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「ワーケーションで休めている」という感覚は、どこまで本物か
仕事を持ち込みながら休むワーケーションは、回復理論の核心そのものと相性が悪い。しかも比較対象である「休暇」自体の回復効果も、思うほど盤石ではない。
仕事用のノートパソコンを、旅行かばんに入れる。午前中だけ働いて、午後は海を見に行く。休暇と労働のいいとこ取りができるという触れ込みのその働き方に、心当たりがある人は増えているはずだ。在宅勤務が「どこで働くか」を毎日の選択にしたのと同じ流れの延長線上に、「どこで休むか」も「働きながらどこで休むか」に置き換わりつつある。
ただ、この「いいとこ取り」という言い方には、少し引っかかるところがある。休暇が回復を与えてくれるのは、労働が完全に不在になるからではないのか。だとすれば、労働を持ち込んだ時点で、回復の仕組みの方が先に壊れているのではないか。
回復の核心は「頭から仕事を追い出せるか」
組織心理学者ザビーネ・ゾンネンタークとシャーロット・フリッツが2007年に整理した研究は、休息が回復として機能するかどうかを左右する条件をいくつか挙げている。その中でもっとも一貫して効果が確認されているのが「心理的距離」、つまり頭の中から仕事を追い出せているかどうかだった。景色の良さや宿の快適さより、まず仕事のことを考えずにいられるかどうかが利いている。
この考え方の土台には、心理学者メイマンとムルダーが1998年に示した「努力=回復モデル」がある。仕事で費やした心身の資源は、その負荷を生んだ状況から離れて初めて補充される、という単純な仕組みだ。離れるというのは物理的な距離だけを指すのではない。頭の中で仕事のことを考え続けている限り、体は旅先にあっても、資源を消費する状況からは離れられていないことになる。
ワーケーションは、この核心的な経路を設計の時点で自ら塞いでいる。ノートパソコンを開けば、メールの通知は届くし、会議の予定も消えない。物理的に仕事を持ち込むという行為そのものが、頭の中から仕事を追い出すという条件と真正面からぶつかる。
苦しい人ほど手放せない
話はここでもう一段こじれる。ゾンネンタークは2015年、この心理的距離そのものにパラドックスがあることを指摘した。ストレスが強い人ほど、仕事から意識を切り離すことが難しくなるという悪循環だ。忙しさに追われている人ほど、休んでいる間も頭のどこかで仕事のことを考えてしまう。
ワーケーションを選ぶ動機として「休みは取りたいが仕事も止められない」という切迫感を挙げる人は少なくないだろう。だが、この切迫感の強さそのものが、心理的距離を取りづらくする要因でもある。もっとも仕事を手放したい人ほど、もっとも手放しにくい。ワーケーションは、それを最も必要としている人にこそ効きにくい構造を抱えている可能性がある。
皮肉なのは、この矛盾がワーケーションという言葉の存在理由そのものと重なっていることだ。仕事を完全に手放せるなら、そもそもワーケーションを選ぶ理由がない。普通の休暇を取ればいい。ワーケーションが選ばれるのは、まさに仕事を手放せない人によってであり、その人たちこそ、この働き方が前提とする回復の仕組みがもっとも働きにくい相手だということになる。
ワーケーションそのものを調べた研究は、ほとんどない
ここまでは理論からの推測であり、ワーケーションという働き方自体を直接検証したデータではないことは、正直に書いておく必要がある。フォル、ガウガー、プフニュールが2022年に学術誌World Leisure Journalに発表した概念整理レビューによれば、ワーケーションに関する研究の多くはまだ概念整理の段階にとどまっており、効果を実証的に測定した研究の蓄積は薄い。
つまり「ワーケーションは休めるのか、休めないのか」という問いに、まだ十分な答えを出せる材料がそろっていない。ここまで見てきた心理的距離の理論から導ける推測は説得力を持つが、それはあくまで理論的な予測であって、ワーケーション実践者を対象にした実測ではない。ワーケーションを推奨する記事の多くが、この推測と実測の間の距離を曖昧にしたまま「効果がある」と書いてしまっている。
目にするデータの多くは、旅行会社やコワーキング事業者が自社の利用者に取ったアンケートで、満足度を尋ねた結果である。満足度を尋ねられれば、選んだ働き方を肯定したくなる心理が働きやすく、これは学術的な追跡調査とは性質がまるで違う。「利用者の8割が満足」という数字を見かけたら、それが査読を経た研究なのか、販売する側が集めた声なのか、まず出どころを確かめる価値がある。
比較対象である「休暇」自体も、思うほど盤石ではない
もっと厄介なのは、ワーケーションと比較されるべき「普通の休暇」の回復効果自体も、実は思うほど確かなものではないという点だ。
デブルームらが2009年に行った研究によれば、休暇がもたらす心身の回復効果は、職場に復帰してから1週間から4週間のうちに、ほぼ消えてしまう。ただし、消え方には偏りがある。2024年にブロシュらが行った追跡研究では、仕事へのエンゲージメントが低い人ほど休暇中に得る上乗せの恩恵は大きいものの、その分消えるのも速く、逆にエンゲージメントが高い人は休暇中の伸びしろこそ小さいが、効果を長く保てるという、直感とは逆の非対称性が見つかっている。エンゲージメントは「仕事にのめり込んでいるかどうか」を測る尺度であり、ストレスの強さそのものとは別の軸だ。「仕事に打ち込んでいる人ほど休暇の恩恵を保てない」という単純な図式は、少なくともこのデータからは支持されない。
この種のメタ分析には、測定そのものの限界もついて回る。回復の度合いは、多くの場合本人の自己申告に頼っており、休暇の記憶が美化されやすいという別の傾向とも絡み合う。加えて、効果が出なかった研究は論文になりにくいという出版バイアスの可能性も、この分野ではたびたび指摘されている。fade-outという結果自体、実際の消え方をやや過大に見積もっている可能性は残る。
休暇の長さについても、通説を裏付けるデータは乏しい。デブルームらの2009年のメタ分析では、長期休暇と短期休暇を比べても回復効果に有意な差は見られなかった。「まとまった長い休みが取れないなら意味がない」という思い込みは、少なくともこの研究群からは支持されない。
さらに踏み込んだ指摘もある。旅行研究者ヤップ・ナウェインが2010年に発表した研究は、幸福度が最も高まるのは旅行の「前」、つまり計画を立てている段階だと報告している。この研究の論文タイトルは「休暇に行った人は幸せだが、そのほとんどは休暇後に幸せになったわけではない」という、身も蓋もないものだ。実際、休暇に行った人と行かなかった人を比べても、休暇後の幸福度に有意な差が出ないケースが大半だったという。休暇そのものの回復効果という、この議論全体の前提にあたる部分から、すでに揺らいでいる。
この「幸福度は行く前がピーク」という知見は、ワーケーションを勧める文脈では都合よく利用できてしまう余地がある。予約サイトの写真を眺め、行程を組んでいる間の高揚感は、実際に現地で何をしていたかとは関係なく訪れる。ワーケーションが「良かった」と感じられたとしても、その満足感の出どころが計画段階の期待にあるのか、現地での回復にあるのかは、慎重に切り分けないと簡単に混同される。
頻度で稼ぐ、という数少ない味方
ここまで否定的な材料ばかり並べてきたが、ワーケーションを擁護できそうな数字が一つだけある。キューネルとゾンネンタークが2011年に行った研究は、休暇の効果がおよそ1ヶ月で消えるという結果に加えて、休暇の長さそのものより、休みをどれだけ頻繁に取れているかの方が回復の持続に効いている可能性を示している。まとまった長期休暇を年に一度取るより、短い休みを何度も挟む方が回復を保ちやすいなら、有給休暇を使い切らずに済むワーケーションは、休みの回数そのものを増やす手段として機能する余地がある。
ただし、この味方は思ったより頼りない。頻度が効くという知見が支持しているのは「短い休みを繰り返し取ること」であって、「働きながら旅先にいること」ではない。普通の一泊二日の休暇を月に一度取ることでも、同じ頻度の利益は得られる。ワーケーションという形式に固有の利点として数えるには、論点がずれている。頻度を稼ぎたいなら、素直に短い休暇を増やせばいい話であって、そこに労働を混ぜる必然性はどこにもない。
二重の不確実性
整理すると、ワーケーションをめぐる問いは、二つの層で不確実さを抱えている。一つは、労働を持ち込むことが回復の核心的な仕組みと相性が悪いという理論上の懸念。もう一つは、そもそも比較対象である「普通の休暇」の回復効果自体、思うほど科学的な足場が固まっていないという事実だ。
ワーケーションが休暇として機能するかどうかを論じる前に、休暇そのものが本当に人を回復させているのかという、もっと手前の問いにまだ答えが出ていない。答えの出ていない基準と比べて、答えの出ていない働き方の是非を論じているようなものだ。これは「ワーケーションでも構わない」という開き直りの根拠にはならない。むしろ逆で、判断材料が薄いところに新しい変数(仕事の持ち込み)をさらに足しているという意味で、確かさはより遠のいている。
ワーケーションを選ぶかどうかを、ここで決めるつもりはない。ただ、次にその選択をするとき、比べているのが「休暇」という確かな基準なのか、それとも同じくらい根拠の薄いもの同士を比べているだけなのか。その区別だけは、持っておいて損はない。旅先で仕事のメールを開く手が止まるかどうかは、意志の強さの問題である以前に、この二重の不確実性のどちらにも答えが出ていないという、もっと手前の事情の反映なのかもしれない。
出典
- Sonnentag, S., & Fritz, C. (2007). "The Recovery Experience Questionnaire: Development and Validation of a Measure for Assessing Recuperation and Unwinding From Work." Journal of Occupational Health Psychology, 12(3).
- Meijman, T. F., & Mulder, G. (1998). "Psychological Aspects of Workload." In Handbook of Work and Organizational Psychology (Vol. 2). Psychology Press.
- Sonnentag, S. (2015). "Dynamics of Well-Being." Annual Review of Organizational Psychology and Organizational Behavior, 2.
- Voll, K., Gauger, F., & Pfnür, A. (2022). "Work from Anywhere: Traditional Workation, Coworkation and Workation Retreats: A Conceptual Review." World Leisure Journal, 65(2).
- de Bloom, J., Kompier, M., Geurts, S., de Weerth, C., Taris, T., & Sonnentag, S. (2009). "Do We Recover from Vacation? Meta-Analysis of Vacation Effects on Health and Well-Being." Journal of Occupational Health, 51(1).
- Brosch, E.-K., Binnewies, C., Gröning, C., & Forthmann, B. (2024). "The Role of General Work Engagement and Well-Being for Vacation Effects and for Vacation Fade-Out." Applied Psychology, 73(2).
- Kühnel, J., & Sonnentag, S. (2011). "How Long Do You Benefit From Vacation? A Closer Look at the Fade-Out of Vacation Effects." Journal of Organizational Behavior, 32(1).
- Nawijn, J. (2010). "The Holiday Happiness Curve: A Preliminary Investigation into Mood during a Holiday Abroad." International Journal of Tourism Research, 12(3).
