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60代からの趣味選びで、ランキングより先に区別したい「孤独」と「一人の時間」

60代からの趣味選びで、ランキングより先に区別したい「孤独」と「一人の時間」

60代からの余暇は、消費から創造へ移る季節と言われる。ただしランキングで選ぶ前に、孤独(ロンリネス)と一人の時間の充実(ソリチュード)という、心理学が区別する二つの違いを知っておくと選び方が変わる。

TOMOAKI··趣味

60代は、これまで積み上げてきた社会的責任や役割から離れ、あらためて「自分自身の時間」と向き合う季節だ。自由な時間が増えると同時に、「何をすればいいのかわからない」「一人で過ごす時間が増えることへの漠然とした不安」を感じる人も少なくない。

この不安に対して、趣味ランキングを差し出すのは簡単だが、たいてい本題を素通りしている。本題は、「一人の時間」そのものが怖いのか、それとも「何をしていいかわからない」ことが怖いのか、案外自分でも切り分けられていない、ということだ。

孤独(ロンリネス)と、一人の時間の充実(ソリチュード)

一人でいることは寂しいことではない。

心理学では、望まない孤立としての「孤独(loneliness)」と、自分で選んだ一人の時間としての「独居(solitude)」を区別することがある。同じ「一人でいる」という状態でも、その二つは体験としてまったく別物だ。前者は消耗を招くが、後者はむしろ回復を促すとされている。

60代からの不安の多くは、実はこの二つを混同しているところから来ているのではないかと思う。「一人の時間が増える=孤独になる」と決めつけてしまうと、必要以上に予定を詰め込んで疲弊したり、逆に何もせず塞ぎ込んだりする。どちらでもなく、「一人の時間を、自分で選んだ質の高いものにできるか」を考えるほうが、実務的だ。

「消費」に限界を感じたら、「創造」を試す

現役時代の娯楽の多くは、お金を払って受け取る「消費」型だった。旅行、外食、映画。悪いものではないが、受け身の刺激には限界がある。土をいじる、文章を書く、手を動かして何かを作る。こうした「創造」のプロセスには、消費では得にくい「自分の力で何かを成し遂げた」という実感がある。これは特別な理論ではなく、多くの人が実感として知っていることだと思う。

ただし、創造型の趣味がすべての人に向くわけでもない。旅行や食のような消費型の楽しみを否定する必要はなく、両方を組み合わせて構わないはずだ。

傾向として、いくつかの方向

順位をつける意味はないので、いくつかの傾向だけ挙げておく。

体を動かして外に出たい人には、目的地を決めずに歩き、古い地図アプリで街の変化を追う「街の考古学」のような遊びが向いている。歩数や成果を競わなくても、見慣れた道が違って見えるだけで十分な刺激になる。

知的な緊張感がほしい人には、オンラインの囲碁や将棋のように、世界中の相手と真剣勝負できるものが向いている。負けた対局を後で振り返る作業自体が、脳を使う時間になる。

手を動かして没頭したい人には、植物を育てる、発酵食品を仕込むといった、結果が出るまでに時間のかかる作業が向いている。急かされない時間の流れそのものが、休息になることがある。

共通するのは、どれも高価な道具を必要としないことだ。贅沢とは金額の多寡ではなく、対象にどれだけ丁寧に時間を向けたかで決まる、というのは使い古された言い方だが、実感としては正しいと思う。

趣味を、誰かの役に立てる形にする

趣味で得た喜びを、誰かの役に立つ形へつなげる

技術や知識が身についてきたら、地域のボランティアセンターにスキルを登録したり、記録をブログなどで発信したりすることも選択肢に入る。ただし、これは「社会貢献すべき」という義務ではなく、続けているうちに自然とそうなる人もいる、という程度の話だ。最初から使命感を背負わせると、趣味はまた仕事に似てきてしまう。

結び

60代からの趣味探しで一番大事なのは、始めてすぐ飽きても「根気がない」と自分を責めないことだ。それは自分に合うものを絞り込む、健全な過程にすぎない。一人の時間を、質の高いものにできるかどうか。順位より、その一点のほうがずっと大事だ。