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「一生モノ」を見分ける、地味な着眼点

「一生モノ」を見分ける、地味な着眼点

高いから、有名ブランドだから一生使えるわけではない。壊れたときに自分で直せるかどうかという、もっと退屈な基準について。

TOMOAKI··趣味

「一生モノ」という言葉には、値段の高さや素材の贅沢さが根拠として添えられていることが多い。だが実際に何年も使い続けてみると、値段よりも効いているのは、もっと地味な条件だった気がする。壊れたときに、自分で、あるいは近所の職人の手で直せるかどうかだ。

1920年代以降、家電や工業製品の世界では、製品の寿命をあえて短く設計する「計画的陳腐化」という考え方が広まったとされる。デジタル機器はその延長線上にあり、バッテリーやOSの更新停止という見えない期限を抱えている。それ自体を批判したいわけではないが、少なくとも「一生モノ」と呼ぶには向かない構造だとは言える。

直せるかどうかを見る、いくつかの目印

店頭で「一生モノ」という響きに触れると、高いから良いはずだ、有名ブランドだから間違いないはずだ、という短絡に流れやすい。実際に確かめられる目印は、もっと地味なところにある。

まず、接合の仕方。隠しネジや強力な接着剤で固められていて、分解できないものは、壊れたら買い替えるしかない設計になっていることが多い。ネジが露出していて、負荷が集中する部分(鞄の持ち手、靴のかかと、ペンのクリップ)を単独で交換できるかどうかは、外から見てもある程度わかる。

次に、規格の汎用性。そのメーカーが撤退したら道具ごと終わりになるのか、それとも他社製の部品や独立系の職人でも直せるのか。機械式時計のムーブメント、靴のグッドイヤーウェルト製法などは、一社に依存しない規格の代表例だ。「ブランド名 モデル名 修理 職人」で検索して、系列外の工房がヒットするかどうかは、実際に確かめられる手がかりになる。

最後に、素材が傷を「劣化」として扱うか「味わい」として扱うか。合成皮革や樹脂コーティングは、使わなくても加水分解でいずれ自壊する。タンニン鞣しの革や真鍮、無垢材は、使うほど表情を変えていく。どちらが優れているという話ではなく、その道具がどちらの前提で作られているかを、買う前に見ておきたいということだ。

身の回りの、直しながら使っているもの

自分の身の回りにも、こうした基準にゆるく当てはまるものがいくつかある。吸入式の万年筆はカートリッジに縛られず、インクの色を自由に選べる。鉄のフライパンは表面を焼き直せば工場出荷時に近い状態に戻せる。組み継ぎの椅子はガタつけばクサビを打ち直せる。どれも派手な道具ではないが、壊れたときに「終わり」ではなく「次の工程」があるという点が共通している。

もちろん、直しながら使うことにはそれなりの手間がかかる。研ぐ、油を差す、修理に出す。その手間を面倒だと感じる人に、それを無自覚に押しつけないようにだけは気をつけたい。効率を優先したい相手には、効率のいい道具の方が向いている。一生モノという言葉を、誰にでも当てはまる正解のように振りかざす必要はないのだと思う。