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メイラード反応の数字は、どこまで確かめられているか

メイラード反応の数字は、どこまで確かめられているか

「140度から始まる」に一次出典は見つからなかった。メイラード反応とカラメル化、肉の温度、アクリルアミド、うま味の相乗効果の数字を、原典に当たって確かめ直した。

TOMOAKI··趣味

「塩少々」「火が通るまで」。レシピ本の指示はたいていこのくらい曖昧で、長いあいだそれを普通のことだと思っていた。うまくいく日といかない日の差は、経験とか勘とか、そういう言葉で片付けていた。

あるとき、ステーキの焼き方を調べていて、メイラード反応という化学反応の名前に行き当たった。肉の表面のアミノ酸と糖が熱で反応し、香ばしい茶色い物質と、たくさんの香り成分を生む反応らしい。「香ばしさ」という感覚的な言葉の裏に、こんなに具体的な仕組みがあることを、それまで知らなかった。

焦げ目がついたのは、メイラード反応が起きたから。そう言えば分かった気になれる。けれども、名前を知ることと、何が起きているかを知ることは別の話だ。そこで今回、この名前の周りで言われていることを、原典に当たり直した。「140度から始まる」「水があると100度を超えない」「66度で肉汁が出る」。レシピの解説でよく見るこれらの数字が、どこまで確かめられているのか。結論を先に言うと、確かめられたものより、出典が見つからなかったもののほうが多かった。

メイラード反応の名前は、メイラールの手柄なのか

フランスの化学者ルイ・カミーユ・メイラールが、アミノ酸と糖を加熱すると褐色になることを報告したのは、1911年から12年にかけてのことだ。論文の題には、糖とアミノ酸を指す言葉が並ぶ。ところが、ヘルヴェ・ティスが2016年に書いた論考(L'Actualité chimique, 404号)を読むと、話はそう単純ではない。

ティスによれば、メイラールはペプチドの合成を試みる中で、還元糖とアミノ酸を加熱すると褐色になることに行き当たった。1913年の長い論文でも、褐変を観察するにとどまり、反応そのものを分析できてはいなかった。一方、1908年にはアーサー・ロバート・リングが、麦芽の焙燥で120〜150℃のときに香りと色が出ることを示し、アミノ酸と糖の反応を推測していた。さらに1866年のシッフや、1884年と1886年のフィッシャーも、糖とアミン化合物の反応をすでに扱っていた。ティスは、メイラールの名を糖とアミンの反応全体に当てるのは不当だと論じている。

名前の功績を疑うのは、揚げ足取りに見えるかもしれない。けれども、ここには料理の話に直接つながる論点が一つある。ティスは、カラメル化まで「メイラード反応」に含めたり、5-HMFという物質を何でも「メイラード産物」と呼んだりする傾向を、「おそらく行き過ぎ」と批判している。台所で「香ばしいのはメイラード反応」と一括りにするとき、私たちは、おそらく別々の反応をまとめて一つの名前で呼んでいる。

仕組みの全体像を描いたのは、1953年のジョン・ホッジだった。糖とアミンの縮合から、アマドリ転位、糖の脱水、レダクトン(還元性の中間体)の生成へと進む統一的な機構を提示し、約200の文献を整理するのに1年かかったと、本人が後年、論文の被引用についての寄稿で振り返っている。そのスキームが、後の教科書に繰り返し再掲された。名前はメイラール、地図はホッジ、というのが実情に近い。ただし、ティスは、前の段落で引いた「おそらく行き過ぎ」とする一文の注に、ホッジの1953年の論文を挙げている。ホッジの総説がまとめたのは、カルボニル・アミノ反応、カラメル化、酸化型の反応で、その地図が、名前の守備範囲を広げた面もあったのかもしれない。これは私の読みで、ティスがそう書いているわけではない。

「140度から始まる」には、出典がなかった

メイラード反応は140度くらいから始まる。料理の解説では、そう書かれることが多い。この数字の一次出典を探したところ、確認できなかった。英語版ウィキペディアの「Maillard reaction」には、「140〜165℃あたりから速やかに進む」という趣旨の文があるが、2026年10月14日の時点で出典は付いていなかった。

逆に、確かめられることもある。ウォームビア、シュニッケルス、ラブーザが1976年に発表した、中間水分のモデル食品の実験(Journal of Food Science, 41巻3号)では、褐変は45℃で、25℃の33倍の速さで進んだ。室温でもゆっくり進んでいる。ただし、褐変は温度に極端に敏感だ。この実験で、褐変の速度が最大になったのは、水分活性(食品中の水がどれだけ自由に動けるかの目安)が0.4〜0.5のときで、これは乾燥食品で褐変が最も速くなるとされてきた0.65〜0.75よりかなり低い。理由は、実験に使ったグリセリンが水の代わりを務め、反応する物質の動きやすさを高めたからだと、著者らは説明している。この実験は抄録だけを確認した。

つまり、反応がどこまで進むかは、温度と水の量で決まる速さと、かける時間の掛け算で決まる。「何度から」という一点の線引きは、料理の目安としては便利でも、化学としては粗い。ここで、農林水産省の言い方を混同しないようにしておく。農林水産省は、アクリルアミドについて「120℃以上で加熱すると、水分が少なくなってから多く生成する」と書いている。これはアクリルアミドという副産物の生成の目安で、メイラード反応全体の開始温度ではない。

水がある間は100度を超えない、は本当か

肉や魚の表面の水分を拭き取ってから焼く。この工程には、単なる作法以上の意味があるらしい。水がある限り、気化熱に熱が使われて、表面は100度を超えない。だから水分を拭き取るのだ、と説明される。知ってから、拭き取る手間を面倒に感じなくなった。

この説明の物理は、おそらく正しい。ただ、肉の表面が水のある間は約100℃にとどまることを、焼く過程で直接測った一次資料は、今回の調査では見つからなかった。一般向けの解説にはあるが、それは測定データではない。

気になる論文がある。ケンジョアンらが2013年に発表した、牛肉の加熱による調理損失を予測するモデルの研究(Meat Science, 95巻2号)で、抄録は、調べた条件の下では、加熱中に失われる水分の大半は、蒸発によるものではなく、タンパク質の変性と収縮で押し出された肉汁だ、と述べている。条件は、速度論のパラメータを湯せんで求め、空気と蒸気の割合を変えた送風オーブンで検証したもので、フライパンで表面を焼く場合ではない。それでも、「水分とは、表面から蒸発していく水のことだ」というイメージは、少し揺さぶられる。蒸発する水と、押し出される肉汁は、別々に考えたほうがよさそうだ。

もう一つ、書いておく。100℃のメイラード反応は「起きない」のではなく、「遅い」。次に見る論文は、100℃の水溶液でも褐変が起きたことを示している。「100度の壁」という言い方は、起きる・起きないの壁ではなく、速さの壁と読むのが正確だろう。

あめ色の玉ねぎは、どちらの反応か

玉ねぎを炒めて、あめ色にする。これはカラメル化なのか、メイラード反応なのか。カラメル化は、糖だけが熱で変化する反応で、メイラード反応はアミノ酸と糖の反応だ。玉ねぎには、糖もアミノ酸も含まれるので、両方が起こりうる。

では、どちらが主役か。玉ねぎでカラメル化とメイラード反応の寄与を分けて測った研究は、調べた範囲で見つからなかった。近い実験はある。アジャンドゥーらが2001年に発表した、果糖とリシン(アミノ酸)のモデル系の研究(Journal of Food Science, 66巻7号)で、100℃、pH4〜12で加熱したところ、アミノ酸があっても、果糖単独のカラメル化が褐色の10〜36%を占めた。著者らは、このためメイラード反応を過大評価するおそれがある、と書いている。モデル系の数字であり、玉ねぎにそのまま当てはまるわけではない。それでも、「アミノ酸があるのだからメイラード反応だ」という単純な推論は、きれいには成り立たない。同じ著者らの1999年の研究(ブドウ糖と必須アミノ酸、100℃、pH4〜12)も、中性より上では、カラメル化が全体の褐変に加わって、メイラード反応を過大に見積もらせうる、と抄録で述べている。

カラメル化にも、落とし穴がある。糖ごとの温度の目安として、「果糖は110℃、ショ糖は160℃」といった表が出回っている。この表の出典は、出典のない教材でしか見つからなかった。英語版ウィキペディアの表は、数値が食い違っている。理由を示す研究はある。リーらが2011年に発表した一連の研究(Journal of Agricultural and Food Chemistry, 59巻)は、ショ糖やブドウ糖の結晶が崩れる温度が、加熱の速さによって変わることを示した。その正体は融解ではなく熱分解で、著者らは「見かけの融解」と名付けた。急いで加熱すれば、高い温度まで崩れず、ゆっくり加熱すれば、低い温度で崩れる。同じ一連の研究は、カラメル化が、文献に載る融点よりかなり低い温度でも、時間をかければ起きると述べている。

さらに、毎分50〜2000℃という超高速の加熱を使った実験では、果糖だけが、毎分約698℃を超えたところで立ち上がり温度が頭打ちになり、135.83℃が熱力学的な融点として提案された。ショ糖とブドウ糖は、最速でも熱分解を抑えきれず、熱力学的な融点を得られなかった。通常の加熱で観察される砂糖の「融点」は、融解ではなく、分解の始まりだった。糖ごとの温度の表は、条件つきの目安として読むほうが誠実だ。

玉ねぎの香りについては、ヴィリエールらの2015年の研究(Flavour, 4巻)がある。3種類の調理(色をつけずに蒸らす「sué」、ソテー、パンで焼く「パンフライ」)で、においの区域の数を数えたところ、sué が50、ソテーが53、パンフライが65だった。著者らは、50と53を同程度としている。目立って多いのはパンフライの65で、高温と長い加熱時間が、メイラード反応と脂質の酸化による化合物の生成を促した、と説明している。論文のパンフライが、家庭のあめ色玉ねぎと同じ条件かどうかは、抄録からは分からない。

重曹を入れると、なぜ色が変わるのか

玉ねぎを炒めるときに、重曹を一つまみ入れると、早く色づく。レシピサイトではよく見かける技だ。これも一次資料を探した。「玉ねぎ炒めに重曹」の一次資料は、見つからなかった。

確かめられるのは、一般論の側だ。前の節に出たアジャンドゥーらの1999年と2001年の研究は、pH4〜12の範囲で調べているが、抄録から読み取れるのはアミノ酸の減り方(pH9未満では小さい、pH8未満では中程度)と、中性より上でカラメル化が褐変に加わるということまでで、アルカリ側で褐変が速くなるかどうかは、抄録からは読み取れない。化学的な説明(アミノ基が脱プロトン化して、反応しやすくなる)は広く流通しているが、食品化学の教科書で確かめられていない。ここは「一般に説明される」にとどめる。重曹で早く色づくのが本当だとしても、その一部はカラメル化かもしれない、というのは私の読みである。

アルカリの使い方で有名なのは、プレッツェルだ。ヤオらが2006年に発表した研究(Journal of Food Science, 71巻3号)では、1%の水酸化ナトリウム液に生地を浸した。80℃で浸すと、表面のタンパク質が、小さなペプチドに分解された。焼いた後の表面の色は、小麦粉の色素の有無で有意差がなかったので、著者らは、色はでんぷんとタンパク質の分解物から、焼成中にできると結論している。抄録の範囲では、pHの数値は書かれていない。

肉の「ちょうどいい温度」は、一点ではなかった

肉の中心温度についても、目安の数字がある。60度台でタンパク質が固まり始め、66度を超えたあたりから水分が絞り出され、70度を超えるとぱさついた食感になりやすい、というようなことがよく紹介されている。しっとりした焼き上がりを狙える幅は、思っていたよりずっと狭い。これも指で押した感触だけで判断するのは、自分には難しかった。

この「66度」に最も近い一次資料は、デイビーとギルバートの1974年の論文(Journal of the Science of Food and Agriculture, 25巻8号)だ。牛の筋肉を加熱して硬さを測ったところ、硬さは2段階で増した。40〜50℃の第一段階で3〜4倍に、65〜75℃の第二段階でさらに2倍になる。著者らは、第一段階をミオシンの溶解性の喪失、第二段階をコラーゲンの収縮と結びつけ、収縮が肉汁を押し出す、と書いている。つまり、「66度」は一点ではなく、65〜75度の幅だ。抄録を確認した範囲の話である。

別の研究は、数字をさらにずらす。ベルトラムらが2006年に発表した、豚肉の研究(Meat Science, 74巻4号)では、加熱中の示差走査熱量測定で、吸熱ピークが54℃、65℃、77℃に現れた。著者らは、おそらくミオシン、筋形質タンパク質とコラーゲン、アクチンに割り当てている。水の最大の変化は40〜50℃で、アクチンの変性(約80〜82℃)が水の放出と相関した。料理の解説では、66度で水が出るのはアクチンが変性するからだ、と説明されることがある。アクチンの変性温度として「65〜70℃」と書く資料を、一次では確認できなかった。ヴァスコスカらが2020年に発表した論文(Foods, 9巻9号)に至っては、一つの論文の中で、アクチンの変性を「66〜73℃」と引用する箇所と、「78〜82℃」と引用する箇所が並んでいる。

では、実際の肉汁の損失はどうか。同じヴァスコスカらの自前の測定(3種類の筋肉の直方体の肉片を、各温度の湯せんで30分加熱したもので、中心温度ではなく保持温度)では、加熱損失は50℃で約7〜11%、60℃で約17〜21%、70℃で約29〜32%、80℃で約34〜40%だった。最大の増分は60℃から70℃の間にある。ところが、ヴァスコスカらの紹介によれば、別の研究者(パルカとダウン)は50℃から60℃の間と報告していて、結果は食い違う。肉の部位、熟成、測り方で変わるのだろう。

ここから言えることは、控えめだ。肉の中心温度には、「この温度を超えるとだめになる」という一点がない。硬くなる過程は2段階あり、水が出ていく過程は連続的だ。52℃でステーキを止める手順が何を狙っているのかは、ステーキを物理で焼く手順の記事で扱った。この記事から言えるのは、数字が1本の線ではなく、ばらつきを持った帯だ、ということまでである。この節の冒頭に書いた指の感触の難しさも、帯が広いのだから、無理はない。

香ばしさの代償として、できてしまうもの

メイラード反応の副産物に、アクリルアミドがある。糖と、アスパラギンというアミノ酸から、高温でできる。欧州食品安全機関(EFSA)は2015年のプレスリリースで、揚げる、焼く、ローストする、また工業的に加工するときに、120℃を超え水分が少ない条件で、デンプン質の食品に自然にできることを書き、すべての年齢層で発がんリスクを潜在的に高めるとして、見出しで公衆衛生上の懸念だと述べている。寄与の大きい食品は、揚げたジャガイモ製品、コーヒー、ビスケット、クラッカー、ソフトブレッドなどで、体重あたりでは子どもの曝露が最も多い。

日本の食品安全委員会は、2016年4月に評価書をまとめている。非発がん影響のリスクは極めて低い一方、遺伝毒性のある発がん物質と判断され、ばく露マージンが十分ではないため、公衆衛生上の観点から懸念がないとは言えず、できる限り低減に努める、という内容だった。同じ評価書は、疫学研究では、ばく露量とがんの発生率との関連に一貫した傾向はみられていない、とも書いている。EFSAのリリースも、ヒトでの証拠は限られていて結論が出ていない、と書く。動物では懸念があり、ヒトでは未確定、というのが2015〜16年の評価の時点での構図だ。JECFAの2005年の評価は、ラットで乳腺の腫瘍が1割増える用量の信頼下限を、体重1kgあたり1日0.3mgと見積もり、推定摂取量との開き(ばく露マージン)は平均的な人で300倍、多く摂る人で75倍とした。遺伝毒性のある発がん物質としては開きが小さい、というのがJECFAの判断だった。農林水産省の紹介による記述であり、JECFAの原文ではない。

家庭の台所で何ができるのか。農林水産省は「家庭調理でできること」で、次のように書いている。アクリルアミドは、食材を120℃以上で加熱すると、水分が少なくなってから多く生成する。加熱温度が高くなるほど、加熱時間が長くなるほど、濃度は高くなる。揚げるときは焦がしすぎず軽く色が付く程度に、炒めるときは火力を弱めにして、よくかき混ぜる。煮る、蒸す、ゆでるは、食材の温度が120℃を超えないので、できにくくなる。食パンのトーストは、普段より薄めの焼き色に。

数字で見ておこう。農林水産省の含有実態の調査(単位mg/kg)では、ポテト系スナック菓子の平均が令和4・5年度で0.47、最大1.6。フライドポテトは令和5・6年度で平均0.24。レギュラーコーヒー(豆)が平成30年度で平均0.25。食パンは平成23年度で平均0.01。かりんとうは含みつ糖を使ったもので平均0.73、使っていないもので平均0.09と、約8倍(私の計算)違った。ページの脚注には、平均値の出し方(定量下限未満の扱い)が平成26年度以前と27年度以降で違うとある。年度をまたぐ比較に向かないと言うのは、私の推論だ。食パンの平均0.01は、ほとんどが測れる下限未満だった、ということだ。焼き芋の数値は、公式資料に見つからなかった。

意外な事実が一つある。ジャガイモを冷蔵庫で保存すると、揚げたときのアクリルアミドが増える。農研機構(食品総合研究所)の成果情報では、2℃で2週間貯蔵したジャガイモで作ったポテトチップは20mg/kgで、室温(約20℃)で貯蔵したものの10倍近くだった(実験室で作ったチップで、市販のスナック菓子の平均0.47とは条件が違う)。ジャガイモは生きているので、冷蔵するとデンプンが糖に変わる。その糖が、加熱のとき、メイラード反応の材料になる。農林水産省は、冷蔵したジャガイモを1週間くらい常温に置くと、還元糖が減ると助言している。香ばしさをつくる材料が、保存の仕方で増減する、という話でもある。

評価書の言い方は、懸念がないとは言えないので、できる限り低減に努める、というものだ。焼き色のついた食べ物は日常の食事の一部で、数字は、焦がしすぎの側へ寄らないための目安として読める。それ以上は、ここで言うことではない。

うま味は、足し算ではなく掛け算になる

グルタミン酸とイノシン酸を組み合わせると、うま味の強度が足し算ではなく掛け算のように増す。この話は、昆布と鰹節を合わせる出汁の理屈として、昔からよく知られている。目新しい発見というより、経験的にわかっていたことが、後から科学で確かめられた、という順番の話なのだろう。栗原堅三の2015年のレビューには、相乗効果を見つけたのは國中明(1960年)で、料理では、國中の発見より前から経験的に使われていた、とある。

その強さを式で表したのが、山口静子が1967年に発表した論文(Journal of Food Science, 32巻4号)だ。グルタミン酸ナトリウムとイノシン酸ナトリウムの混合物のうま味の強さを、グルタミン酸ナトリウムの濃度に換算した値yを、y=u+γuvという式で表した。uは混合物中のグルタミン酸ナトリウム、vはイノシン酸ナトリウムの濃度で、γは定数である。この定数の値は、データベースの抄録テキストでは桁が合わず、後の論文が使う値とも食い違うので、原論文を確かめるまで書かない。式の形、つまり「掛け合わせの項がある」ことだけが、確かだ。

では、何倍になるのか。栗原堅三の2015年のレビュー(BioMed Research International)は、抄録で、ヒトでは約8倍、ラットの神経応答では約1.7倍と書いている。ところが、同じレビューの本文では「数倍」と書かれていて、8倍の算出根拠は示されていない。「7倍」という数字は自治体の食育資料などでよく見るが、一次資料は確認できなかった。種によって大きさがずいぶん違う、というのも、見落としやすい点だ。

この本文には、歴史の話もある。1908年に池田菊苗が、昆布12kgからグルタミン酸ナトリウムを30g取り出した。1913年には小玉新太郎が、鰹節からイノシン酸を見つけた。昆布と鰹節という、食べる側が経験的に選んでいた組み合わせの、化学的な正体が、20世紀の最初の十数年のうちに、順に分かっていった。

実際のだしの中身は、どうなっているのか。神田知子と安藤真美が2010年に同志社女子大学の学術研究年報(研究ノート)に発表した実測がある。昆布だし(利尻昆布、水に対して20g/kg、60℃で60分)のグルタミン酸は、3,224 nmol/mL。イノシン酸は検出されなかった。かつおだし(荒本節、30g/kg、85℃で投入して30秒沸騰)では、グルタミン酸が39 nmol/mLで、昆布だしの約80分の1(私の計算)、イノシン酸が453 nmol/mLだった。昆布にグルタミン酸、かつおにイノシン酸、という分業は、ほぼ完全に分かれている。

もう一つの数字が、強烈だ。同じ表で、即席みそ汁のグルタミン酸は21,661 nmol/mL。昆布だしの約6.7倍(私の計算)になる。オニオンコンソメは19,268、カップヌードルは10,989だった。手間をかけた昆布だしより、加工食品のほうが、グルタミン酸の絶対量は何倍も多い。これは優劣の話ではなく、みそやエキス、調味料(アミノ酸等)を含む加工食品と、素材から煮出しただしの違い、ということだ。合わせだしそのものは、この論文では測っていない。

数字にしたところで、料理が好きな理由は変わらない

ここまで書くと、料理を数字で管理する話に見えるかもしれない。実際、しばらくは計量スケールと温度計を使うこと自体に面白さを感じていた時期があった。ただ、それで「愛情より論理」というような話にしてしまうのは、たぶん言い過ぎだと思う。塩分濃度を量ることと、誰かのために作ることは、対立する話ではない。むしろ、狙った通りの塩梅で出せた方が、単純に嬉しい。塩を量ってから振るようになったとき、仕上がりのばらつきは体感として減った気がする。「気がする」というのは正直な言い方で、厳密に食べ比べを重ねたわけではない。塩の量り方の細かい話は、別の記事(塩の記事)に譲る。

数字の側から見える景色も、書き添えておく。調べ直して分かったのは、料理の数字の多くが、一点ではなく幅を持っていて、出典を辿ると細くなる、ということだ。「140度」には出典がなく、「66度」は65〜75度の帯で、「7倍」は出どころが見つからず、近いレビューの中でも8倍と数倍が並んでいた。糖の温度の表は、加熱の速さで動く。それでも、台所で役に立たないわけではない。目安として便利な数字と、化学として確かな数字は、別の種類のものだ。それを混ぜずに持っていれば、数字は道具になる。

味が決まらなかった日、原因を「今日は集中力がなかった」で片付けるより、塩の量か温度か、どちらかを疑ってみる方が次に活かしやすい。この考えは、調べ直した後も変わらない。数字の側で言えるのは、幅のある数字を幅のまま持っておくほうが、疑うときに役に立つ、ということくらいだ。

出典

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  • Hodge JE (1953). Dehydrated foods, chemistry of browning reactions in model systems. Journal of Agricultural and Food Chemistry, 1(15), 928–943.(スキームの経緯は、本人の寄稿 Current Contents, 1979年3月19日号, p.287 による)
  • Maillard LC (1912). Action des acides aminés sur les sucres ; formation des mélanoïdines par voie méthodique. Comptes Rendus de l'Académie des Sciences, 154, 66.(Hervé This 2016 の参考文献による。原典は未確認)
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