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「今、何が流行っているか」を趣味選びの参考にしていいのか
検索数やSNSの投稿数で趣味を「これから来る」「もう定着した」と分類したくなる衝動について、その分類が実際には何も教えてくれないのではないかという疑いを書く。
趣味を探しているとき、「今、何が流行っているか」を知りたくなることがある。人気があるものには、続けやすい理由が何かあるはずだ、という期待からだろう。サウナや筋トレのように定着しきったものより、まだ知られていない何かを見つけられたら得だ、という気持ちも混じっている。
実際、検索数の推移やSNSの投稿数を眺めれば、何が伸びていて何が落ち着いているかは、ある程度見える。ただ、そこから先に進んで「これは検索数もSNSも高いから間違いない」「これは検索だけ伸びているから狙い目だ」という言い方をし始めると、途端に怪しくなる。
数字が測っているのは、興味の量であって質ではない
検索数が多いということは、その言葉で調べる人が多いというだけの事実だ。なぜ調べているのか、調べたあと実際に始めたのか、始めて続いたのかは、その数字には含まれていない。SNSの投稿数も同じで、写真映えするものほど投稿されやすいというバイアスがかかる。地味だが続けやすい趣味は、そもそも投稿されにくいので、データの上では過小評価される。
つまり、この種のデータは「今、話題になりやすいものは何か」は教えてくれても、「自分に合うものは何か」はまったく教えてくれない。両者を混同したまま「4象限マップ」のようなものを作ると、話題性の高さがそのまま推奨の強さであるかのように見えてしまう。それは分析というより、演出に近い。
「まだ知られていない」ことの価値
「検索は伸びているのにSNSではまだ知られていない」という位置づけの趣味を、先取りのように語りたくなる気持ちは分かる。ただ、これは実際には「多くの人が興味を持ち始めているが、まだ発信するほど深く関わっていない」という状態を示しているにすぎない。それが自分にとって良い趣味である保証には、やはりならない。
陶芸を例にすると、「デジタルに疲れた反動で土に触れたい人が増えている」という言い方をよく見かける。実感としては分かる気がするが、それを裏づける統計を探してもはっきりしたものは見当たらない。体感を事実のように語ってしまうのは、この手のトレンド解説につきまとう癖だと思う。
結局、自分で確かめるしかない
流行を追いかけない、というのも一つの立場だが、流行を「参考程度に見る」のはそれほど悪くない。ただ、その参考にする範囲を、数字の精度以上に広げないほうがいい。検索数やSNSの熱量は、世の中の関心の分布を教えてくれても、自分がその趣味に向いているかどうかは教えてくれない。それを確かめる方法は、結局のところ、実際に少しやってみることしかないのだと思う。
