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一人で没頭する時間について、フロー状態という言葉を借りて考える

一人で没頭する時間について、フロー状態という言葉を借りて考える

「没頭」を効能として語ると、途端に薄っぺらくなる。心理学者ミハイ・チクセントミハイのフロー理論を手がかりに、一人でする趣味の何が実際に効いているのかを整理しておく。

TOMOAKI··趣味

一人で何かに没頭する時間を、健康法のように語る記事をよく見かける。デジタルデトックスだとか、自分だけの聖域だとか、そういう言葉を使うと、なんとなく効能がありそうに聞こえる。ただ、実際に手を動かしているときに考えているのは、そんな大げさなことではなく、目の前の作業がうまくいくかどうかだけだったりする。

フロー状態という言葉の中身

心理学者のミハイ・チクセントミハイは、時間の感覚が消えるほど対象に没入する状態を「フロー」と呼んだ。彼の研究によれば、フローが起きやすいのは、自分の技量と課題の難易度がほぼ釣り合っているときだという。簡単すぎれば退屈し、難しすぎれば不安になる。その中間の、ちょうど手こずる程度の難しさに向き合っているときに、没入が起きやすい。

これは特に神秘的な話ではなく、プログラミングでもパズルでも刺繍でも当てはまる。バグが一つ解けた瞬間、次の一目が揃った瞬間、そのつど小さな達成があり、次の課題にすぐ移れる。区切りが細かく、フィードバックがすぐ返ってくる作業ほど、没入は続きやすいということだと思う。

「役に立つか」を一旦外す

一人でする趣味の多くは、他人に見せる前提で始めると途端にやりにくくなる。SNSに投稿して反応をもらうことを目的にすると、作業の途中で「これは見栄えがいいか」という判断が挟まり、没入が途切れる。逆に、誰にも見せないと決めている作業の方が、手が止まらずに進むことが多い。これは意志の強さの問題というより、評価という別の課題が同時に走ると、フローに必要な「一つのことに集中する」条件が崩れるからだろう。

「これをやって何になるのか」という問いも、作業の最中には邪魔になることが多い。将来役立つかどうかを考えながら手を動かしていると、判断の基準が作業そのものから外れてしまう。趣味の時間だけは、その問いを一旦脇に置いておく、というくらいの距離の取り方でちょうどいい。

手間がかかることを避けない

効率化を売りにした道具は便利だが、没入という点では逆効果になることがある。手順を省略すればするほど、作業に触れている時間そのものが短くなるからだ。プラモデルを接着剤とやすりで丁寧に仕上げる、パンを自分でこねる、写真をフィルムで撮って現像を待つ。時間のかかる工程をあえて残しているものほど、没頭できる時間が長く残る、というのは経験的にそう感じる。

一人の時間を「孤独」と呼ぶか「没頭」と呼ぶかは、たぶん言葉の選び方の問題でしかない。ただ、目の前の作業に技量と難易度がほどよく釣り合っていて、評価も期限も気にせず、多少の手間を厭わずに向き合えているなら、それはそれでよくできた時間の使い方だと思う。