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70代から何か新しいことを始めるときに、迷うこと
水彩画を始めようとして、画材屋で数万円のセットを買ってしまった。70代の趣味探しでよく見る「3つの軸で診断」型のガイドを、まず疑うところから考える。
70代になって新しいことを始めようとすると、たいてい「何から手をつければいいのかわからない」というところで足が止まる。現役の頃のように、やるべきことが向こうから降ってくるわけではない。純粋に「やりたいこと」を選ぶ自由は、思っていたより扱いにくい。
世の中の多くの案内は、「とにかく一歩踏み出しましょう」という精神論か、逆に「3つの軸で診断します」というような、やけに整理された選び方のどちらかに寄っている気がする。後者のほうが親切に見えるが、書いていて疑わしくなる。人との距離感、体力を使うかどうか、お金のかけ方——こうした軸を並べて選ばせるのは、選ぶ側の迷いを軽くしているように見えて、実は選ぶという行為そのものを別の作業に置き換えているだけかもしれない。
軸で選んだものが、続くとは限らない
一人で黙々とやりたいのか、誰かと話しながらやりたいのか。体を動かしたいのか、じっと座っていたいのか。お金をかけたいのか、かけたくないのか。こうした問いに答えを出すこと自体は難しくない。難しいのは、答えを出した後、実際にその活動を数週間続けてみて、想定していた自分と実際の自分がずれていたと気づく瞬間のほうだ。
水彩画を始めようとして、画材屋で数万円のセットを買ってしまう。これは「準備を急ぎすぎた」というより、始める前の期待と、始めた後の現実の距離を測りそこねた結果に近い。100円の絵の具とハガキ一枚で試してみてから、続けたくなったら道具を足す。順番を変えるだけで、失うものはずっと小さくなる。当たり前のことだが、当たり前のことほど、いざ始めるときには忘れられている。
三日で飽きることを、失敗と呼ばなくていい
一度始めたものは続けなければならない、という感覚は根強い。だが趣味においては、その感覚自体が足かせになる。三日で飽きたなら、それは「自分には合わなかった」という情報が手に入ったということで、洋服を試着して買わなかった程度のことでしかない。半年後にまた気が向いたら、その時に再開すればいい話で、空白期間を誰かに説明する義務もない。
体力面についてだけは、多少の慎重さがいる。持病がある場合、どの程度の強度が安全かを自己判断せず主治医に聞いておくのは、意気込みの話ではなく単純な安全確認の話だ。ここだけは軽視しないほうがいいと思う。
結局のところ、趣味を選ぶという行為に、きれいな正解の見つけ方などないのだろう。あるのは、思っていたより自分に合わなかった、という発見を何度か重ねる時間だけだ。それを面倒だと感じないなら、たぶんそれで十分始められている。
