仕事に役立たない勉強を、それでも続けている理由
夕焼けが赤いのは、光が通過する大気の距離が長くなるからだと知っても、美しさが増すわけではない。ただ見え方は変わる。リスキリングという言葉に追われる中で、役に立たない学びを続けている理由。
リスキリングという言葉をよく見かけるようになった。この知識を習得すれば年収がいくら上がるか、この資格が転職にどう有利になるか。実利で測る学びには確かに意味があるし、必要だと思う日もある。ただ、そうした学びばかりを重ねていると、どこか乾いていく感覚があった。
物理学を少しかじってから、空を見上げる時間が変わった。夕焼けが赤いのは、太陽が傾くことで光が通過する大気の距離が長くなり、青い光の多くが散乱しきってしまうからだという。以前は「綺麗だ」としか思わなかった景色に、仕組みという奥行きが加わった。仕組みを知ったからといって夕焼けの美しさが増すわけではないが、見え方は確かに変わる。
比較宗教学もそうだった。ニュースで報じられる対立を、以前は単なる意見の食い違いとして見ていた。しかし、一神教における契約や終末という概念、東洋の循環的な時間観といった前提の違いを知ると、対立の多くが「相容れない前提」同士のぶつかり合いであることが見えてくる。理解できたからといって対立が消えるわけではないが、少なくとも一方的な苛立ちは薄れた。
符号理論の初歩を知ってからは、スマートフォンで文字が一つも欠けずに届くことの方が不思議に思えるようになった。電波にはノイズが乗る。それでもメッセージが壊れずに届くのは、あらかじめ冗長なデータを加えて誤りを検出し訂正する仕組みが組み込まれているからだという。当たり前だと思っていたことの裏に、地道な工夫が積み重なっていたと知るのは、単純に面白かった。
こうした学びを続けるにあたって、いくつか気をつけていることがある。一つは、わからない状態を急いで解消しないこと。難解な本の最初の壁で挫折しかけたとき、簡単な入門書に逃げずに、わからないまま置いておく。数ヶ月後、思わぬ拍子に繋がって理解できることがある。もう一つは、学んだことをすぐに発信しないこと。人に説明することを前提にすると、思考が「わかりやすさ」の方に寄ってしまい、複雑なものを複雑なまま抱えていられなくなる。
この勉強が何の役に立つのかと聞かれると、正直うまく答えられない。ただ、キャリアの役に立つ知識は市場の動向とともに古びていくが、世界の見え方が少し変わったという感覚は、そう簡単には失われない気がしている。
