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「旅する」よりも創造性に効く「住む」

「旅する」よりも創造性に効く「住む」

創造性を予測したのは海外旅行の日数ではなく、海外居住の年数だった。異文化への適応度がその効果を媒介し、文化的な距離の大きさは関係なかった。旅行に効果がないわけではないが、それが広げるのは発想の幅であって独自性ではない。

TOMOAKI··仕事

ゴーギャンは、タヒチに旅行したのではなく住み着いた

ポール・ゴーギャンの代表作はタヒチで生まれた。ウラジーミル・ナボコフの代表作はアメリカで書かれた。ノーベル文学賞を受けたアイルランド人4人――イェイツ、ショー、ベケット、ヒーニー――は、揃って人生の重要な時期を国外で過ごしている。「旅に出れば視野が広がり、創造性が高まる」という話は、この手の逸話の上に立っている。だが並べた4つの例のうち、実際に「旅行者」だった人は一人もいない。全員、その土地に何年も居着いた側の人間である。この違いは、些末な言葉尻ではない。

経営学者ウィリアム・マドックスと組織行動学者アダム・ガリンスキーは2009年、この違いを5つの実験にかけて確かめた。もちろん、創造的な人ほど海外に出たがるだけという逆の因果も疑える。だが結果が示したのは、「旅行」という一語でまとめられがちな体験の中に、効くものと効かないものがくっきり分かれている、という構図だった。

効いていたのは、旅行日数ではなく居住年数

最初の実験は単純だった。205人のMBA生に、ろうそく・画鋲の箱・マッチという3つの道具だけを使って、ろうそくを壁に取り付ける「ろうそく問題」を解かせる。正解は画鋲の箱を空にして棚として使うという、物の用途を固定観念から外して見る力を測る、創造性研究の定番課題である。年齢や国籍を統制したうえで分析すると、海外に住んでいた期間の長さは、正解率を有意に押し上げていた(p=.039)。ところが海外を旅行した期間の長さは、統計的に有意ではないどころか、むしろわずかに負の方向に効いていた(p=.049)。旅行日数が長い人ほど、正解率がわずかに下がる傾向すらあったということになる。

2つ目の実験では、108人のMBA生を交渉のロールプレイに割り当てた。表面上は価格交渉にしか見えないが、実は将来の雇用条件という別の切り口を持ち出せば双方が得をする、隠れた解決策を含む設定である。ここでもビッグファイブ性格特性(外向性・協調性・情緒安定性・誠実性・開放性)を統制したうえで、海外居住期間だけが創造的な合意に至る確率を有意に高めていた(p=.032)。旅行期間の効果は、この実験ではほぼゼロ(p=.993)だった。性格による差ではなく、居住という経験そのものが効いていたことになる。

思い出すだけで差がつく

相関だけでは、もともと創造的な人が海外に住みたがるだけかもしれない、という疑いを消せない。そこでマドックスとガリンスキーは、全員が海外居住経験を持つ65人のフランス人学生を使い、実験的に介入する研究を組んだ。参加者を4つの条件にランダムに割り当て、それぞれ「海外に住んでいた日々」「海外を旅行していた日々」「地元での日常」「スーパーでの買い物」を数分間思い出して書かせたあと、単語の連想力を測るテストを受けさせる。結果、「海外に住んでいた日々」を思い出したグループの正答数は平均7.07個で、「旅行していた日々」を思い出したグループ(4.69個)、「地元の日常」を思い出したグループ(4.79個)、「買い物」を思い出したグループ(4.07個)を有意に上回った。旅行を思い出したグループの成績と、地元の日常を思い出したグループの成績のあいだには、統計的に意味のある差はなかった。旅の記憶そのものには、創造性を呼び覚ます力がほとんどなかったということになる。

別の実験では、異星の生物を絵に描かせるという課題で同じ構図が再現された。今度は「異文化に適応していた経験」を思い出させた条件が、単に「異文化を観察していた経験」を思い出させた条件や、統制条件よりも、地球の生物とかけ離れた、感覚器官の配置が奇抜な生物を描かせていた。旅先を眺めていたことではなく、そこに溶け込もうとしていたことのほうが、想像力の羽を広げさせていたらしい。

なぜ「住む」ことだけが効くのか

研究チームはここで、居住期間そのものではなく、その国にどれだけ適応したかという指標を作り、両者の関係を調べ直した。すると、適応の度合いを分析に加えた途端、居住期間そのものが創造性を予測する力は統計的に消えてしまった(p=.13)。媒介効果を確かめるソベル検定でも、適応が2つを結ぶ経路であることが裏づけられた(p=.034)。長く住んでいたという事実そのものではなく、そこでどれだけ現地のやり方に馴染もうとしたかが、効果の正体だったことになる。

もう一つ意外だったのは、単語連想テストを使った実験3で、「どれだけ文化的に離れた国に住んでいたか」という距離の大きさを分析に加えても、効果の強さは変わらなかったことである。隣国に住んだ場合でも、まったく異なる文化圏に住んだ場合でも、優劣はつかなかった。異質さの大きさではなく、それにどう向き合ったかだけが問題らしいという結果は、「できるだけ遠く、できるだけ違う場所へ行くべきだ」という旅の指南書にありがちな助言とは、噛み合わない。

開放的な人ほど旅で伸びる、というわけでもなかった

旅行そのものの効果についても、その後の研究が続いている。2023年に発表された、136人を対象にした調査の紹介によれば、旅行経験と創造性の結びつきの強さは、性格特性の一つである開放性(新しい経験への好奇心の強さ)によって変わってくるという。この調査はマドックスらの実験とは独立に、独自の質問紙で旅行経験を測定したもので、規模も前提も異なるため、ここまでの結果にそのまま接ぎ木はできない。それでも興味深いのは向きである。素直に考えれば、もともと開放的な人ほど旅から多くを吸収し、創造性への効果も大きくなりそうなものだが、データは逆で、旅行と創造性の結びつきは開放性が低い人においてのほうが強く出ていたという。開放性は創造的自己効力感(自分は創造的な発想ができるという感覚)と強く結びついていた(r=.58)ものの、その効力感自体が旅の効果を仲立ちしていたのは、むしろ普段は新奇な経験に積極的でない人たちのほうだったことになる。ふだん動じない人が、慣れない場所に置かれて初めて創造的な回路が起動する、という見方もできる。

それでも、旅行にできることがないわけではない

ここまでの結果は、短い休暇旅行を全否定するものではない。2014年に発表された別の研究の報告では、46人の労働者を対象に、休暇の前後で創造性課題の成績がどう変わるかを追跡している。使われたのは、身近な物の「変わった使い道」をできるだけ多く挙げるという、発想の柔軟性を測る課題である。休暇前に平均3.6カテゴリーだった回答の幅は、休暇後には平均4.2カテゴリーに広がっていた。旅行には、発想の引き出しを増やす効果が、確かに測定されている。

ただし同じ研究で、アイデアの独自性そのもの――誰も思いつかないような発想を出せるかどうか――は、休暇の前後で変化しなかった。旅行は発想の幅を横に広げはするが、その中身を独創的にするわけではない、という切り分けになる。マドックスとガリンスキーの一連の実験が見せていたのは、この「独自性」の部分に効くのが、旅行ではなく居住と適応だったという構図である。幅を広げたいのか、独自性を上げたいのかによって、旅行に何を期待すべきかは変わってくる。

因果の向きについて、まだ言い切れないこと

この一連の研究にも限界はある。実験で操作できたのは、あくまで一時的に呼び起こされた「創造的な状態」であって、旅や移住の経験が人の創造性そのものを永続的に書き換えるかどうかは、まだ証明されていない。研究チーム自身も論文の中で、この点を明記している。もともと創造的な人ほど海外に住むことを選びやすい、という自己選抜の可能性も、相関を見ているだけの実験1・2からは完全には排除できない。ただし実験2では性格特性を統制してもなお居住期間の効果が残り、実験3・5では条件をランダムに割り当てたうえで同じ構図が再現されている。もともと創造的な性格だから、というだけでは説明のつかない部分が、少なくとも一部には残っている。

旅行というひとまとまりの言葉の中に、効くものと効かないものが混在していた、というのがここまでの話の要点になる。目的地の遠さや異国らしさを競う発想と、そこでどう過ごしたかを問う発想とでは、そもそも見ている変数が違う。ゴーギャンの伝記が語ってきたのも、タヒチという場所の異国情緒ではなく、そこに何年も居座った人間の話だったのかもしれない。

出典

Maddux, W. W., & Galinsky, A. D. (2009). "Cultural Borders and Mental Barriers: The Relationship Between Living Abroad and Creativity." Journal of Personality and Social Psychology, 96(5), 1047–1061.
Wojtycka, L. (2023). "On the Traveling-Creativity Relationship: Effects of Openness to Experience, Cultural Distance, and Creative Self-Efficacy." Creativity. Theories – Research – Applications, 10(1–2).
de Bloom, J., Ritter, S., Kühnel, J., Reinders, J., & Geurts, S. (2014). "Vacation from Work: A 'Ticket to Creativity'? The Effects of Recreational Travel on Cognitive Flexibility and Originality." Tourism Management, 44, 164–171.