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何かを集めるという趣味について
鉱石でも古書でも万年筆でもいい。何かを集め始めるとき、実際に何を選んでいるのか。診断で決めるものではない気がする、という話。
何か新しいことを始めたいが、何が自分に合うのかわからない。検索すればいくらでも「おすすめの趣味」が出てくるが、選択肢が多すぎることは、時に自由ではなく不自由に近い感覚をもたらす。
collecting、つまり何かを集めるという趣味についても、同じことが言える。鉱石、古書、万年筆、アンティークカメラ。ネット上には「5つの質問に答えるとあなたに向いた収集対象がわかる」といった診断記事があるが、こういうものを読むたびに、少し引っかかりを覚える。指先の感触が硬質か柔らかいか、部屋の中でどれくらいの存在感を持たせたいか——そうした好みを聞き出すこと自体はもっともらしいが、そこから「あなたには万年筆が向いています」と一点に絞り込む段になると、急に話が飛躍している気がしてくる。好みの傾向と、実際に何を集めて楽しめるかの間には、診断では埋まらない距離がある。
続かない理由は、たいてい別のところにある
むしろ、収集が続くかどうかを分けているのは、好みのタイプよりも、もっと地味な条件のことが多い。ひとつは、他人の評価を動機にしていないかどうかだ。「これを持っているとかっこいいと思われそう」という外部からの視線を起点に始めたものは、驚くほど早く熱が冷める。もうひとつは、完成をゴールに設定しすぎていないかどうか。すべてを揃えることを目標にすると、最後の一点を手に入れた瞬間に情熱そのものが行き場を失う。そしてもうひとつ、単純に置き場所と手入れの手間が、今の生活の余白に収まるかどうか。どれほど惹かれるものでも、置き場に困り、湿度管理に神経をすり減らすものは、いずれ負担に変わる。
鉱石や隕石をデスクに置くと悩みが宇宙的な視点から見えてきて心が鎮まる、というような話も見かけるが、これは実際に効果が確かめられた話というより、そう感じる人がいる、という程度の話として受け取っておくのがいいと思う。石を見て落ち着く人もいれば、何も感じない人もいるだろう。
最初の一点をどう選ぶか
方向性が漠然と見えてきたら、あとは最初の一点をどう選ぶかという話になる。直感で惹かれたものを、なぜ惹かれるのか少し言葉にしてみる。最初から高額なものを狙わず、そのジャンルの標準的な一点で扱い方を学んでから、本当に欲しいものに投資する。手入れの手間を先に想像しておいて、それが面倒でなく楽しめそうかを確かめておく。これくらいのことしか、実際には言えない。
正解の収集対象というものはたぶんない。あるのは、いくつか手に取ってみて、続けたいと思えるかどうかを確かめていく時間だけだ。
