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「もったいない」を、少し疑ってみる。――趣味とサンクコストの心理学
趣味に投じた金額と時間は、続けるかやめるかの判断とは無関係のはずだ。鳩の実験からNBAのドラフトまで、サンクコスト効果をめぐる研究を辿る。
こんな場面を考えてみる。新しく趣味を始めた人が、数か月前に、道具を一式買い揃えた。安くはない買い物だった。店員に相談しながら、初心者向けの一段上のグレードを選んだ。「どうせ続けるなら」という理由で。最初の数週間は、休みのたびにそれを引っ張り出していた。今は違う。押し入れの奥、まだ半年も経っていない場所に、ほとんど手つかずのまま収まっている。それでも「やめる」とは言っていない。処分もしていない。フリマアプリに出品する画面まで開いて、結局閉じたことが何度かある。「そのうちまた」と自分に言い聞かせながら、実際には何か月も触っていない。
なぜ手放さないのか、と自問すれば、答えはたぶんいつも同じ形をしている。ここまで使った金額と時間が、もったいない。この感覚に、疑いを挟んだことはあまりない。もったいない、は判断の根拠として当然すぎて、根拠だと意識されにくい。むしろ、疑わないことのほうが、まっとうな金銭感覚の証明であるようにさえ感じられる。
周りを見渡せば、似たような棚や押し入れは、たぶんどの家にもある。数年前に始めて、今はもう開かれることのないアプリ。会員登録したまま一度も通っていない教室。「もったいないから続ける」も「もったいないから今さらやめられない」も、口にする場面によって都合よく使い分けられる、便利な言い訳になっている。だとしたら、この「もったいない」という感覚そのものが、判断の理由ではなく、判断を先送りするための道具になっているのかもしれない。理由を説明しなくていいぶん、都合がいい。誰かに「なぜ続けているのか」と聞かれても、「もったいないから」と答えれば、それ以上の説明は求められない。
心理学と行動経済学には、この感覚を指す名前がある。サンクコスト効果——すでに支払ってしまい、二度と回収できない費用(埋没費用)が、これから先の意思決定に影響を及ぼしてしまう現象だ。合理的な意思決定の理論では、過去に何を支払ったかは将来の選択にとって無関係な情報であるはずだった。今日以降その趣味を続けることで得られる満足と、これから追加でかかるコストだけを比較すればいい。過去に払った金額は、続けても、やめても、もう戻ってこない。経済学の教科書はそう説明する。だが人間の感覚は、教科書通りには動いていない。
その動かなさの背景には、心理学者のDaniel KahnemanとAmos Tverskyが1979年に提示したプロスペクト理論がある。人は同じ額を得る喜びより、失う痛みのほうを大きく感じる(論文の言葉では、損失は利得より大きく見える)。のちに損失回避と呼ばれるようになった傾向だ。この理論をサンクコストに当てはめたのは後続の研究者たちで、その見方に立てば、趣味をやめることは、単に「今後の時間を使わない」という選択ではなく、「すでに払った分を損失として確定させる」という選択として感じられてしまう。得るはずだった満足を諦めるのではなく、すでに失ったものを、今この瞬間にもう一度失うような感覚。この理論的な下敷きがあるからこそ、サンクコスト効果は単なる計算間違いではなく、感情に根ざした頑固さとして立ち現れる。
この現象を経済学の論文で正面から論じた早い例が、行動経済学者Richard Thalerが1980年に発表した「消費者選択の実証理論に向けて」だ。Arkesらの紹介によれば、Thalerはこの論文で、すでに払った代金が悪天候の日の外出を後押しする、といった例をプロスペクト理論で説明している。心の会計(メンタル・アカウンティング)という考え方を正面から扱ったのは、1985年の別の論文になる。「サンクコスト効果」という名前を与え、実験で確かめたのは、後述するArkesとBlumerだ。Kahnemanらの1990年の論文によれば、Thalerは同じ1980年の論文で、保有効果(endowment effect)という名前も与えている。自分がすでに持っているものを、同じものをまだ持っていない場合よりも高く評価してしまう傾向だ。この傾向は、Thaler自身も著者に加わったその同じ論文で、マグカップを使った市場実験により確かめられている。押し入れの道具は、買った瞬間からすでに「自分のもの」になり、その時点で市場価格とは別の、個人的な重みを帯び始める——これはあくまで類推であって、埋没費用への執着そのものを保有効果が直接説明すると実証した研究があるわけではないが、両者はどちらも「一度自分のものになったものを失う」ことへの感度の高さという、同じ根を持っているように見える。
心理学者のHal ArkesとCatherine Blumerの1985年の論文には、劇場を使った現場実験がある。オハイオ大学の劇場でシーズンチケットを買いに来た客を、定価(15ドル)、2ドル引き、7ドル引きの三つに無作為に振り分けた。半券を回収して数えると、シーズン前半の5演目で使われたチケットは、定価の組が平均4.11枚、割引の組が3.3枚前後だった。定価で買った人のほうが、よく劇場に足を運んでいた。ただし後半の5演目では、組のあいだに差は見られなかった。同じ論文の質問紙調査には、よく引かれるスキー旅行の場面もある。100ドルでミシガンへのスキー旅行の券を買ってあった人が、数週間後、もっと楽しめそうなウィスコンシン行きの券を50ドルで買う。財布にしまうときに、二つが同じ週末だと気づく。どちらも売れず、払い戻しもできない。どちらを選んでも150ドルはもう払ってあるのだから、合理的に考えれば、より楽しめるウィスコンシンに行けばいい。捨てることになるのは、100ドルの券のほうだ。それでも61人の回答者のうち33人が、100ドルのミシガンを選んだ。別の181人に同じ質問をしたときは、100ドルを選んだのは3人に1人ほどにとどまったので、この数字を大げさに読むことはできない。数字にして並べれば分かりやすいが、渦中にいる本人はそれを「もったいない」という感情としてしか経験しない。
ハトにも、似た振る舞いがある
Anthony / Unsplash
ここまでは、よく紹介される部分だ。人間の認知バイアスの定番として、行動経済学の入門書には必ずと言っていいほど載っている。だがこの効果を「人間だけが持つ不合理さ」だと考えると、足元をすくわれる。
2005年、心理学者のAnton NavarroとEdmund Fantinoは、ハトを使った実験でサンクコスト効果に似た行動を調べた。ハトに、キーをつつくと餌が出る課題を与える。たいていは少ない回数で餌が出るが、ときどき、いつもの回数をつついても餌が出ない試行がある。そうなった時点で、その試行は残りが長い可能性が高い。ハトには、別のキーをつついてその試行を打ち切り、新しい試行に切り替える「エスケープ」の選択肢が与えられていた。途中までつついた回数はすでに埋没費用であり、打ち切ったほうが得な場面は確かにあった。結果は条件しだいだった。状況の悪化をキーの色の変化で知らせると、4羽すべてが毎回きちんと打ち切った。知らせがないと、4羽のうち3羽は、割に合わない試行をほぼ毎回最後までつつき続けた。打ち切った場合と続けた場合の損得の差が小さいほど、続けやすくもなった。ラットについては、2012年にMagalhãesらが似た課題で調べ、打ち切ることはできても、その時点が最適な時点より遅れることを報告している。人間だけに見られる特殊な誤りだと思われていたものに似た振る舞いが、ハトにもラットにも観察された。
もっとも、これをそのまま「過去への執着」と読んでよいかには留保がいる。Navarroら自身は、この結果を、状況が悪くなったことの見分けにくさの表れとして読んでいる。手がかりがあれば全羽が打ち切ったことが、その根拠だ。ハトが本当に「ここまで頑張ったのだから」と過去を勘定しているのか、それとも今の条件の悪化を見分けられていないだけなのか、それを厳密に切り分けるのは難しい。WhiteとMagalhãesは2015年の論文で、別の角度から、骨の折れる投資のあとに得たものは、その苦労との対比で価値が高く感じられる(「試行内対比」と呼ばれる考え方)という仕組みで、ハトと人の両方のサンクコスト効果を説明できると論じた。ただし彼らは、人では投資から選択までの時間を空けると効果が弱まることも見ており、対比だけでは足りないとも書いている。人間で確認されている現象に似た行動が動物にも見つかった、という事実は動かないが、その裏にある仕組みまで人間とまったく同じだと決めつけるのは、まだ早い。
この留保を踏まえてもなお、少なくとも一つのことは言える。ハトの行動が人間とまったく同じ理屈で起きているかは確定していないにせよ、鳥にも似た振る舞いが観察できるという事実自体は残る。だとすれば、サンクコスト効果は人間が言語や社会規範の中で身につけた特殊な誤りだと決めつける根拠も、同じように揺らぐ。「もったいない」と感じているとき、そこで働いているのが理屈ではなく、動物と何かしら共有する古い回路である可能性は、少なくとも排除できない。この見立てに立てば、押し入れの道具を手放せない自分を「意志が弱い」と責める必要はない。もっと古く、もっと広く共有された仕組みの一端が動いているだけかもしれない、という留保付きの答えにしかならないが。
子どもには、まだない
ところが、この「生まれつきの回路」という見立てにも、素直には頷けない事実がある。
2021年、発達心理学者のClaudia Sehlらは、5、6歳の子ども185人と22歳から72歳の大人117人を対象に、サンクコストにもとづく判断が子どもにいつごろ現れるのかを調べた。物語の登場人物が、深い穴の底から拾った石と、浅い穴から拾った石を持っている。持ち帰れるのは一つだけだと言われたら、登場人物はどちらを選ぶか、を予測させる課題である。かけた費用はお金ではなく手間だ。実験1では、大人の回答の78%が、苦労して手に入れたほうを選ぶと予測していた。5、6歳の子どもの回答では、手間のかかったほうは45%で、当てずっぽうと区別がつかなかった。大人であれば「手間をかけたほうを、登場人物は持ち帰るだろう」と自然に予測できるのに、幼い子どもにはその予測ができていない。物語の主人公を子ども自身にして「あなたならどちらを持ち帰るか」と尋ね直した実験でも、6歳児が苦労したほうを選んだのは半分で、当てずっぽうと変わらなかった。同じ研究グループが2024年に、4歳から7歳の子ども320人と大人429人で調べ直すと、苦労して手に入れた物を失えば登場人物はより悲しむだろう、という予測はどの年齢でもできていた。持ち帰る物の予測で、苦労したほうを選んだのは大人だけだった。失えば悲しいという感情そのものは早くから分かるのに、その感情が「持ち続ける」という行動に結びつくことまでは、幼児期にはまだ予測できない。感情の理解と、行動としてのバイアスとのあいだには、発達上の段差がある。
もしサンクコスト効果が動物にまで共通する古い回路の産物だとすれば、なぜ人間の幼児期にはまだ現れないのか。2024年の論文でSehlらは、支出や資源を頭の中で勘定として管理し、それに応じて未来の判断を左右してしまう「メンタル・アカウンティング(心の会計)」の仕組みが、幼児期にはまだ育っていないからではないか、と推測している。別の研究グループ(Jhangら、2023年)は、子どもの頃に経済的に苦しかった人ほど、すでに投資した分を無駄にすることを強く嫌い、劣った選択肢から降りにくいことを、仮想の場面二つと実際の選択課題で報告している。つまりこの効果は、動物と共有しているかもしれない古い基盤の上に、人間が成長する過程で経済や社会のルール、あるいは家庭で培われた金銭感覚を学びながら上乗せしていく、後天的な層としての性格もあわせ持っているらしい。生まれつきの欠陥でもなければ、単なる学習の結果でもない。両方が絡み合っていると見るのが、いまのところ自然だろう。
どこで強く出るのかは、まだ揺れている
効果の起源が一枚岩でないだけでなく、効果の大きさそのものも一定ではない。
行動経済学の実験群には、近年、再現性への疑問がつきまとっている。サンクコストの周辺もその例外ではない。マーケティングの研究者Dilip Somanは2001年、時間の埋没費用は金銭の埋没費用ほど判断を縛らない、という結果を報告した。劇場とロックコンサートのチケットの二択で、先に払ったのがお金なら6割強が劇場を選んだのに、先に費やしたのが時間だと5%に満たなかったという。2023年、Petrovらのチームがこの研究を、米国のオンライン参加者821人で事前登録のうえ追試した。差は再現されたが、時間と金銭の差を表す効果量(ϕc)は、原典の数字から追試チームが計算した0.61に対し、追試では0.38だった。一方、別の場面設定(Study 2)では、時間の埋没費用もはっきり判断を縛り、原典が見つけた「時間と金銭の違い」は出なかった。最初の報告より弱い、というより、どこで違いが出るのかが揺らいでいる、と言うほうが近い。
2012年に発表されたDustin Sleesmanらのメタ分析は、1975年以降の「エスカレーション(深追い)」研究——サンクコストにとらわれ、損失の拡大するプロジェクトから撤退できなくなる現象——166標本を横断的に見直した。最初の決定に自分が責任を負っているかどうかは、最も多く調べられてきた要因で、深追いとの関係は一貫して正だった(推定された真の相関は0.26)。意外なのは、その決定を自分で選んだ場合と、割り当てられただけの場合とで、ほとんど差がなかったことだ(0.29と0.24)。サンクコストそのものの効果も一様ではなく、プロジェクトの完成度の情報と一緒に操作された研究では相関0.53、そうでない研究では0.10(有意ではない)と、研究の設計によって大きく違った。要因は、既存の枠組みに沿って、プロジェクト、心理、社会、組織の構造の四つに整理されている。社会と構造の層は研究が少なく、構造の層で分析に足りたのはエージェンシー問題の4標本だけだった。
現場のデータでよく引かれるのが、経営学者Barry StawとHa Hoangが1995年に発表した、NBAのドラフト指名順位をめぐる研究だ。二人は1980年から1986年のドラフトで1巡目か2巡目に指名され、2年以上プレーした241人のデータを分析し、その後の実際の成績や怪我、トレード、ポジションといった要因を統計的に考慮に入れてもなお、上位で指名された選手ほど長い出場時間を与えられ続けていたことを示した。成績が無関係だったのではなく、成績という説明変数を差し引いてもなお、指名順位そのものが出場時間を押し上げていた、ということだ。フロントが「この選手を上位で選んだ」という過去の決定に縛られていると考えれば、その後の実際のパフォーマンスという新しい情報が、判断に反映されにくくなることも説明がつく。似た構造は、その後アメリカンフットボールでも報告されている。経済学者Quinn Keeferの2017年の研究は、NFLのドラフトで1巡目の最後と2巡目の最初という、実力にほとんど差のない境目に指名された選手を比べ、サラリーキャップ上の評価額が10%高いと、先発出場が2.7試合多かったと推定した。アイスホッケーでも、2021年にLou FarahとJoseph Bakerが、怪我や移籍、ペナルティ、氷上の成績を考慮してもなお、1巡目指名の選手が2巡目の選手より有意に多い出場機会を与えられていたことを報告している。プロのスポーツ組織という、意思決定の質が厳しく問われるはずの現場でさえ、この傾向から自由ではないように見える。とはいえ、どれも観察研究で、指名順位が出場時間を押し上げた理由がサンクコストへのとらわれだと直接確かめたものではない。
ここまでの結果から言えるのは、効果の強さが一定ではなく、場面の設計に左右されるということまでだ。「自我が賭けられているほど強まる」という読み方は、もっともらしいが、検証された結論ではない。先のメタ分析では、決定への責任は深追いと一貫して結びついていたが、自分で選んだか割り当てられたかでは差が見られなかった。趣味は自分で選んで始めるものだから、その決定を疑うことは自分自身を疑うことに近づく、という見立ては、私の推測にとどめておく。
押し入れの道具に、戻る
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押し入れの道具の話に戻る。あの一式に使った金額は、決して法外な額ではなかったとしよう。にもかかわらず、それを手放す決断がなかなかできないのは、そこで失われるのが金銭だけではないからだろう。「これから技術を積んでいくはずだった自分」というイメージそのものへの投資——それがすでに自我の一部になってしまっているのかもしれない。金額の多寡ではなく、その決定を「自分の物語」の一部に組み込んでしまったかどうかが手放しにくさの正体を決めている、というのは、研究が示したことではなく、私の見立てだ。
厄介なのは、この投資が単一ではないことだ。道具にかけた金銭。練習にかけた時間。最初の数週間で手応えを得るまでに注いだ熱。「その趣味をやっている人間だ」という、周囲に見せてきた自己像。どれか一つだけを清算するなら簡単なのに、実際にはこれらが束になって絡み合っている。フリマアプリの出品画面を何度も開いては閉じるのも、金銭的な未練というより、この束をほどく手間を先送りしているだけなのかもしれない。
趣味が、他人と競うためのものではなく、自分が人生の主役であることを実感するためのものだとすれば、これは皮肉な話でもある。始めたときには自分を確かめるための選択だったはずのものが、続けるうちに「もう後戻りできない自分」を演じるための舞台に変わってしまう。主役であることを確かめるはずの行為が、いつのまにか台本を降りられない役者を作っている。
もっとも、これは趣味そのものを疑う話ではない。何かを探し、試し、合わなければやめて次を探す——このサイクルの中で「やめる」だけが不当に重くなっているとすれば、それは趣味という営みの欠陥ではなく、サンクコストという錘が判断のどこかに紛れ込んでいるだけだ。錘の重さを知ることと、錘を外すべきかどうかを決めることは、別の作業だ。
数字を、切り離して見る
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だからといって、「今すぐやめるべきだ」という話をしたいわけではない。ここまで見てきたデータが示しているのは、サンクコストが判断を歪め得るという事実であって、いま続けているその趣味に価値がないということではない。実際に続ける価値があるかどうかは、これまで注いできたものとは本来無関係に、これからどれだけ楽しめそうか、という一点だけで決まるはずの話だ。
問題は、その「これから」の判断に、「これまで」の数字がどれだけ紛れ込んでいるか、たいてい自分では気づけないということだ。感情の中では、投じた金額と時間、これから得られそうな満足感、そのすべてが一つの塊としてしか感じられない。だから一度、感覚から切り離して、数字だけを見てみる価値はある。すでに投じた金額と時間を計算機に入力してみると、そこにあるのはただの数字で、続ける理由でも、やめる理由でもない。悪化の知らせがなかったハトが試行を最後までつつき続けたように、自分の判断にも、気づかないうちに「これまで」の数字が紛れ込んでいないか——その確認だけが、この計算機にできることだ。
押し入れの道具は、たぶん今日も出品されないままだろう。それでいい。数字を見たあとにまだ続けたいと思うなら、それは投じた金額や時間のせいではなく、今この瞬間にそれを選んでいるということだ。逆に、数字を見た瞬間にどこかほっとしたなら、それもまた一つの情報として扱えばいい。数字自体は、続ける根拠にも、やめる根拠にもならない。ただ、根拠のふりをしていた感覚から、一歩だけ距離を取れる。
出典
- Arkes, H. R., & Blumer, C. (1985). The Psychology of Sunk Cost. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 35(1), 124-140.(全文で確認)
- Kahneman, D., & Tversky, A. (1979). Prospect Theory: An Analysis of Decision under Risk. Econometrica, 47(2), 263-291.(全文で確認)
- Thaler, R. H. (1980). Toward a Positive Theory of Consumer Choice. Journal of Economic Behavior & Organization, 1(1), 39-60.(全文は未入手。Arkes & Blumer と Kahneman らによる引用で確認した二次情報)
- Thaler, R. H. (1985). Mental Accounting and Consumer Choice. Marketing Science, 4(3), 199-214.(冒頭で確認)
- Kahneman, D., Knetsch, J. L., & Thaler, R. H. (1990). Experimental Tests of the Endowment Effect and the Coase Theorem. Journal of Political Economy, 98(6), 1325-1348.(全文で確認)
- Navarro, A. D., & Fantino, E. (2005). The Sunk Cost Effect in Pigeons and Humans. Journal of the Experimental Analysis of Behavior, 83(1), 1-13.(全文で確認)
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- White, K. G., & Magalhães, P. (2015). The sunk cost effect in pigeons and people: A case of within-trial contrast? Behavioural Processes, 112, 22-28.(抄録で確認)
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- Sehl, C. G., Friedman, O., & Denison, S. (2024). Emotions before actions: When children see costs as causal. Cognition, 247, 105774.(抄録で確認)
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- Soman, D. (2001). The Mental Accounting of Sunk Time Costs: Why Time Is Not Like Money. Journal of Behavioral Decision Making, 14(3), 169-185.(原典は未入手。本文の数値は Petrov ら 2023 による原典値の紹介で確認した二次情報)
- Petrov, N. B., Chan, Y. K. M., Lau, C. N., Kwok, T. H., Chow, L. C. E., Lo, W. Y., Song, W., & Feldman, G. (2023). Sunk Cost Effects for Time Versus Money: Replication and Extensions Registered Report of Soman (2001). International Review of Social Psychology, 36(1), 17.(全文で確認)
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- Farah, L., & Baker, J. (2021). Eliminating Buyer's Remorse: An Examination of the Sunk Cost Fallacy in the National Hockey League Draft. Scandinavian Journal of Medicine & Science in Sports, 31(6), 1363-1370.(抄録で確認)
