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温泉の効能は、どこまで確かめられているのか

温泉の効能は、どこまで確かめられているのか

温泉法上は、25度以上であれば成分が薄くても温泉になる。掲示の義務は禁忌症と、加水・加温・循環・入浴剤の別にあり、適応症にはない。コクランは関節リウマチを「証拠不十分」とした。家庭の浴槽を含む浴槽内の溺死・溺水は、2025年に8,031人。

TOMOAKI··趣味

温泉旅館のパンフレットには、たいてい泉質と並んで「神経痛」「冷え性」「疲労回復」「アトピー性皮膚炎」といった適応症が列挙されている。この手の効能書きに対して、いくらか懐疑的な人は少なくない。特定の鉱泉成分が特定の病状に効くという主張の多くは、厳密な臨床試験を経たものではなさそうだ、という勘は、おおむね正しい。だが、この話は「怪しいから信じない」で終われるほど単純でもなく、かといって「昔から言われているのだから何かあるはずだ」で片づけられるほど単純でもない。掘っていくと、少なくとも四つの層に分かれる。効能表示という制度の成り立ち、その裏にある研究の実際、効能を検証しない構造、そして、効能とは別に、いくらか示されている入浴そのものの効果と、数えやすい危険である。

先に、この文章で動かない数字をひとつ置いておく。温泉法の上で「温泉」と呼ぶには、温泉源から採取されるときの温度が25度以上であれば、それだけで足りる。成分が薄くても、条件を満たす。効能の話は、この定義の緩さから始めるのがいちばん公平だと思う。

効能表示は、どこから来ているのか

日本の温泉が掲げる適応症の一覧は、国の通知が定める掲示の基準(1954年に始まり、1967年、1982年、2014年に改められた)を土台にしている。泉質の分け方は、その基準が参照する「鉱泉分析法指針」による。温泉そのものの定義は、1948年制定の温泉法が受け持つ。法の別表は、温度が摂氏25度以上であること、あるいは溶存物質の総量が1キログラムあたり1,000ミリグラム以上であることなど、十九の物質のうちいずれか一つが基準に達していること、のどちらかを求める。「または」である。温度か成分のどちらか一方でよい。

ここに「療養泉」という別の言葉が重なる。これは法律の用語ではなく、鉱泉分析法指針が「特に治療の目的に供し得るもの」に与えた呼び名で、基準はやはり25度以上か、指針の表にある物質の基準値のどれか一つ、というつくりになっている。法の温泉の基準にあるリチウムをはじめ多くの物質は、療養泉の基準には入っていない。つまり、温泉法上は温泉でも療養泉ではない湯がある一方、25度以上の湯は、溶存物質がごく薄くても単純温泉として療養泉の資格を得る。泉質の名前は、掲示の上では単純温泉、塩化物泉、炭酸水素塩泉、硫酸塩泉、二酸化炭素泉、含鉄泉、酸性泉、含よう素泉、硫黄泉、放射能泉の十種類に整理される。

指針の履歴は、一直線ではない。1951年に厚生省が「温泉分析法指針」として定め、翌1952年の一部改正で「鉱泉分析法指針」となり、1957年に部分改正、1978年にようやく大きな改訂が入り、その後は1982年、1997年、2002年に部分改訂、2014年に「平成26年改訂」が出された。1997年の改訂は分析機器と手法の進歩に伴うもの、2002年の改訂は、温泉の分析機関が指定制から登録制へ移る制度変更に合わせたものである。適応症と禁忌症の掲示の基準は、これとは別の通知にまとめられていて、1982年の通知が2014年7月に置き換えられた。32年ぶりの更新である。環境省の逐条解説によれば、改訂作業は2005年度に日本温泉気候物理医学会での検討から始まり、通知が出るまでに、8年から9年ほどかかっている。

この2014年の通知が、効能について何を言っているかが、面白い。通知は、適応症の効用を「総合作用による心理反応などを含む生体反応」によるものと述べ、温泉の成分のみによって各温泉の効用を確定することは困難だと書く。さらに、温泉療養の目的は特定の病気を治癒させることよりも、症状や苦痛を軽くして全体的な改善をはかることにあるとし、短期間でも精神的なリフレッシュなど相応の効用は得られるが、十分な効用を得るには通常2〜3週間の療養期間が適当だとする。旅館の一泊二日は、通知が想定する「療養」の期間の、一割前後にしかならない。制度は病名の一覧を示しながら、同じ文書の中で、その効用は成分だけでは確定できず、十分な効用を得るには通常2〜3週間が適当だと断っている。一覧だけが切り出されて、但し書きは置いていかれる。

適応症の中身も、時代で動いてきた。1982年の基準にあった「筋肉痛」「関節痛」は、2014年には「筋肉若しくは関節の慢性的な痛み又はこわばり」という書き方に改まり、泉質を問わない一般的適応症に、軽症高血圧、耐糖能異常(糖尿病)、軽い高コレステロール血症が加わった。一般的な禁忌症の側では、「妊娠中(とくに初期と末期)」の項目が削除されている。削った理由は、2014年4月の温泉小委員会の議事録に残っている。日本温泉気候物理医学会が文献を調べ直し、温泉浴が妊婦に特異な影響を及ぼすという根拠は見当たらなかったこと、そもそも妊娠は病気や病態ではないこと、の二つである。パブリックコメントでは反響が大きかったという。根拠が見直されて消えた記述があるという事実は、残っている記述もまた見直されうる、ということを静かに示している。

適応症は、掲示の義務に入っていない

パンフレットの効能書きを、温泉法が義務づけているのだろうと思っている人は多いかもしれない。実際には逆に近い。温泉を公共の浴用や飲用に供する者が、施設内の見やすい場所に掲示しなければならないのは、温泉の成分、禁忌症、入浴または飲用上の注意、そして省令で定める事項である。省令が挙げるのは、源泉名、泉質、温度、分析年月日、登録分析機関の名称といった事項のほか、加水をしているか、加温をしているか、循環させているか(ろ過の有無も含む)、入浴剤を入れているか(その名称)、消毒をしているか(その方法)と、それぞれの理由だ。効能書きは、この義務の外にある。環境省の逐条解説は、適応症の掲示を義務としなかった理由を、公衆衛生の確保という目的に照らして、不適正な利用の防止に重点を置いたためと説明している。2014年の通知も、適応症の掲示については引き続き知事の判断に委ねるとする。

非常口の表示は義務なのに、窓からの眺めの良さは書かなくてもよい、というのに似ている。法が気にしているのは、入って害になるかもしれないことと、手が加わっていることのほうなのだ。効くかどうかを、法は問うていない。

掲示に加水や加温などの申告が加わった背景には、2004年の出来事がある。表示のないまま入浴剤を加えていた事例、水道水や井戸水を沸かしたものを温泉であるかのように見せていた事例などが、社会問題になった。中央環境審議会の温泉小委員会が検討し、2005年に温泉法施行規則が改正されて、加水、加温、循環、入浴剤の添加や消毒をしている場合に、その旨と理由を掲示することが義務になった(5月施行)。水道水や井戸水を沸かしたものを温泉と誤認させる事例は、小委員会の報告によれば、温泉法ではなく景品表示法の規制の側で扱われた。いずれにせよ、このときに問われたのは「手を加えたことを黙っていないか」であって、「その湯は本当に効くのか」ではない。効能の根拠は、あの騒動の最中にも問われないままだった。

それでも、査読を経た研究がまったくないわけではない

ここで公平を期すなら、温泉浴の健康効果について査読論文が皆無というのは言い過ぎだ。温泉療法、専門的にはバルネオセラピーと呼ばれる分野には、ランダム化比較試験を集めた系統的レビューが、疾患ごとにいくつもある。ただ、その読み方に少し手間がかかる。

関節リウマチについて、コクランが2015年に更新したレビューは、9件の試験、計579人を対象にしている。そのうち4件は、解析に使えるデータを出していなかった。泥パックをプラセボと比べた45人の試験では、痛みの差は有意でなく、圧痛のある関節の数だけが減った。炭酸泉にラドンを加えた二つの試験(194人)は、ラドンを含まない炭酸泉と比べたもので、3か月の時点では差がなく、6か月の時点で、痛みの頻度や強さにラドンを加えた側の小さな差が出た。著者らの結論は、温泉療法が無治療より、あるいは入浴の種類のあいだで、あるいは泥パックや運動より有効だと示すには、全体として証拠が不十分である、というものだった。多くの試験で、バイアスのリスクは「不明確」と評価されている。

変形性関節症のほうは、同じ著者らの2007年のレビューで、7件の試験、498人。こちらは「証拠不十分」とは少し違う書き方をしている。ミネラル浴を無治療と比べた試験では、痛みや生活の質の改善が見られ、レビューはそれを「銀の水準」の証拠と呼んだ。もっとも著者自身が、方法論の質が低く、統計解析とデータの提示が不十分であるため、見えた「前向きな所見」は慎重に見るべきだと添えている。死海の浴と硫黄浴を組み合わせた群は、治療の直後には差が出ても、3か月後には有意でなくなった。死海の浴だけ、硫黄浴だけの群では、1か月後にも3か月後にも差がなかった。

腰痛については、2006年に5件の試験を集めたメタ分析が出ている。このうち、慢性腰痛へのスパ療法を待機リスト群と比べた解析では、100ミリの痛みの目盛りで26.6ミリ(95%信頼区間20.4〜32.8、442人)の差が出た。かなり大きい。ただし対照は、スパ療法を受けずにふだんの薬や外来の治療を続けた人たちで、偽の湯を使った群ではない。何週間か通って、日課から離れ、専門職の世話を受けた効果と、湯の効果は、ここからは分けられない。データが乏しいなかで励みになる証拠はあるが決定的ではない、というのが論文自身の結論だ。

線維筋痛症の2014年のメタ分析は、さらに事情が入り組んでいる。ミネラル水や温泉水での入浴をまとめた5件(177人)は、痛みの効果量が-0.84と大きく出たが、うち3件はバイアスのリスクが高く、2件が不明確で、低リスクと評価された試験は1件もなかった。1件を除くと効果量は-0.58に縮み、バラつきの指標も63%から0%に下がった。水中運動のほうは、8件・462人で効果量-0.42と数字は小さめだが、低リスクの試験を含み、証拠の確かさはこちらのほうが上と評価されている。著者ら自身、効果を過大に見積もるおそれは水中運動にもあり、温泉水の入浴にはなおさらある、と書いている。加えて、入る・入らないを比べる試験は、参加者を盲検にできない。湯に浸かっている人に、浸かっていないと思わせる偽の湯は作れない(温泉水と真湯の比較なら、ある程度は伏せられるが)。水温も、湯気も、肩まで沈む感覚も、本人には分かってしまう。

ここまでを並べると、輪郭はこうなる。リウマチには「効くと示す証拠は不十分」、変形性関節症と腰痛と線維筋痛症には「期待は持てるが、質の低い小さな試験が中心」。どれも、効かないと証明されたわけではない。効くと証明されたわけでもない。宙ぶらりんなのは、効能書きだけでなく、研究の側も同じなのだ。

皮膚の研究は、湯の話なのか、滞在の話なのか

温泉の効能として、もっとも具体的な数字が出てくるのは皮膚の分野で、パンフレットの「アトピー性皮膚炎」「乾癬」に対応する研究も、ここにある。数字は確かにある。ただ、その数字が何を測ったのかを、ひとつずつ見る必要がある。

死海の研究から始める。ホダックらが2003年に報告したのは、慢性安定期の尋常性乾癬の患者27人に、28日間の気候療法を行った結果だった。重症度のスコア(PASI)は81.5%低下し、48%で皮疹が完全に消えた。報告された数字は大きい。ただし、これは温泉の研究とは言いにくい。死海の気候療法は、強い日差しと、塩分の極めて濃い湖での水浴を組み合わせたもので、温かい湯に浸かる療法ではないし、日光の効果と水の効果を分けた研究でもない。要旨を見る限り、対照群の記載もない。日本の温泉の効能の話で一緒に持ち出されることがあるが、その証拠として並べるには無理がある。

国内の数字は、群馬大学の草津分院(2002年に閉院)の報告にたどりつく。久保田らが1997年に発表した論文は、1990年から5年間の46例を対象に、40〜42度、1回10分の入浴を、強酸性(pH2.0)の湯で3〜28週続けたもので、32例(70%)で皮膚症状が改善し、うち18例でかゆみも改善した。改善した例では血清のLDHも有意に下がり、症状が改善した例のうち、黄色ブドウ球菌が多く検出されていた15例では、13例で菌が消えている。よく引かれるもうひとつの数字、131例中106例(81%)は、久保田が2016年に温泉気候物理医学会の記念講演として発表した内容で、約12年間の成人型アトピー性皮膚炎の患者が対象、平均治療期間は72日、改善の判定は視診だった。この数字は、査読論文ではなく講演録に載っている。

ここで注意が三つある。この二つは、同じ施設の、同じ時期から始まった患者群で、重なっている可能性があるため、足し合わせて読むべきではない。対照群は置かれていない。そして、講演録の患者は入浴と同時に保湿(ワセリン)も受けていたし、1997年の論文の患者は、入院のうえでワセリンに加えて、かゆみには抗ヒスタミン剤の内服も受けていた。湯の効果とそれ以外の効果は、データの上では分けられない。1997年の論文には、入院後の1週間は温泉成分を含まないただのお湯(真湯)のシャワーだけで様子を見て、改善した例はなかったという記述があるが、別の群を置いた比較ではない。講演録の著者自身が、草津温泉療法は対症療法の一つにすぎないと書いている。この数字は、草津の強酸性の湯という特殊な条件での話である。

フランスの温泉地の水についての研究は、事情がまた違う。La Roche-Posayの温泉水に関わるアトピー性皮膚炎の研究で、ランダム化比較試験として確認できたものは、温泉水に浸かる療法ではなく、保湿クリームの試験だった。たとえば2017年の二重盲検試験(中等度のアトピー性皮膚炎60人)が比べたのは、温泉水と、温泉水で培養した細菌のバイオマスなどを配合した一つのクリームと、別の市販の保湿剤とで、温泉水の有無だけを比べたものではない。資金を出したのは同社とL'Oréalで、著者の2人はL'Oréalの従業員である。もうひとつ、Avèneの温泉療法センターで3週間過ごした14,328件の記録を集めた観察研究があり、SCORADは41.6%、PASIは54.4%下がっていたが、対照群のない研究で、筆頭著者はAvèneの研究所に所属している。確認できた範囲では、製造元に近い機関の研究が目立つ。もっとも、それだけで研究が無価値になるわけではない。方法の質は、別に読んで判断する必要がある。

2024年に出た、温泉水浴と皮膚疾患の系統的レビューは、8件の試験(7件が成人の乾癬、1件がアトピー性皮膚炎)を集めて、すべてで徴候や症状の改善があったとしながら、この分野の研究は頑健な証拠を支えるにはまだ限られており、質も低いことが多いと結論している。このレビューは、症例報告や症例集積、観察研究を採択の対象から外している。Avèneの記録は観察研究、草津の報告は症例集積と講演録で、症例集積はこのレビューの基準では対象外になる。実際、8件には入っていない(ただし、対照群のない臨床研究が1件は採択されているので、対照群の有無が分かれ目というわけでもない)。なお、言語は、要旨が英語とイタリア語に限ったと書く一方、本文の方法は「言語を問わず」としていて、食い違っている。日本語の研究が入らなかったのが言語のためだったかどうかは、言い切れない。

気分の研究は、数字の大きさと向きを見る

疾患ではなく、気分やストレスを測った研究に目を移す。ストレスの指標としてよく使われるのは、唾液や血液のコルチゾールだ。2018年に15件の研究(684人)をまとめたレビューは、入浴単独の5件のうち、健康な人を対象にした2件ではコルチゾールに有意な変化があり、リウマチ性疾患の患者を対象にした3件では変化がなかった、と報告した。滞在型のスパ療法の10件では8件で有意な変化があり、著者は温泉療法をストレス管理に役立ちうる介入と結論している。2024年に同じ筆頭著者らが17件(765人)に広げて更新したレビューは、そのうち対照群のある研究について、泥を使う温泉療法の群と対照群を比べた効果量をg=-0.11(95%信頼区間-0.30〜0.08)とし、有意ではないとしている。ストレスの高い健康な人で短期の低下が見られる一方、リウマチの患者では逆に上がる場合があり、著者はそれを、適度なストレスが体を鍛える「ホルミシス」のようなものだと解釈している。この17件のうち、ランダム化試験は4件、8件は対照群のない前後比較である。対照群と比べた効果は有意でなかったのに、著者は結論で、温泉療法はコルチゾールの調節によい影響を与えていると書いた。ストレスの高い人で下がれば効果、患者で上がればホルミシス。どちらに動いても「よい調節」と読める枠組みでは、結論は数字に左右されない。コルチゾールは、気分そのものではなく、その代理の指標にすぎない。

Takedaらの2023年のネット調査は、回答率が約10%(依頼した68,754人のうち6,956人)にとどまった。分析に使われた5,000人の結果では、温泉に入る頻度と、人生満足度との相関が0.14、仕事満足度との相関が0.09、主観的健康感との相関が0.10。どれも有意だが、0.14というのは、人によるばらつきのうち、およそ2%(相関係数の二乗)しか説明しない水準だ。同じ調査の因子分析は、温泉の習慣と、病気の既往があることのあいだにも、わずかな相関(0.098)を示している。満足している人ほど通うのか、通うから満足するのか、横断調査の数字からは見分けられない。不調があるから通う、という向きも、既往との相関からは消せない。低い回答率、逆向きの因果、所得を調べていないことは、論文の限界の節にも並んでいる。

542人の中高年を調べた2025年の横断研究は、数字の割れ方が面白い。要旨によれば、週1回以上温泉に入る人は、うつ傾向のある群で14.7%、ない群で24.6%で、調整後のオッズ比は0.51(95%信頼区間0.27〜0.95)だった。同じ人たちで、ふだんの風呂に週7回入るかどうかは、うつ傾向と関連しなかった。参加者の約9割(487人)がすでに週7回入っていて、比べる側の55人は少ない。差が出にくい比較でもあり、温泉と日常の風呂が分かれて見えるのは、そのせいかもしれない。とはいえ、うつ傾向のある人は95人で、外出の頻度や移動の不自由さは調整されているが、1件の小さな横断研究で、「元気だから温泉まで出かけられる」という逆向きの説明を消しきれるものではない。

なぜ、この宙ぶらりんさが検証されずに流通し続けるのか

不思議なのは、効能表示の根拠がこれほど緩いことが、大々的に問題視されずにきた点だ。理由の一つは、構造として説明できる。環境省の統計によれば、令和4年度(令和5年3月末)の全国の温泉地は2,879か所(宿泊施設のある場所の数)、源泉の総数は27,932本。そのうち約4割にあたる1万900本ほどは、利用されていない。宿泊施設は12,999軒、収容定員は約133万人にのぼる。同じ年度の延べ宿泊利用人員は約1億900万人(「参考数値」と注記されている)。経年変化の表を見ると、1992年度の約1億4,300万人がピークで、コロナ禍の落ち込みを経て、令和6年度には約1億2,500万人まで戻した。ピーク比で約88%である。多くの地方自治体にとって、温泉は数少ない自前の観光資源であり、地域経済の柱の一つになっている。

こうした構造の中では、「泉質別の効能に厳密な臨床的根拠はない」と正面から言うことは、業界批判に直結しやすいのではないか。しかも、適応症を整理してきた制度そのものが、独立した審査ではなく、温泉行政の枠組みの中で専門家が整理する形で運用されてきた。ここからは筆者の読みになるが、誰かが意図的に事実を隠しているという話ではなく、そもそも効能表示という制度が、臨床試験によって検証される前提で設計されてこなかった、というほうが実情に近いのではないか。ここまでに見たとおり、法が義務づけたのは、害と、手を加えたことの申告だった。検証を求める声を上げても、そのコストを負う動機を持つ主体がほとんどいない、という構造がそこにある。

雪の降る夕暮れ、湯小屋の明かりだけが灯る温泉街の一角

一方で、入浴という行為自体については、泉質とは別に効果を示唆する研究がある

ここまでの層は、泉質ごとの効能や、温泉療法という治療の効き目についての話だった。これとは別に、入浴という行為そのものが体に及ぼす影響は、泉質を問わず、いくらか示されている。ただし、示されているといっても相対的な話で、読んでいくと、足場にも亀裂が見える。

寝つきを扱った2019年のメタ分析は、17件の研究を採択し、うち13件を統合した。40〜42.5度のシャワーや入浴は、自己評価の睡眠の質と睡眠効率の改善と関連し、就寝の1〜2時間前に行えば、最短10分でも入眠までの時間が有意に縮んでいた。「最短10分」とは入浴の長さのことだ。要旨には、縮んだ時間の幅を示す数字は書かれていない。最適な時間帯や所要時間、仕組みは、研究の数が少ないために決まっていない。蛇口から出るただのお湯でも、条件がそろえば似たことは起こりうる、というのが、このメタ分析から読み取れる範囲だ。

季節ごとに分けた分析で、冬の数字に0.41という値が出ている研究がある。65歳以上の自立した高齢者13,786人を3年追った研究で、浴槽につかる回数が週7回以上の人が、介護保険の新規認定を受けるリスクを、週2回以下の人と比べた調整前のハザード比である。6割近く低い。ところが、年齢、婚姻、収入、うつ、身体機能といった14の要因を調整すると、冬は0.71、夏は0.72と、1に近づく(夏の調整前は0.64)。毎日きちんと湯船につかれるということ自体が、体力と暮らしの余裕の通知表になっているのだろう。高頻度の群は、そもそも若く、収入が高い傾向があった。調整後に差が残るのも週7回以上、つまり毎日入る群だけで、週3〜6回の群は有意でなかった。調べたのは家庭の浴槽の頻度で、温泉でも泉質でもない。健康な人ほど頻繁に入浴する、という逆向きの因果も、論文の側で消しきれていない。

心血管の研究では、結果の揃わなさがもっと細かく見える。40〜59歳の30,076人を、1990年から2009年まで追った研究(538,373人年)の要旨によると、ほぼ毎日湯船につかる人は、週0〜2回の人に比べて、心血管疾患全体のハザード比が0.72だった。内訳を見ると、脳出血は0.54(95%信頼区間0.40〜0.73)と大きく下がり、脳梗塞は0.77(0.62〜0.97)だった。ただ、脳梗塞の用量反応を見る傾向検定は有意でなかった(p=0.467)。心臓突然死とくも膜下出血には関連がない。冠動脈疾患は0.65と低かったが、用量反応の傾向検定は有意に届かなかった(p=0.065)。「心血管疾患全体が3割弱低い」という一文の裏側で、疾患ごとの結果はそろっていない。

温泉に限定した話に戻す。別府市の65歳以上約1万400人に2011年に行われた横断調査の論文は、タイトルを「温泉入浴は、高齢者の高血圧の少なさと関連する」とした。本文を読むと、温泉に毎日入る人が高血圧の既往を自己申告する割合は、月1回未満の人と比べた単純比較ではオッズ比0.868と低かったものの、他の要因を調整すると1.05(95%信頼区間0.93〜1.18)になり、有意でなくなる。有意に残ったのは、入浴の頻度ではなく「19時以降に入浴すること」(朝9時前に入る人と比べて0.850)のほうだった。見出しと中身が、少しずれている。

最後に、休暇の回復効果を見ておく。休暇は温泉と同じではない(休暇の場所を報告した2件では、参加者の76%と87%が自宅で過ごしていた)が、仕事から離れる効果の目安にはなる。休暇の前後を比べた7件の研究をまとめた2009年のレビューでは、休暇から戻った直後(多くは3日ほど後)の健康と幸福感の指標が、全体として小さく改善していた(d=0.43)。指標ごとに別々に平均すると、疲労が0.55、健康上の訴えが0.68、生活満足度が0.24だった(0.43を分解した数字ではない。論文自身は、疲労と健康上の訴えを中程度と呼んでいる)。効果量は7件とも、休暇前と戻った後の比較で計算されている。測られたのはストレスそのものではなく、疲労感、身体的な不調の訴え、生活満足度、気分などで、前の三つは3件以上の研究に共通していた指標である。2〜4週後に再測定した4件では、休暇直後の水準から測定値が戻る方向に動いている(d=-0.38)。論文は「2〜4週で効果が消える証拠がある」と書いたが、第2の測定が2週以降だったため、いつ消え始めたかは特定できない。7件のうち5件は対照群を持たず、脱落も大きい。最初の改善の確かさも、それが消えたかどうかの判断も、強くは言えない。この研究が測ったのは仕事を休むことの効果で、温泉に出かけたことの効果ではない。もし、温泉に出かけなくても、休むだけで似た回復が起きるのなら、温泉での回復も、湯というより、日常の義務から一時的に切り離されること自体に近い部分があるのかもしれない。休暇研究が見ているのは数日から数週間のあいだの疲労や訴えで、湯上がりのその場の感覚とは時間の長さが違うので、これは仮説にとどまる。

危険のほうは、効能よりは数えやすい

法が「危ない」ほうの表示を義務づけたのには、理由があった。逐条解説が挙げる理由は、特定の成分が、特定の病気の人には害になる場合があるから、というものだ。ただ、入浴の危うさは、成分とは別のところにもあり、溺死としてなら、統計に載るほどはっきり数えられる。入浴は、日本ではかなり危険な行為でもある。しかも、その危険の大半は、掲示の届く温泉施設ではなく、家庭の浴槽で起きている。

厚生労働省の人口動態統計によれば、令和7年(2025年)に浴槽内での、あるいは浴槽への転落による溺死・溺水で亡くなった人は、全年齢で8,031人。うち65歳以上が7,631人で、約95%を占める。同じ年の65歳以上の交通事故による死亡は2,019人で、浴槽はその3.8倍にあたる。家庭の浴槽にかぎった系列では、2004年の2,870人が、2025年には7,388人と、21年で約2.6倍になった(全年齢の人数で、高齢化の影響は調整していない)。

この数字には、ひとつ落とし穴がある。統計に出てくる「溺死」は、入浴中に亡くなった人の全部ではない。東京都監察医務院が令和4年に扱った東京23区の入浴中の死亡1,704件のうち、死因が病死とされたのは1,323件(約78%)で、溺水とされたのは196件(約12%)にとどまる。病死として扱われた入浴中の急死は、「溺死・溺水」の統計には入らない。そこで入浴中の急死そのものを推計する試みが生まれた。東京都健康長寿医療センター研究所は、全国の消防本部へのアンケート(2011年の1年間に浴室で心肺停止となった65歳以上の事例9,360件)から、2011年に入浴中に急死した人を全国で約17,000人か、それを少し下回る程度と推計した。最初の推計(2013年)は東日本23都道県の約4,300件にもとづくもので、翌年に全国のデータで推計し直された。慶應義塾大学の堀班(厚生労働科学研究)は、東京都、山形県、佐賀県の3都県の記録から、年に約19,000人と推計している。二つは別々の推計で、前提も年も違い、どちらも確定した死亡統計ではない。

では、何が命を奪うのか。長いあいだ「ヒートショック」と呼ばれてきた。暖かい部屋から寒い脱衣所と浴室へ出て、血圧が乱高下する、という説明だ。ところが、国土技術政策総合研究所の解説(堀班の研究者への聞き取りにもとづく)によれば、浴槽で倒れて救急搬送された人を調べた研究では、体温の上昇で意識が遠のいた、つまり熱中症に近い状態の人が多かったという。堀班の研究概要によれば、研究班の合意は、器質的な疾患と環境による障害(熱中症)の両方が関わるというもので、器質的な疾患の関与は半数以下の可能性が高いが、その割合は厳密には決められないという。病気(心臓や脳)の説と熱中症説は、いまのところ併存している。ヒートショックは、多くの場合、その前者の一経路として語られてきた。「温度差で血圧が乱高下して死ぬ」という一行の説明で片づけられるほど、研究者の見解はそろっていない。

国際的に見ると、日本の位置は極端だ。国立保健医療科学院の鈴木晃がWHOの死因統計から作り直した表(各国の連続する3年間の平均で、日本とイギリスは2000〜02年、アメリカは1998〜2000年)では、75歳以上の男性の溺死死亡率は人口10万人あたり、日本が34.6、アメリカが2.4、イギリスが0.8だった。ただし、これは川や海での溺死も含む溺死全体の数字で、浴槽に限った比較ではない。65〜74歳の男性にかぎると、日本の12.1はロシアの16.2に及ばない。鈴木は、熱い湯に肩まで浸かる入浴の仕方と、住宅内の温度差の両方を挙げつつ、入浴スタイルを全面的に問題視することはできないとも書いている。この表から因果までは言えない。

温泉施設となると、温泉に限った全国の統計は確認できなかった。手がかりは断片的で、鹿児島県の検案記録(2006〜2019年、2,689例)では、入浴中の死亡の場所は、自宅が85.2%、温泉などのスパが11.2%(300例)、その他が3.6%だった。堀班の研究概要は、日本温泉気候物理医学会の温泉地の調査(温泉のある一つの市で、入浴施設からの要請のうち、入浴に関連した183件で、死亡は8件)で、入浴中の死亡と、死亡以外の事故との比が、救急医学会のデータよりはるかに低かった、と述べて、集団で入る環境が死亡を減らす可能性を示している。ただ、いずれも「可能性」にとどまる。鹿児島の数字には、入浴した人数という分母がないので、11.2%という値だけで、温泉が家庭より危ないとも安全だとも言えない。

消費者庁は、41度以下、10分までといった目安を示してきた。その根拠として引かれてきたのは、厚生労働科学研究の「安全な入浴の手引き」などだが、厚労科研の分担研究報告(奈良県立医科大学の佐伯圭吾による)は、この目安は科学的エビデンスが十分とはいえないと述べている。温泉の効能が検証されていないのと、同じ種類の宙ぶらりんが、入浴の安全の側にもある。これは、どちらの側も同じ程度にしか確かめられていない、という意味ではない。少なくとも溺死の数は、統計に載っている。確かめられていないのは、どうすれば死者を減らせるのかのほうだ。厚労科研の報告では、暖かい家ほど熱い長湯が少ない、という関連までは観察されているが、それで死亡が減るかは確かめられていない。根拠が十分でないことは、目安が無意味だという意味ではない。先に見た熱中症説(体温が上がって意識が遠のく)は、高温や長湯を避ける目安と、同じ向きを指している。

それでも、湯の中で力が抜けるあの感覚を、思い込みとだけは言えない

効能表示の緩さ、宙ぶらりんな研究状況、それが検証されずに済んでいる構造、そして入浴に伴う現実の危険——ここまで並べても、湯に浸かって全身の力が抜けていく、あの感覚そのものへの疑いには、まだ届いていない。入浴が体温と睡眠に及ぼす作用も、日常から切り離される心理的な効果も、どちらも一定の裏づけはあるが、前者は小さなメタ分析、後者は対照群のない研究が中心で、強い裏づけではない。しかも、どちらも測っているのは、就寝前の入浴のあとの寝つきや、休暇のあとの疲労であって、湯の中の弛緩感そのものではない。二つが重なって働くのだとしても、それを直接確かめた研究は、この記事で見たなかにはない。入る・入らないを比べる実験は、参加者を盲検にできないので、あの感覚が思い込みかどうかを分ける実験も、組みにくい。それでも、あの弛緩の感覚が、思い込みとだけ片づけられるものではない可能性は、残っている。

「この泉質はこの症状に効く」という言い切りへの疑いと、湯上がりに感じる軽さへの信頼は、対立するものではない。前者は、特定の成分が特定の疾患の経過を変えるという、相応に厳密な検証を要する主張であり、後者は、入浴と環境の変化がもたらす、体験の報告だ。前者の根拠が緩いことに気づいたからといって、後者まで疑う理由にはならない。同じように、後者の手応えがあるからといって、前者の根拠が埋まるわけでもない。そして、湯上がりの心地よさと、湯に浸かることが命にかかわりうるという数字は、同じ一つの行為の両面にある。

制度の緩さも、検証されないままの構造も、頭では分かっている。それでも、湯の中でふっと力が抜けるあの時間は、今のところ自分にとって手放しがたい、最上級の体験であり続けている。それは矛盾ではなく、ただ両方とも本当だというだけのことだ。

出典

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