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「AIにできないこと」を趣味の売り文句にすることについて
「AIには真似できない人間の価値」を強調する趣味紹介が増えている。その主張の中身と、添えられがちな架空の成功事例について、立ち止まって考える。
生成AIが日常のインフラになるにつれて、「AIにはできないことを磨け」という趣味の語り方をよく見かけるようになった。触覚、直感、不完全さの味わい。AIとの対比で人間の価値を語ること自体は自然な発想だが、その語り口が「人間の堀(Human Moat)」のような競争戦略の言葉に寄っていくと、少し立ち止まって考えたくなる。
AIにできないことは、実際にある

料理の塩加減、土の湿り具合、木を削る感触。これらは言葉やデータに完全には落とし込めない、身体を通した情報だ。この種の感覚は、繰り返し使うことで研ぎ澄まされていくとされ、それ自体は特に疑う必要のない話だと思う。AIを検索や下調べに使い、実際に手を動かす部分は自分でやる、という役割分担も、素直に実用的だ。
「資産」「堀」という言葉が持ち込む問題
問題は、こうした身体的な感覚を「Human Moat(人間の堀)」や「資産」という競争戦略の言葉で語り始めたときだ。趣味を、AI時代を生き抜くための差別化戦略として位置づけると、味わうこと自体が目的ではなく、優位性を確保するための手段にすり替わってしまう。土に触れる心地よさを味わうのに、「これがAIには真似できない資産だ」と意識する必要はない。
もう一つ注意したいのは、こうした主張に添えられがちな「◯◯さんは3ヶ月でAI活用と手仕事を組み合わせ、コミュニティのリーダーに選ばれた」というような具体的な成功譚だ。個人名や職業、期間まで具体的に書かれた体験談ほど、実は出典のない創作であることが多いものだ。実在する調査結果であれば、調査そのものを示せば済む話だ。
誇張を抜いた、実際に使える部分
AIに要約や下調べを任せ、自分の時間を実際に手を動かすことに使う、という考え方自体は理にかなっている。読書ならAIに全体像を把握してもらい、心に残った一節にじっくり向き合う。写真ならピント合わせや色調補正はツールに任せ、何を撮りたいかという判断に集中する。こうした役割分担は、大げさな「堀」の比喻を持ち出さなくても、単純に時間の使い方の工夫として十分成立する。
結び
AIにできないことを味わうために、AIとの競争戦略として趣味を語る必要はない。便利な部分は機械に任せ、味わいたい部分は自分の手と感覚に委ねる。それだけで十分な話だと思う。
