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「何でもいい」をやめるために、自分の中に4つの棚を作った話
選択肢が増えるほど、なぜか決めるのが億劫になる。心理学でいう決断疲れを手がかりに、自分の活動を4つの軸で仕分けてみた記録。誰かに勧める話ではなく、単なる整理の記録として。
「何を食べてもいい」「どこへ行ってもいい」。選べる余地が広いことは、そのまま気楽さにつながると思っていた。でも実際には、選択肢が増えるほど決めるのが億劫になる瞬間が増えた気がする。休みの日の予定を考えるだけで、なぜか疲れている。
心理学者バリー・シュワルツが「選択のパラドックス」と呼んだ現象がある。選択肢が増えるほど人は後悔を恐れ、決断を先延ばしにし、選んだ後もまた「別の道の方が良かったのでは」と考え続けてしまう、というものだ。一日に下す決断の数を具体的な数字で語る記事もよく見かけるが、出典をたどれるものではなく、鵜呑みにはしていない。ただ、小さな決断が積み重なると夕方には何も選びたくなくなる、という体感には覚えがある。
「何でもいい」は余裕の表れではなく、脳が処理の限界に近づいたときに出る言葉なのかもしれない。そこで試しているのが、選択肢を広げることではなく、あらかじめ大部分を切り捨てておく仕組みを持つことだ。
自分の活動を4つに分けてみる
まず、自分が時間を使っている活動を、ざっくり4つの棚に仕分けてみた。
- 知性——構造を理解する愉しみ。コードを触る、歴史の話をビジネスに当てはめてみる、難しい本を自分の言葉で要約する。
- 身体——物理的な手応え。バイクで走る、古い道具を分解する。指先の痛みや重さが「今ここにいる」感覚を運んでくる。
- 社交——損得のないつながり。趣味の集まりで好きなものについて話す、行きつけの店で名前も知らない人と話す。
- 静寂——外部の音を消す時間。深夜に万年筆で何かを書く、目的地を決めずに歩く。
棚を作ってみて分かったのは、この4つのうちどれか一つに偏っていると、なんとなく調子が悪いということだった。頭ばかり使っていると乾いてくるし、身体ばかり動かしていると考えがまとまらなくなる。逆に言えば、今の自分がどこで疲れているかを、この4つに照らして確かめられるようになった。
選ばないことを先に決めておく
棚ができると、入ってくる誘いや情報を機械的に振り分けられるようになる。「今週は身体が足りていない」と決めたら、どんなに知的に面白そうな誘いでも、今週の優先順位ではないというだけの理由で断る。断る理由をいちいち考えなくて済むのが楽だった。
この仕分けを続けていると、情報が入ってきた瞬間に「これは今の自分には必要ない」と感じるようになる場面が増えた気がする。論理的な枠組みを一度通しておくことで、その後の判断が速くなる、という程度の話だと思う。
もっとも、この棚も完成品ではない。半年もすれば自分の優先順位は変わるだろうし、そのたびに作り直すことになるはずだ。選択肢を減らす仕組みそのものが、また一つの選ぶべき対象になってしまわないよう、時々見直す必要はありそうだ。
出典
Schwartz, B. (2004). The Paradox of Choice: Why More Is Less. Harper Perennial.
