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42度と38度、湯温を変えると何が変わるのか——「入浴で腹囲が数センチ縮む」は実測で0.8センチだった
体温に近い水でも、首まで浸かると心拍出量は約5割増えるが、「入浴で腹囲が数センチ縮む」という通説の実測は0.8センチだった。体温の上がり方は、研究室と家庭の風呂で数倍違い、ヒートショックプロテインの研究も、42度超の湯のものではなかった。42度と38度の湯で、体に何が起きるのかを数字でたどる。
以前、温泉について書いた記事の続きのようなものとして、今回は入浴そのものが体に何をしているのか、という話を書く。「整う」という言葉はもう聞き飽きた感があるが、その中身を分解してみると、案外はっきりした物理の話が残る。
湯温、水圧、浮力。風呂という場所で体にかかる条件は、この三つにおおむね尽きる。ただ、どれも「当たり前に知っている」ことになっていて、数字まで確かめた人は少ない。実際に論文をたどってみると、通説より小さかったもの、条件によって数倍違ったもの、そして一次の根拠が見つからなかったものが、いくつも出てきた。その途中経過を書いておく。
温度という変数
42度前後の熱めの湯に浸かると、血管が広がり、心拍が上がる。数分のうちに、最初の「熱い」という不快感が、じんわりとした感覚に変わる瞬間があって、そこが一つの境目のように感じる。
体が緊急事態に反応している、と言いたくなるが、測られた数字はもう少し穏やかだった。38度と42度の湯に10分ずつ浸かってもらった1984年の日本の研究(若年者5人と入院中の高齢の患者7人、寝た姿勢で入れる治療用の浴槽)では、心拍数の増え方はたしかに42度のほうが大きかった。しかし平均血圧は、どちらの温度でも入浴中に下がり、温度による差はなかった。交感神経の指標であるノルエピネフリンは、入浴中には増えず、湯から出たあとに上がった。熱い湯に入った瞬間に交感神経が一斉に立ち上がる、というほど単純ではないらしい。
38度と41度を比べた別の研究(男性14人、各15分)も、似た方向を向いている。38度では心拍数にも血圧にも有意な変化がなく、副交感神経の指標とされるHFも、ほとんど動かなかった。41度では、心拍数が入浴の初期に上がり、HFは下がり続けた。41度の入浴後に、めまいを起こした人が1人いた。温度帯ごとに平均の心拍数を測った工学系の研究(10人、各18分)では、36〜38度で85.6、38〜40度で94.1、40〜42度で101.3拍だった。数字の上では、湯の温度帯が上がるごとに、心拍が少しずつ上がっていく。
対照的に、38度前後のぬるめの湯は、体への刺激をほとんど生まない。皮膚と湯の温度差が小さいので、どこまでが自分の体でどこからが湯なのか、感覚の境界があいまいになってくる。心拍を上げるのが42度だとすれば、38度は逆に、何もしないことを体に許可するような温度だと思う。これは感覚的な言い方で、測った数字が言えるのは、「38度は心拍も血圧もほとんど動かさず、41〜42度は心拍を上げる」というところまでだ。
水圧と浮力という、地味だが確かな効果
湯に浸かると、体には静水圧がかかる。これが下半身にたまった血液を押し戻す助けになるというのは、循環器系の分野でも比較的よく知られた話で、いわゆる「むくみが取れた」感覚の一因はここにある。特別なことをしたわけではなく、単に物理的に押されているだけだ。
この「押し戻す」を測った研究がある。健康な男性10人が34.5度の水に首まで浸かって30分、安静にした。空気中で毎分4.7リットルだった心拍出量は、水中で7.2リットルまで増えた。約50%の増加である。増えたのは、心拍数ではなく、一回の拍出量だった(34.5度の条件で心拍数は73と74で、ほとんど変わらない)。末梢血管の抵抗は37%下がった。論文は、胸の中に集まる血液の量が約700ミリリットル増えるという別の報告を引いている。ただし、この水温は体温を上げも下げもしない温度で、42度の風呂の条件ではない。
その増え方は、水位に比例するわけでもないらしい。水位をへそ、胸、首と変えて4時間続けた10人の研究では、心拍出量、一回拍出量、血漿量の増加は、3つの水位でほぼ同じだった。左心房の大きさを超音波で測った別の研究(8人)では、水位がみぞおちまでで28ミリから34ミリ、首までで36ミリに広がった。半身浴なら心臓の負担が小さい、とは単純に言えないことになる。もっとも、これらはどれも体温中立の水温の結果で、熱い湯での半身浴と全身浴の比較は、別にある。40度の湯(シャワーは41度)に10分浸かった8人に、全身浴(首まで)、半身浴(みぞおちまで)、シャワーを経験してもらったところ、全身浴は半身浴より、心拍数と心臓の負担の目安(心拍数と収縮期血圧の積)が有意に高く、体重の減少と直腸温の上昇は、全身浴、半身浴、シャワーの順に大きかった。湯が熱いと、水位の差は、体温と心臓の負担の差になって現れるようだ。
体の中にたまった水は、尿として出ていく。首まで浸かると、心臓から出る心房性ナトリウム利尿ペプチドが、1時間目から増え始め、2〜3時間目には2.5〜3倍になる、という報告がある。風呂に入ると尿意が近くなる感覚も、この体液の移動と無関係ではなさそうだ。ただし、数字が測られたのは数時間にわたる浸水の実験で、10分の風呂にそのまま当てはまるかは分からない。
では、水圧は体の輪郭まで変えるのか。温泉医学の文献には、全身浴で胸囲が1〜3.6センチ、腹囲が2.5〜6.5センチ縮む、という数字が長く引き継がれてきた。これを実測したのが、2001年の草津の研究だ。健康な男性8人が38度の湯に、顎の高さまで立ったまま浸かった。結果は、胸囲が90.6から90.1センチ、腹囲が81.4から80.6センチ、大腿が47.1から46.6センチ、下腿が37.7から37.2センチだった。腹囲の変化は0.8センチ。通説の下限の3分の1以下である。周囲径から単純に計算すると、減った体積は約730立方センチになる。ただし著者らは、これは見かけの値で、実際の体積の減りはもっと少なく、変わったのは主に体の形だろうと見ている。
同じグループの寄稿も、実測は約1センチで、従来の数値よりはるかに小さいと指摘している。被験者は8人で、誤差は大きいと本人たちも書いている。それでも、「湯に浸かるとウエストが数センチ締まる」という話が、測られた数字としてはかなり怪しい、ということは言えると思う。静水圧の物理は、計算すれば出る。水深30〜50センチなら約22〜37ミリ水銀柱の圧がかかる計算になる。それだけの圧がかかっていても、胴回りが大きく縮むところまでは、いかなかったことになる。
浮力については、首まで浸かると体重は実質的に十分の一近くまで軽くなるとされる。一次の根拠をたどると、立った姿勢で首の付け根(第7頸椎)まで浸かったとき、足にかかる体重の割合は5.9〜10%、みぞおちまでなら25〜37%、腰骨の前の出っ張りまでなら40〜56%、という測定にたどりつく。「十分の一」は、首まで立って浸かったときの値だ。浴槽に座っている姿勢の値ではない。立っているだけで常に働いている、姿勢を保つための筋肉の仕事が、その間だけ止まる。何もしていないのに疲れが取れたように感じるとしたら、その大部分は、普段いかに「立っていること」自体にエネルギーを使っているかの裏返しなのだと思う。ただこれは筆者の推測で、筋肉の活動を測った研究を、今回は確認していない。
体温は、実際どれくらい上がるのか
湯に浸かると体が温まる。当たり前の話だが、どれくらい温まるのかは、条件によって数倍違う。
家庭の風呂に近い条件の研究から見る。41度の湯に15分、乳頭の高さまで浸かった若年者10人と高齢者10人は、湯を足さず、自然に冷めるに任せた(41.2度から40.3度へ)。鼓膜温の上昇は、若年者で0.51度、高齢者で0.30度。思ったより小さい。
一方、研究室で湯温を保った条件では、まるで別の結果が出る。若年男性7人が、40度または41度の湯に首の下まで20分浸かった2026年の研究では、前額部の深部温が40度で1.9度、41度で2.6度上がり、心拍数は40度で76から120、41度で82から134になった。42度の湯に20分、頭だけを出して全身で浸かった若年者8人の研究では、食道温が36.9度から40.4度まで、3.5度上がった(高齢者の7人は38.7度までだった)。30分の浸漬を比べた22人の研究では、直腸温の上昇は、40度で肩まで浸かると0.9度、42度で腰までだと0.9度、40度で腰までだと0.5度だった。
湯を保温し続ける実験は、火にかけ続けた鍋のようなもので、冷めるに任せる家庭の風呂は、火を止めた鍋に近い。湯を保温するのか、冷めるに任せるのか。肩まで浸かるのか、腰までなのか。測るのは、鼓膜か、舌の下か、食道か、直腸か。これだけ違えば、数字が違って当然だ。逆に言えば、「入浴で体温が何度上がる」という一行の説明には、たいてい条件が抜けている。
発汗と水分の失われ方も、同じような事情がある。40度の湯に20分、脇の下まで(腕は湯の外)浸かった若年者10人と高齢者10人の研究では、前後の安静を含めた約50分で、体重は若年者が平均772グラム(体重の1.23%)、高齢者が平均208グラム減った。減った分のうち、尿は若年者で114ミリリットルだった。一方、42度の湯に10分だけ浸かった男性10人の研究では、体重の減少は出浴直後で0.41%、60分後でも0.80%で、有意な変化ではなかった。温度は42度のほうが高いのに、体重の減りは小さい。入浴の長さや、前後の安静の違いが効いているのかもしれない。「1回の入浴でコップ数杯分の汗をかく」という話は、短い入浴では当てはまらないことがあるらしい。入浴だけで全身の発汗量を直接測った研究は、今回の調べでは見つからなかった。
同じ湯でも、入る人によって違う
ここまでの数字は、多くが若い健康な人のものだ。同じ湯でも、年齢で反応が変わる。
41度・15分の入浴で、鼓膜温の上昇が若年者0.51度に対して高齢者0.30度だったことは、すでに書いた。40度・20分の研究でも、体重の減りは若年者772グラムに対して高齢者208グラムで、減った分に占める尿の割合は、若年者で12.9%、高齢者で42.4%と、大きく違っていた。尿の量そのものは若年者のほうが多いが、全体の減りが小さい高齢者では、汗として出ていく分が少なく、尿の占める割合が大きくなる、ということのようだ。42度と39度で比べた別の研究(高齢男性11人、若年男性10人)も、42度では体液の損失量に年齢差はなかったが、高齢者は汗が有意に少なかったと報告している。40度の湯に肩まで10分、座って浸かった高齢の患者9人と若年者9人の研究では、若年者は血圧が下がり心拍数が上がったのに対し、高齢者は入った直後に血圧が最大になり、約4分後に自律神経の指標(LF/HF)が下がった。
「42度は熱すぎる」「38度なら誰でも安全」という言い方は、だから、誰を想定した話なのかを抜きにしては成り立たない。湯温の効果は、温度だけで決まるのではなく、入る人の体温調節の力に左右される。
数字の裏にある、別の数字も書いておく。日本式の入浴を総説した論文は、日本で入浴中に亡くなる人を年に約1万9千人と推計している。多くは冬で、多くは高齢者だという(総説が引く推計で、ここでは二次情報になる)。総説は、冬の脱衣所や浴室の寒さが血圧を大きく揺らすとして、そこを20度以上に保つことを挙げている。消費者庁も、入浴前に脱衣所や浴室を暖めること、湯温は41度以下・湯に浸かる時間は10分までを目安にすること、浴槽から急に立ち上がらないこと、食後すぐや飲酒後、睡眠薬などの服用後に入らないことを呼びかけ、事故は持病や前兆がなくても起こりうると書いている。先に書いた、高齢の患者で入浴の約4分後に交感神経の指標が下がったという研究は、その低下で血圧が下がり、入浴中の失神と溺水につながりうると論じている。41度・15分の研究でも、高齢者は温まりにくいのに快適に感じやすく、長湯になりやすいことが指摘されている。
ここで引いた研究室の条件のうち、42度に20分という研究は、持病のない被験者が、体温を測られながら入ったものだ。消費者庁の目安を、温度でも時間でも超えている。
実際の風呂は、研究室の風呂より穏やかだ
研究室の数字と、日本の家庭の風呂は、同じではない。同じ総説が引いている東京ガスの調査(東京圏の2,600人、冬の入浴)では、設定湯温が40〜42度の人が71.8%、浴室にいる時間が26.4分、浴槽に浸かっている時間が13.7分だった。奈良県の高齢者1,035人の調査では、入浴時間が平均13分、湯温が平均40.7度である。
総説は、睡眠への効果を調べた1980年代の入浴実験では、被験者が30分以上湯に浸かって、深部体温が1.6〜2.6度上がっていた一方、日本式の入浴で上がる深部体温は約0.6〜1.0度だと述べている。研究室で湯温を保ち、20分浸かった若年者の前額部深部温が2度前後上がる、という先の数字は、日常の風呂より、一段強い条件の結果だということになる。逆に、家庭の風呂に近い条件で測られた0.3〜0.5度という数字のほうが、日常には近い。
ヒートショックプロテインは、どれくらい確かなのか
運動生理学の分野では、熱刺激がヒートショックプロテインと呼ばれる修復関連のたんぱく質の生成を促すという報告があり、サウナや温熱療法の文脈でよく引用される。入浴の記事でも、「42度を超える熱めの湯が」と書かれることが多い。これも、一次の研究にたどると、かなり事情が違っていた。
まず温度が違う。湯に浸かるヒトの研究は、39〜40度が中心だ。「HSP入浴法」の提唱者の総説が書いているのは、43度以上では細胞が死ぬ、40〜42度のマイルドな加温がHSP70を増やす、というもので、「42度を超える」ではない。提唱者自身は、41度で15分、40度で20分などと並べて「42度で10分」を方法の一つに挙げ、いずれも有意にHSPが増えると書いているが、42度・10分についての数値は、今回読んだ範囲では示されていなかった。
次に、増えたという結果と、増えなかったという結果が並んでいる。腰まで40.2度の湯に60分浸かった男性14人の研究では、血漿中のHSP70が約23%上がり、深部体温をそろえた自転車運動(24%)と同程度だった。何もしない対照条件は置かれていない。座りがちな過体重の男性10人が39度の湯に1時間浸かった研究では、単球の細胞内のHsp72は、1回の入浴では上がらなかった(P=0.57)。2週間に10回入浴した群では、空腹時の血糖とインスリンが下がったが、血漿中のHsp72は17%減った。健常な白血球を試験管内で温める実験では、単球で39度ですでに強い誘導が見られ、41度では37度の約10倍になった。同じ「HSP」でも、血漿のもの、単球の中のもの、リンパ球のもの、筋肉のものは、それぞれ別の量で、動き方も違う。
日本の「HSP入浴法」の2021年の研究は、健常男性11人を、全身浴とシャワーに分けて比べた。普段の入浴として5日間続けたあと、40度・15分の試験入浴を行い、リンパ球のHSP70を測った。全身浴の群では2日後に有意に上がったが、入浴前に対する比は1.10だった。同じ著者らの既報として、40度・20分の全身浴で1.83、40度・25分の半身浴で1.54が引かれている。この研究は入浴剤メーカーとの共同研究で、共著者2人の所属が同社であり、同社との共同研究で提供された資金で実施されたことが明記されている。
筋肉でHSPの遺伝子発現やたんぱく質が増えたという研究は、たしかにある。ただし、使われた方法は、湯船ではなかった。48度の水を循環させるズボン型の装具で下半身を温めた研究や、短波ジアテルミーで太ももを局所的に温めた研究である。湯に浸かる話と、混ぜてはいけない。
そして、HSPが増えることと、体に良いことは、別の話だ。湯に浸かる研究で示されたのは、HSPやインスリンといった代理の指標の変化にとどまる。「42度の湯で修復が起動する」と言い切るには、材料が足りない。
手順として意識していること
これは処方箋のつもりで書くわけではないが、自分がやっていて実感があるのは、入浴の前に水を飲んでおくことだ。汗をかいた後にのぼせにくい気がしている。数字の裏づけのない、自分の実感にすぎない。浴槽が二つある温泉や銭湯では、熱い湯に数分浸かったあと、ぬるめの湯に移る人もいる。緊張と弛緩の落差がはっきりすると言われるが、自分では試したことがなく、測った研究も今回は見ていない。
風呂上がりは、しばらくスマートフォンを見ない。せっかく静かになった頭に、すぐ通知の束を流し込むのは、単純にもったいない気がしている。これは、少しだけ数字の裏づけがある。健康な若い成人12人が、就寝前の約4時間、最大輝度のタブレットか紙の本を読み、それぞれ5夜を過ごした実験で、入眠までの時間はタブレットの条件で25.65分、紙の本で15.75分と、約10分長かった。メラトニンの分泌はタブレットの条件で55%抑えられ、夜の分泌の始まりは1.5時間以上遅れた。ただし、総睡眠時間と睡眠効率には差がなかった。最大輝度で4時間という極端な条件で、比べた相手も、ごく暗い反射光だった。風呂上がりの数分間のスマホを、この実験の結果で語ることはできない。
浮かんでいる間に思いつくこと
アルキメデスが風呂場で閃いたという逸話は、重力から解放された頭が本質に近づいたから、という解釈で語られることがある。真偽の確かめようがない逸話にしては、できすぎている話だとは思うが、体の重みを忘れている数分間に、普段とは違う角度で考え事が浮かぶ感覚は、自分にも覚えがある。
逸話の出どころは、ローマの建築家ウィトルウィウスの『建築について』第9書の序文にある。ヒエロン王が神殿に奉納する金の冠を作らせたところ、金の一部が銀にすり替えられたという告発があり、アルキメデスが調べることになった。浴場に行って浴槽に体を沈めると、沈めた分だけ湯があふれる。それに気づいた彼は、喜びのあまり浴槽を飛び出し、裸のまま家へ走りながら、ギリシア語で「見つけた」と叫び続けた、とある。ウィトルウィウスは紀元前1世紀の人で、紀元前3世紀のアルキメデスより、2世紀ほどあとの著者になる。そのうえ、この逸話のあとに続く、冠と同じ重さの金塊と銀塊を作って、満杯の容器からあふれる水の量を比べたという部分には、「と言われる」と断りがついている。プルタルコスも「人の言うところでは」と、伝聞として書いている。
この逸話で語られているのは、体積を比べる方法で、いわゆるアルキメデスの原理(浮力の法則)ではない。ガリレオは1586年に、この方法を「ひどく粗雑で、精密さからほど遠い」と退け、物を水に沈めて天秤で量る方法を提案している。そのうえで、あふれる水の量を比べたという話は、「水で見破った」という評判に、当時の書き手が付け足したものだろう、とも推測している。風呂の場面には触れていない。
では、風呂の中でひらめくという感覚は、実験で確かめられているのか。2012年のバードらの実験が、よく引かれる。145人が、物の使い道を思いつくだけ挙げる課題に取り組み、12分の休憩の過ごし方3通りと、休憩なしの、4つの条件に分けられた。負荷の軽い課題をする、負荷の重い課題をする、安静にする、休憩なし。休憩のあとに、前に見た問題をもう一度解くと、独創性の得点が改善したのは、負荷の軽い課題の条件だけだった。新しい問題では差がなかった。ぼんやりしながら手を動かしていると、頭の奥で何かが進む、という読みを支える結果だ。
ただし、この結果を一般法則にするには、批判もある。別の研究者たちは、3つの研究で、休憩中に心がさまよった程度と、その後の発散的思考の成績が相関しなかった(r=-.08など)と報告し、バードらの結果は条件どうしの差にすぎず、因果を読むべきではないと指摘した。もうひとつ、プロの作家と物理学者に、その日いちばん創造的だったアイデアを日誌に記録してもらった研究では、約5分の1が、仕事以外の活動中、無関係なことを考えていた最中に生まれていた。質の評価は、他のアイデアと変わらなかったという。風呂の中でひらめく感覚は、実験でも、まったくの気のせいとは言えない。しかし、「風呂だから」ひらめくという形では確かめられていない。
「シャワー中にアイデアが出る人が72%」という数字も出回っているが、報道によれば、浴室設備メーカーが新製品の発売に合わせて委託した調査で、査読論文ではない。この数字は、使わないことにした。
38度を「何も起きない温度」と呼ぶのは早い
ここまで、42度は心拍を上げ、38度は心拍も血圧もほとんど動かさない、と書いてきた。だからといって、38度の湯の中で何も起きていないわけではない。水圧と浮力は、温度に関係なくかかっているからだ。34.5度という体温に近い水でも、首まで浸かれば心拍出量は約5割増える。左心房は広がり、利尿のホルモンは動く。湯温を下げても、水に浸かること自体がもたらす変化は残る。
熱い湯では、そこに体温の上昇が重なる。湯の温度が高いほど、重なり方は大きくなる。42度と38度の違いは、「何かが起きるか、起きないか」の違いではなく、水圧と浮力という土台の上に、温度の変化をどれだけ上乗せするか、という違いに近い。そう考えると、「熱い湯は体に悪い」「ぬるい湯は効かない」といった二択の語り方は、どちらも粗すぎるように思える。
これだけのことが起きている
温度と水圧と浮力。特別なことは何もしていない。ただ、体にかかっている条件をいくつか変えているだけだ。それでも、体温に近い水に首まで浸かれば、心臓が運ぶ血液が約5割増える。数時間にわたって浸かれば、尿のつくられ方も変わる。一方で、ウエストが数センチ縮むような変化は、測ってみるとほとんど起きていない。体温は研究室では3度以上上がるのに、家庭の風呂に近い条件では0.5度で終わることもある。ヒートショックプロテインは、増えるという結果と、増えないという結果の両方がある。
数字をたどって分かったのは、風呂の効果の大きさというより、「入浴で体にこれが起きる」という一行の説明が、どれほど条件を落として語られているか、ということだった。それでも、湯の温度や水位を少し動かすだけで、これだけの違いが測れるというのは、面白いと思う。
出典
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