ficus.life/仕事
目次▼
出社回帰の号令が頼れる根拠の一つは、隣の棟との距離だった

出社回帰の号令が頼れる根拠の一つは、隣の棟との距離だった

出社を義務化した137社の分析では、業績の改善が検出されなかった。一方、チームが一つの棟にいるか二つの棟に分かれているかで、ソフトウェアエンジニアが受けるレビューコメントは2割あまり違った。号令の根拠を一つずつ点検する。

TOMOAKI··仕事

号令には、たいてい理由が添えられている

週の出社日数を増やす、あるいは完全出社に戻す。この手の号令が経営陣から出るとき、そこにはたいてい理由が添えられている。多いのは「イノベーションのため」という言葉だ。偶然の立ち話から生まれる発想、廊下ですれ違うだけの雑談。オフィスという物理的な場が失われれば、そうした副産物も一緒に失われる、という理屈である。もう少し本音に近いところで、「業績を戻すため」「チームの一体感のため」と言われることもある。

この手の理屈を、私はふだん、好意的に聞くことにしている。理由を口にする側にも、それなりの実感はあるはずだからだ。ただ、実感と根拠は別のものでもある。号令が掲げる理由を、公開されている研究に当ててみる。当ててみると、崩れる部分と、意外なほど具体的に残る部分が、はっきり分かれた。

クインテン・メッツィスの絵画『金貸しと妻』(1514年)。天秤で金貨を量る夫の傍らで、祈祷書のページをめくる手を止め、その作業に目をやる妻。

号令が出る順番を見る

まず、号令が本当に「イノベーションのため」に出ているのかを見る。ピッツバーグ大学の Yuye Ding と Mark Ma は、S&P500のうち出社義務化を公表した137社を集め、どんな企業が義務化に踏み切るのかを分析した。査読前のワーキングペーパー(2024年1月版)である。

直前の株価の動きが弱い企業ほど、義務化に踏み切る傾向があった。係数は -0.133、統計量は z = -1.96。論文本文は「1%水準で有意」と書いているが、この統計量なら約5%水準にあたる。強い結果とは言いにくい。機関投資家の持株比率が高い企業ほど、義務化しにくい傾向もあった。著者らは、これらを、経営者が従業員への統制を取り戻すためであり、業績不振の責任を従業員に帰すためでもある、という解釈と整合的だと述べる。同時に、業績の悪さが在宅勤務のせいだと言っているわけではない、とも書いている。

熱が出てから解熱剤を飲む順番に似ている。解熱剤を飲んだから熱が出たわけではなく、熱が出たから飲んだ。号令の理由が「イノベーション」であるなら、株価の動きとは無関係に出てきてもよさそうなのに、データの上では、業績の気配が先にある。もちろん、相関であって、動機の証明ではない。

義務化のあとに起きたこと

では、義務化のあとに何が変わったのか。同じ論文は、義務化の公表を境にした差の差の分析を行っている。従業員の満足度は、口コミサイト Glassdoor の2020年1月から2023年11月までの四半期平均で測った。総合満足度は、5点満点で平均3.75のところ、義務化後に、対照の企業と比べて0.057点下がった(t = -2.79)。約1.5%の低下である。ワークライフバランス(-0.041)、上級経営陣(-0.061)、企業文化(-0.052)の評価も下がった。一方、報酬・福利厚生や多様性の評価には、有意な変化がなかった。著者らはこの点を、「単に不満な人が書き込んだだけ」という説明への反証として使っている。

財務の指標はどうか。ROA(総資産利益率)と Tobin's Q(企業価値の指標)は、義務化の前後で、有意な変化を示さなかった。改善が検出されなかった、というのが正確で、効果がないと証明されたわけではない。著者ら自身が、観察できる期間が短いこと、対象がS&P500に限られること、労働市場が逼迫していた時期であること、内生性の懸念を完全には排除できないことを留保している。

この論文を紹介する記事では、「対象企業の99%で従業員満足度が低下した」という数字を見かけることがある。私は原文のどこにも、その数字を見つけられなかった。表も注も検索した。出どころがはっきりしない数字は、引用しないことにした。

辞めてほしかった、という本音

業績が上向かないのだとすれば、義務化は何のために出されているのか。人事ソフトの会社 BambooHR が2024年3月に行った調査は、別の答えを示唆している。米国のフルタイムのデスクワーカー1,504人(うち504人は管理職以上の人事担当者)へのオンライン調査だ。プレスリリースによれば、VP・C-suite級の役員の25%が、出社回帰の間に、ある程度の自発的な離職を望んでいたと認めた。人事担当者では18%だった。

この調査には、読むときの注意が三つある。一つ目は、BambooHR が人事ソフトの会社で、結論(出社回帰は逆効果で、柔軟性を)が自社の商品と整合することだ。二つ目は、数字がすべて自己申告と意見であって、行動や結果の測定ではないことだ。三つ目は、数字ごとに分母が違うことと、その言い回しである。役員、人事担当者、管理職・役員、回答者全体と、設問によって対象が変わる。たとえば管理職・役員の37%は、「離職者が想定より少なかったために、組織がレイオフを実施した」と信じて(believe)いる、という書き方になっている。実際にレイオフに踏み切ったと答えたのではなく、そう考えている、というところまでだ。

調査には、もう一つ数字がある。回答者全体の42%が、上司に見られるためだけに職場に顔を出している(showing up)と感じている、というものだ。出社している人の中での割合ではない、という点に注意が要る。

実際の離職を追った研究もある。Ding ら5人が2024年に出した別のワーキングペーパーは、S&P500のハイテク・金融54社と、LinkedIn 由来の300万人超の職歴を使った。義務化のあと、全国平均で調整した離職率は13〜14%上昇した。増えたのは中間・上級の管理職と高スキルの人で、一般職には有意な増加がなかった。女性の増加は男性のおよそ3倍(係数0.127と0.044)だが、男性の係数は統計的に有意ではない。採用の側でも、求人が埋まるまでの日数が23%(約12日)延び、採用率は17%下がった。著者らは、この設定では因果推論はできない、と明記している。とはいえ、辞めていく人の顔ぶれは、号令を出す側が引き留めたいはずの人に、偏っていた。

見られていること、という別の通貨

号令の周りには、成果とは別の通貨が流れている。BambooHR のプレスリリースには、管理職の32%が、出社回帰の主な目的は従業員の追跡だと認めた、という数字がある。リモートで働く人の64%は、チャットのステータスを緑のままにしておき、出社している人の37%は、見えるようにオフィスを歩き回ると答えた。見られる演技は、出社に限らない。同じ自己申告の調査なので、重みは割り引いて読む必要がある。

見られていることが評価に与える影響は、人物知覚の研究にも出ている。Elsbach、Cable、Sherman が2010年に報告した研究は、勤務時間内に姿を見られることが「信頼できる人」という印象を、時間外に見られることが「熱意がある人」という印象を、観察者に無自覚のうちに抱かせる、と述べる(抄録で確認。数値は抄録にない)。人物の印象の研究であり、上司が対面の部下を実際に高く評価した、というところまでは言えない。

昇進に関しては、結果が割れている。中国の Ctrip(現 Trip.com)のコールセンターで在宅勤務をランダムに割り当てた Bloom、Liang、Roberts、Ying の2015年の研究は、在宅の人の成果が13%増え、離職率が半減した一方で、成果を条件にした昇進率は下がったと報告している(抄録で確認。上司の偏見によるのか、本人の意欲によるのかは、抄録からは分けられない)。米国のコールセンターを分析した Emanuel と Harrington の2024年の研究も、オフィス閉鎖後に元出社の人の昇進率が下がったと述べる。ところが、のちに触れる Trip.com の2024年の実験では、2年間の昇進に差の証拠がなかった。在宅の昇進への影響は、職場と制度の設計に左右されるのかもしれない。見られることがどれだけ評価に響くのかは、これらの研究を並べても、切り分けられない。

それでも残る根拠① 距離はアイデアを減らす

ここまでで、号令の理屈の多くは崩れた。残る根拠が、二つある。一つ目は、冒頭の「イノベーション」に近いところにある。

Yiling Lin、Carl Benedikt Frey、Lingfei Wu が2023年に Nature に発表した研究は、1960年から2020年の論文20,134,803本と、1976年から2020年の特許4,060,564件を使い、チームの物理的な距離と、成果の「破壊度」の関係を調べた。破壊度は、既存の知識を塗り替えるような成果かどうかを、引用のパターンから測る指標だ。抄録によれば、分野、年代、チーム規模を問わず、離れたチームは、同じ場所のチームより、画期的な発見をする確率が低かった。補足図の数値では、破壊度の平均パーセンタイルが、論文で89から84、特許で76から67に下がっている。

数字よりも面白いのは、役割分担の変化である。著者らは、貢献を記した89,575件を調べ、同じ研究者が、同所のチームでは「着想」に、遠隔のチームでは「実験の遂行」に、貢献の山を移すことを見つけた。まだ言葉になっていない考えを一緒に練る工程で、距離は効いている。形になった作業は、離れていても分担できる。

ここで、この研究の限界を書き落とせない。測ったのは、都市をまたぐ共同研究・共同発明であり、同じ都市の人が自宅で働くかどうかではない。出社義務化に、そのまま当てはめることはできない。破壊度の定義も、引用パターンに頼った指標である。

実験室の研究もある。Melanie Brucks と Jonathan Levav が2022年に Nature に発表した研究は、ビデオ会議が創造的なアイデアの産出を抑える、と報告している。理由の説明として、画面に注意が集まって視野が狭まることが挙げられ、視線を測る実験では、ビデオ会議の人は部屋の中を見回す時間が短く、予期しない小物もあまり覚えていなかった。一方で、出たアイデアの中からどれを追うかを選ぶ段階では、ビデオ会議のグループが劣るという証拠は見つからず、むしろ優れる可能性を示す予備的な結果すらあったという。大学の広報では、対面のペアはオンラインのペアより、15〜20%多くのアイデアを出したと紹介されている。この数字は主文で確かめられなかったので、広報の言い方として書いておく。

並べてみると、対面の利点は、アイデアを出す工程に偏っている。選ぶ工程では、対面が優れるという証拠は見つかっていない。選ぶ工程で対面が劣ると示されたわけでもない。そして、日々の仕事のうち、アイデアを出す工程がどれだけの割合を占めるのかは、これらの研究は教えてくれない。

それでも残る根拠② 隣の棟までの距離

二つ目の根拠は、もっと日常的な場面にある。Natalia Emanuel、Emma Harrington、Amanda Pallais によるワーキングペーパー(NBER、2023年に公開、2026年6月に改訂。査読前)は、米国の大企業のソフトウェアエンジニアを、2019年から2024年まで追った。2020年のオフィス閉鎖と、その後の出社義務化という二つの出来事を使って、同じ棟に座るチームと、二つの棟に分かれて座るチームを比べている。

オフィスが開いていたとき、同じ棟のチームは、二つの棟に分かれたチームより、コードレビューのコメントを23.9%(1プログラムあたり1.92件)多く受け取っていた。オフィスが閉まると、この差は縮まり、閉鎖による変化は差の差で18.3%(1プログラムあたり1.47件)の減少にあたった。失われたコメントは、役に立ちそうなものに偏っていたという。棟のあいだは、歩いて10分ほど。本文には、その距離でも、フィードバックは別の州にいる人とのやり取りと同じくらい少なくなる、とある。隣の棟は、同じ会社の中にある別の町内のようなもので、回覧板は回ってくるが、立ち話の機会は減る。

出社義務化(週3日)のあと、同じ棟のチームは、二つの棟に分かれたチームに比べて、あとで削除されるファイルを足す確率が2.2ポイント、バグを入れる確率が1.4ポイント低かった。若手や在籍の短い人では、効果が平均のおよそ2倍だった。

ただし、この研究は、きれいな勝ち戦ではない。経験のあるエンジニアは、近くに座るほうが、自分の書くコードが減っていた(義務化のあとの期間)。若手を手伝う時間が増える、という機会費用が働いているのだろう、と著者らは読んでいる。本文には、経験者が「在宅のほうが生産的だと感じていた」と述べる場面もある。本人の実感と、チーム全体の実効は、食い違いうる。

測られたのはコードレビューのコメントの数で、廊下での会話そのものではない。それでも、近くに座れば、レビューを頼みやすく、追加の質問もしやすいのだろう、と著者らは見ている。廊下で呼び止められる質問は、メッセージを書くほど大げさではない問いが多い。号令が頼れる根拠は、「イノベーション」という大きな言葉より、こうした小さな問いのほうにあるのかもしれない。

広い範囲を見た研究も、同じ向きを指している。Longqi Yang ら(Microsoft の研究者を含む)が2022年に Nature Human Behaviour に発表した研究は、Microsoft の社員61,182人について、2020年前半のメール、カレンダー、チャット、通話のデータを分析した。抄録によれば、全社が在宅になったことで、協働のネットワークは動きが乏しく、部署ごとに孤立する形になり、異なる部署をつなぐ橋が減った。同期的なやり取りが減り、非同期のやり取りが増えた。ただ、この時期は、全員が強制的に在宅になった非常時のことだ。出社すれば協働が元に戻るかどうかは、この研究では測れていない。

週2日の在宅という、反対側の実験

ここまでの二つは、近くにいることの利点だった。では、出社の日を週に2日減らすと、何が失われるのか。それを無作為に試した実験がある。Nicholas Bloom、Ruobing Han、James Liang が2024年に Nature に発表した研究は、中国の Trip.com の従業員1,612人を、誕生日が奇数か偶数かで個人単位にランダムに割り当てた、6か月の実験である。処置群は週2日(水・金)の在宅が認められ、対照群は週5日出社した。離職率は3分の1下がった(対照群の7.2%から2.4ポイント低下)。その後2年間の人事評価と昇進に、差の証拠はなかった。測られた範囲では、失われたものは見つからなかったことになる。実験の前に、395人の管理職は在宅の生産性への効果を平均 -2.6% と見込んでいたが、実験のあとには +1.0% に見方を改めた。在宅を選べた水曜と金曜のうち、実際に家で働いたのは、実験前に在宅を希望していた人で約55%、希望していなかった人で約40%だった。どちらも、実際の在宅は主に週1日だった。「週2日」の自由は、実質ほぼ週1日だったことになる。それでも、離職は3分の1減っている。ただし、これは週2日在宅という条件の結果であり、完全リモートには当てはまらない。

在宅側の根拠も、無傷ではない

号令に反対する側の根拠も、点検の対象になる。Atkin、Schoar、Shinde による NBER のワーキングペーパー(2023年)は、インドのデータ入力の仕事で、在宅勤務を無作為に割り当てた。235人を採用し、8週間働いてもらった結果、在宅の人の生産性は、オフィスの人より18%低かった。差の3分の2は初日から出ており、残りは在宅での学習の遅さだった。さらに、在宅を望んで応募した人ほど、在宅での低下幅が大きかった(27%、オフィスを望んだ人は13%)。好みと適性は、必ずしも一致しない。ただし、これは協働を要しない単純作業で、若手の育成や発想の仕事の話ではない。

先に昇進の話で触れた Emanuel と Harrington の研究は、同じ米国のコールセンターのデータで、パンデミック前から、リモート勤務の人は出社の人より、1時間あたりの応答数が12%少なかったと述べる。抄録によれば、この研究はその差を二つに分解している。元出社の人が在宅になって下がった分が4%、全員が在宅になっても残る8%は、もともと在宅の仕事を選んだ人の違い、いわゆる負の選択である。在宅の効果と、選ぶ人の違いを切り分けたこと自体が、この研究の貢献だ。

要するに、在宅に有利な数字ばかりではない。状況を限れば、在宅に不利な結果も出る。この点検は、どちらの側にも甘くならないように進めたつもりだ。

孤独をめぐる通説は、どちらの側からも崩れる

号令に反対する側にも、よく使われる通説がある。「ハイブリッドは、出社日にも在宅日にも馴染めず、いちばん孤独になる」というものだ。筋は通って聞こえるが、データを見ると、そうなっていない。

Gallup が2024年に公表した記事は、前日に孤独を多く感じた人の割合を、在宅勤務の頻度別に示している。常に在宅の人が25%、時々の人が21%、まったくしない人が16%。「時々」をハイブリッドとみなせば、ハイブリッドは中間にいる。(標本が世界の従業員か、米国の就業者かは、記事のページからは判別できなかった。)通話ツールの会社 Ringover が2024年3月に米国の1,154人へ行った調査では、職場で孤独を「よく感じる」割合は、リモート24.0%、出社12.1%、ハイブリッド8.6%だった。並びは Gallup と違い、ハイブリッドがいちばん少ない。ただし、Ringover の調査は同社のマーケティング調査で、抽出方法も示されていない。どちらの調査でも、孤独がいちばん強いのはハイブリッドの人だ、という結果は出ていない。

この通説をめぐって引かれることがあるのが、隣の棟の研究と同じ3人が、2026年に Science に載せた別の論文だ。ここは、読み方に注意が要る。論文が使ったのは、2011年から2024年(パンデミックの2020〜2021年を除く)に実施された、米国の五つの全国調査の合計588,322人で、同じ人を追跡したものではない。比べたのも、出社、ハイブリッド、フルリモートの三区分ではない。リモートで働きうる職業と、働けない職業の差の差である。孤独感そのものも測っていない。測ったのは、一人で過ごした時間と、心理的苦痛の指標(K-6)だった。

結果を並べる。リモートで働きうる職業の人は、働けない職業の人に比べて、起きている時間のうち、一人で過ごす時間が、勤務日1日あたり約1時間増えた。K-6 は、平均3.0に対して0.3単位上がり、ひとり暮らしの人では0.8単位上がった。同居人のいる人では、有意な差がなかった。「ほぼ一日中、一人」の日の割合は1.9ポイント増え、ひとり暮らしでは7.0ポイント増(同居人あり0.7ポイント)だった。しかも、仕事以外で人と会う時間が増えた様子はなく、平日の夕方に友人と過ごす時間は、むしろ約25%減っていた。歩数計で散歩が好きかどうかを測るようなもので、時間の使い方は、気持ちの代わりにはならない。それでも、一人の時間が増えたことは、はっきり出ている。

著者らは、フルリモートとハイブリッドの影響は区別できない、と明記している。考察では、推測として、週に1〜2日のリモートなら、心理的苦痛への影響は、かなり小さいか、人によっては保護的でさえありうる、とも書いている。週に平均約2日出社した人は、それより多い人、少ない人より、同僚からの孤立感が低かった、という無作為化実験(Choudhury ら)もある。抄録で確認できたのはこの結論までで、対象はバングラデシュの組織 BRAC の人事担当者、期間は9週間、と二次情報にある。標本は小さく、人数は資料によって食い違う。

言えるのは、「ハイブリッドがいちばん孤独」という通説にも、「出社すれば孤独は消える」という期待にも、確かな根拠がない、ということだ。ただ、リモートで働ける職業では、特にひとり暮らしで一人の時間が増える、という一点は残る。それは週5日出社の根拠というより、リモートの多い働き方への注意書きに近い。何日からが多すぎるのかは、この論文のデータからは分からない。

日本では、制度が広がる一方で、使う人は減っているのか

日本の数字も見ておく。日本生産性本部の「働く人の意識調査」によれば、2026年7月のテレワーク実施率は14.5%と、調査開始以来の最低を更新した(前回の2026年1月は15.4%)。実施している人のうち、週5日以上出勤する人は32.5%で過去最多、出勤が0日の人は10.6%で過去最少だった。調査の初回の2020年5月は31.5%とされている(報道経由の二次情報)。

東京都の産業労働局の調査では、都内企業(従業員30人以上)のテレワーク導入率は、令和7年度に64.0%と、前年の58.0%から上がっている。ただし、二つの数字は単純に並べられない。生産性本部は、1,100人規模のネット調査で、全国の雇用者個人の実施率を、東京都は、回収率20.9%のアンケートで、都内の企業の導入率を、それぞれ聞いている。実施率は、テレワークをした人の割合であって、出社が増えたかどうかを直接示す数字でもない。母集団も時期も違うので、器が増えて中身が減っている、とまでは言えない。二つの数字は、それぞれの母集団の中で読むしかない。

号令の根拠に残ったもの

並べ直してみる。義務化のあと、業績の改善は検出されなかった。従業員の満足度は、少しだけ下がった。辞めてほしかったという本音は、調査では語られている。ただし、実際に辞めたのは、引き留めたいはずの管理職や高スキルの人に偏っていた。「ハイブリッドがいちばん孤独」という通説には、確かな根拠がなかった。一方で、リモートで働ける職業では一人で過ごす時間が増える、という材料は、リモートの多い働き方への注意書きとして残った。日本では、全国の個人の実施率は過去最低を更新し、都内の企業の導入率は前年より上がっていた(ただし母集団も時期も違う)。

残ったのは、狭い二点と、一つの注意書きである。離れるとアイデアの種を一緒に練る工程が減ること。棟ひとつぶんの距離でも、小さなフィードバックの量が変わること。この二点は、「出社」と「在宅」を比べた直接の実験ではなく、また、日々の仕事のどれだけの割合を占める工程なのかも、答えていない。注意書きのほうは、リモートで働ける職業では、特にひとり暮らしで、一人の時間が増えることだ。これはリモートの多い働き方に注意を促す材料だが、何日からが多すぎるのかは示していない。だから、週に何日出社するかの根拠にはならない。そして反対側には、週2日の在宅で離職が3分の1減った、という実験がある。

出社日数をどう決めるべきかは、この記事では書かない。それは、号令の理由を点検することとは別の問いで、点検の結果として決まるものでもないからだ。ここまで書いて残ったのは、号令が頼れる根拠が、思っていたより狭くて、思っていたより具体的だった、という感触である。

出典

  • Ding, Y., & Ma, M. (2024). "Return-to-Office Mandates." SSRN Working Paper 4675401(2024年1月版・査読前). doi:10.2139/ssrn.4675401(全文で確認。SSRN 本体は開けず、PDF の転載で確認)
  • Ding, Y., Jin, Z., Ma, M., Xing, B., & Yang, Y. (2024). "Return to Office Mandates, Brain Drain and Gender Difference." SSRN Working Paper 5031481(査読前). doi:10.2139/ssrn.5031481(全文で確認。PDF の転載)
  • BambooHR (2024). Return-to-office survey. プレスリリース(Method Research 作成、RepData 配信、2024年3月実施、n = 1,504).(プレスリリースの全文で確認。質問文と詳細レポートは未確認。同社は人事ソフトの会社)
  • Lin, Y., Frey, C. B., & Wu, L. (2023). "Remote Collaboration Fuses Fewer Breakthrough Ideas." Nature, 623, 987–991. doi:10.1038/s41586-023-06767-1(抄録と補足図の説明で確認。主文は未読)
  • Brucks, M. S., & Levav, J. (2022). "Virtual Communication Curbs Creative Idea Generation." Nature, 605, 108–112. doi:10.1038/s41586-022-04643-y(抄録と補足図の説明で確認。15〜20%は大学の広報による二次情報。Publisher Correction(Nature 606, E17)の内容は未確認)
  • Emanuel, N., Harrington, E., & Pallais, A. "The Power of Proximity to Coworkers." NBER Working Paper 31880(2023年公開、2026年6月改訂・査読前). doi:10.3386/w31880(全文で確認。改訂前の版とは数字が異なる)
  • Yang, L., Holtz, D., Jaffe, S., et al. (2022). "The Effects of Remote Work on Collaboration among Information Workers." Nature Human Behaviour, 6(1), 43–54. doi:10.1038/s41562-021-01196-4(抄録で確認。オンライン公開は2021年9月)
  • Bloom, N., Han, R., & Liang, J. (2024). "Hybrid Working from Home Improves Retention without Damaging Performance." Nature, 630, 920–925. doi:10.1038/s41586-024-07500-2(全文で確認)
  • Elsbach, K. D., Cable, D. M., & Sherman, J. W. (2010). "How Passive 'Face Time' Affects Perceptions of Employees: Evidence of Spontaneous Trait Inference." Human Relations, 63(6), 735–760. doi:10.1177/0018726709353139(抄録で確認)
  • Bloom, N., Liang, J., Roberts, J., & Ying, Z. J. (2015). "Does Working from Home Work? Evidence from a Chinese Experiment." The Quarterly Journal of Economics, 130(1), 165–218. doi:10.1093/qje/qju032(抄録で確認。オンライン公開は2014年)
  • Emanuel, N., & Harrington, E. (2024). "Working Remotely? Selection, Treatment, and the Market for Remote Work." American Economic Journal: Applied Economics, 16(4), 528–559. doi:10.1257/app.20230376(抄録で確認)
  • Atkin, D., Schoar, A., & Shinde, S. "Working from Home, Worker Sorting and Development." NBER Working Paper 31515(2023年・査読前). doi:10.3386/w31515(全文で確認)
  • Gallup (2024). "1 in 5 Employees Worldwide Feel Lonely."(Ryan Pendell, 2024年6月11日).(記事の全文で確認。標本が世界か米国かは記事のページから判別できなかった。本体のレポートは未確認)
  • Ringover (2024). Loneliness at work survey.(2024年3月12〜14日実施、米国のフルタイム就業者1,154人。同社のマーケティング調査で、抽出方法の記載なし。全文で確認)
  • Emanuel, N., Harrington, E., & Pallais, A. (2026). "Home Alone: Remote Work, Isolation, and Mental Health." Science, 392(6802), eaec7671. doi:10.1126/science.aec7671(全文で確認。補足資料は未読)
  • Choudhury, P., Makridis, C., Khanna, T., & Schirmann, K. (2026). "Is Hybrid Work the Best of Both Worlds? Evidence from a Field Experiment." Review of Economics and Statistics, 108(4), 1134–1140. doi:10.1162/rest_a_01428(抄録で確認できたのは結論まで。対象や期間、人数は二次情報で、資料により食い違う)
  • 日本生産性本部「働く人の意識調査」第19回(2026年7月調査、7月30日公表).(労働新聞社に掲載されたリリースの本文で確認。第1回の2020年5月の数字は報道経由の二次情報)
  • 東京都産業労働局「テレワーク導入率調査結果」(令和7年度、2026年4月公表).(報道発表の本文で確認)
XはてなブックマークLINEFacebook