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趣味は「精神的インフラ」になるのか
「趣味が多いほど心は折れにくい」を支える心理学の仮説、自己複雑性は、統合研究では支持が弱かった。気根の比喩を、自己複雑性、デフォルトモード、注意回復理論から確かめ直した。
私たちは今、歴史上かつてないほど「脆弱」な時代を生きている、という見方がある。社会のデジタル化は生活を効率化し、多くの「無駄」を排除することに成功した。ただその代償として、「常に誰かと比較される環境」と「即時の成果を求められるプレッシャー」を、スマートフォンの通知という形で四六時中持ち歩くことにもなった、と言われる。
仕事の成功、SNSでの評価、世間体。これらは一見、自分を支える強固な柱のように見えて、その実は外部環境という他者の都合によって揺らぎやすい。人生を支える柱が「職能」という一本の幹しかなければ、その幹が病気や不況、予期せぬ人間関係の変化で折れたとき、支えを失いやすいのではないか、と考えたくなる。
ここで思い浮かべるのが、熱帯のガジュマルの木だ。ガジュマルは一本の太い幹だけで立っているのではなく、枝から「気根」を空中へ伸ばし、それが地面に届くと新しい幹になる。一本が傷ついても、気根が地面を捉えているので、嵐に耐えて長く生きる。趣味は、本業という幹が折れそうなときに、地面へつなぎ止めてくれる気根のようなもの、つまり「精神的インフラ」になりうる。この記事の以前の版は、そう書いて、脳科学や心理学の用語でそれを裏づけようとしていた。
今回は、その裏づけが本当に成り立つのかを、原典に当たり直した。結論を先に言えば、気根の比喩を、そのまま科学で裏打ちすることはできなかった。確かめられたことは、それより小さく、それより面白かった。
気根の比喩は、心理学で支持されたのか

「自分を複数の側面で支えている人ほど、ストレスで折れにくい」という考えには、心理学の名前がついている。自己複雑性(self-complexity)だ。パトリシア・リンヴィルが1985年に、「卵を一つの認知のかごに盛るな」という題で提唱した。リンヴィルが1987年にJournal of Personality and Social Psychologyに発表した論文(抄録による)は、2週間の間隔をあけた2回の測定で、1回目のストレスと自己複雑性から、2回目の抑うつと病気を予測した。自己複雑性の高い人は、強いストレスの後でも、抑うつ、知覚されたストレス、身体症状、インフルエンザなどの病気が少なかった。気根の比喩にそっくりの結果だ。人数は、抄録に書かれておらず、確認できなかった。
この仮説は、その後、どうなったのか。コッホとシェパードが2004年にJournal of Personalityに発表したレビューは、自己複雑性と対処の関係を調べた研究の結果が、「正の関係」「負の関係」「関係なし」に割れていると整理した。ウールフォークらの1999年の研究(コッホとシェパードの紹介による)では、自己複雑性が9か月後の抑うつの高さを予測した。つまり、向きが逆だった。自己複雑性を実験で操作した研究は、2004年の時点で2本しかなかった。因果も一方向とは限らず、人がストレスに対処するうちに自己を複雑にする、という逆向きの可能性も、コッホとシェパードは挙げている。彼ら自身は、結果が割れた原因を測り方や定義の違いに求め、慎重に測れば緩衝の支持は強まりうる、と結んでいる。
自己複雑性の研究を統合したのは、ラファエリ=モアとスタインバーグの2002年のレビュー(Personality and Social Psychology Review)だ。本文は有料で読めず、抄録と後続の論文の紹介による。抄録によれば、自己複雑性と幸福感は弱く負に相関し、ストレスを和らげる効果の支持は乏しく、研究のあいだのばらつきも大きかった。よい出来事の効き方を調整する役割の支持のほうが、多かったという。後続の論文の紹介では、対象は70研究とされるが、この数は原典で確かめていない。
趣味に最も近い測り方では、リンヴィル自身の研究でも結果が出ていない。リンヴィルは、33個の特性語のカードを自分の側面ごとに分けさせる標準の方法とは別に、「学年のあいだにしている活動を列挙させる」測り方も試したが、こちらでは有意な結果がなかった(コッホとシェパードの紹介による)。「趣味の数が、気根の数だ」という比喩にとって、これはいちばん痛い事実だと思う。
さらに、側面の数より、その側面が本人にとって本物かどうかが大事だ、という研究がある。ライアンらの2005年の研究(North American Journal of Psychology)は、大学生89人で、自己複雑性が幸福感とほぼ無関係なのに対し、各側面が「本当の自分らしいか」のほうが幸福感と関連した、と報告している。ただし同じ論文の2週間の前向き研究では、リンヴィルの緩衝効果そのものは再現された。マコーネルらの2009年の研究(Personality and Social Psychology Bulletin)は、自己複雑性の低い人は、出来事への反応が強い、つまり、よいときによく、悪いときに悪い、という「波及増幅」の仮説を示した。「側面が少ない人はもろい」のではなく、「少ない人は、よいことにも悪いことにも強く反応する」という書き方のほうが、この研究の結果に近い(3つの研究はいずれも測定した相関のデータで、実験ではない)。
気根の本数より、それぞれの気根が自分のものであるかどうか。そう言い換えるなら、比喩は生き残る。ただし、それは科学的な裏打ちではなく、比喩の読み替えである。
ぼーっとしても、脳は休まらないのか
以前の版は、何もしないでぼーっとしていても脳は休まらない、と書いていた。人が何もせず、意識的な思考を止めているとき、脳内では「デフォルトモード・ネットワーク(DMN)」という回路が、エネルギーの大部分を使って働いており、過去の後悔を反芻し、未来の不安をシミュレーションしているという説明だ。この説明は、どこまで確かめられるのか。
ライクルらが2001年にPNASに発表した論文は、PETで酸素摂取率を測り、安静にしているときの脳の基準状態を定義した。さまざまな目的のある課題のあいだに、一貫して活動が「下がる」領域の群を、基準となる既定の様式(default mode)と名づけた。この論文は、ぼーっとすることが脳を疲れさせる、とは言っていない。安静時を基準状態として定義した論文だ。
エネルギーの数字は、よく取り違えられる。ライクルが2015年に書いた総説(Philosophical Transactions of the Royal Society B)は、脳は体重の約2パーセントで、全エネルギーの約20パーセントを使い、課題に伴う追加の消費は、しばしば基準の5パーセント未満だと書く。「脳のエネルギー消費の60〜80パーセントは、スパイクに伴うグルタミン酸の循環、つまり神経細胞の信号のやりとりに使われる」という推計もあるが、これはDMNという特定のネットワークの数字ではなく、脳全体の信号伝達にかかる分だ。したがって、エネルギーの面から、「ぼーっとすると脳が疲れる」とも、「何かに集中すると脳が休まる」とも言えない。言えるとすれば、何を考えているか、という心理の面だけだ。
その心理の面で、最もよく引かれる研究が、キリングスワースとギルバートが2010年にScienceに発表した「さまよう心は不幸な心」だ。iPhoneのアプリが、起きている時間のランダムな時点で質問する方法で、2,250人を分析した。心がさまよっていたのは46.9パーセントの時点で、さまよっているときは幸福感が低かった。ところが、さまよった先が楽しい話題のときは、今の作業を考えているときと、幸福感に有意な差がなかった(b=−0.52)。幸福感を下げていたのは、中立の話題(b=−7.2)と、不快な話題(b=−23.9)だった。有名な「47パーセント」の陰に、内容しだいという但し書きが、本文にある。
この研究自身は、時間差の分析から、さまよいが不幸の原因だと示唆していた。これには、逆向きの結果と限定が出ている。ポエリオらの2013年の研究(Consciousness and Cognition)では、24人を7日間、1日6回の合図で追い、悲しさが心のさまよいに先行する傾向があり、さまよい自体は後の気分と関連せず、内容が否定的なときだけ気分が悪化した。24人と小さいので、同じ重さでは並べられない。フランクリンらの2013年の研究(Frontiers in Psychology、105人)では、全体ではさまよい中のほうが気分が低かったが、面白いと評価したさまよいは、作業に集中しているときよりポジティブな気分が高かった。
では、「手を動かす作業」は、ぼーっとするより頭に良いのか。ベアードらが2012年にPsychological Scienceに発表した実験は、145人に代替用途課題(レンガの使い道を考える課題など)を出し、その後の12分間の休憩を、難しい課題、簡単な課題、ただ静かに座る、休憩なし、の4条件で比べた。同じ問題を解き直したときに成績が上がったのは、簡単な課題をしながら休憩した群だけだった。ただ座っていた群も、難しい課題をした群も、休憩なしの群と差がなかった。簡単な作業を続ける休憩が、DIYの一部に近い、と読むことはできるが、DIYそのものを調べた実験ではない。
「DIYでDMNが抑制される」「DIYは動的瞑想」という、以前の版の主張は、どうだったか。木工、編み物、手芸、DIYなどの作業中にDMNを測った実証研究は、2026年10月14日にEurope PMCで検索した範囲で、見当たらなかった。出てきたのは理論モデルの提案や、無関係の論文だった。作業中の測定ではないが、いちばん主題に近いのは、ボルヴェルクらが2014年にPLoS ONEに発表した研究だ。退職後の成人28人を無作為に二群に分け、10週間、毎週、美術の制作か、美術館での鑑賞・評価をしてもらった。制作群のほうが、DMNの中心である後部帯状皮質・楔前部と前頭・頭頂の機能的結合が大きく改善し、その結合は、研究終了時の心理的レジリエンスと関連した。測ったのは安静時で、人数も小さい。向きも、DMNが抑えられるのではなく、結合が増える方向だった。作業中に抑制されるかどうかは、この研究からは分からない。制作群の14人の中でのレジリエンスとの関連は、多重比較の補正をしない基準での値で、鑑賞群のレジリエンスの得点も上がっていて(鑑賞群の中での上昇は有意でなかった)、二群の差を比べた検定は報告されていない。作業中の測定としては、ウルリッヒらが2014年にNeuroImageに発表した研究(抄録による)がある。27人に、難度を本人の力量に合わせ続ける暗算の「フロー」条件を課すと、DMNの中心部位の一つである内側前頭前野と扁桃体の活動が、退屈や過負荷の条件より、相対的に低下した。課題は暗算であって、手作業ではない。目的のある課題のあいだにDMNの活動が下がることは、2001年以来の基本的な知見で、DIYに当てはまる「だろう」というのは推論にとどまる。
うつ病とDMNの関係も、単純ではなかった。ハミルトンらの2015年のメタ分析(Biological Psychiatry、抄録による)は、うつ病では、DMNと膝下部前頭前野の結合が一貫して強く、反芻の程度を予測することが多いと報告したが、DMNの各部位そのものの血流には、一貫した異常が見られなかった。ケイザーらの2015年のメタ分析(JAMA Psychiatry、556人対518人)は、DMN内の過剰結合を報告した。ところが、ヤンらの2019年の大規模解析(PNAS、うつ病1,300人と健常1,128人、除外後848人対794人、17施設)では、DMN内の結合は低下しており、その低下は再発例だけで、初発・未服薬の例では見られなかった(いずれも抄録による)。ただし、結合の低下は服薬と関連しており、再発例と服薬が重なる点には注意が要る。「DMNが暴走して反芻を生む」という単純な図式は、大きなデータで揺らいでいる。
自然は注意を回復させる、は趣味に当てはまるのか
以前の版が頼ったもう一つの理論が、注意回復理論(ART)だ。レイチェル・カプランとスティーブン・カプランが1989年の著書『The Experience of Nature』で整理し、スティーブン・カプランが1995年にJournal of Environmental Psychologyに論文を出した。意志の力で向け続ける「向けられた注意」(directed attention)が疲れ、自然のような「ソフトな魅了」を起こす環境で、それが回復する、という考えだ。
代表的な実験は、バーマンらの2008年のPsychological Scienceの論文だ。ミシガン大学の学生38人が、逆唱(数字を逆から言う課題)をして、さらに疲れさせる課題をしたあと、アナーバーの植物園か市街地を50〜55分歩き、もう一度逆唱をした。1週間後に、逆の場所で同じことをした。逆唱の改善は、自然が1.50桁、市街地が0.50桁だった。気分は自然で良くなったが、気分の変化と逆唱の変化は相関しなかった。実験2は12人で、自然の写真を約10分見たあとに、注意のネットワーク課題の実行注意が改善した。
系統的レビューは、もっと控えめだ。オーリーらが2016年に発表したレビューは、31研究を検討し、13のメタ分析のうち、有意な効果があったのは、順唱、逆唱、トレイルメイキング課題Bの3つだけだった。残り10は、目立った効果がなかった。逆唱は8群のメタ分析で、平均差が0.49桁(95パーセント信頼区間0.28〜0.71)、順唱は0.39桁だった。自然の群のほうが、終わったあとの得点が、平均で半桁ほど高かった、ということになる。順唱の0.39桁については、著者自身が、実生活での意味は不明と書いている。スティーブンソンらの2018年のレビュー(抄録による)は、作業記憶、認知の柔軟性、注意制御で、小から中程度の改善を認めたが、領域ごとの効果量は確認できなかった。ジョンソンらの2021年の研究は、写真などの擬似的な自然が、実行注意を確実には回復させないと報告したとされる(二次情報)。
批判もある。ジョイとデウィッテが2018年にJournal of Environmental Psychologyに発表した論考(抄録による)は、「ソフトな魅了」などの中心概念が曖昧で操作的な定義がないこと、「自然の効果は回復の効果だ」という中心予測が十分に検証されていないこと、を指摘した。疲れていない人にも効くなら、それは回復ではない、という趣旨だと私は読んだ。
そして最も大事な点は、ARTが調べてきたのは、趣味ではなく、自然環境への曝露だということだ。園芸や木工が注意を回復させる、というのは、理論の外への拡張だ。園芸の健康効果を調べたものは、別にある。ソガらが2017年にPreventive Medicine Reportsに発表したメタ分析は、22研究・76比較で、全体の効果量(Hedgesのd)が0.42(95パーセント信頼区間0.36〜0.48)だった。ただし出版バイアスが検出され、欠けた比較16件を補うと0.35に下がった。結果指標は、抑うつ、不安、BMI、生活満足度などの混在だ。
修理や手作業は、自己効力感を上げるのか

以前の版は、壊れた椅子のガタつきを直す、自転車のパンクを直す、といった経験が、アルバート・バンデューラの自己効力感に関わる、と書いていた。バンデューラの1977年の論文、学習性無力感との関係、修理の実験については、別の記事(モノを直すと気持ちは支えられるのか)で扱った。そこでの結論は、修理の準実験(衣類修理のワークショップ。募集が低調で、無作為の割り付けではなかった)で、自己効力感は大きく上がったが、行動の変化は確かめられなかった、というものだった。
ここで付け加えられるのは、探しても見つからなかった、という事実だ。修理、DIY、手芸と自己効力感を測った無作為化試験は、2026年10月14日にEurope PMCで検索した範囲で、見当たらなかった。別記事で使ったのは、無作為でない準実験と、修理ではなく組み立ての実験だった。2026年のチェンらの職人の自己効力感の三段階についての研究は、伝統工芸の職人の発達の研究で、趣味の介入ではない。小さな実験は、ほかにも、あるのかもしれない。ただ、「壊れたものを直すことが、折れない心を作る」と言えるほどの証拠は、今回の調査では揃わなかった。
金継ぎの考え方は、また別の話だ。割れた陶磁器を漆で繋ぎ、その跡を金で飾る金継ぎは、元通りにするというより、壊れたという経緯ごと、新しい見た目の一部として受け入れる行為だと言える。壊れたものの修復を、自分の状態に重ねて、「傷ついたとしても、修復できないわけではないし、その跡がそのまま弱さとは限らない」と捉え直す。この読みは、実験の結果ではなく、私の比喩の使い方である。比喩が慰めになることと、比喩に証拠があることは、別だ。
趣味とウェルビーイングの数字
趣味そのものと、心の健康の関係を測った研究は、もっとある。プレスマンらが2009年にPsychosomatic Medicineに発表した論文(抄録による)は、4研究の合計1,399人で、10種類の余暇活動の参加を測り、参加が多いほど、血圧、コルチゾール、腹囲、BMIが低く、正の心理状態が高く、抑うつが低かった、と報告した。横断的な関連で、因果は言えない。
まとめて見たものもある。カイケンドールらの2015年のメタ分析(Psychological Bulletin、抄録による)は、37の効果量、11,834人で、余暇への関与と主観的幸福感の相関がr=.26、余暇の満足が媒介していた。縦断の分析では、余暇満足から幸福感へ(β=.15)と、幸福感から余暇満足へ(β=.16)が、ほぼ同じ大きさだった。つまり、趣味が幸福を生むのか、幸福な人が趣味を楽しめるのか、両方向の可能性がある。一方、同じ抄録は、余暇の介入実験では幸福感が上がった(d=1.02)とも報告している。研究数は抄録になく、小さな研究の集まりなら過大に出ている可能性がある、というのは私の注意だ。また、余暇に使った時間の長さより、頻度と多様さのほうが、幸福感と強く関連した。
本人の過去と比べる追跡の研究もある。ファンコートらの2020年の研究(Psychotherapy and Psychosomatics)は、英国の50歳以上8,780人を、2004/05年から2016/17年まで追い、本人の過去と比べる固定効果モデルで分析した。趣味を始めると、抑うつ症状が下がり、抑うつのオッズが30パーセント低かった(OR 0.70)。関連の約16パーセントは人口学と健康の変化で、さらに約7パーセントは読書、社会参加、身体活動の変化で説明された。ファンコートとステプトーの2019年のBMJの論文は、50歳以上6,710人を14年追跡して、美術館、劇場、コンサートに行く頻度が高いほど死亡リスクが低いと報告したが、これは「作る」趣味ではなく、「鑑賞する」活動だ。
日本のデータもある。マクらが2023年にNature Medicineに発表した、16か国93,263人の研究では、日本の65歳以上(JAGES、57,051人)で、趣味があると答えた人は90.0パーセントだった。趣味があると、抑うつ症状が少なく(統合係数−0.10)、主観的健康、幸福感、生活満足が高かった。係数は小さい。また、日本のデータは欠測が54.0パーセントあった。リンらが2020年に日本公衆衛生雑誌に発表した、JAGESの6年間の追跡では、趣味の数が多いほど認知症のリスクが低かったが、4種類と5種類以上は、ほぼ同じだった(男性0.70と0.68、女性0.63と0.68)。数を増やすほど効くわけではないらしい。この論文は、抄録と表の数字が食い違っていて、抄録はトレンドを男0.84、女0.78とするが、表の全調整モデルでは男0.86、女0.85だった。結果は、抑うつではなく、認知症だ。
総務省の令和3年社会生活基本調査では、「趣味・娯楽」の1日の平均時間が48分、1年間の行動者率は、日曜大工が11.0パーセント、編み物・手芸が8.8パーセント、園芸が26.0パーセントだった。この調査期間は、緊急事態宣言を2回含んでいる。手作業の趣味に限れば、日曜大工や手芸の行動者率は1割前後にとどまる。
趣味を「インフラ」と呼ぶことの危うさ
ここまで調べて、一つ、居心地の悪い研究に行き当たった。趣味を、効用で価値づけることそのものを問う研究だ。トニエットらが2021年にJournal of Experimental Social Psychologyに発表した4研究、合わせて1,310人(抄録による)は、余暇を無駄だと思う傾向の人は、余暇を楽しめておらず、とくに、それ自体が目的の余暇でそうだ、と報告した。「余暇は無駄だ」と思わせると、楽しさが減った。ところが、「余暇は生産的だ」と思わせても、楽しさは増えなかった。
トニエットとマルコックが2016年にJournal of Marketing Researchに発表した「カレンダー・マインドセット」の研究は、予定に入れた余暇が、その場で決めた余暇より「仕事っぽく」感じられ、期待のわくわくも、実際の楽しさも下がると報告した。ただし、日付だけを決めて時刻を決めない「ざっくりした予定」では、その低下が消えた。研究の多くは、想定場面の評価だ。
報酬の研究もある。デシらが1999年にPsychological Bulletinに発表した、128研究のメタ分析(抄録による)は、報酬が「取り組むこと」「やり終えること」「成績」に応じて与えられると、自由時間に自分から取り組む行動が減る(d=−0.40、−0.36、−0.28)ことを示した。肯定的なフィードバックは、逆に自発的な行動と興味を高めた(d=0.33、0.31)。
ここから、この記事の以前の版の枠組み自体に、疑問が向く。趣味を「精神的インフラ」「レジリエンスへの投資」と呼ぶことは、趣味に効用を貼って正当化する行為だ。その言い方が、楽しさを増やさない可能性が、少なくともこれらの研究からは考えられる。以前の版のFAQには、趣味に時間やお金をかけることへの罪悪感を、「継続のためのメンテナンス費用」と捉え直す、という答えがあったが、それも、効用で価値づける言い方だった。この記事は、そこで書いていたことを、書き直している。
比喩を裏づけから切り離したあとに
以前の版は、趣味に熱中する時間を、人生のメインストーリーを支えるための「地下茎を育てる時間」と書いていた。今回の調べで、この比喩の裏づけは、思ったより薄かった。自己複雑性は、統合研究では支持が弱く、緩衝が見られたのは一部の研究に限られ、DMNは「手作業で抑制される」と言えるほどのデータがなく、ARTは自然の理論で、効果は半桁だ。修理やDIY、手芸が自己効力感を上げるという無作為化試験は、見つからなかった。趣味と幸福の関連は、確かにあるが、多国の統合では係数が小さく、向きは片方とは決めきれない。
それでも、残るものはある。多くの人がすでに趣味を持っていて、日本の高齢者では9割にのぼること。趣味を始めると抑うつのオッズが下がるという縦断のデータがあること。そして、趣味を無駄だと思うと楽しさが減り、役に立つと言い聞かせても楽しさは戻らなかった、という研究があること。趣味が何の役に立つのか、という問いを、いったん脇に置くことが、趣味を続ける一つの条件なのかもしれない、というのは、私の読みだ。
気根の比喩は、比喩として持っておくぶんには、困ることはないのだろう。ガジュマルの気根が地面に届くのは、地面に届くことを目的に伸びているのではなく、伸びた先に地面があっただけ、という見方もできる。それを根拠に、何かを勧めるつもりはない。
出典
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