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「オフィスに戻れ」という号令は、何を根拠にしているのか

「オフィスに戻れ」という号令は、何を根拠にしているのか

オフィス回帰を命じた企業の99%で、従業員満足度は下がった――業績は上向かなかった。それでも対面には、根拠のある効果が一つだけ残っていた。号令が持ち出す理由を一つずつ検証する。

TOMOAKI··仕事

号令には、たいてい理由が添えられている

週の出社日数を増やす、あるいは完全出社に戻す。この手の号令が経営陣から出るとき、そこにはたいてい理由が添えられている。多いのは「イノベーションのため」という言葉だ。偶然の立ち話から生まれる発想、廊下ですれ違うだけの雑談。オフィスという物理的な場が失われれば、そうした副産物も一緒に失われる、という理屈である。

この理屈自体は、根拠のない精神論というわけではない。経済学者ユー・リン、カール・フレイ、ラーム・ウーが2023年に学術誌Natureに発表した研究は、過去半世紀分の論文2,000万本と特許400万件を分析し、チームのメンバーが物理的に離れているほど、その成果が既存の知見を塗り替えるような「破壊的」な発見になりにくいことを示した。分野やチーム規模を問わず一貫して見られた傾向だという。オフィス回帰派が持ち出す根拠のうち、これは数少ない、実際に実証データの支持を受けている部分だ。

ただし、この研究が測っているのは「イノベーション全般」ではなく、既存の知見を塗り替える「破壊的」な発見に限られる。同じ研究は、遠隔チームの共同作業が、すでに形式知化された後工程の技術的な作業に偏りやすく、まだ言葉になっていない発想そのものを一緒に練り上げる工程では手を組みにくい、という分業の傾向も報告している。オフィスが失われて減っているのは仕事の量ではなく、アイデアがまだ曖昧な段階で誰かと一緒に考える、という特定の工程だけだ、という限定つきの話になる。

クインテン・メッツィスの絵画『金貸しと妻』(1514年)。天秤で金貨を量る夫の傍らで、祈祷書のページをめくる手を止め、その作業に目をやる妻。

だが、号令が出るタイミングを見ると

ところが、この理屈が号令の本当の動機かどうかは、また別の話になる。ピッツバーグ大学の経営学者マーク・マーとユエ・ディンが2023年にS&P500企業137社を対象に行った分析では、オフィス回帰の義務化は、それに先立つ株価の下落と強く結びついていた。業績が振るわず投資家からの圧力を受けた企業ほど、義務化に踏み切りやすい。イノベーション云々の理屈が先にあって義務化が決まるのではなく、株価が先に落ちて義務化が決まる、という順序である。熱が出てから解熱剤を飲むのに似ている。解熱剤を飲んだから熱が出たわけではなく、熱が出たから解熱剤を飲んだにすぎない。

さらに踏み込むと、この研究は義務化の「効果」も測定している。義務化後、財務業績や企業価値に有意な改善は見られなかった。一方で、対象となった企業の実に99パーセントで、従業員の総合的な満足度が低下していた。イノベーションを取り戻すはずだった号令は、業績を取り戻さないまま、満足度だけを確実に下げていたことになる。

この研究は観察データにもとづく相関であり、義務化そのものが業績を悪化させたと証明しているわけではない。もともと業績が悪化している最中の企業では、義務化以外の要因(人員削減、事業縮小、経営体制の混乱)も同時に進んでいた可能性がある。ただし、この研究が反証しているのはあくまで「義務化すれば業績が上向く」という、号令の側が暗に掲げていた因果関係そのものだ。上向かなかった、という一点だけは、相関データの範囲でも十分に言える。

号令のもう一つの顔

業績が改善しないのだとしたら、義務化は何のために出されているのか。2024年にBambooHRが行った調査は、別の答えを示唆している。米国のフルタイム・デスクワーカー1,504人を対象にした調査で、VPおよびC-suite級の役員の25パーセントが、オフィス回帰の義務化によって従業員が自発的に辞めることを期待していたと回答した。管理職以上のHR担当者504人を抽出したサブグループでも18パーセントが同様に回答している。住みにくくして家賃の値上げを飲ませ、実質的に住民の入れ替えを狙う大家の発想に近い。レイオフという形を取らずに人員を減らす、いわば静かな人員整理としての機能である。

ただし、この目論見も思うようには進んでいないらしい。同じ調査では、管理職・役員の37パーセントが、想定より辞める従業員が少なかったために、結局レイオフに踏み切ったと回答している。自発的に辞めることを期待して出した号令が、期待した通りには機能せず、最終的に当初避けたかったはずの手段に行き着く。皮肉なのは、この構図そのものだ。加えて従業員側の42パーセントは、自分がオフィスにいるのは単に「見られるため」だと感じている。生産性でも創造性でもなく、可視性のための出社である。

それでも消えない、一つの効果

ここまでを並べると、号令の理屈はほぼ崩れて見える。ただし一つだけ、繰り返し実証されている効果が残っている。スタンフォード大学のジョナサン・レヴァヴとコロンビア大学のメラニー・ブラックスが2022年にNatureに発表した研究では、対面のチームはオンラインのチームより15〜20パーセント多くのアイデアを生み出していた。実験室での検証だけでなく、多国籍企業の技術者1,500人近くを対象にした現場実験でも同じ傾向が確認され、対面チームのアイデアは独創性の評価も高かった。研究チームは、画面という狭い視野に意識が縛られることで、思考そのものが狭まるのではないか、という仮説を示している。視線が自由に空間をさまよえる対面の場のほうが、思考も自由にさまよいやすい、ということだ。

ここでもう一段、留保が要る。同じ研究は、アイデアを「出す」段階では対面が優位でも、出たアイデアの中から「選ぶ」段階では、オンラインが劣っているという証拠は見つからなかったとも報告している。むしろオンラインのほうが優れている可能性を示す予備的な結果さえあった。対面が強いのはアイデアの量と独創性であって、その先の意思決定の質までは保証しない。号令が持ち出せる根拠は、実のところこの狭い範囲に限られている。

この狭さを、過小評価する必要はない。新しい発想の種そのものが枯渇すれば、選ぶ段階の質がどれだけ高くても意味を持たない。ただし、大半の業務は日々の意思決定や実行の積み重ねであって、ゼロから独創的な発想を量産する場面はそう多くない。対面の優位性が実証されている工程が、組織の仕事全体のうちどれだけの割合を占めるのか——その比率までは、この研究は答えていない。

もう一つの通説も、検証すると崩れる

号令に反対する側にも、よく持ち出される通説がある。「ハイブリッド勤務は良いとこ取りのようでいて、実は出社日にも在宅日にもうまく馴染めず、最も孤独になりやすい働き方だ」というものだ。出社日には同僚の多くが在宅で、在宅日には自分一人。どちらの日も帰属先の輪郭がぼやける、という説明は筋が通って聞こえるし、実際にこの理屈は説得力を持って語られることが多い。

ところが実際のデータは、この通説とは逆の形をしている。2024年にRingoverが実施した調査では、孤独を感じると答えた割合は、完全出社が16パーセント、ハイブリッドが21パーセント、フルリモートが25パーセントだった。もっとも孤独なのはハイブリッドではなく、フルリモートである。2011年から2024年にかけて58万人規模の労働者を追跡したScience誌の大規模調査でも、完全出社とハイブリッドのあいだに孤独感の有意な差はほとんど見られず、フルリモートだけがわずかに孤独感が強かったと報告されている。折衷案が両方のコストを背負っているという直感は、少なくとも孤独という指標に関しては裏付けを持たない。

並べ終えて、残るもの

号令の理屈のうち、実証データに支えられているのは「対面はアイデアの量と独創性を押し上げる」という、狭く具体的な一点だけだった。それ以外の主張——業績が改善する、退職を促せる——は、いずれも根拠を欠くか、検証すると効果が確認できないか、意図通りに機能していなかった。一方で号令に反対する側が好んで使う「ハイブリッドが一番孤独」という通説も、同じように崩れた。

週2日程度のハイブリッド勤務が生産性を落とさず離職率を下げる、という別の研究群もあるが、それは通勤や境界の消失という切り口ですでに扱った話なので、ここでは繰り返さない。今回並べたのは、あくまで「オフィスに戻す/戻さない」という号令そのものの根拠についてだけだ。

双方が持ち出す根拠のうち、どれが実証に耐え、どれが耐えないか。この記事はその選別だけを行った。出社日数をどう決めるべきかについては、何も書いていない。それは、この記事が扱う範囲の外にある問いだ。

出典

Lin, Y., Frey, C. B., & Wu, L. (2023). "Remote collaboration fuses fewer breakthrough ideas." Nature, 623, 987–991.
Ding, Y., & Ma, M. (2023). "Return-to-Office Mandates." University of Pittsburgh, Katz Graduate School of Business (SSRN working paper).
BambooHR (2024). Return-to-Office survey report(管理職・役員および人事担当者約2,000人対象の意識調査).
Brucks, M. S., & Levav, J. (2022). "Virtual communication curbs creative idea generation." Nature, 605, 108–112.
Ringover (2024). Loneliness at Work survey report(民間企業による調査、参考情報として扱う).
孤独時間とリモートワークの関係に関する大規模調査(2026). Science.(N=588,322)