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40代の趣味ランキング、上位10記事に調査の母数はなかった

40代の趣味ランキング、上位10記事に調査の母数はなかった

「40代 趣味 男性 ランキング」の上位10記事のうち、アンケートの母数を示したものは0件だった。順位が人気を増幅する実験や、40代男性の余暇の統計と並べて、ランキングで趣味を選ぶ心理を調べた。

TOMOAKI··趣味

順位つきの問いを、検索窓に打ち込む

「40代 趣味 男性 ランキング」。この検索語を、内容より先に、形式のほうから眺めてみたい。「ランキング」という探し方は、レストランにも化粧水にも贈り物にも使われる、ほぼ汎用の習慣だ。打ち込む人が、そのたびに「これは優劣を比べられる対象だ」と信じているわけではないだろう。一から比べる手間を省きたい、という実用の習慣に近い。

それでも、趣味という対象にこの形式を当てるのは、少し不思議な組み合わせに見える。ここから、大きな読みを引き出す人もいるだろう。40代の男性が趣味にまで順位を求めるのは、仕事の外側にもう一つ、達成の物差しを探しているからではないか、という読みだ。魅力的な仮説で、この記事の以前の版も、この読みを中心に置いていた。しかし、それを支えるデータは、添えられていなかった。

今回は順序を逆にして、確かめられることから確かめていく。ランキング記事は、実際には何を載せているのか。順位という形式は、選ぶ人に何をするのか。40代の男性の余暇は、数字の上でどうなっているのか。そのうえで、冒頭の仮説がどこまで確かめられるのか、物差しを手にした人に何が起こるのかを見ていく。

上位10件を、実際に開いてみた

調査は2026年10月13日に行った。ログインしていないブラウザで、Google の日本語検索に「40代 趣味 男性 ランキング」と打ち込み、自然検索の結果を上から順に開いて、動画、Q&A、掲示板を除いた10件(1ページ目の7件と、2ページ目の先頭の3件)を調べた。検索結果は日時や端末で変わるので、これは「その日、そのブラウザに出た10件」の記録にすぎない。記事の文章は引用せず、基準、挙がっている趣味、書かれている内容だけを数えた。

まず、順位の基準である。ランキングの形をとっていたのは7件で、そのうち6件は、基準を「人気」「おすすめ」としか書いていなかった。残りの1件は、「おすすめ度」「人気度」「始めやすさ」「費用」といった項目に星をつけているが、星の根拠は書かれていない。ほかの3件は、順位ではなく、趣味を分類して並べた列挙だった。アンケートの母数と対象を示したうえで順位をつけた記事は、10件のうち0件である。出典を示さずにアンケート結果に触れた記事は2件あったが、どちらも母数は書かれていなかった。

次に、順位の中身だ。同じ検索語で開いた記事の1位は、読書、ブラジリアン柔術、数学、神社仏閣巡り、家庭菜園、ランニングと、ばらばらだった。読書や筋トレ、ランニングは複数の記事に出てくる。上位2つが読書と筋トレで重なる記事もある。ただ、全体の順位は、次に触れる1組を除いて、記事ごとに違う。その1組、つまり2件では、30位までの順位表が最初から最後まで同じだった。どちらが元になっているのかは、ここからは分からない。

ランキング記事は、人気の高さや始めやすさ、費用の安さを基準にしているのだろう、と考えるのが自然だ。確かめてみると、基準の根拠や算出の方法を書いた記事は、見当たらなかった。基準が人気なのか、始めやすさなのか以前に、順位がどう決まったのかが書かれていない。採点基準の書かれていない採点表を、私たちは読んでいたことになる。

では、冒頭の仮説に関わる部分はどうか。級位や段位に触れた記事は0件。大会や試合を競技として語った記事も0件だった。資格に触れた記事は4件あるが、どれも「趣味の一つとして資格を取る」という扱いで、趣味の内部にある段位の話ではない。仲間やコミュニティに触れた記事は7件(判定に迷った1件を入れれば8件)あったが、多くは「仲間ができる」という一語である。想定している読者は、10件すべてで、これから始める人だった。すでに続けている人が次へ進むための記事は、見当たらなかった。

この調べ方には限りがある。記事の本文を言葉で走査しただけで、画像の中の文字や、折りたたまれた部分は拾えていない。「0件」は、走査した本文に出なかった、という意味だ。それでも、一つ言えることがある。仮説に合う材料は、記事の側には見つからなかった。ただし、これは書き手の側の事実で、検索する人が何を求めているかを、直接示すものではない。

順位は、何を増幅するのか

根拠の書かれていない順位が、それでも読まれるのはなぜか。順位という形式の効果を、実験で調べた研究がある。

Matthew Salganik、Peter Dodds、Duncan Watts が2006年に Science に発表した実験は、インターネット上に人工の「音楽市場」をつくった。14,341人が、名前の知られていない48曲を聴き、気に入ればダウンロードできる。他の人のダウンロード数が見える条件では、参加者は8つの「世界」のどれかに割り当てられ、世界ごとに独立して進んだ。結果は、どの世界でも、成功の不平等が、数が見えない条件より大きかった。そして、同じ曲でも、世界によって順位が大きく違った。一つの実験では曲が格子状に並び、もう一つの実験では、曲が人気順に1列に並んだ。後者、つまりランキングの形のほうが、不平等も、結果の予測しにくさも大きかった。論文の言い方を借りれば、最良の曲はめったにひどい結果にならず、最悪の曲はめったに成功しない。だが、それ以外の結果は、どれも起こりうる。行列のできている店の前に、さらに行列ができる。順位は質を映すだけでなく、人気を増幅するらしい。参加者の多くは若い世代で、対象は曲であって趣味ではない。当てはめるときには、その距離を差し引く必要がある。

順位の「数え方」にも、癖がある。Alexander Isaac と Robert Schindler が2014年に Journal of Consumer Research に発表した研究は、抄録によれば、人が長いランキング表を、トップ10やトップ25のようなきりのよい数のまとまりに分けて受け取ることを示した。11位から10位への上昇は、10位から9位への上昇より好意的に見られる。大学院の入学試験の受験者が成績の送付を請求した先を、出願先の代わりに使った大規模なデータでも、きりのよい境界をまたぐ順位の上昇が、請求数の増加をよく予測したという(これは学会誌側のプレスリリースによる二次情報で、データの中身そのものは確かめていない)。順位の差が同じでも、10位と11位のあいだには、見えない線が引かれている。

多数派の割合を、好みの差の大きさと取り違える、という研究もある。ランキングは割合そのものを示さないが、「多くの人が選んだ」という人気の情報とは、地続きだ。Overton らが2025年に同じ雑誌に発表した研究によると、評価が10点満点で一様に散らばっていると単純化して計算すると、90%の人がAを好むときの平均の差は、約2.9点にしかならない。それなのに、ホテルを選ぶ実験では、70%の合意を見せられた人の75.7%が、評価も値段も高いほうを選び、平均評点を見せられた人では42.1%にとどまった(本文の一部までを確認した)。「多くの人が選んだ」という情報は、思っているより大きな差に聞こえてしまう。

選択肢が多いと、人は本当に選べなくなるのか

ランキングの存在理由として、よく挙がるのは、選択肢が多すぎるときの助けだ。この点には、有名な実験がある。

Sheena Iyengar と Mark Lepper が2000年に発表した実験は、高級食料品店の試食ブースで、ジャムを24種類並べた日と、6種類並べた日を比べた。24種類の前を通った242人のうち、足を止めたのは145人(60%)。6種類の前を通った260人のうち、止まったのは104人(40%)だった。ところが、止まった人のうち実際に買った人は、24種類で4人(3%)、6種類で31人(約30%)。品数の多い棚は人を引き寄せ、買わせなかった。試食した数は、ほぼ同じだった(平均1.50種と1.38種)。

この話は、そのままの形では生き残らなかった。Benjamin Scheibehenne らが2010年に発表したメタ分析は、公刊・未公刊の50の実験(延べ5,036人)を集めて、平均の効果は「ほぼゼロ」で、研究によるばらつきが大きいと報告した。Alexander Chernev らが2015年に出した別のメタ分析は、99の観察(延べ7,202人)をまとめ、効果が出るかどうかを左右する要因を四つ挙げた。選択肢の集まりが複雑なこと、課題が難しいこと、好みが定まっていないこと、労力を減らしたいという目標があること。これらが強いほど、起こりやすい。Chernev らは2010年のコメンタリーで、問うべきは「起こるか」ではなく「いつ起こるか」だと書いている(二次情報で確認)。「選択肢が多いと必ず悪い」とも、「多くても平気」とも言えない。

趣味選びがこの条件に近いかどうかは、研究が答えているわけではない。何が自分に合うのかが分からないという点で、好みの定まらない選択だと言ってよさそうだ。これは私の推論であって、実験で確かめられた話ではない。

もう一つ、「最良」を探す傾向の研究がある。Sheena Iyengar、Rachel Wells、Barry Schwartz が2006年に発表した研究は、11の大学の卒業予定者の就職活動を追った。最大化傾向(常に最良を探そうとする傾向)の強い学生の初任給は、平均で約44,500ドル、弱い学生は約37,100ドルだった。約20%高い。それなのに、最大化傾向の強い学生は、就職後の満足度が低く、就職活動中の否定的な感情が多かった。外部の情報に頼ることと、選ばなかった選択肢に思いをはせることが、その差を媒介していた。最良を探す傾向のある人は、実際に条件のよいものを手にしやすい。けれど、満足は低い。ランキングを眺める行動を測ったわけではなく、結果は就職であって趣味ではない。しかも、最大化傾向を測る尺度には批判がある。Diab らが2008年に別の尺度で測り直すと、人生満足との相関は、旧尺度の-.24から、.04に消えた。「最良を探す人は不幸」という結論は、測り方の産物かもしれない。

40代の男性の余暇は、数字の上でどうなっているか

ここまでが形式の話だった。次に、内容、つまり40代の男性の余暇に、目を向ける。

総務省の令和3年社会生活基本調査(2021年10月時点)で、過去1年に趣味・娯楽をした男性の割合は、40〜44歳で91.4%、45〜49歳で89.0%だった。9割前後の人が「した」と答えている。ただ、この「趣味・娯楽」は定義が広く、スマホやゲーム機のゲーム(40〜44歳の男性で65.7%)、音楽鑑賞(64.9%)、映画館以外での映画鑑賞(59.7%)、マンガ(59.2%)を含む。「趣味がない人は少ない」とまでは言えない。むしろ、趣味と呼ばれるものの範囲が広い、と読むのが妥当だ。

段や級のある種目に絞ると、数字は小さくなる。同じ調査で、過去1年に将棋をした40〜44歳の男性は5.8%、囲碁は1.1%、楽器の演奏は8.9%だった。どれも、1割に満たない。日本生産性本部の「レジャー白書2025」で、2024年の参加人口の上位20位に入っていたのは、国内観光旅行、動画鑑賞、外食、読書、音楽鑑賞、ウォーキングなどで、囲碁・将棋も楽器の演奏も、そこには入っていない。なお、レジャー白書の順位は全年齢・男女計の参加人口で、40代の男性だけの数字ではない。

社会生活基本調査には、調査日の1日だけを見た数字もある。その日に趣味・娯楽をした男性は、40〜44歳で22.7%、45〜49歳で21.7%、50〜54歳で18.5%と、年齢が上がるほど少ない。40〜44歳で、した人だけの平均を取ると、207分(3時間27分)だった。した人も、しなかった人も含めた全員の平均は、49分である(22.7%、207分、49分の三つは同じ表の値で、掛け合わせると47分ほどになり、49分とは少しずれる)。全員の平均は、35〜39歳の63分、45〜49歳の45分、50〜54歳の37分と、若い層ほど長い。年に一度でも触れた人は9割前後なのに、ある1日に触れた人は2割強にとどまる。ただし、この二つは物差しが違う。前者は「過去1年のうちにしたか」を答えた数字で、テレビやDVDでの映画鑑賞、音楽鑑賞も含まれる。後者は調査日の記録に「趣味・娯楽」として出たかどうかで、テレビや休養は別の枠に分けて記録される。この二つの差は、大まかな頻度の違いとして読むにとどめたい。

NHK放送文化研究所の国民生活時間調査(2025年)は、平日、土曜、日曜を別々に調べ、趣味・娯楽・教養からインターネットを除いた区分を別に立てている。ここでは平日の数字を見る。40代男性の平日の仕事は全員平均で8時間10分、自由行動は3時間4分。その中で、趣味・娯楽・教養(インターネットを除く)をした人は13.3%、全員で平均すると18分だった。インターネット動画は40.2%の人が見ていて、全員平均は1時間4分。この13.3%は、インターネットを使わない趣味だけを数えた値で、ネットでの趣味の利用やインターネット動画は、別の項目に入る。社会生活基本調査の49分とは、調べた曜日も、分類も違う。

同じ調査の2020年と並べると、動きが見える。インターネット動画を見た40代男性は、29.0%から40.2%に増え、全員平均では35分から1時間4分になった。テレビは60.4%から44.0%に減った。趣味・娯楽・教養(ネットを除く)をした人は、9.8%から13.3%で、増えてはいるが、全員平均は14分から18分にとどまる。仕事は8時間28分から8時間10分に、わずかに減っている。標本は、2020年が平日338人、2025年が241人と小さい。単純な比率の差として概算すると、動画の増加は誤差を超えていそうで、趣味・娯楽・教養の増加は誤差の範囲に収まりそうだ(標本の抽出方法による誤差の広がりは考慮していない、私の概算である)。また、2020年はコロナ禍のさなかの調査で、テレビや仕事の数字には、その影響が混ざっているかもしれない。

これらの数字から、冒頭の仮説が裏づけられるわけではない。とはいえ、一つの読みは成り立つ。社会生活基本調査で、調査日に趣味・娯楽をした40代の男性は、2割強だった。NHKの調べた平日でも、狭い意味の趣味に触れた40代の男性は、1割強である。どちらの物差しでも、ある1日に趣味に触れる人は少数派だ。そうであるなら、平均すれば一人ひとりが趣味をする日も多くなく、試して選ぶ機会も少ないのだろう(人による偏りは、この数字からは分からない)。試せる機会が少ないなら、先に答えを知りたくなる。ランキングが好まれる理由は、達成の物差しを探していることより、そちらにあるのかもしれない。これも、私の読みである。

趣味を、共通の軸で比べられるのか

ランキングという形式は、比べる軸が共有されていることを前提にする。枕なら寝心地、レストランなら味と接客、というふうに。趣味には、そういう共有の軸があるだろうか。「ある趣味が良いかどうかは、人の事情にほぼ完全に依存する」という見方は、もっともらしく聞こえる。けれど、これを直接検証した研究は、私の探した範囲では見つからなかった。

近い仕事として、David Newman、Louis Tay、Ed Diener が2013年にオンライン公開し、2014年の Journal of Happiness Studies に載せたレビューがある。検索で見られる要約によれば、363本の論文の理論を整理して、余暇が幸福感を高める経路を五つに絞った。日常から離れて回復すること、自分で決めること、熟達すること、意味を感じること、人とつながることである。頭文字をとって DRAMMA と呼ばれる。ここから言えるのは、活動の名前同士を比べる軸はなくても、活動が引き起こす心理的な仕組みには、共通の軸があるかもしれない、ということだ。ただし、これは要約からの理解で、レビューの本文は確かめていない。

この見方に立つと、「どの趣味が上か」という問いは、「その趣味は、私にどの経路を通すのか」という問いに置き換わる。順位は、活動名しか持っていない。経路は、活動の名前の中にではなく、人と活動の組み合わせの中にあるのかもしれない。

五つの経路を、探すときの問いとして並べ直すことはできる。その活動で、日常から離れられるか。自分で決めているという感覚を持てるか。上達の手応えがあるか。意味を感じられるか。人とつながれるか。どの経路が通るかは、人と活動の組み合わせで違い、順位表には載らない。レビューの整理を問いの形にしただけで、趣味を選ぶ道具として検証されたものではない。

「達成の物差し」という仮説は、確かめられるか

この仮説は、二つの理論を足場にしている。

一つは、Robert Stebbins のシリアスレジャーの理論だ。抄録によれば、Stebbins は1982年の論文で、アマチュア、ホビイスト、キャリアを持つボランティアの三つの類型を示し、仕事でも気晴らしでもない本格的な余暇として論じた。のちの著作(1992年)では、特別な技能や知識を身につけ、そこにキャリアを見いだせるほど体系的に続ける活動が、シリアスレジャーとして定義されている(Gould らの引用で確認)。1997年の論文は、後の研究の引用によれば、特別な訓練をほとんど要さず、すぐに楽しめる短い楽しみを、カジュアルレジャーとして対置した。この記事の以前の版は、シリアスレジャーの例として鳥類観察、チェス、ブリッジを挙げていたが、Stebbins がそれらを挙げたことは確認できなかったので、外した。確認できたのは、アマチュアの天文や音楽、芸術、スポーツ、娯楽といった領域である。この区別には、批判もある。Veal が2021年に発表した論文は、二分法より連続として扱うべきだと論じ、Stebbins(2007年)を引いて、実際の余暇の約8割はカジュアルだとしている(二次情報)。

もう一つは、Robert Atchley の1989年の継続性理論だ。抄録によると、中年から老年の人は、既存の内的・外的な構造を保とうとし、自分と社会に関する過去の経験に結びついた方法で適応しようとする。仕事で培った達成の物差しを、別の場所に持ち込むという読みは、この理論の延長で説明できる。ただ、私が確認できたのは抄録までで、40代の趣味選びを検証した記述が本文にあるかどうかは分からない。理論を当てはめることと、検証することは別の話だ。

実証はどうか。シリアスレジャーに限った幸福度のメタ分析は、私が探した範囲では見つからなかった。中年の男性に絞った研究も、見つからなかった。近いものとして、Kim らが2011年に発表した、テコンドーの実践者168人の研究がある。シリアスレジャーの特性が最も高いグループは、初心者のグループより、人生満足と主観的な健康が高かった(抄録による。横断研究で、因果は言えない)。

つまり、40代の男性が趣味の順位を求めるのは達成の物差しを探しているからだ、という仮説は、いまのところ、確かめられていない。確かめられていないのは、誤りだという意味ではない。検証が見当たらない、という意味だ。

物差しがあれば、それでよいのか

仮に、物差しを探しているのだとして、物差しは人に何をするのか。ここには、気をつけて読むべき研究がある。

競争そのものの効果は、単純ではない。Johnmarshall Reeve と Edward Deci が1996年に発表した研究は、勝つこと、競争の構え、周りからの圧力という三つの要素を別々に操作した。抄録によれば、勝つことは有能感を高めて内発的動機を上げ、圧力のある状況は、自分で決めているという感覚を下げて内発的動機を下げた。この研究が扱ったのは、一対一のパズルの競争であって、順位表ではない。それでも、勝ち負けそのものより、圧力が添えられたときに楽しさが減る、という整理は、順位を扱うときの参考になる。

報酬の研究は、もっと厳しい数字を出している。Edward Deci、Richard Koestner、Richard Ryan が1999年に発表したメタ分析は、128の研究を集めた。成績に応じた報酬のうち、最適でない成績の人に小さな報酬が配られる型では、報酬のない統制群に比べて、自由時間に自分から取り組む行動が、大きく減った(7つの研究で、効果量 d は約-0.8)。最大の報酬を受け取った人でも、わずかに減っていた(d は-0.15)。ただし、これは報酬の研究であって、順位そのものを測ったわけではない。自己申告の興味で見ると、成績に応じた報酬の効果は、ほぼゼロ(d は-0.01)だった。何が減るかは、測り方によって違う。

情熱の研究も、示唆に富む。Robert Vallerand らが2003年に発表した研究は、活動を自分で選んで続ける「調和的情熱」と、内側からの圧力で続けずにいられない「強迫的情熱」を区別した。そのうちの一つの調査は、平均42歳の趣味のサイクリスト59人を、夏から冬まで追った。夏には、参加者全体の平均で、週に9.7時間ほど走っていた。半年後の冬にも走っていたのは、17人(約30%)。冬も走った人は、夏の時点で強迫的情熱の得点が高かった(4.47対2.83)。夏の走行時間(9.71時間対9.64時間)にも、調和的情熱(5.76対5.47)にも、差はなかった。冬も走り続けたのは、熱心に走る人というより、走らずにいられない人だった。

後続のメタ分析(Curran ら、2015年)は、94の研究をまとめて、この二つの情熱の特徴を整理した。人生満足との関連は、調和的情熱で .39、強迫的情熱で .02。一方、客観的な成績との関連は、調和的情熱で .10、強迫的情熱で .09 で、後者の信頼区間は0をまたいでいた(研究が6件と少ない)。サイクリストの調査では、夏の走行時間に差はなく、違っていたのは強迫的な情熱の強さだった。ところが、94の研究をならすと、強迫的な情熱は、活動に使う時間の多さとは結びついているが、成績の良さとの結びつきは、先に見たとおり、はっきりしない。

物差しを手に入れた人の中に、物差しに縛られる人が混じる可能性を、これらの研究は示している。確かめられたのは、競争や報酬や情熱の一般的な性質であり、40代の男性の趣味選びではない。

順位の外側に残るもの

ここまでの材料を並べ直す。検索の上位10件では、順位の根拠としてアンケートの母数を示した記事は0件で、基準の根拠や算出の方法を書いた記事も見当たらなかった。1位は記事ごとにばらばらで、段位や大会に触れた記事は0件、想定している読者は10件すべて、これから始める人だった。人気順の表示が人気を増幅した実験があり、順位のきりのよい境界では見え方が変わるという報告がある。選択肢が多いと必ず選べなくなる、とは言えない。NHKの調べた平日に、狭い意味の趣味に触れた40代の男性は1割強、社会生活基本調査の調査日に、趣味・娯楽をした40代の男性は2割強だった。そして、「達成の物差しを探している」という仮説は、まだ確かめられていない。仮に探しているのだとしても、物差しに圧力が添えられると楽しさが減ることがある。冬まで走り続けたのは強迫的な情熱の高い人だった、という小さな調査があり、メタ分析では、強迫的な情熱は人生満足とほとんど結びつかなかった。ただし、挙げた研究は、どれも趣味選びそのものを調べたものではない。

検索窓に順位を求めるとき、人は何を頼んでいるのだろう。この問いに答えた研究は、いまのところ見当たらない。冒頭に書いた、一から比べる手間を省きたいという実用の習慣や、余暇の数字から考えた、試す機会の少なさが、その一部なのかもしれない。残りが何なのかは、数字を並べた後でも、分からないままだ。

出典

  • 検索結果の調査:2026年10月13日、ログインしていないブラウザで Google の日本語検索「40代 趣味 男性 ランキング」を開き、自然検索の上位から、動画・Q&A・掲示板を除いて10件(1ページ目の7件、2ページ目の先頭3件)を調べた。本文のキーワード走査と目視による記録で、画像内の文字や折りたたまれた部分は走査していない。個々の記事は、運営者への配慮から、ここには挙げない。
  • 総務省統計局『令和3年社会生活基本調査』(2021年10月20日現在)の生活行動・生活時間の結果。e-Stat の統計表(第4表、第1-1表)で確認。
  • NHK放送文化研究所『国民生活時間調査』2025年・2020年。公開された指標のCSVで確認(40代男性の平日の標本は、2025年が241人、2020年が338人)。
  • 日本生産性本部『レジャー白書2025』(2024年の余暇活動)の巻頭要約で確認。
  • Stebbins, R. A. (1982). "Serious Leisure: A Conceptual Statement." Pacific Sociological Review, 25(2), 251–272.(本文は未見。抄録と、Veal (2021)、Gould ら (2008) の引用による)
  • Stebbins, R. A. (1997). "Casual Leisure: A Conceptual Statement." Leisure Studies, 16(1), 17–25.(本文は未見。Gould ら (2008) の引用による)
  • Stebbins, R. A. (1992). Amateurs, Professionals, and Serious Leisure. McGill-Queen's University Press.(書籍は未見。定義の文言は Gould ら (2008) の引用による二次情報)
  • Stebbins, R. A. (2007). Serious Leisure: A Perspective for Our Time. Transaction Publishers.(書籍は未見。「実際の余暇の約8割はカジュアル」という数字は、Veal (2021) の引用による二次情報)
  • Gould, J., Moore, D., McGuire, F. A., & Stebbins, R. A. (2008). "Development of the Serious Leisure Inventory and Measure." Journal of Leisure Research, 40(1), 47–68.(全文で確認)
  • Atchley, R. C. (1989). "A Continuity Theory of Normal Aging." The Gerontologist, 29(2), 183–190.(抄録で確認。内的・外的連続性の定義と、40代への適用の記述は本文未確認)
  • Veal, A. J. (2021). "A Critique of Serious Leisure as Theory." Leisure Studies, 40(4), 575–589.(本文の一部で確認。「実際の余暇の約8割はカジュアル」は、Stebbins (2007) を引く二次情報)
  • Kim, J., Dattilo, J., & Heo, J. (2011). "Taekwondo Participation as Serious Leisure for Life Satisfaction and Health." Journal of Leisure Research, 43(4), 545–559.(抄録で確認)
  • Newman, D. B., Tay, L., & Diener, E. (2014). "Leisure and Subjective Well-Being: A Model of Psychological Mechanisms as Mediating Factors." Journal of Happiness Studies, 15(3), 555–578.(オンライン公開は2013年。検索で見られる要約による二次情報。本文は未確認)
  • Deci, E. L., Koestner, R., & Ryan, R. M. (1999). "A Meta-Analytic Review of Experiments Examining the Effects of Extrinsic Rewards on Intrinsic Motivation." Psychological Bulletin, 125(6), 627–668.(全文で確認。報酬の研究で、順位や競争そのものの効果量ではない)
  • Reeve, J., & Deci, E. L. (1996). "Elements of the Competitive Situation That Affect Intrinsic Motivation." Personality and Social Psychology Bulletin, 22(1), 24–33.(抄録で確認)
  • Vallerand, R. J., Blanchard, C., Mageau, G. A., et al. (2003). "Les Passions de l'Âme: On Obsessive and Harmonious Passion." Journal of Personality and Social Psychology, 85(4), 756–767.(全文で確認)
  • Curran, T., Hill, A. P., Appleton, P. R., Vallerand, R. J., & Standage, M. (2015). "The Psychology of Passion: A Meta-Analytical Review of a Decade of Research on Intrapersonal Outcomes." Motivation and Emotion, 39(5), 631–655.(全文で確認)
  • Salganik, M. J., Dodds, P. S., & Watts, D. J. (2006). "Experimental Study of Inequality and Unpredictability in an Artificial Cultural Market." Science, 311(5762), 854–856.(本誌と補足資料で確認)
  • Isaac, M. S., & Schindler, R. M. (2014). "The Top-Ten Effect: Consumers' Subjective Categorization of Ranked Lists." Journal of Consumer Research, 40(6), 1181–1202.(抄録で確認。受験者の成績送付請求のデータは、学会誌側のプレスリリースによる二次情報)
  • Overton, J., Evangelidis, I., & Vosgerau, J. (2025). "People Believe If 90% Prefer A over B, A Must Be Much Better than B. Are They Wrong?" Journal of Consumer Research, 52(1), 135–156.(オンライン公開は2024年。出版社のページの本文の一部までを確認)
  • Iyengar, S. S., & Lepper, M. R. (2000). "When Choice Is Demotivating: Can One Desire Too Much of a Good Thing?" Journal of Personality and Social Psychology, 79(6), 995–1006.(全文で確認)
  • Scheibehenne, B., Greifeneder, R., & Todd, P. M. (2010). "Can There Ever Be Too Many Options? A Meta-Analytic Review of Choice Overload." Journal of Consumer Research, 37(3), 409–425.(抄録で確認。平均効果量の数値は本文未確認)
  • Chernev, A., Böckenholt, U., & Goodman, J. (2015). "Choice Overload: A Conceptual Review and Meta-Analysis." Journal of Consumer Psychology, 25(2), 333–358.(抄録で確認。オンライン公開は2014年)
  • Chernev, A., Böckenholt, U., & Goodman, J. (2010). "Commentary on Scheibehenne, Greifeneder, and Todd: Choice Overload: Is There Anything to It?" Journal of Consumer Research, 37(3), 426–428.(抄録・二次情報による)
  • Iyengar, S. S., Wells, R. E., & Schwartz, B. (2006). "Doing Better but Feeling Worse: Looking for the 'Best' Job Undermines Satisfaction." Psychological Science, 17(2), 143–150.(全文で確認)
  • Diab, D. L., Gillespie, M. A., & Highhouse, S. (2008). "Are Maximizers Really Unhappy? The Measurement of Maximizing Tendency." Judgment and Decision Making, 3(5), 364–370.(全文で確認)
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