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「旅より住む」が創造性に効く、という話を原典で読み直す
海外に住んだ期間は創造性課題の成績と関連した。旅行の期間は、実験1で有意に負(p=.049、解釈は保留)、実験2で無関係だった。2009年の5つの実験の人数と操作を読み直し、続報、日本の留学の統計までたどった。
ゴーギャンは旅行者ではなかった、という話の出どころ
ポール・ゴーギャンの代表作はタヒチで描かれた。ウラジーミル・ナボコフの代表作はアメリカで書かれた。論文が書かれた時点で、ノーベル文学賞を受けたアイルランド人は4人――イェイツ、ショー、ベケット、ヒーニー――いて、そろって人生の大事な時期を国外で過ごした、と言われる。「旅に出れば創造性が高まる」という話は、こうした逸話の上に立っている。そして、この並べ方は、一つの有名な論文の冒頭から借りたものだ。
2009年、ウィリアム・マドックスとアダム・ガリンスキーは、Journal of Personality and Social Psychologyに「文化の境界と心の障壁――海外に住むことと創造性の関係」という論文を発表した。導入部に出てくるのが、いま書いた逸話だ。出典は付いていない。論文自身が、すぐ次の段落で、創造的な人ほど海外に住みたがるのかもしれない、という逆の見方にも触れている。
この論文が有名になったのは、結論が覚えやすいからだ。海外に「住んだ」経験は創造性課題の成績と関連したが、海外を「旅行した」経験は関連しなかった。住むほうが効く、旅は効かない、というのが、よく引かれる要約だ。今回は、原論文の全文に当たり、5つの実験を番号順に読み直した。要約が省いた細部のほうに、読む価値のあるものが多かった。
先に、冒頭の逸話の裏を見ておく。ノーベル賞の公式の経歴で確かめられる範囲では、4人の中で国外での居住がいちばんはっきりしているのはベケットで、1938年にフランスへ移った。ヒーニーについて、公式の経歴は、1970年から71年にかけてカリフォルニア大学バークレー校で過ごした一年を、解放感のある国外での一年、と書いている。1982年以降は毎年アメリカで教えた。ショーは1876年にロンドンへ移り、イェイツはロンドンとダブリンの両方で教育を受け、1922年にはアイルランドの上院議員に任命されている。ショーが1876年に移ったとき、アイルランドは連合王国の一部だった。移った時点では、国境をどこに引くかで「国外」の意味が変わる。4人とも、程度の差はあれ、国外で過ごした時期を持つ。ただ、その中身は、ベケットのような明確な移住から、教職や滞在まで、差が大きい。論文は、それを一つにまとめて書いている。
ナボコフはロシアからの亡命者で、1940年にアメリカへ渡った。自発的に選んだ海外居住ではない。ゴーギャンのタヒチは、当時のフランス植民地だった。この二人の経歴は百科事典の記述による二次情報だが、逸話の中の「海外に住んだ人」には、自分の意思で出た人、亡命した人、植民地へ渡った人が混ざっている。国外、居住、選択という言葉の意味が、人によって違う。
5つの実験を、番号順に読む
実験1は、アメリカの大規模なビジネススクールのMBA学生205人に、ウェブで「ろうそく問題」を出したものだ。ろうそくと画鋲の箱とマッチを使って、ろうそくを壁に固定する課題で、箱を空にして台として使うのが正解になる。物の用途を決めつけずに見る力を測る、創造性研究の定番だ。1題だけの問いなので、結果は正解か不正解かの二択になる。正解したのは111人、54.1%。
海外に住んだ経験がある人は135人(66%)で、平均2.98年。旅行の経験がある人は202人(98.5%)で、平均32.59週。年齢、性別、国籍を統制してロジスティック回帰で分析すると、居住期間は正解の有意な予測因子だった(p=.039)。旅行期間も有意だった(p=.049)。ただし符号は負で、論文自身が「有意だが負」と書いている。旅行の期間が長い人ほど、正解しにくい傾向があった。
この「負」を、旅行は逆効果だ、と読むのは早い。まず、p=.049は境界線のすぐ内側で、居住の.039も大して離れていない。もう一つ、旅行経験があるのは205人中202人、98.5%で、居住経験があるのは66%だった。旅行は、ほぼ全員がしている行動だ。論文は旅行と居住を分ける基準も、期間の下限も示さず、参加者に、それぞれの期間を自己申告させている。同じ設問への答えの平均は、実験1で32.59週(標準偏差25.95)、実験2のMBA学生では11.90週で、3倍近く違う。この変数が何を測っているのかは、あいまいだ。そのうえ、旅行の負の係数を支える単純な相関は、論文に報告されていない。この符号の解釈は、保留するのが妥当だと思う。
実験2は、別のMBA学生108人(54組)に、ガソリンスタンドの売却を題材にした交渉をさせた。価格だけでは合意が成り立たない設定で、売り手の将来の雇用を条件に加えるという「隠れた解決策」を見つけた組が、創造的な合意に達したとされる。54組のうち30組(55.6%)が、これに成功した。居住期間は成功を有意に予測し(p=.032)、旅行期間は無関係だった(p=.993)。
この実験でも、見ておきたい数字がある。同じ分析で、協調性の高い組ほど、創造的な合意に至らなかった(p=.007)。外向性の高い組は至りやすかった(p=.008)。居住期間は、協調性や外向性ほどはっきりした予測因子ではなかった(p値で比べた話で、効果の大きさの比較ではない)。交渉の相手に合わせすぎると、自分の利益を見失う、という先行研究の説明を、論文は添えている。開放性も、居住期間とほぼ同じ水準で、正の方向に有意だった(p=.025)。海外に住んだ期間は、交渉の成否に関わる要因の一つにすぎなかった。
「想像して書く」だけで、点数が変わった
ここまでの二つは、すでにある経験の長さを比べた相関だ。創造的な人が海外に出ているだけなのか、海外に住むことで創造的になるのかは、区別できない。そこで、実験3と実験5は、条件をランダムに割り当てる実験にした。
実験3の対象は、フランスの大学生65人。全員が、海外に住んだ経験を持つ人だけを募集している。4つの条件に分け、居住条件は外国で暮らすある一日を想像して書く。旅行条件は外国を旅行するある一日を、それぞれ想像して書く。地元条件は、地元での自分の一日について書く。統制条件は、最後にスーパーに行ったときを思い出して書く。その後、単語の遠隔連想課題(3つの単語から共通する4つ目の単語を探す)を12題解かせた。居住条件と旅行条件は想像して書くもので、記憶を思い出させるのは、統制のスーパーだけだ。
平均の正答数は、居住条件が7.07、旅行条件が4.69、地元条件が4.79、統制条件が4.07。条件の効果は有意だった(p=.031)。居住条件は、他の3条件のそれぞれより高く、旅行条件と地元条件と統制条件の間には、有意な差がなかった。外国を旅行する想像は、地元の一日を想像するのと、点数としてほぼ同じだった。
数字の側面を、少し冷静に見る。1条件あたりの人数は約15人。居住条件と統制条件の差は、12題中3題ぶんだ。標本は65人と書かれているのに、後の検定の自由度は75人を前提にしていて、論文の中に小さな不整合がある。全員が海外居住の経験者なので、住んだことのない人に居住を想像させたら効くのか、という問いには答えていない。
実験5は、フランスの大学生102人に、別の銀河の惑星の異星人を描かせた。描かれた絵を、条件を知らない3人の評定者が5段階で評価した。適応条件(外国文化に適応している一日を想像して書く)の平均は3.55。外国文化を観察する一日を想像した条件は2.81、新しいスポーツを覚えたときを思い出した条件は2.96、何もさせずに直接描かせた統制条件は3.04だった。条件の効果は有意(p=.025)。
意外な数字は、観察条件が統制条件より、数字の上では低かったことだ。外国を「観察する」想像は、何もしないより点数が低かった。有意な差ではなく、約25人ずつの小さな群なので、観察が創造性を下げた、とまでは言えない。ただ、観察が適応と同じように効いたわけでもない。適応条件と統制条件の差は、約0.5点にとどまり、比較としては境界的だった(p=.030)。
適応が効いている、という読み方の弱いところ
論文は、なぜ「住む」のだけが効くのかを、実験4で調べた。ヨーロッパのビジネススクールのMBA学生133人(解析は131人)に、海外で住んだ期間、住んだ国、それぞれの国の文化にどれくらい適応したかを、自己評価で答えさせた。一週間後に別の課題としてろうそく問題を出した。ろうそく問題の正解は131人中57人、43.5%だった。
居住期間は、性格や成績などを統制しても、正解を有意に予測した(p=.015)。ところが、適応の指標を同時に入れると、適応が有意になり(p=.003)、居住期間のほうは有意でなくなった(B=.010が.006に下がり、p>.13)。媒介を調べるソベル検定は、z=2.12、p=.034だった。論文はここから、住んだ年数そのものではなく、その国にどれだけ適応したかが効いていた、と読む。
この読みには、いくつかの弱いところがある。有意でなくなったことは、効果が消えたことと同じではない。Bは.010から.006に下がったが、ゼロにはなっていない。ソベル検定のp=.034も、境界線に近い。もう一つ、適応は自己評価の質問を国ごとに足し合わせた指標で、「適応した人が創造的になる」と「創造的な人が、適応したと答えやすい」は、この方法では区別できない。
よく引かれる要約には、文化的距離(住んだ国が出身国とどれだけ違うか)の大きさは関係なかった、という一文も付く。これは位置づけが違う。論文が文化的距離を検討したのは、実験3の調整効果の検定だけで、結果は有意ではなかった(p=.524)。実験4の媒介分析には、文化的距離は入っていない。
論文自身は、限界も書いている。示せたのは、海外居住と創造性の関連と、一時的な状態としての創造性の上昇までで、恒常的な創造性が変わったとは示していない。逆の因果は排除できない。3つの相関研究では性格の統制が不完全で、リスク選好や野心、自信は測っていない。論文はそのうえで、出国の前後を追う縦断研究や、軍のようなランダムな派遣を、理想的な検証として挙げている。ここからは私の指摘になる。実験5の評定者の一致度を除けば、信頼性係数は報告されておらず、事前登録の記載もない。この論文だけでは、「海外に住むと創造的になる」とは言えない。
測り方の粗さも、数字を読むときの前提に置いておきたい。実験1と実験4のろうそく問題は、どちらも1題だけで、正解か不正解かの二択だ。1題の洞察問題で個人差を測るのは粗い。ろうそく問題は、1題なので、内的一貫性を計算できない形をしている。実験3の遠隔連想課題は12題で、英語の原版から18題を翻訳し、予備調査で言語的に等価でない題を落として絞ったものだ。フランス語版の信頼性も、報告がない。これらは論文の欠陥というより、2009年の社会心理学の標準的な書き方だが、小さな群で出た差を、そのまま大きな結論に載せない理由にはなる。
続きの研究は、「住むだけでは足りない」方向に進んだ
マドックスらの2010年の研究は、単に住んだかどうかではなく、何を学んだかに焦点を移した。アメリカのMBA学生135人にろうそく問題を解かせる実験で、異文化で学んだ経験のうち、その行動の背後にある意味や機能を理解できた経験を思い出させると、正解率は65%だった。理解できなかった異文化の経験を思い出させた条件は46%。さらに、海外居住の経験者92人に絞ると75%対44%になり、居住経験のない43人では46%対50%と、差がなかった(住んだ経験との交互作用はp=.05と境界的で、経験のない群は小さい)。理解できなかった異文化の経験を思い出すより、背後の理由を理解できた経験を思い出すほうが成績が高く、その差は、住んだ経験のある人で強く出た、という結果だ。この実験には何もさせない統制条件がないので、理解できた経験が成績を上げたのか、理解できなかった経験が下げたのかは、区別できない。
タドモーらの2012年の研究は、住んだ人の中で差を探した。3つの研究で、ヨーロッパのMBA学生78人、アメリカのMBA学生54人、シリコンバレーで働くイスラエル人の専門職100人を調べ、出身文化と滞在先の文化の両方に同一化した人(バイカルチュラル)が、同化型や分離型の人より、創造性や職場での成果が高いと報告した。住んだだけでは足りず、二つの文化の間に立ち続けた人に効く、という主張だ。
ゴダールらの2015年の研究は、ファッション業界の実データを使った。パリ、ニューヨーク、ミラノ、ロンドンのコレクションに出た高級ファッションハウスの、2000年から2010年までの21シーズン、2,427件のハウスとシーズンの組を対象に、クリエイティブディレクターの海外での職業経験と、バイヤー平均67.5人ほどの評価の関係を調べた。働いた外国の数と、文化的な距離は、どちらも逆U字だった。適度な水準で評価が最も高く、非常に高い水準になると、海外経験のほとんどない人に近いところまで下がった。海外で働いた年数の合計、つまり深さは、下がらなかった。渡り歩く国の数を増やすより、海外で働いた年数が長いほうが、評価が下がらなかったことになる。ただし、これは居住ではなく職業上の海外経験で、若手デザイナーに海外経験者を選ぶ効果は排除できないと、論文が書いている。
留学を扱った研究もある。留学経験者、留学予定者、留学の予定がない人を比べた2012年の研究(リーら)は、抄録によれば、留学経験者が他の二群を創造性課題で上回った。ただ、一般課題で「予定なし群にしか勝たなかった」とする報道もあり、全文を読めていない。予定者の群を置いたのは、自己選択への部分的な対策だが、横断的な比較であることは変わらない。
では、旅行のほうは、何をしているのか
旅行が創造性に何も寄与しないのか、という問いには、独立した研究がある。デ・ブルームらの2014年の研究は、休暇の前後で、創造性課題の成績がどう変わるかを追った。休暇は2011年の夏、平均23日で、最短でも2週間。参加者の80%が国外へ行った。課題は、レンガや新聞紙などの普通の物の、変わった使い道をできるだけ挙げる、代替用途課題で、休暇の2週間前と、仕事に復帰した最初の1週間に測った。
回答の幅(使い道のカテゴリーの数)は、休暇前の平均3.6から、休暇後の4.2に広がった(p=.024、効果量d=0.32)。一方、使い道の独自性は、5段階の1.7のまま、変わらなかった(p=.87)。報告上の参加者は46人だが、検定の自由度は37と36で、実際の分析は37〜38人分だった。論文はこの差を説明していない。論文自身が挙げる最大の弱点は、小さな標本だ。休暇の前後で、発想の幅は広がったが、独自性は動かなかった、という結果になる。休暇を取らなかった人との比較はない。
この研究は、旅行の効果の測定として引かれることがある。実際は、休暇の前後を比べた、37人ほどの研究だ。休暇の効果は、一般に長持ちしない。96人のウィンタースポーツ休暇の研究(デ・ブルームら、2010年)では、健康や気分の改善は、復帰後最初の1週間で休暇前の水準に戻った。これは創造性そのものを測った研究ではない。創造性については、復帰の2週間後に自己報告の創造性が高かったとする2021年の研究があるが、論文の本文と表で数値が食い違うので、ここでは方向だけにとどめる。消え方を直接測った研究は、私が探した範囲では見つからなかった。
ポーランドの研究者ヴォイティツカが2023年に出した調査も、旅行と創造性の話で引かれる。旅行と創造性の結びつきは、開放性(新しい経験への好奇心)が低い人で強い、という趣旨だ。原論文に当たると、その結びつきは弱い。交互作用の係数がβ=−.13、p=.043という、境界的な値だった。標本は、149人が回答して除外後に残った136人で、ポーランド人だけ、SNS経由のオンライン調査だ。開放性と創造的自己効力感のr=.58という数字も出てくるが、これは旅行と創造性の相関ではなく、開放性と、自分は創造的だという感覚との相関だ。旅行の日数や回数は、独自性と単独では関連せず(r=.10、r=.02)、海外に住んだ長さは、むしろ独自性と負の相関だった(r=−.21)。
旅行の効果は、見つかったとしても、小さい。一つの研究では、幅は広がったが、独自性は動かなかった。休暇の効果が長持ちしないことは、健康や気分については示されているが、創造性については直接測られていない。海外に住んだ長さが独自性と負に関連するという結果は、マドックスらの「住む」が効くという話とは逆向きで、研究によって、居住の効果が一貫していないことも示している。
日本の数字に置き換えると、「住む」はどれくらいの人の話か
論文の標本は、MBA学生やフランスの大学生といった、選ばれた人たちだ。日本の読者にとって、「海外に住む」とは、どれくらいの経験なのかを、公的な統計で確かめておく。外務省の海外在留邦人数調査統計(2025年)によると、海外に住む日本人は1,298,170人で、うち長期滞在者が709,684人、永住者が588,486人。これは、いま海外に住んでいる人の数で、住んだことがある人の数ではない。数字は外務省の発表の要約でしか確認できず、原本は取得できなかった。長期滞在者は、2020年の827,916人から、2025年には約11.8万人減っている。
旅行の側は、日本政府観光局の統計で、出国した日本人が2019年に20,080,669人、2025年に14,731,615人だった。2019年比で約26.6%減る。ただし、これは延べの出国回数で、人数ではない。同じ人が何度も出国すれば、何度も数えられる。住む人の数と旅行する人の数を、同じ尺度で比べることはできない。
留学は、その中間にある。日本学生支援機構(JASSO)の調査では、日本人学生の海外留学の開始者数が、2019年度は107,346人、2020年度は1,487人、2024年度は91,054人だった。留学の期間別の内訳を、JASSOの調査を引く解説によって見ると、1か月未満が66.2%を占めている(この数字の年度は、資料により2023年度とも2024年度とも出て、原本で確定できていない)。1年以上は、残りの区分から逆算すると2%強にとどまる(私の計算)。1か月未満の滞在を、本人が旅行と呼ぶか、居住と呼ぶかは分からない。外務省は、3か月以上を長期滞在者に数えている。「留学」と呼ばれる経験の多くは、この公的な線より短い。
こうした統計から、「海外に住んだことがある人」の割合は出せない。分かるのは、いま海外に住む日本人が約130万人いること、留学の大半が短いことまでだ。論文の標本が、MBA学生のような選ばれた人たちだったことと、あわせて考える必要がある。
創造的な人が、海外に行くのか
最後に、因果の向きの問題がある。論文自身が、創造的な人が海外に住みたがるという逆の因果は排除できない、と明言していた。これに関連する実証研究がある。ドイツの大学生を追ったツィマーマンとナイヤーの2013年の研究は、留学した527人と、しなかった607人を、複数の時点で追跡した。出発の前から、長期の滞在者は外向性と開放性が高く、短期の滞在者は外向性と誠実性が高かった。選ぶ人は、もともと違う人だったことになる。それでも、この選択の影響を統制した後でも、滞在後に開放性と協調性が上がっていた、と報告されている(抄録による)。
性格については、両方が成り立つことになる。海外に出る人は、もともと違う。そして、出た後に、さらに変わる。ただ、測られたのは性格で、創造性ではない。創造性についても同じことが言えるかは、この研究からは分からない。マドックスらの実験3と5は、条件をランダムに割り当てることで、選ばれ方の違いを部分的にはずしている。全員を居住経験者にそろえたのは、想像の材料になる具体的な経験を、記憶に持っている人だけにするためだ。ただ、約15人や約25人の群で、想像して数分書く、という操作の結果を、どこまで一般化できるのかは、別の問題として残る。
この論文の想像や想起の操作を、事前登録つきで直接追試した研究は、私が探した範囲では見つからなかった。見つからなかったことは、ないことの証明ではない。近い主題の2023年の研究(ジュネーブ大学の学生336人)では、居住した国の数と、「丸いもの」を挙げる課題の流暢性の相関が、r=−.13だった(もう一つの「箱」の課題では有意でなかった)。測っているものが違うので、反証とは呼べない。心理学の再現性についても、数字は押さえておく。2015年の大規模な再現プロジェクトは、主要な3誌の100の研究を追試し、元の研究の97%が有意だったのに対し、追試で有意だったのは36%だった。行動プライミングの追試についての議論(ドワイアンら、2012年の題名だけを私は確認した)は、語に触れさせて行動の変化を測る、別の種類の操作を扱っている。この論文の「ある一日を想像して書く」操作と、同じ扱いはできない。ただ、論文自身が、これらの操作を、考えが一時的に思い浮かびやすくなる効果として位置づけている。同じ種類の想起や想像の操作を直接追試した研究が少ないことは、残る不確かさだ。
「旅」と「住む」の線は、どこに引かれていたか
ここまでを、もう一度並べる。「住むと創造性が上がる」という話の元の論文は、5つの実験で構成され、3つは相関、2つは想像による小さな実験だった。旅行の期間は、実験1では有意に負(p=.049、符号の解釈は保留)、実験2では無関係(p=.993)。旅行と居住の線引きは、参加者の自己申告に任されていた。続報は、「住んだだけでは足りない」方向に進んだ。何を学んだか、二つの文化に同一化したか、腰を据えて深く入ったか。旅行の側では、一つの小さな研究が、幅の広がりを見たが、独自性は動かなかった。
この話を、旅行はやめて移住しろ、という助言に変えることはできない。論文自身が、そう言っていない。移住した人のうち、現地に適応した人にだけ効いたのかもしれない。もともと違う人が行っただけかもしれない。日本の留学の大半が1か月未満だという数字は、「旅」と「住む」の間にある経験の長さが、短い側に偏っていることを示している。
そう考えると、冒頭の逸話が語っていたのは、ゴーギャンが旅行者でなかったという話より、成果を残した人の経歴だけが、後から選ばれて並ぶという話なのかもしれない。何年も住んで何も残さなかった人も、短い旅から戻って何も描かなかった人も、逸話にならない。あなたが「旅」と呼んでいるものは、どこまでが旅で、どこからが滞在なのだろう。
出典
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- Maddux, W. W., Adam, H., & Galinsky, A. D. (2010). "When in Rome… Learn Why the Romans Do What They Do: How Multicultural Learning Experiences Facilitate Creativity." Personality and Social Psychology Bulletin, 36(6), 731–741.(全文で確認)
- Tadmor, C. T., Galinsky, A. D., & Maddux, W. W. (2012). "Getting the Most out of Living Abroad: Biculturalism and Integrative Complexity as Key Drivers of Creative and Professional Success." Journal of Personality and Social Psychology, 103(3), 520–542.(本文で確認。効果量は未抽出)
- Godart, F. C., Maddux, W. W., Shipilov, A. V., & Galinsky, A. D. (2015). "Fashion with a Foreign Flair: Professional Experiences Abroad Facilitate the Creative Innovations of Organizations." Academy of Management Journal, 58(1), 195–220.(全文で確認)
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- Doyen, S., Klein, O., Pichon, C.-L., & Cleeremans, A. (2012). "Behavioral Priming: It's All in the Mind, but Whose Mind?" PLoS ONE, 7(1), e29081.(題名と主題のみ確認)
- Lee ら (2012) の一般課題の結果をめぐる食い違い(「予定なし群にしか勝たなかった」とする報道)は、報道による二次情報で、媒体は特定できていない。
- The Nobel Foundation. W. B. Yeats(1923)、G. B. Shaw(1925)、S. Beckett(1969)、S. Heaney(1995)の経歴. nobelprize.org.(2026年10月13日閲覧)
- ポール・ゴーギャンとウラジーミル・ナボコフの経歴は、英語版 Wikipedia の記述による二次情報で、一次資料には当たっていない。
- 外務省「海外在留邦人数調査統計」2025年の数字は、外務省の発表の要約でしか確認できなかった二次情報(原本は取得できなかった)。2020年の長期滞在者数は報道による二次情報。長期滞在者は3か月以上の滞在者とされる。
- 日本政府観光局(JNTO)「訪日外客数・出国日本人数」の2019年と2025年の出国日本人数(PDFで確認。延べ出国回数)。
- 日本学生支援機構(JASSO)の日本人学生の海外留学状況(年度別の開始者数は発表ページで確認)。期間別の内訳は、JASSOの調査を引く解説記事(JILI のサイト)による二次情報で、年度は原本で確定できていない。1年以上の割合は残りの区分からの逆算(筆者の計算)。
