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モノを直すことが、なぜ気持ちの支えになるのか

モノを直すことが、なぜ気持ちの支えになるのか

壊れたら買い替える、直せなければ諦める。そういう生活の中で、自分の手でモノを直すという行為が、静かに自己信頼を立て直しているのではないかという話。

TOMOAKI··趣味

今の生活は、摩擦を極限まで削ぎ落としたテクノロジーに囲まれている。指先一つで用事が済み、声一つで照明がつく。便利ではあるのだが、その裏側で、自分が使っているものの仕組みを何も知らないまま暮らしていることに、たまに落ち着かなさを覚える。壊れたら自分ではどうしようもない、という前提を積み重ねていくと、「自分の環境は自分ではコントロールできない」という感覚が、静かに根を張っていく気がする。

学習性無力感という言葉

心理学者マーティン・セリグマンが提唱した「学習性無力感」は、自分の働きかけが結果に影響しない状況が続くと、人は次第に困難に立ち向かう意欲を失っていく、という理論だ。壊れたら修理に出すか捨てるかしか選択肢がない生活は、モノに対して完全に受け身の立場を強いる。その積み重ねが、仕事や人間関係にまで薄く影響しているのではないか、というのは自分の実感に近い仮説で、厳密に検証したわけではない。ただ、逆に「自分の働きかけで周囲を変えられる」という感覚を持っている人ほどストレスに強い、という報告はいくつか目にしたことがある。

分解して、観察する

壊れて捨てようと思っていた家電やリモコンを分解してみると、案外落ち着いた気持ちになる。捨てる前提なら失敗を恐れる必要がない。ネジを一本ずつ緩めながら、なぜこの歯車がここにあるのか、設計者は何を考えてこの配置にしたのか、と考える時間は、不安や後悔を反芻している暇がないくらい、目の前の構造に意識を持っていかれる。

これは物理的なモノに限らない。自分で作ったサイトのコードにエラーが出たとき、ログを追い、仮説を立て、一行を書き換えて直る瞬間の感覚は、古いラジオのハンダ付けを直して音が鳴った瞬間とどこか似ている。同じ報酬系が動いているのかもしれないが、これも厳密な根拠があるわけではない。

直したモノには、たいてい多少の傷跡が残る。それを完成度の低さと見るか、自分がその構造と向き合った証拠と見るかで、モノとの付き合い方は変わってくる。今夜はパソコンを閉じて、ドライバーを手に取ってみるのも悪くないかもしれない。

出典

Seligman, M. E. P., & Maier, S. F. (1967). "Failure to Escape Traumatic Shock." Journal of Experimental Psychology, 74(1), 1–9.