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モノを直すと気持ちは支えられるのか
逃げられない電撃を受けた犬の3分の1は無力にならなかった。学習性無力感の原典と、提唱者自身による見直し、修理の実験から、直すことの効き目を確かめ直した。
今の生活は、摩擦を極限まで削ぎ落としたテクノロジーに囲まれている。指先一つで用事が済み、声一つで照明がつく。便利ではあるのだが、その裏側で、自分が使っているものの仕組みを何も知らないまま暮らしていることに、たまに落ち着かなさを覚える。壊れたら自分ではどうしようもない、という前提を積み重ねていくと、「自分の環境は自分ではコントロールできない」という感覚が、静かに根を張っていく気がする。
この「気がする」を、そのまま信じていいのか。もとの記事は、そこで心理学の「学習性無力感」を持ち出していた。壊れたら修理に出すか捨てるかしかない生活が、受け身の姿勢を育てるのではないか、という筋だ。読み直してみると、この筋はかなり危うい。有名な理論の名前を借りて、自分の実感に権威を着せていたことになる。
そこで今回は、その理論の原典に当たり直した。結論を先に言うと、原典が示していることは、記事が使っていたものとはだいぶ違う。そのうえで、では「直す」ことには何が言えるのかを、実験の数字で探ってみる。
犬の3分の1は、無力にならなかった
学習性無力感の原典は、マーティン・セリグマンとスティーブン・マイヤーが1967年に発表した論文(Journal of Experimental Psychology, 74巻1号)である。この論文の本文は、入手できなかった。実験の中身は、同じ二人が後年に書いた総説(1976年)で確かめている。総説は著者本人たちの記述なので厳密には二次情報にあたるが、実験を行った当人の説明ではある。
実験はこうだった。犬を3つの群に分ける。各群8匹、計24匹。第一の群は、ハンモックのような吊り具に体を固定され、電撃を受ける。鼻先のパネルを押せば電撃が止まる。第二の群は、第一の群と同じだけの電撃を受けるが、パネルを押しても何も変わらない。第三の群は、電撃を受けない。24時間後、全群を「シャトルボックス」に入れる。低い仕切りを跳び越えれば電撃から逃げられる箱である。
第一の群と第三の群は、すぐに仕切りを跳び越えることを覚えた。第二の群は、ほとんど覚えなかった。8匹のうち6匹は、まったく逃げなかった。電撃が流れているのに、仕切りを跳び越えない。これが「学習性無力感」の名前の由来になった光景である。
ここまでは、教科書に載っている話だ。意外なのは、その後に総説が書いている数字のほうである。1965年から69年にかけて、逃げられない電撃を受けた犬は約150匹いた。そのうち、逃げることを学ばなかったのは3分の2(約100匹)。残りの3分の1は、普通の犬と同じように逃げた。しかも、その中間はなかった、と総説は書いている。無力になるか、ならないか、のどちらかだった。
さらに、電撃を受けていない数百匹の犬でも、約5パーセントは最初から逃げることを覚えなかった。著者らは、研究室に来る前の来歴が関係している可能性を挙げている。つまり、「逃げられない経験が、誰でも無力にする」という通俗的な理解は、初期の研究の段階で、すでに3分の1の例外を抱えていた。
もう一つ、条件にも注意がいる。この実験が与えた嫌なことは、痛みを伴う電撃だった。しかも、自分が何をしても無関係に、繰り返し与えられる電撃である。ここで、冒頭の記事の主張に戻る。「壊れたら修理に出すか買い替えるしかない」状況は、これと同じだろうか。刺激の強さだけが決め手になるわけではない。後で見るように、ヒトの実験では、大きな音や解けない問題でも無力感が出ている。違いは二点にある。電話をかければ直る、新品が届く、という意味では、こちらの働きかけは効いている。そして、嫌なことが繰り返し降ってくるわけでもない。2016年の総説が受け身の原因とみなしたのは、長く続く嫌な刺激そのものだった。もっとも、ヒトの実験では、短く中程度の経験でも無力感が出ているので、この二点目は強い論拠ではない。原典の操作とは別物で、「無力感を育てる」と書くと、原典の範囲を外れてしまう。
種や課題による違いも大きい。1976年の総説は、ラットでは学習性無力感がそもそも出にくく、課題をある程度難しくしないと出ない、と書いている。犬で見えた現象が、そのまま他の動物に、まして人の暮らしに、広がるとは限らない。実験の設定を一つ変えるだけで、見えるものが変わる。それがこの現象の、控えめに言っても扱いにくい性質である。このため、日常の出来事に「学習性無力感」の名前を貼る行為は、実験の側から見ればかなり大胆な外挿になる。
言えるとすれば、「自分の手で結果を変える経験の機会が減る」ところまでだ。それを無力感の形成にまで結びつけた研究は、確認できていない。
提唱者たちは50年後に、理論は逆向きだったと書いた
話はここで終わらない。同じマイヤーとセリグマンが、2016年にPsychological Review(123巻4号)へ「学習性無力感の50年」と題した論文を書いている。そこに、こんな文がある。元の理論は、逆向きだった。
どういうことか。元の理論では、受け身になるのは「何をしても無駄だと学んだ」結果だと考えられていた。2016年の論文は、これを引っくり返す。長く続く嫌な出来事に対して、受け身になるのは、学習していない既定の反応だという。学習されるのは、むしろ「自分でコントロールできる」ほうである。ラットの実験から描かれた仕組みでは、コントロールできると分かったとき、前頭前野(ラットでは前辺縁皮質)が、脳幹の背側縫線核という部分の活動を抑えて、受け身を打ち消す。ラットの実験では、この受け身は数日しか続かなかった。旧来の理論は、この「数日で消える」という時間の経過を、うまく説明できなかった。
この見直しで、問いの立て方が変わる。「無力さを学ぶことがあるか」ではなく、「コントロールを経験する機会がなかったとき、既定の受け身を抑えられるか」である。逃げられる電撃を先に経験したラットは、その後の逃げられない電撃でも受け身になりにくい。さらに、逃げられる電撃の経験は、7日後の社会的な敗北(大きく攻撃的なラットと同居させる)による影響も防いだ、と総説は書いている(後者はAmatらの2010年の実験を、2016年の総説が引いたもの)。
著者らは、ヒトへの当てはめにも慎重だ。動物と同じ形でコントロールの有無を比べ、ヒトの脳の活動を測った実験は、著者らが知る限り1件で、ヘビ恐怖症の21人がヘビの動画を見る場面だった(Kerrら、2012年)。速く反応すれば動画を避けられる試行では、予期の段階で前頭前野の活動が高かった。総説はこれを、動物の知見をヒトに広げる「いくらかの支持」と書く。その一方で同じ総説は、別の節で、脳画像で前頭前野の活動が上がっても、問題の経路が働いたことにはならない、と注意している。該当する神経細胞は前頭前野の細胞のごく一部で、脳画像の信号には寄与しないからだ。「直すと前頭前野が働く」のような言い方は、提唱者たち自身が止めている飛躍にあたる。
念のため、旧来の理論の側から見ても、ヒトの話は簡単ではない。1974年のヒロトの実験は、ポートランド大学の心理学入門の学生96人に、3,000ヘルツ、110デシベルの音を流した。止められる群、止められない群、音のない群。18回の試行のテストで、止められない群が逃げ損ねた割合は平均で50パーセントを超え、止められる群が13パーセント、音のない群が11パーセントだった。一方で、1975年のヒロトとセリグマンの実験は、ペンシルベニア大学の学部生96人(1群8人)を使い、4通りの組み合わせを試した。そのうち、解けない問題の後にアナグラムを解かせる組み合わせだけは、問題が3問のときに無力感が出ず、4問に増やしてやり直して出た。著者ら自身が、実験室の外に持ち出されたかどうかは分からない、と書いている。
ヒロトの1974年の論文には、もう一つ、地味だが面白い結果がある。実験の前に「結果は自分の技能で決まる」と考える傾向(内的統制)が強い人と、「結果は偶然で決まる」と考える傾向(外的統制)が強い人を選んで比べたところ、外的統制の人のほうが無力になりやすかった。「偶然で決まる」と教示された人も、「技能で決まる」と教示された人より無力になりやすかった。また、逃げられない群の中でも、内的統制の人は、前処置の段階でボタンを多く押していた(押した回数の中央値が21回と5.5回)。著者はこれを、制御できない場面で試し続けたことが、後の無力感のなさに関係しているのかもしれない、と読んでいる。その場の状況だけでなく、本人がもともとどう考える人かにも左右される、ということだ。
ほかの研究は、さらにばらつく。解けない経験の量や課題の重要性によって、成績がむしろ上がる場合があった(RothとKubal、1975年)。状況の違う課題には広がらなかった例もある(Tuffinら、1985年)。Peterson、Maier、Seligmanの1993年の著書の目次には、ヒトの無力感研究のメタ分析の節がある。二次情報の要約によれば、これはVillanovaとPeterson(1991年、未公刊)の分析で、失敗のあとの成績の低下は頑健だったとされる。数値は確認できなかった。複数の研究室による再現は、見つからなかった。「再現性が低いと判明した」とは言えない。言えるのは、初期の個々の実験は1群8人程度と小さく、条件によって出たり出なかったり、逆の結果になったりしたこと、そして、それらをまとめた分析では、成績の低下が示されたと伝えられていること、というところまでだ。
こうして見ると、冒頭の記事が頼った理論は、根拠として軽くはないが、記事が使った形では持たない。ここから先は、理論の看板を下ろして、「自分の手で結果を変えること」に直接触れた研究だけを見ていく。
コントロールを与えると、人は良くなるのか
日本語の紹介記事で、よく出てくる実験がある。老人ホームで、入居者に植物の世話をさせたら、元気になった。LangerとRodinが1976年に発表した研究(Journal of Personality and Social Psychology, 34巻2号)である。実験群には「自分のことは自分で決める責任がある」と伝え、選択の自由と、植物の世話を与えた。比較群には「職員が責任を持つ」と伝え、植物も職員が世話をした。抄録によれば、実験群は覚醒度、活動への参加、全般的な幸福感が有意に改善した。
この実験には、よくある誤引用が三つある。一つは、「植物に水をやっただけ」と要約することだ。介入は植物だけでなく、選択の機会と責任の伝達がセットだった。二つ目は、死亡率の話を1976年の結果として書くこと。死亡率は、18か月後の追跡調査(RodinとLanger、1977年)の結果である。三つ目は、個人を無作為に割り付けた試験として紹介することだ。複数の要約によれば、比べたのは2つの階である。
追跡の論文は、抄録で、効果が続いたことが「示唆される」と書くだけで、死亡率の数字は出していない。死亡の割合が比較群のほうが高かった、という報告は、二次情報の要約でしか確認できなかった。そのため、ここに数字は書かない。抄録で確かめられたのは、「示唆される」という控えめな言い方までだ。
施設で暮らす高齢者を対象にしたSchulzの1976年の研究(Journal of Personality and Social Psychology, 33巻5号)は、割り付けが無作為だった。大学生が訪問する頻度と長さを本人が決める群、訪問の予定をあらかじめ知らされる群、訪問がランダムな群、訪問のない群の4条件で、予測できる、あるいは自分で決められる良い出来事は、幸福感に強い効果があった(抄録による)。ここまでは、コントロールの話として分かりやすい。
この系列の追跡調査は、反対の方向を示している。SchulzとHanusaが1978年に発表した追跡(Journal of Personality and Social Psychology, 36巻11号)は、1976年の研究の参加者を、終了後に追った調査である。一度は良くなった群が、研究が終わると、急激に悪化した。24、30、42か月後の時点で、長期的な良い効果は残らなかった。良くならなかった群は、安定していた。自分で決められる、あるいは予定が分かるという良い出来事が、研究の終わりとともに消えたときの話である。
「コントロールの感覚を与えれば人は良くなる」という物語は、これで二重に揺らぐ。一つは、いちばんよく引かれるLangerとRodinの研究が、複数の要約によれば2つの階を比べたもので、追跡の死亡率も抄録では確かめられないこと。もう一つは、効果が、与え続けられる限りで続く可能性があることだ。修理に当てはめるなら、直す機会が一時的に与えられただけの人は、機会がなくなったときに、かえって落ち込むのかもしれない。これは推測にすぎず、修理について確かめた研究はない。
直すと、自信はつくのか
修理そのものを調べた研究は、まだ少ない。いちばん近いのは、2026年に発表されたBosshardらの実験(Journal of Community and Applied Social Psychology, 36巻2号)だ。アムステルダムの若い住民(主に学生)が、1.5時間の対面の衣類修理ワークショップを受けた。受けた群が62人、説得のメッセージだけを見た対照群が51人。募集が低調だったため、ランダムな割り付けではなく、準実験の形になっている。
結果は、自己効力感(自分はやれるという感覚)が、直後に大きく上がり(効果量d=1.27)、約4週間後にも残った(d=0.82)、というものだった。「直すと自信がつく」という命題に、比較的よい根拠がある。ところが、同じ研究で、4週間後の自己申告の修理の回数と購入には、対照群との差が出なかった。廃棄は少し減ったが(d=−0.40)、不確かだ。修理する人への同一視や、修理に時間を取る意図は、短期だけ上がって戻った。自信はついた。けれど、行動の差は、この研究では確かめられなかった。
もう一つ、修理ではなく組み立ての実験を挙げる。KöcherとWilcoxが2021年に発表し、2022年の巻に収められた研究(Journal of Consumer Psychology, 32巻3号)では、学生259人に、ゴルフのパターを使ってもらった。自分で4つの部品から組み立てたパターを使った群は、4か所からカップに入れるまでの合計打数が平均7.92。組み立て済みのパターを使った群は9.51。自分で組み立てたが、別の組み立て済みのパターを使った群は9.02だった。
この実験の面白いところは、組み立てただけでは効かなかった点にある。自分で組み立てたものを、自分で使ったときにだけ、成績が上がった。差の一部は、自己効力感を介して説明され、やる気や製品への期待、好意では説明できなかった。心理的所有感も、それだけでは説明にならなかった。「直したものを、自分で使う」ことの効果を考えるとき、いちばん近い実験といえる。これは組み立ての研究であって、修理への当てはめは私の類推だ。
IKEA効果の研究(Norton、Mochon、Arielyの2012年)も、条件つきで効く。手間が愛着に変わるのは、作業が完成したときだけで、作って壊した場合や、完成しなかった場合には、効果が消えた。修理でいえば、直しきれなかったときには、この種の愛着や満足は期待できない、ということになる。
動物の実験にも、一つだけ触れておく。ラットに、土を掘ってエサを得る訓練をさせると、その後に解けない課題でも長く粘った(Bardiら、2012年。Lambertら、2014年)。著者らはこれを、学習性無力感の対になる「学習された粘り強さ」のモデルと呼んでいる。ラットの粘りを、人の修理の動機に重ねるのは、飛躍が大きい。
直せるかどうかは、制度が先に決めている
ここまでの話は、手を動かす個人の側の話だった。ところが、直せるかどうかは、個人の意志より前に、制度が決めている部分が大きい。
EUは2024年6月13日に、修理を促進する共通ルールの指令(指令2024/1799)を採択した。官報への掲載は7月10日で、国内法化と適用の期限は2026年7月31日である。つまり、今日の時点で、すでに適用の期限は過ぎている。各国が期限どおりに国内法化したかどうかは、確認していない。
指令の第5条は、洗濯機やスマートフォン、掃除機など10分類の製品について、製造者に修理の義務を課している。修理を妨げる契約条項やハードウェア、ソフトウェアの技術を使ってはならず(知的財産の保護など、正当で客観的な理由がある場合を除く)、独立の修理業者が、純正品や互換品、中古の部品、3Dプリントで作った部品を使うのを妨げてはならない、とも書いている。一方で、第5条の対象に電子レンジや電気ケトルは入っていない。別に、第16条による売買指令の改正で、売主の責任のもとで不具合を修理で直すことを選ぶと、売主の責任期間が1回だけ12か月延びる(2026年7月31日より前の売買契約には適用されない)。いずれも条文で確認した。
日本はどうか。家電の補修用性能部品の保有期間の表示の下限は、全国家庭電気製品公正取引協議会の公正競争規約の別表で決まっている。2026年10月14日に確認した表では、電気冷蔵庫とエアコンが9年、電子レンジが8年、電気洗濯機と電気掃除機が6年、電気ポットが5年。年数は、製造の打ち切りから数える。購入から数えるのではない。
この表には、白黒テレビ、テープレコーダー、電気井戸ポンプ、ズボンプレッサーが、今も載っている。一方で、電気ケトルも、スマートフォンも、パソコンも、食器洗い乾燥機も、表にはない。表がいつ更新されたかは、ページに書かれていない。この規約は、景品表示法にもとづき公正取引委員会と消費者庁長官の認定を受けた業界の自主ルールで、法律そのものではない。なお、経産省や消費者庁が「修理する権利」を主題にした政策文書は、調べた範囲では見つからなかった。経産省の外局である特許庁が委託した調査(君嶋祐子「修理する権利:知的財産法の視点から」、2023年3月)はあるが、本文は取得できず、書誌だけを確認した。
分解して、観察する
制度の話から、手元の話に戻る。この節の、次の二つの段落と、傷跡についての段落は、私の体験と感覚の記述である。
壊れて捨てようと思っていた家電やリモコンを分解してみると、案外落ち着いた気持ちになる。捨てる前提なら失敗を恐れる必要がない。ネジを一本ずつ緩めながら、なぜこの歯車がここにあるのか、設計者は何を考えてこの配置にしたのか、と考える時間は、不安や後悔を反芻している暇がないくらい、目の前の構造に意識を持っていかれる。
これは物理的なモノに限らない。自分で作ったサイトのコードにエラーが出たとき、ログを追い、仮説を立て、一行を書き換えて直る瞬間の感覚は、古いラジオのハンダ付けを直して音が鳴った瞬間とどこか似ている。この類似を裏づける研究は、探した範囲では見当たらなかった。だから、これは私の感覚の報告にとどまる。
ここまで読んできた研究と照らすと、この体験は、いくつかの部分に分けて評価できる。落ち着く、というのは、目の前の構造に意識を取られて反芻が止まる、という過程の話で、特定の理論に頼らなくても説明がつく。自信がつく、というのは、Bosshardらの結果と矛盾しない。ただ、その自信が、行動や、より広い心の支えにつながるかは、この研究でも示されていない。「気持ちの支え」という大きな言葉は、そのどこにも証拠を持たない。
私の場合、分解や修理が心の支えになっているのかどうかは、ここまで調べても、確かめようがなかった。
直したモノには、たいてい多少の傷跡が残る。それを完成度の低さと見るか、自分がその構造と向き合った証拠と見るかで、モノとの付き合い方は変わってくる。Banduraは1977年の論文で、成功を重ねた人であれば、のちに努力して乗り越えた失敗が、粘り強さを強めうると書いた。これは理論上の主張であり、修理を調べた結果ではない。
冒頭の問いに戻る。「壊れたら自分ではどうしようもない」という前提を積み重ねると、無力感が根を張るのか。原典は、それを支えていなかった。提唱者たち自身が、理論の向きを逆に書き直している。残ったのは、もっと小さな主張である。自分の手で結果を変える経験は、自己効力感を上げるらしい。とはいえ、その効果が日常の行動を変えるかは分からず、与えられたコントロールは取り上げられると反動が出うる。直せるかどうかは、個人の意志の前に、制度が決めている面もある。
大きな物語を一つ下ろすと、残るのは、こうした細かい条件の束だ。壊れたものを前にして、ドライバーを持つかどうかは、それぞれが決めることだ。
出典
- Seligman MEP, Maier SF (1967). Failure to escape traumatic shock. Journal of Experimental Psychology, 74(1), 1–9.[本文は未入手。実験の中身は下の1976年総説による]
- Maier SF, Seligman MEP (1976). Learned helplessness: Theory and evidence. Journal of Experimental Psychology: General, 105(1), 3–46.
- Amat J, Aleksejev RM, Paul E, Watkins LR, Maier SF (2010). Behavioral control over shock blocks behavioral and neurochemical effects of later social defeat. Neuroscience, 165(4), 1031–1038.(2016年の総説の記述による。抄録で確認)
- Maier SF, Seligman MEP (2016). Learned helplessness at fifty: Insights from neuroscience. Psychological Review, 123(4), 349–367.
- Hiroto DS (1974). Locus of control and learned helplessness. Journal of Experimental Psychology, 102(2), 187–193.
- Hiroto DS, Seligman MEP (1975). Generality of learned helplessness in man. Journal of Personality and Social Psychology, 31(2), 311–327.
- (二次情報)Peterson C, Maier SF, Seligman MEP (1993). Learned Helplessness: A Theory for the Age of Personal Control. Oxford University Press(目次に、ヒトの無力感研究のメタ分析の節 “A Meta-analysis of Human Helplessness Studies”(p.106)がある。著者と年(Villanova & Peterson, 1991, 未公刊)、結論は二次情報の要約による)
- Roth S, Kubal L (1975). Effects of noncontingent reinforcement on tasks of differing importance: Facilitation and learned helplessness. Journal of Personality and Social Psychology, 32(4), 680–691.(抄録による)
- Tuffin K, Hesketh B, Podd J (1985). Experimentally induced learned helplessness: How far does it generalize? Social Behavior and Personality, 13(1), 55–62.(抄録による)
- Kerr DL, McLaren DG, Mathy RM, Nitschke JB (2012). Controllability modulates the anticipatory response in the human ventromedial prefrontal cortex. Frontiers in Psychology, 3, 557.(抄録による)
- Langer EJ, Rodin J (1976). The effects of choice and enhanced personal responsibility for the aged: A field experiment in an institutional setting. Journal of Personality and Social Psychology, 34(2), 191–198.(抄録による。群の人数と、2つの階を比べたという割り付けは二次情報のため、本文では「複数の要約によれば」としか書いていない)
- Rodin J, Langer EJ (1977). Long-term effects of a control-relevant intervention with the institutionalized aged. Journal of Personality and Social Psychology, 35(12), 897–902.(抄録による。死亡率の数字は二次情報でしか確認できなかったため書いていない)
- Schulz R (1976). Effects of control and predictability on the physical and psychological well-being of the institutionalized aged. Journal of Personality and Social Psychology, 33(5), 563–573.(抄録による)
- Schulz R, Hanusa BH (1978). Long-term effects of control and predictability-enhancing interventions: Findings and ethical issues. Journal of Personality and Social Psychology, 36(11), 1194–1201.(抄録による)
- Bosshard A, Zhou L, Brick C, van Harreveld F (2026). Promoting clothing repair with in-person workshops: A quasi-experimental field study. Journal of Community and Applied Social Psychology, 36(2), e70243.
- Köcher S, Wilcox K (2022). “I made it work”: How using a self-assembled product increases task performance. Journal of Consumer Psychology, 32(3), 492–499.
- Norton MI, Mochon D, Ariely D (2012). The IKEA effect: When labor leads to love. Journal of Consumer Psychology, 22(3), 453–460.(抄録による)
- Bardi M, Rhone AP, Franssen CL, et al. (2012). Behavioral training and predisposed coping strategies interact to influence resilience in male Long-Evans rats: Implications for depression. Stress, 15(3), 306–317.(抄録による)/ Lambert KG, Hyer MM, Rzucidlo AA, et al. (2014). Contingency-based emotional resilience: Effort-based reward training and flexible coping lead to adaptive responses to uncertainty in male rats. Frontiers in Behavioral Neuroscience, 8, 124.
- Bandura A (1977). Self-efficacy: Toward a unifying theory of behavioral change. Psychological Review, 84(2), 191–215.
- Directive (EU) 2024/1799 of the European Parliament and of the Council of 13 June 2024 on common rules promoting the repair of goods(官報テキスト)。
- 君嶋祐子「修理する権利:知的財産法の視点から」特許庁委託調査(産業財産権制度調和に係る共同研究調査事業、2023年3月)[本文は取得できず、書誌のみ確認]
- 全国家庭電気製品公正取引協議会「別表3 補修用性能部品表示対象品目と保有期間」(製造業表示規約、2026年10月14日確認)。https://www.eftc.or.jp/code/notation/notation_table3.html
