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壁をなくしたオフィスほど、会話が減るという事実

壁をなくしたオフィスほど、会話が減るという事実

壁を取り払えば人はもっと話すようになる、という設計思想は実測データの前で裏返った。静かな場所が集中に良いという前提も、カフェが効くという説明も、同じ種類の思い込みを抱えている。環境と集中力の関係を、複数の逆転から見直す。

TOMOAKI··仕事

壁をなくしたオフィスほど、会話が減るという事実

経営学者イーサン・バーンスタインとスティーブン・ターバンが2018年に発表した調査は、実在する二つの大企業でオフィスを壁のない開放的な設計に改装した前後を比較している。壁を取り払えば、人はもっと気軽に話すようになるはずだった。結果は期待とまるで逆だった。対面でのやり取りは約70パーセント減少し、メールやチャットは56から67パーセント増加した。誰もが視界に入る環境に置かれた人は、雑談を増やすのではなく、画面の向こうに逃げ込んでいた。開放的な空間が協働を増やすという設計思想は、実測データの前で裏返っている。

この手の食い違いは、組織の設計だけの話ではない。「今日はどこで働くか」を毎朝選び直す個人のレベルでも、同じ種類の勘違いが起きている。自宅の書斎、近所のカフェ、コワーキングスペース。この選択の裏には、たいてい一つの前提がある。静かであればあるほど集中できる、という前提だ。

だが、防音の効いた個室に籠もったのに、いつまでも文章が進まないことがある。逆に、雑然としたカフェの片隅で、驚くほど筆が乗ることもある。単なる気分の問題だろうか。環境音そのものの効果を調べた研究を見ておきたい。

カフェ程度の雑音が、静寂より創造性を上げる

マーケティング研究者のラビ・メータらが2012年に行った実験では、70デシベル前後——ちょうどカフェの店内程度の環境音——にさらされた被験者が、遠隔連想課題という創造性を測る課題で、50デシベルの静かな環境にいた被験者より高い成績を出した。個人差の話ではない。ランダムに割り付けられた別々の被験者群を比べても、平均としてこの差が出た。

ただし手放しでは喜べない。85デシベルまで騒音を上げると、成績ははっきり落ちる。効果は右肩上がりではなく、ある地点で折り返す山型を描く。しかもこの知見は、基本的に一つの論文——実験5本——に依存しており、独立した追試が十分に積み重なっているわけではない。「カフェのざわめきが創造性を高める」という話が広まっている割に、土台はそれほど厚くないというのが実情だ。

うるささにも向き不向きがある

1908年に提唱された「ヤーキーズ・ドットソンの法則」は、覚醒とパフォーマンスの関係を説明する古典的な考え方だ。覚醒が低すぎても高すぎてもパフォーマンスは落ち、中間あたりで最大になる。逆U字を描く関係である。どのくらいの覚醒がちょうど良いかは、課題の性質によっても変わる。単純作業なら高めの覚醒が向き、複雑な作業なら低めが向く。

心理学者ハンス・アイゼンクの理論は、ここに個人差の軸を重ねる。外向的な人は内側から生じる覚醒水準がもともと低く、外部からの刺激でそれを補おうとする。内向的な人はその逆だ。同じカフェの雑音でも、片方にはちょうど良い補充になり、もう片方には過剰な負荷になる。

「内向的」と「繊細」を同じものとして扱わないほうがいい。心理学者イレイン・アーロンらが1997年に提唱した「感覚処理感受性」は、環境刺激を人一倍強く処理してしまう傾向を指す特性だが、この特性を持つ人のおよそ三割は外向的な性格と共存している。にぎやかな場所を好みながら、同時にその刺激に人一倍疲れやすい人がいるのは、この二つの軸が独立しているからだろう。

「うるささ」ではなく「意味」が問題だった

メータの実験と一見矛盾するのが、「無関係発話効果」と呼ばれる現象だ。意味を理解できる他人の会話だけが、記憶課題や思考課題の成績を強く下げる。音量の大小ではなく、脳が意味処理を強制されるかどうかが効いている。

だから、カフェの雑談は平気なのに、隣の電話越しの話し声だけは妙に気になる。心理学者ローレン・エンバーソンらが2010年に行った実験では、両者の会話が聞こえる場合より、片方の声だけが聞こえる電話の会話の方が、聞き手の作業成績を強く落とすという、直感に反する結果が出た。この現象は「ハーファログ(halfalogue)」——半分の対話、を意味する造語で呼ばれている。両方の声が聞こえる会話は、意味を処理させられる点では同じでも、話の流れを予測できる分だけ負荷が軽い。声が半分しか聞こえないと、次に何が来るか読めず、脳はもう半分を勝手に埋めようとし続ける。この予測できなさが、意味処理の負荷の上にさらに乗ってくるのだ。カフェの雑音が平気なのは、音量の総量が少ないからではなく、聞き取れて意味を持ってしまう会話——しかも先の読めない会話——が少ないからかもしれない。

音楽の効果も、課題の種類で逆転する

BGMも一様には語れない。拡散的思考課題——一つの答えを何通りにも広げていく類の課題——では、音楽があった方が発想の独自性が上がることがある。ところが遠隔連想課題のような収束的思考——複数の手がかりから一つの答えに絞り込む課題——では、静寂の方が音楽ありよりも成績が良いという結果が出る。原稿の構成を練るような発散的な作業と、数字を突き合わせて答えを出すような収束的な作業とでは、同じ曲が味方にも敵にもなる。

カフェで働く人が、実際に買っているもの

カフェで作業する習慣を説明する理論として、社会学者レイ・オルデンバーグの「サードプレイス」論がよく引用される。家庭でも職場でもない第三の場所が独自の心理的機能を果たす、という考え方だ。ただしこの理論の核心は本来「会話」にある。一人で黙々とノートパソコンに向かうカフェワークの実態は、オルデンバーグが描いた光景とはかなり違う。商業カフェを実際に調べた研究でも、彼の挙げた条件をほとんど満たしていないという指摘がある。

トマス・パッチの絵画『あるイタリアのコーヒーハウスの内部』。人が集う場としてのカフェの原形を描いている。

他者の存在が作業を促進するという「社会的促進」理論も、よく引き合いに出される。この理論の出発点は、心理学者ロバート・ザイアンスが1960年代に行った実験だ。対象はゴキブリである。迷路を走らせ、他のゴキブリに見られている状態と一匹だけの状態とを比べたところ、単純な迷路なら見られている方が速く、複雑な迷路ならかえって遅くなった。この昆虫実験が、人間の社会的促進理論の土台の一つになっている。ところが2020年の事前登録形式の追試では、この結果を再現できなかった。人間を対象にした社会心理学者チャールズ・ボンドとリー・タイタスによる1983年のメタ分析——241件の研究をまとめたもの——でも、効果量は1から3パーセント程度とごく小さい。カフェで人の気配があるから捗る、という説明は、思われているほど強い根拠を持っていない。

もう一つ考えられるのは、コーヒー代を払って席に着くという行為が、「せっかく来たのだから」という自己拘束を人為的に作り出している可能性だ。これはいわゆるサンクコストの働きに近いが、この種の効果自体の頑健性についても、近年は再現性にばらつきがあるとする指摘が出ている。

第三の場所としての機能、他者の存在による促進、支払いによる自己拘束。どれも一定の説得力を持ちながら、実証的な土台はそれぞれ思いのほか薄い。カフェが効くとして、その理由はまだ十分には分かっていない。

自然の効果も、思うほど盤石ではない

環境と集中力の関係でもう一つよく引用されるのが、心理学者レイチェル・カプランとスティーブン・カプランが1989年に示した「注意回復理論」だ。日常から切り離された感覚や、意識せずに注意を引かれる「柔らかな魅了」といった条件を満たす環境——典型的には公園や緑地——に身を置くと、使い切った注意資源が回復するとされる。図書館の窓際の席が落ち着く理由として、この理論はよく持ち出される。

ギュスターヴ・カイユボットの絵画『パルク・モンソー』。ベンチに座る孤独な紳士を描いている。

この理論も無傷では済んでいない。2021年、複数の研究をまとめたメタ分析では、中心的な主張が期待されたほど一貫しては支持されなかった。「柔らかな魅了」のような核となる概念自体の測定方法があいまいで、研究によって結果がぶれやすいことも指摘されている。静かな自然環境ですら、その回復効果は思われているほど盤石な足場の上には立っていないらしい。

「どこで」の前に、確かめておきたいこと

単純な結論には向かわない。「静かな場所が良い」も「カフェが良い」も「緑のある場所が良い」も、それだけでは一般化として粗すぎる。うるささが効くかどうかは課題の種類で変わる。どの程度のうるささが心地よいかは覚醒特性や感受性で変わる。うるささの中でも意味を持つ音だけが特に有害で、音楽の効果さえ課題の性質で反転し、開放的な空間はかえって会話を減らし、自然環境の回復効果さえ確からしさを欠く。

「今日はどこで働くべきか」という問いの立て方自体が、少し粗いのだろう。問うべきは場所の名前ではなく、今から取り組む作業がどちら寄りの性質を持っているか、そして自分がどのくらいの刺激で最も落ち着いて動けるか。この二つの組み合わせのほうだ。

ただし、この組み合わせも、思っているほどきれいな対応表にはならない。メータの実験で使われた遠隔連想課題——複数の手がかりから一つの答えに絞り込む、収束的思考の代表例——は、静寂よりむしろ中程度の環境音の方が成績が良かった。ところが同じ収束的思考課題で、音楽の有無を比べると、今度は静寂の方が音楽ありより成績が良い。同じ「収束的」というくくりの中でも、環境音と音楽とでは効き方が逆になる。だから「収束的な作業は静かに、拡散的な作業は賑やかに」という単純な対応表を作ってしまうと、この記事がここまで積み重ねてきた反転を、また一つの新しい思い込みに置き換えるだけになる。オフィスの壁も、公園のベンチも、同じ話の続きでしかない。効くかどうかは環境そのものではなく、そこで何をしようとしていて、誰の視線がどれだけ入り込むか、という条件との組み合わせで決まる。

それでも、自分の覚醒特性についての手がかりは出そろっている。人の多い場所にいると気分が上がるか、それとも早々に消耗するか。隣の話し声より、内容が予測できる片方だけの会話の方が気になるか。同じ環境でも「にぎやかで心地よい」と「にぎやかで疲れる」が同時に成り立つ人は、外向性と感覚の敏感さが別々に働いている可能性が高い。こうした手がかりを、性格診断のように一度で決めつけるのではなく、日々の作業のたびに小さく確かめ直していくものとして扱ったほうが、実態に近いだろう。

どこで働くべきかをここで示すつもりはない。ただ、次に「集中できる場所」を探すとき、探しているのが場所そのものなのか、今日の作業と自分の特性に合った刺激の量なのか、一度分けて考えてみる価値はある。同じ人でも、同じ場所でも、日によって、あるいは時間帯によって、答えは変わり得る。

出典

Mehta, R., Zhu, R., & Cheema, A. (2012). "Is Noise Always Bad? Exploring the Effects of Ambient Noise on Creative Cognition." Journal of Consumer Research.
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注意回復理論の再現性に関するメタ分析(2021年、複数研究の統合、著者未確認のため名称は保留)