目次▼
断捨離が効くのは、モノが減るからではないらしい
散らかった家について「片付いていない」と語った妻だけ、コルチゾールが夜になっても下がらなかった――夫には出なかった反応だ。ミニマリズムと幸福度の関連は本物らしいが、その効きめの54%は「モノを減らすこと」ではなく別の経路から来ていた。
モノを減らせば、幸福度が上がるとよく言われる
断捨離やミニマリズムを勧める文章は、たいてい同じ結論にたどり着く。持ち物を減らせば、心が軽くなる。片付けは掃除の作業ではなく、幸福への近道だ、という語られ方だ。空になった引き出しを見て、なぜか少しだけ深く息が吸える気がした経験がある人は多いだろう。あの一瞬の爽快感を、長期的な幸福度の話にまでそのまま延長してよいものかどうかを、片付けが体にどう作用するかというところから確かめてみたい。
散らかった家は、実際に体に出ていた
心理学者ダービー・サックスビーとレナ・レペッティが2010年に学術誌Personality and Social Psychology Bulletinに発表した研究は、共働き夫婦60組を対象に、自宅を案内してもらいながら語ってもらった言葉と、その後数日間のコルチゾール(ストレスホルモン)の変動を照らし合わせた。「散らかっている」「片付いていない」という言葉を多く使って自宅を語った妻は、本来なら夕方にかけて下がっていくはずのコルチゾールが、うまく下がらないパターンを示していた。これは慢性的なストレスと結びつくとされる反応だ。同時に、一日を通じて気分の落ち込みも増えていた。逆に、自宅を「くつろげる」「自然を感じる」といった言葉で語った妻は、コルチゾールが健全な形で夕方に下がっており、気分の落ち込みも少なかった。夫婦の満足度や神経症傾向を統計的に調整してもなお、この関係は残っていた。
ただし、この効果は妻にだけ現れ、夫には見られなかった。同じ散らかった家に住んでいても、体の反応として現れる人と現れない人がいる、ということになる。散らかりそのものが誰にでも均等にストレスを与えるわけではなく、家事や家の状態への責任がどちらに偏って認識されているかが、体への出方を左右している可能性がある。
「モノを減らす生き方」と幸福度の関係自体は、実在するらしい
個別の研究だけでなく、積み上げられた研究群を見ても、この方向性は支持されている。心理学者ジョシュア・フックらが2021年に学術誌The Journal of Positive Psychologyに発表したシステマティックレビューは、ミニマリズムや自発的簡素化(voluntary simplicity)とウェルビーイングに関する23件の実証研究を整理し、全体として一貫した正の関連を確認した。「モノを減らせば幸福になる」という主張は、少なくとも実証研究のレベルでは、根も葉もない話ではなかったことになる。ただし、このレビューが対象にしたのは相関を報告した研究群であり、実験的に人の持ち物を減らして幸福度の変化を追跡するような、因果関係を直接検証した研究はほとんど含まれていない。「関連がある」ことと「減らせば上がる」ことのあいだには、まだ埋まっていない距離がある。
ただし、効いているのは「減らすこと」自体ではないかもしれない
ここで、もう一段疑ってみたい。このレビューが指摘しているメカニズムは、消費への欲求そのものをコントロールすることと、心理的な欲求充足であって、単に所有物の個数が少ないことそのものではない。この違いを裏づける具体的な研究がある。経営学者ジュリアーノ・マッチらが2021年に学術誌SN Social Sciencesに発表した調査は、ブラジルのアマチュアランナー395人を対象に、ミニマリズム・体験的消費(モノではなく経験にお金を使う行動)・生活満足度・幸福度の関係を統計モデルで検証した。結果、ミニマリズムそのものは幸福度を直接は左右していなかった。ミニマリズムが促進していたのは体験的消費のほうで、その体験的消費と生活満足度が、幸福度の変動のうちおよそ54.2パーセントを説明していた。
整理すると、モノを減らす人ほど幸福だという相関自体は本当らしいが、その経路は「所有物が減る→心が軽くなる」という直接ルートではなく、「モノを減らす人は、浮いたお金や時間を経験に使いやすくなる→その経験が満足度を上げる」という、一段回り道をした間接ルートだったことになる。使っていないサブスクを解約しただけでは家計は楽にならない。解約した瞬間ではなく、浮いた月々の数百円を実際に何かに回して初めて、家計に変化が起きる。それと似た構造が、断捨離と幸福度のあいだにも挟まっているらしい。片付けそのものに魔法があるわけではなく、片付けた後に何をするかのほうが効いている、という話に近い。
断捨離と、混同されやすいもう一つの話
ここで、隣接する別の研究群にも触れておきたい。心理学者ティム・カッサーらが行ったメタ分析(259の独立したサンプル、753の効果量を統合)は、所有物の数ではなく、物質主義的な価値観——モノを持つことや見せびらかすことを人生の中心に置く態度——そのものが、ウェルビーイングと弱いながらも一貫した負の相関(相関係数マイナス0.19)を持つことを示している。この効果は、調べた25の調整変数のうち大半で頑健だった。
この二つの話は、しばしば混同される。「モノが少ない生き方」と「モノへの執着が薄い価値観」は、重なる部分はあっても同じものではない。食事の量を減らすことと、食べ物への執着そのものを手放すことが別の話であるのと似ている。少食でも常に次の食事のことを考えている人はいるし、たくさん食べても食への執着自体は薄い人もいる。物質主義的な価値観を捨てずに持ち物だけを減らしても、この研究群が示す恩恵にはあまりつながらないだろうし、逆に持ち物は多くても、それに執着していなければ話は違ってくるかもしれない。断捨離という「行為」を語る記事の多くが、実際には価値観の転換という、もっと地味で時間のかかる話を、片付けという分かりやすい作業に置き換えて売っている。
経済的な余裕という、もう一つの交絡因子
最後に、疑っておくべき点がもう一つ残っている。持ち物を減らすという選択そのものが、ある程度の経済的な余裕を前提にしている場合が多い、という指摘だ。手放してもまた買い直せるという安心感があるからこそ、思い切って手放せる。逆に、物を手に入れるのに苦労した経験がある人ほど、その物への執着が強くなりやすいという見方もある。フックらのレビュー自体も、所得を関係の強さを左右しうる調整変数の一つとして挙げている。だとすれば、「モノを減らしている人ほど幸福そうに見える」という観察の一部は、モノを減らしたから幸福になったのではなく、もともと生活に余裕がある人のほうがモノを減らしやすい、という逆向きの因果を含んでいる可能性がある。
散らかった部屋が体に負担をかけていることは、少なくとも一部の人には本当らしい。モノを減らす生き方と幸福度のあいだに、実在する関連があることも本当らしい。ただし、その関連がどこを経由しているのかまで踏み込むと、話は「捨てれば楽になる」ほど単純ではなくなる。
出典
Saxbe, D. E., & Repetti, R. (2010). "No Place Like Home: Home Tours Correlate With Daily Patterns of Mood and Cortisol." Personality and Social Psychology Bulletin, 36(1).
Hook, J. N., Hodge, A. S., Zhang, H., Van Tongeren, D. R., & Davis, D. E. (2021). "Minimalism, Voluntary Simplicity, and Well-Being: A Systematic Review of the Empirical Literature." The Journal of Positive Psychology, 18(1).
Matte, J., Fachinelli, A. C., De Toni, D., Milan, G. S., & Olea, P. M. (2021). "Relationship Between Minimalism, Happiness, Life Satisfaction, and Experiential Consumption." SN Social Sciences, 1.
Dittmar, H., Bond, R., Hurst, M., & Kasser, T. (2014). "The Relationship Between Materialism and Personal Well-Being: A Meta-Analysis." Journal of Personality and Social Psychology, 107(5).
