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「趣味の時間がない」のは、時間が足りないからなのか

「趣味の時間がない」のは、時間が足りないからなのか

同じ8時間労働でも、通勤に往復2時間かかる日とかからない日とでは、帰宅後に趣味へ向かえる体力がまるで違う。時間の量より「切り替えのコスト」で余暇を測り直す。

TOMOAKI··趣味

「趣味の時間がない」という悩みは、たいてい労働時間の長さのせいにされる。でも自分の実感では、時間の絶対量よりも、仕事モードから趣味モードに頭を切り替えるまでにかかる負荷のほうが効いている気がする。同じ8時間労働でも、通勤に往復2時間かかる日と、家から一歩も出ない日とでは、帰宅後に趣味へ向かえる体力がまるで違う。

切り替えのコストという見方

仕事が終わった瞬間にすぐ趣味に没頭できる人と、しばらくぼんやりしないと頭が切り替わらない人がいる。この差は、才能や意志の問題というより、仕事の性質そのものに左右されている部分が大きいように思う。人と絶えず調整しながら進める仕事は、終業後もしばらく神経が仕事モードのままになりやすい。逆に、一人で完結する作業が多い仕事は、区切りをつけやすい。どちらが良いというより、自分の趣味にどれだけの集中力を要求するかによって、向いている働き方は変わるのだろう。

趣味を仕事にする、という選択

趣味をそのまま仕事にできれば時間の問題は解決する、という考え方もある。実際、そうやってうまくいっている人もいる。ただ、これには見落とされがちな交換条件がある。趣味に締め切りと評価がついた瞬間、それは「自分のための時間」から「誰かのための成果物」に変わる。温泉に浸かっているときに「この泉質を分析してレポートにしてください」と言われたら、それはもう休息ではない。

だから、趣味を仕事にする前に一度考えてみる価値があるのは、その趣味が「疲れたときの逃げ場」として機能しているのか、それとも「誰かに見せたい表現」として機能しているのか、という点だと思う。前者を仕事にしてしまうと、逃げ場そのものを失うことになりかねない。

密度を高める、という発想

時間の長さより密度、という考え方は分からなくもない。週に一度、丸一日誰にも邪魔されずに没頭できる時間のほうが、平日の夜に細切れで確保する30分より、結果的に満足度が高いことは多い。ただ、これも人によって向き不向きがある話で、細切れの時間を積み重ねるほうが性に合う人もいるだろう。密度を追い求めること自体を、新しい正解のように扱う必要はないと思う。

結局のところ、「趣味の時間がない」という悩みの多くは、時間の量そのものより、仕事から趣味へ移る道のりのどこかに、余計な摩擦が挟まっていることが原因なのかもしれない。その摩擦がどこにあるかは、働き方を変える前に、まず自分の一日を観察してみないと分からない。