ficus.life/仕事
目次▼
断捨離が効くのは、モノが減るからではないらしい

断捨離が効くのは、モノが減るからではないらしい

30家族の研究で、妻のコルチゾールの下がり方は、家を語る言葉と対応していた。その言葉は、家の広さや築年とはほとんど関係がなかった。一般の人が片付けた前後を、比べる相手を置いて測った論文は、探した範囲では見つからなかった。

TOMOAKI··仕事

空になった引き出しの前で、深く息を吸う

断捨離やミニマリズムを勧める文章は、たいてい同じ結論にたどり着く。持ち物を減らせば、心が軽くなる。片付けは掃除の作業ではなく、幸福への近道だ、という語られ方である。空になった引き出しを見て、なぜか少しだけ深く息が吸える気がした経験がある人は多いだろう。

あの一瞬の爽快感を、長期的な幸福の話にまで延ばしてよいものか。気分の問題なのか、体の問題なのか。そもそも、効いているのは「モノが減ったこと」なのか、それとも別の何かなのか。公開されている研究を、できるだけ原典に近いところまでたどって確かめてみた。先に言っておくと、この問いに正面から答える実験は、私が探した範囲では見つからなかった。見つかったのは、答えの周りを取り巻く、いくつかの相関と、いくつかの意外な細部である。

家の語り方と、妻の体の反応が対応していた

まず、散らかった家が体に出るのか、という問いから。心理学者の Darby Saxbe と Rena Repetti は、2010年に Personality and Social Psychology Bulletin に研究を発表した。対象は、西海岸の大都市に住む共働きの30家族、つまり夫婦60人。どちらも週30時間を超えて働き、子どもが2〜3人いて、全員が住宅ローンを抱えていた。

各人は、調査の週の前に、自分でカムコーダーを回しながら家の中を案内した。意味のある空間と持ち物について語るという形で、語りの長さは89語から9,164語まで開いていた(中央値は1,842語)。研究者は、この語りの中の言葉を、辞書を使って数えた。「散らかっている」「がらくた」「乱雑」といった言葉の群れと、「修理」「改築」「未完成」「プロジェクト」といった言葉の群れを合わせて「ストレスの家」、「くつろげる」「静か」といった言葉の群れと、庭や屋外に関する言葉の群れを合わせて「回復の家」と名づけている。そして、その後の3平日に、1日4回(起床直後、昼食前、退勤前、就寝前)、唾液を採って、ストレスホルモンのコルチゾールを測った。

健康な人のコルチゾールは、朝に高く、午前中に急に下がり、そのあと夜までゆるやかに下がっていく。慢性的なストレスのある人は、この下り坂が平らになりやすいとされる。結果は、妻のほうに現れた。「ストレスの家」の言葉が多い妻は、コルチゾールの日内の下がり方が平らで、夕方にかけて気分の落ち込みが強まっていた。「回復の家」の言葉が多い妻は、下がり方が急で、夕方の落ち込みが弱かった。夫婦の結婚満足度を考慮に入れた分析でも、この関係は残った。性格の神経症傾向を代わりに入れても、結果は本質的に変わらなかったという(論文の中では「請求があれば提供する」という扱いで、本文には載っていない)。

ここまでなら、「散らかった家は妻の体に悪い」という話に聞こえる。細部を読むと、そう単純には言えない。

まず、「散らかり」という言葉は、案内の語りのわずか0.22%にすぎなかった。1回の案内あたり、約4.5語である。「ストレスの家」を作るもう一方の語群は、散らかりではなく、直す予定の話だった。次に、家の広さ、築年数、部屋数、改築の回数といった客観的な特徴は、「ストレスの家」の言葉の多さと、ほとんど関係がなかった。夫婦のあいだでも、言葉の多さは一致しなかった。同じ家に住む二人が、同じ家を、まるで違う言葉で語っていた。

そして夫である。夫では、コルチゾールの下がり方にも気分にも、有意な関係が出なかった。ただ、「ストレスの家」の言葉が多い夫は、朝のコルチゾールがむしろ高かった。論文自身が「期待に反する」と書いている結果だ。

この違いを、著者らは断定していない。挙げられているのは、女性のほうが家への責任感が強く、散らかりへの罪悪感を抱きやすいという見方、調査者に家を見せる場面で、評価を気にしたのは妻のほうだったという見方、「日々の仕事をこなしにくい」という感覚が語りとコルチゾールの両方を生んでいるという見方、そして、ストレスのある人が家をそういう目で見ているという逆向きの見方である。因果の向きは、この研究では決まらない。標本は60人で、中流の共働き親に限られ、使った辞書もこの研究のために作ったもので、他の標本では検証されていない。

要するに、妻の体の反応と対応していたのは、家の「散らかり」そのものというより、家を「どう語るか」だった。同じ家を、一人は「まだ途中」と語り、もう一人は「庭が好き」と語る。問診票の答えが、体温計の数字と対応していた、というのに近い。

ピーテル・デ・ホーホの絵画『リネン戸棚のそばの女性たち』(1663年)。整然と畳まれたリネン類を戸棚にしまう女性たちを描いている。

散らかりは、視野の中で何を奪うのか

散らかりが人の注意を奪う、という話もよく聞く。出どころとして語られることが多いのは、Sabine Kastner の研究室がある Princeton 大学の2011年の論文(McMains と Kastner、Journal of Neuroscience)だ。ただし、ここで一つ誤解を解いておきたい。この研究は、散らかった机や部屋を使ったものではない。被験者は10人で、fMRI の装置の中で、単純な図形を組み合わせた錯視図形を見ていた。複数の刺激が同時にあると、視覚野の中で互いの反応を抑え合う(競合する)。注意を向けると、この競合が和らぐ。この研究が示したのは、注意による反応の変化の大きさが、解消されずに残った競合の量に比例する、ということだ。「視覚シーンは散らかっていて多数の物体を含む」という一般論は導入に書かれているが、現実の部屋の散らかりは、実験の対象に入っていない。

散らかりと生活の満足度を直接調べた研究もある。Roster、Ferrari、Jurkat が2016年に発表した研究は、報道による紹介では、約1,400人を対象に、散らかりが多いほど生活満足度が低い、と報告している。論文本体には、私は当たれていない。紹介どおりだとしても、注意が要る点が一つある。対象者は、整理の専門家団体の顧客、つまり散らかりに悩んで助けを求めた人たちで、大半が女性、男性は約50人しかいない。一般の人の標本ではない。同じ研究者の2018年の論文について、後続の論文(Swanson と Ferrari、2022年)の記述によると、3つの年齢層を比べたところ、散らかりと生活満足度の負の関係は、中年の標本でしか見られなかったという。

散らかりの評価は、一方向でもない。Kathleen Vohs らが2013年に Psychological Science に発表した3つの実験の抄録によれば、整った部屋にいた人は、健康的な軽食を選び、より多く寄付した。一方、散らかった部屋にいた人は、独創的な使い道の案をより高く評価されるなど、創造性が高かった。散らかりが、いつでも、誰にとっても悪い、とは言えないらしい。標本の数や数値は抄録からは分からないので、書かない。

ふつうの人の片付けを、比べる相手を置いて測った論文は、見つからなかった

ここまで見てきたのは、「散らかりについて語ること」や「散らかっている人」と、体や気分の関係だった。では、片付けた人は、実際に楽になったのだろうか。私が探した範囲では、一般の人を対象に、片付けを実施してもらい、その前後でストレスや気分を測り、比べる相手も置いた査読論文には、行き当たらなかった。網羅的に探したわけではないので、「存在しない」とは言えない。

近いものは二つある。一つは、Chamberlin と Callmer が2021年に発表した、近藤麻理恵のメソッドの実践者への調査だ。スウェーデンと、英国・アイルランドの約630人に、SNS のグループ経由で回答してもらい、さらに両地域の女性に聞き取りをしている。衝動買いをする人の割合は、実施前の約45〜55%から、実施後は3%未満に下がったという。ウェルビーイングの変化は、落ち着きや不安の軽減、コントロール感といった、質的な語りでしか示されていない。自己選択の標本で、回顧的な回答で、対照群もない、と著者ら自身が限界に挙げている。もう一つは、日本で計画された、10代から中年の、片付けに困難のある人を対象にした、片付けのワークショップのランダム化比較試験の、2017年に出たプロトコル(研究計画)で、結果の論文は私が探した範囲では見つからなかった。

測るのが難しい理由も、少し考えてみる。片付けを自分で選ぶのは、もともと散らかりに困っている人や、生活を変えようと決めた人だろう。決めたこと自体が、気分に影響するかもしれない。片付けの前と後を比べるだけでは、片付けの効果なのか、決意の効果なのか、時間が経っただけなのか、分けられない。臨床の研究には、ホーディング障害の認知行動療法の試験があるが、これは臨床の研究であって、ふつうの断捨離の効果を示すものではない(試験の中身は確認していない)。

つまり、「片付ければ楽になる」という、いちばん知りたい因果の主張は、いま手元にある材料のどれも、直接には支えていない。ここから先は、そのことを頭に置いて、周りの証拠を見ていく。

「減らす人ほど幸福」は、本当らしい

持ち物を減らす生き方と幸福度の関係は、積み上げられた研究群でも、おおむね同じ向きを指している。Joshua Hook らのシステマティックレビューは、ミニマリズムや自発的簡素化とウェルビーイングを扱った23件の実証研究を整理し、全体として一貫した正の関連を報告した。関係を左右しうる変数として、所得、年齢、簡素な暮らしを自分で選んだのか他人に促されたのか、が挙げられている。関連の背景にある仕組みとしては、消費への欲求をコントロールできることと、心理的な欲求が満たされることが、可能性として挙がっている。

抄録が語っているのは、関連である。手に取った範囲の個々の研究(後で触れる)は、質問票による横断調査だった。「関連がある」ことと「減らせば上がる」ことのあいだには、まだ距離がある。

同種のレビューは、ほかにもある。Rich らが2017年に International Journal of Wellbeing に発表したレビューは、4つの研究、合わせて3,233人を対象に、自発的簡素化とウェルビーイングの関連は「存在する」と、抄録は述べる。一方、Vollebregt らが2024年に出した、消費を減らすこととウェルビーイングについてのレビューの抄録は、多くの研究が関連ありか、有意な関係なしのどちらかで、一部は負の影響を示唆する、としている。減らせばよい、とは限らないらしい。減らし方や、減らす理由が、関係を変えるのかもしれない。

そもそも、ミニマリズムという言葉は、何を指しているのか。Wilson と Bellezza が2021年に発表した、消費者のミニマリズムの尺度(12項目、3,735人)は、抄録によれば、3つの次元に分けている。所有物の少なさ、簡素な美意識、吟味された消費である。「モノが少ない」は、ミニマリズムの一部でしかなく、買い方の選び方や、美意識も含まれる。レビューによって結論の色合いが違うのは、測っているものが違うからかもしれない。

差を運んでいたのは、暮らし方より、価値観と注意の向け方のほうらしい

「関連がある」と「減らせば上がる」のあいだの距離の中身を、少し覗いた研究がある。Kirk Brown と Tim Kasser が2005年に発表した研究は、自分は簡素に暮らしていると申告した200人と、性別、年齢、郵便番号でそろえた一般の200人を、米国の郵送調査で比べた。簡素に暮らす人は、個人の年収が約26,000ドルと、一般の人(約41,700ドル)より約37%少ない。それなのに、生活満足度は4.47対4.23、感情のバランスは2.05対1.60と、わずかに高かった(どちらも p = .03で、差は大きくない)。ここまでは、「質素なほうが満たされている」という物語に見える。

ところが、価値観とマインドフルネスを同時にモデルに入れると、簡素な暮らし方そのものは、ウェルビーイングと関係しなくなった。幸福度の差と結びついていたのは、お金や地位より内面的な価値を大切にするかどうかと、いまの経験への注意の向け方のほうだった。暮らし方は、環境に配慮した行動とは結びついていたが、幸福度とは結びついていなかった。この研究が測ったのは、持ち物の量ではなく、自己申告の「簡素な暮らし」である。横断調査で、因果は言えない。それでも、「簡素に暮らす人が幸福そうなのは、簡素さのためではないかもしれない」という疑いを、数字の形で示している。

似た構造の結果は、別の標本でも出ている。Juliana Matte らが2021年に SN Social Sciences に発表した研究は、ブラジルのアマチュアランナー395人を対象に、ミニマリズム、体験的消費(モノではなく経験にお金を使うこと)、生活満足度、幸福度の関係を統計モデルで調べた。抄録によれば、ミニマリズムは幸福度に直接は影響せず、体験的消費を促していた。生活満足度と体験的消費は、幸福度の54.2%を説明していた。標本がランナーに限られる点には、注意が要る。家を片付けて床が空いても、空いた床で何をするかが決まらなければ、暮らしは変わらないのかもしれない。この研究が示唆する構造は、それに近い。

価値観の側も、数字で見ておく。Helga Dittmar、Rod Bond、Megan Hurst、Tim Kasser のメタ分析(2014年、Journal of Personality and Social Psychology)は、259の独立した標本、753の効果量を統合した。物質主義的な価値観や信念(モノを持つことや見せることを人生の中心に置く態度)が強いほどウェルビーイングが低い、という関連は、大きさ(相関の絶対値)で.19だった。これは、物質主義の尺度のうち最もよく使われるもので測った値で、生活満足度や否定的な感情に限ると、.13〜.15と、むしろ弱い。強く出るのは、強迫的な買い物や、危険な健康行動、自己評価の低さといった領域で、関連の大きさは.28〜.44に達する。生活の満足そのものより、追い立てられた買い方や、自分への厳しさとの結びつきが強い。

お金に余裕があれば、物質主義と幸福度の低さの結びつきは弱まる、と考えたくなる。ところが、25の調整変数のうち、有意だったのは7つで、個人の所得も世帯の所得も、物質主義と低いウェルビーイングの関係を変えなかった。所得によって関係の強さが変わる、という証拠は出なかった。ただし、これは物質主義についての結果で、モノを減らす人にそのまま当てはめることはできない。

では、「モノを減らす人は、もともと余裕がある人だから幸福そうに見えるだけだ」という疑いは、どうだろう。Brown と Kasser の簡素に暮らす人たちは、収入がむしろ低かった。一方で、学歴は高く、収入を自分から減らした人が多い(65.8%、一般の人は27.4%)。この調査の標本では、所得で見る限り、この疑いは当てはまらなかった。ただ、収入を自分で選べる立場という、別の形の余裕が、幸福度の差に効いている可能性は残る。この調査では、そこまでは切り分けられていない。

「モノが少ない暮らし」と「モノへの執着が薄い価値観」は、よく混同される。重なる部分はあっても、同じものではない。食事の量を減らすことと、食べ物への執着を手放すことが、別の話であるのに似ている。少食でも次の食事のことばかり考えている人はいるし、たくさん食べても食への執着が薄い人はいる。片付けという作業が、実際には価値観という、もっと地味で時間のかかるものの身代わりをしている可能性は、これらの研究から考えられる。ただし、これも可能性にとどまる。

なぜ、手放せないのか

ここで、少し視点を変える。そもそも、モノを手放すのはなぜ難しいのか。

行動経済学のよく知られた実験がある。Daniel Kahneman、Jack Knetsch、Richard Thaler が1990年に発表した論文のマグカップの実験だ。大学のロゴ入りのマグカップを、無作為に選んだ学生(売り手)に渡し、別の学生(買い手)には買う側になってもらう。さらに第三の群(選択者)には、マグカップか現金かを選んでもらう。77人の学生で行った実験の中央値は、売り手が7.12ドル、買い手が2.87ドル。売り手は、買い手の2倍以上の値をつけた。取引が成立するはずだった12.5件のうち、実際に成立したのは3件だった。

私が驚いたのは、選択者の数字である。マグカップか現金かを選ぶだけの選択者は、中央値が3.12ドルで、買い手とほぼ同じだった。選択者の選択肢は、客観的には売り手と同じなのに、評価は半分以下だった。差を生んでいるのは、マグカップの価値ではない。「自分のものになった」という事実のほうだ。著者らは、買うときの抵抗より、手放すときの抵抗が主因だと解釈している。フリマアプリで、買う側なら払う額の2倍の値札を、売る側に回るとつけてしまうのに近い。

この効果(保有効果)は、いつでも出るわけではない。Plott と Zeiler が2005年に報告した実験では、手順の誤解を取り除くと、マグカップでも売り手と買い手の差が消えたという。ところが、Fehr らが2015年に行った再現の試みでは、差は残った(どちらも抄録による)。Tunçel と Hammitt のメタ分析(2014年)については、著者の抄録そのものではなく、それを要約した紹介によれば、売り手と買い手の値の差は、公共財や市場のない財に比べると、ふつうの私的な財では小さいという。差が消えるわけではないが、同じ取引を繰り返す場合や、正直に答えたほうが得になる手続きの場合にも、小さくなるともいう。さらに、Apicella らが2014年にタンザニアの狩猟採集民ハッザ族で行った実験では、市場から離れた地域の人は、持たされたビスケットやライターを別の品と交換する確率が53%で、保有効果は検出されなかった。市場に近い地域では25%だった。保有効果は、人間に普遍の本能とは限らず、市場に組み込まれた暮らしの中で強まる可能性がある。実験を繰り返して慣れることと、市場の中で暮らすことは、別の話だ。ただし、これは交換の実験で、日々の暮らしで物を手放すことの話ではない。

思い入れのある物は、事情がさらに違う。Winterich らが2017年に Journal of Marketing に発表した研究の抄録によると、思い入れのある物を寄付する前に、写真に撮るよう促すと、寄付が増えた。実験を重ねた結果、物を手放すことで感じる「自分の一部を失う感覚」が、写真によって和らげられるためだという。寄付が増えた割合は、報道ごとに数字が食い違っていたので、ここには書かない。手放せない理由は、物そのものより、物に結びついた自分の一部にあるらしい。

では、手放したあとの後悔は、どうなのか。物を捨てた後悔を直接調べた査読論文は、私が探した範囲では見つからなかった。近い研究として、Gilbert らが2004年に発表した、後悔の予測の研究がある。地下鉄に「ぎりぎりで乗り損ねた」人の後悔を、人は実際より大きく予想していた。人は、予想するほど後悔に弱くない、という結果だ。ただし、対象は電車に乗り損ねたことで、物を捨てることではない。当てはめには慎重でありたい。もう一つ、Gilbert と Ebert が2002年に報告した実験も、2004年の結果と同じ向きを指す。取り消せない結果でも、人はそれを受け入れて満足していく。ところが人は、その心の働きを前もって見込めない。だから多くの人が、後から取り消せるほうを選ぶ(ある実験で66.3%)。それなのに、取り消せる状況では、人は選んだものに満足しにくかった。「いつでも買い直せるから大丈夫」という安心が、満足を深めるとは限らない。ただ、これは写真やポスターの選択の実験であり、物を捨てる場面にそのまま移すことはできない。

ことばの来歴

断捨離という言葉は、やましたひでこの『新・片づけ術「断捨離」』(2009年12月発行)で広まったとされる(報道による二次情報)。ヨガの行法の「断行・捨行・離行」に着想を得た言葉だと紹介されるが、著者本人の一次資料では確かめられなかった。近藤麻理恵の『人生がときめく片づけの魔法』は、2010年末に出たと複数の書誌情報にある(これも二次情報)。どちらも、モノを減らす技術として語られることが多い。ただ、断捨離という言葉の、そう紹介される由来には、「執着から離れる」という、もう一つの層が含まれている。ここまで見てきた価値観の話と、重なる部分がある。

引き出しの空白が示すもの

ここまでの材料を並べ直す。体と気分の反応と対応していたのは、家の散らかりそのものより、家の語り方だった。その対応は、気分にもコルチゾールの下がり方にも、妻にしか現れなかった。しかも、「ストレスの家」の言葉の多さは、家の広さや築年数といった客観的な特徴とは、ほとんど関係がなかった。モノを減らす暮らしと幸福度のあいだに、関連があるのは本当らしい。ただし、簡素に暮らす人たちの幸福度の差は、価値観とマインドフルネスを入れると、暮らし方の違いでは説明されなくなった。ブラジルのランナーの調査では、抄録によれば、ミニマリズムそのものは幸福度に直接は結びつかず、体験的消費を通じてつながっていた。そして、一般の人が片付けた前後を、比べる相手を置いて測った論文は、私の探した範囲では見つからなかった。

手放せない理由の研究を見ると、物を持ち続けているのは、物の価値ではなく、「自分のものだ」という感覚や、物に結びついた自分の一部を失う感覚のためである可能性が、浮かんでくる。それは、片付けの技術とは別の層の話だ。

空になった引き出しの前で深く息を吸ったとき、軽くなっていたのは、何だったのだろう。引き出しの中身だったのか、「これで済んだ」という感覚だったのか、それとも、片付けようと決めたことで、何かに向き合う気持ちが整ったことだったのか。この記事は、その答えを持っていない。その答えを示した研究も、まだ見当たらない。

出典

  • Saxbe, D. E., & Repetti, R. (2010). "No Place Like Home: Home Tours Correlate With Daily Patterns of Mood and Cortisol." Personality and Social Psychology Bulletin, 36(1), 71–81.(全文で確認。UCLA CELF 掲載のスキャン PDF)
  • McMains, S., & Kastner, S. (2011). "Interactions of Top-Down and Bottom-Up Mechanisms in Human Visual Cortex." The Journal of Neuroscience, 31(2), 587–597.(抄録と PMC 本文の前半で確認)
  • Roster, C. A., Ferrari, J. R., & Jurkat, M. P. (2016). "The Dark Side of Home: Assessing Possession 'Clutter' on Subjective Well-Being." Journal of Environmental Psychology, 46, 32–41.(原典は未見。DePaul 大学の発表、BPS Research Digest、Ferrari 本人の Psychology Today の記事による二次情報。人数は資料により約1,300〜1,500人と揺れ、「男性約50人」は Ferrari の記事による)
  • Ferrari, J. R., & Roster, C. A. (2018). "Delaying Disposing: Examining the Relationship between Procrastination and Clutter across Generations." Current Psychology, 37(2), 426–431.(原典は未見。Swanson & Ferrari (2022) の記述による二次情報)
  • Swanson, H. L., & Ferrari, J. R. (2022). "Older Adults and Clutter: Age Differences in Clutter Impact, Psychological Home, and Subjective Well-Being." Behavioral Sciences, 12(5), 132.(全文で確認。Ferrari & Roster (2018) の紹介部分を参照)
  • Vohs, K. D., Redden, J. P., & Rahinel, R. (2013). "Physical Order Produces Healthy Choices, Generosity, and Conventionality, Whereas Disorder Produces Creativity." Psychological Science, 24(9), 1860–1867.(PubMed の抄録で確認。本文は未見)
  • Chamberlin, L., & Callmer, Å. (2021). "Spark Joy and Slow Consumption: An Empirical Study of the Impact of the KonMari Method on Acquisition and Wellbeing." Journal of Sustainability Research, 3(1), e210007.(抄録と本文の前半で確認)
  • Aso, Y., Yamaoka, K., Nemoto, A., et al. (2017). "Effectiveness of a 'Workshop on Decluttering and Organising' Programme for Teens and Middle-Aged Adults with Difficulty Decluttering: A Study Protocol of an Open-Label, Randomised, Parallel-Group, Superiority Trial in Japan." BMJ Open, 7(6), e014687.(研究計画。検索結果の記述による二次情報で、結果の論文は未確認)
  • Hook, J. N., Hodge, A. S., Zhang, H., Van Tongeren, D. R., & Davis, D. E. (2021). "Minimalism, Voluntary Simplicity, and Well-Being: A Systematic Review of the Empirical Literature." The Journal of Positive Psychology, 18(1), 130–141.(抄録のみ確認。オンライン公開は2021年、誌面は2023年)
  • Rich, S. A., Hanna, S., Wright, B. J., & Bennett, P. (2017). "Fact or Fable: Increased Wellbeing in Voluntary Simplicity." International Journal of Wellbeing, 7(2), 64–77.(抄録のみ確認)
  • Vollebregt, M., Mugge, R., Thürridl, C., & van Dolen, W. (2024). "Reducing without Losing: Reduced Consumption and Its Implications for Well-Being." Sustainable Production and Consumption, 45, 91–103.(抄録のみ確認)
  • Wilson, A. V., & Bellezza, S. (2021). "Consumer Minimalism." Journal of Consumer Research, 48(5), 796–816.(抄録のみ確認。オンライン公開は2021年、誌面は2022年)
  • Brown, K. W., & Kasser, T. (2005). "Are Psychological and Ecological Well-Being Compatible? The Role of Values, Mindfulness, and Lifestyle." Social Indicators Research, 74(2), 349–368.(全文で確認)
  • Matte, J., Fachinelli, A. C., De Toni, D., Milan, G. S., & Olea, P. M. (2021). "Relationship between Minimalism, Happiness, Life Satisfaction, and Experiential Consumption." SN Social Sciences, 1(7), 166.(抄録のみ確認。54.2%は抄録の数字)
  • Dittmar, H., Bond, R., Hurst, M., & Kasser, T. (2014). "The Relationship between Materialism and Personal Well-Being: A Meta-Analysis." Journal of Personality and Social Psychology, 107(5), 879–924.(全文で確認)
  • Kahneman, D., Knetsch, J. L., & Thaler, R. H. (1990). "Experimental Tests of the Endowment Effect and the Coase Theorem." Journal of Political Economy, 98(6), 1325–1348.(全文で確認)
  • Plott, C. R., & Zeiler, K. (2005). "The Willingness to Pay–Willingness to Accept Gap, the 'Endowment Effect,' Subject Misconceptions, and Experimental Procedures for Eliciting Valuations." American Economic Review, 95(3), 530–545.(抄録と著者らの要約。全文は未確認)
  • Fehr, D., Hakimov, R., & Kübler, D. (2015). "The Willingness to Pay–Willingness to Accept Gap: A Failed Replication of Plott and Zeiler." European Economic Review, 78, 120–128.(抄録で確認)
  • Tunçel, T., & Hammitt, J. K. (2014). "A New Meta-Analysis on the WTP/WTA Disparity." Journal of Environmental Economics and Management, 68(1), 175–187.(検索結果に出た抄録の要約で確認。著者の抄録そのものは未確認で、二次情報にあたる)
  • Apicella, C. L., Azevedo, E. M., Christakis, N. A., & Fowler, J. H. (2014). "Evolutionary Origins of the Endowment Effect: Evidence from Hunter-Gatherers." American Economic Review, 104(6), 1793–1805.(全文で確認)
  • Winterich, K. P., Reczek, R. W., & Irwin, J. R. (2017). "Keeping the Memory but Not the Possession: Memory Preservation Mitigates Identity Loss from Product Disposition." Journal of Marketing, 81(5), 104–120.(抄録のみ確認。寄付の増加率は報道ごとに食い違うため、本文には書かなかった)
  • Gilbert, D. T., & Ebert, J. E. J. (2002). "Decisions and Revisions: The Affective Forecasting of Changeable Outcomes." Journal of Personality and Social Psychology, 82(4), 503–514.(全文で確認)
  • Gilbert, D. T., Morewedge, C. K., Risen, J. L., & Wilson, T. D. (2004). "Looking Forward to Looking Backward: The Misprediction of Regret." Psychological Science, 15(5), 346–350.(抄録で確認)
  • やましたひでこ『新・片づけ術「断捨離」』(マガジンハウス、2009年).(J-CAST ニュース(2010年8月10日)の報道による二次情報。ヨガの行法に由来するという説明も、報道や紹介記事による)
  • 近藤麻理恵『人生がときめく片づけの魔法』(サンマーク出版、2010年末刊とされる).(複数の書誌情報による二次情報)
XはてなブックマークLINEFacebook