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森が15分で人を変える、という報告のまわりで

森が15分で人を変える、という報告のまわりで

森に15分いるとストレスホルモンが下がる、という報告がある。だが条件を変えると数値は大きく揺れる。森林浴と森林セラピーの境界線から、五感を意識的に使う作法までをたどりながら、その揺れの正体を考えた。

TOMOAKI··趣味

科学が追いつく前から、森は特別だった

近所の公園のベンチで、特に理由もなく15分ほど座っていたことがある。スマホを見ず、ただ木を見ていた。帰り道、体が少し軽くなった気がした——のだが、これは記憶の作り話かもしれない。「森はいい」という感覚は、検証よりずっと先に、経験として広く共有されてきたからだ。

この感覚に、後から科学が追いついてきた。森林医学の分野では、木々が放つ揮発性の香り成分「フィトンチッド」を吸入すると、免疫細胞であるNK(ナチュラルキラー)細胞の活性が高まる、という報告がある。日本医科大学の李卿らが2008年に発表した研究では、森林で2泊した被験者のNK細胞活性が実験前より有意に上昇し、都市部への旅行では見られなかったという。数字だけ見れば、森には確かに何かがある。

ただし、この研究は被験者数がそれほど多くなく、追試の規模や条件もまだ限られている。「フィトンチッドを吸えば免疫が上がる」と断定できるほど、話は単純ではないようだ。効果の存在を否定する材料もない代わりに、決定打と呼べるほどの証拠でもない、という宙ぶらりんな位置に、この分野の多くの知見は留まっている。

森林浴と森林セラピー、境界線のようなもの

「森林浴」と「森林セラピー」は、しばしば同じ意味で使われる。だが実際には、目的地の看板が違う。森林浴は「近くの公園の森を、今日は歩いてみようか」という自由な余暇であり、特別な資格も認定も要らない。対して森林セラピーは、森林セラピーソサエティが認定した「森林セラピー基地」で、専門のセラピストの案内のもと、事前・事後の血圧や唾液コルチゾール値の測定までセットになった、いわば計測付きの散歩だ。

この計測の部分に、もう一つの意外な数字がある。千葉大学の宮崎良文らのグループが2010年にまとめた研究では、森林環境に滞在した被験者の唾液中コルチゾール濃度が、都市環境に滞在した対照群と比べて有意に低かったと報告されている。「森に行くとストレスが減る」という直感を、数字で裏付けたことになる。

ただしここにも留保がつく。コルチゾール濃度は測定のタイミング、前日の睡眠、当日の気温や湿度によっても大きく変動するホルモンで、研究間で示される低下幅にはかなりの幅がある。「森で20分過ごせばコルチゾールが何パーセント下がる」という具体的な数字が独り歩きしている記事をよく見かけるが、元の研究群を読む限り、そこまで一本の数字に集約できるほど条件は揃っていない。効果の方向性は繰り返し示されているが、大きさを一つの数字で語るのは、研究者本人たちよりも紹介する側の方が自信満々になっている、という逆転が起きているように見える。

ゆらぎという、説明しにくいものの説明

森の中にいると、木の葉が擦れる音、鳥の声のリズム、木漏れ日の揺れ方——どれも規則的すぎず、かといって完全にランダムでもない。この性質は「1/fゆらぎ」と呼ばれ、物理学者の武者利光が1980年代に一般向けに紹介して以来、心地よさの説明として広く使われるようになった。ろうそくの炎の揺れや、ヒトの心拍のゆらぎにも同じ性質が見られるという。

ただ、この説明にも注意がいる。「1/fゆらぎだから癒される」という因果は、直感的には筋が通っているように聞こえるが、脳波や自律神経への影響を厳密に測定した研究は、フィトンチッドやコルチゾールの研究に比べても数が少なく、機序の解明はまだ途上にある。ゆらぎという言葉自体が、説明できないものに便利な名前をつけているだけかもしれない、という可能性を、完全には排除できない。

疲れているのは、注意力そのものらしい

ゆらぎの話とは別の角度から、森が効くらしい理由を説明する仮説もある。心理学者のレイチェル・カプランとスティーブン・カプランが1989年に提唱した「注意回復理論」は、都市生活で酷使されるのは「意識的に意識を向ける」能力——例えば信号を見落とさないよう注意を保つような、意図的な集中力——であり、その能力は使うほど消耗すると考える。対して森のような環境は、意図せず注意を引きつける刺激(葉の揺れ、遠くの水音)に満ちていて、意図的な集中を使わずに済む。だから休まる、という理屈だ。

この理論は直感に合いやすく、オフィス内の植物や窓からの緑視率を測る研究にまで応用されてきた。ただし理論そのものは経験的な観察の積み重ねから生まれたもので、「意図的注意」という能力を脳のどの働きとして定義し直すかについては、研究者の間でも一致していない。効いている感覚は本物でも、その感覚に「注意回復」という名前をつけた瞬間に、実際より説明できた気になってしまう危うさは、1/fゆらぎの話と同じ構造を持っている。

五感を、わざわざ使ってみる

森林セラピーの現場でセラピストが繰り返す指示は、要約すると「今使っていない感覚を使ってみる」ということに尽きる。都会では視覚が常に「近く」——画面や書類——に固定されている。森ではその逆に、遠くの稜線と足元の苔を交互に見る。ピントを動かすこと自体が、目の周りの筋肉をほぐすとも言われている。

聴覚も同じ理屈で使える。目を閉じて立ち止まると、最初は静寂に感じるが、風の音、遠くの水音、虫の羽音が、順番に輪郭を持って聞こえてくる。人工的な音がないだけで、耳が拾う情報量はむしろ増えるという逆説がここにはある。嗅覚では、フィトンチッドだけでなく、雨上がりの土や、落ち葉が発酵したような匂いに意識を向ける。触覚は木の肌や石の冷たさ、味覚は森の水で淹れた一杯の茶。どれも大げさな道具は要らない。

ただし、これを毎回「五感チェックリスト」として律儀にこなそうとすると、本末転倒になる。森に入った瞬間から「今から視覚、次は聴覚」と手順を数えている状態は、結局スマホの通知を数えているのと変わらない緊張を連れてくる。五感を使う、という発想は目安であって、遂行すべき手順ではないはずだ。

基地という制度、選ぶ理由はさほどない

森林セラピーソサエティが認定する基地は、全国に60箇所以上ある。信州・信濃町の「癒しの森」は先駆けの一つで、宿泊施設や医師と連携したプログラムが整っている。神奈川の箱根芦ノ湖森林セラピー基地は都心からのアクセスがよく、富士山を望む湖畔の景観がある。島根県飯南町の「ふるさとの森」は傾斜の緩やかなコースが多い。

とはいえ、認定基地でなければ効果がないわけではない。認定は主に、計測環境とプログラムの整備状況を保証するものであって、近所の緑地に同じ性質の音や匂いがないという意味ではない。基地を選ぶ基準は、結局のところアクセスとその日の体力に落ち着く。制度としての厳密さと、体験としての価値は、必ずしも一致しない。

森の外に持ち帰れるもの

森の心地よさを一度知ると、それに隣接する趣味に興味が向くことがある。不安定な地面の上で体幹と感覚を鋭くする森林ヨガ、日常の悩みが小さく見える星観察、光の当たり方を観察するネイチャーフォト、ベランダで小さな生態系を育てるガーデニング。どれも森そのものではないが、森で意識したのと同じ種類の注意の払い方を、日常の中で再現する試みだと言える。ヒノキや杉の香りを部屋に持ち込むだけでも、記憶が森を連れ戻すことがある——ただしこれは、フィトンチッドの生理的な効果というより、単に匂いと記憶が結びつきやすいという、もっと一般的な脳の性質による部分が大きいだろう。

数字より先に、体が動いていた

森林セラピーをめぐる研究の多くは、「効果がない」と否定する材料にも乏しく、「これで決まり」と断定する材料にも乏しい、という中間地帯にある。それは科学が怠けているからではなく、屋外で、天候も被験者の体調も揃わない環境で、厳密な実験をすること自体が難しいからだろう。

それでも、公園のベンチに15分座って感じた軽さは、なくならない。数字が追いついていないからといって、その体感を疑う必要はない。ただ、その体感を語るときに、根拠の怪しい数字を借りてくる必要もない、というだけの話だ。

出典

  • Li Q. et al., "Visiting a forest, but not a city, increases human natural killer activity and expression of anti-cancer proteins", International Journal of Immunopathology and Pharmacology, 21(1), 117-128, 2008.
  • Park B.J., Tsunetsugu Y., Kasetani T., Kagawa T., Miyazaki Y., "The physiological effects of Shinrin-yoku (taking in the forest atmosphere or forest bathing): evidence from field experiments in 24 forests across Japan", Environmental Health and Preventive Medicine, 2010.
  • 武者利光『ゆらぎの発想』日本放送出版協会, 1994年.
  • Kaplan R. and Kaplan S., "The Experience of Nature: A Psychological Perspective", Cambridge University Press, 1989.
  • 森林セラピーソサエティ 認定「森林セラピー基地」一覧(公式サイト)