からまったく違う絵を見せている。ハントらの実験そのものはこの中には含まれていないが、同種の休止・制限実験10本、合計4,674人分のデータを統合したところ、前向きな気分にも、後ろ向きな気分にも、生活満足度にも、統計的に意味のある変化は見られなかった。ハントらが測ったのは孤独感と抑うつ感で、この統合分析が測った指標とは厳密には一致しない。それでも、「SNSを控えれば気分が上向く」という広い意味での主張が、大きな標本ではあっさり支持されなかったという点は変わらない。ただし例外もある。抑うつの症状という一つの指標に絞れば、別に行われた10本のランダム化比較試験を束ねたメタ分析(参加者1,491人)では、小さいながらも統計的に有意な改善が確認されている。指標によって結論が割れるというこの一貫しなさ自体が、通説の単純さとは相容れない。一つの実験が持て囃され、その後の大規模な検証でおとなしくなっていく、という経過は、この分野に限った話ではない。ただ、143人という規模の実験が数年間広く引用され続け、4,674人という規模の統合結果がそれほど話題にならなかったという扱いの差には、良いニュースより悪いニュースのほうが広まりやすいという、また別の傾向が働いていた可能性もある。
原因と結果が、逆かもしれない
もう一つ、見落とされがちな角度がある。SNSの利用が抑うつを引き起こすのではなく、抑うつのほうがSNSの利用を増やしている可能性だ。思春期の若者を数年間追跡した研究では、SNSの利用が後の抑うつ症状を予測することはなかった。その代わり、女子に限っては、抑うつ症状が高いことが、その後のSNS利用の増加を予測していた。眠れないから布団の中でスマホを見てしまうのか、スマホを見るから眠れなくなるのか、この手の話にはいつも同じ順番の問題がついて回る。因果の向きを取り違えたまま「スマホをやめさせれば元気になる」と決めつけると、本人が抱えている本当の悩みを見落とすことになりかねない。
それでも、因果効果がゼロだとは言い切れない
ここまでの数字を並べると、「デジタルデトックスなんて気休めだ」という結論に飛びつきたくなる。ただ、それも急ぎすぎている。ある経済学の研究は、大学ごとにFacebookが導入された時期がばらばらだったという偶然を利用して、導入前後の変化を比較する手法で、因果関係そのものに迫っている。43万件を超える学生アンケートの回答を用いたこの分析では、Facebookの導入によって、臨床的な基準に基づく判定でうつ病に該当する学生の割合が9パーセント、全般性不安障害に該当する学生の割合が12パーセント、それぞれ増加していた。相関としての効果量がジャガイモ並みに小さいことと、原因と結果の関係が実在するかどうかは、別の問題なのである。小さな相関の陰に、無視できない因果の芽が隠れていることもある。相関という指標は、原因が一つに絞られていない現実の集団の中で測られる。誰かにとっては技術利用が原因で、誰かにとっては別の悩みが技術利用を増やしている、という別々の経路が混ざり合った結果、全体としての相関は薄まって見える。全体の相関が小さいからといって、個々人の中で何も起きていない、ということにはならない。
結局のところ、「スマホをやめれば幸せになる」という話も、「スマホの影響なんて誤差の範囲だ」という反論も、どちらも言い切るには材料が足りない。確かなのは、この話が思われているよりずっと複雑で、単純な物語に収まる大きさではないということだけだ。
出典
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