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温泉旅館の豪華な夕食を、少し残すという選択——食後、脳の血流は変わっていなかった
食後に眠くなるのは血が消化器に集まるから、という説明は、測定では支持されなかった。腹部の血流は約30%増えるが、脳の血流は変わらない。宿泊施設の夕食の食べ残しは14.8%(平成21年度調査)。
温泉旅館の夕食は、たいてい食べきれないほどの量で出てくる。霜降り肉のステーキ、延々と続く揚げ物、砂糖の効いた煮物、締めのデザート。「せっかくの旅行だから」と全部平らげて、そのまま布団に倒れ込む。何度もやってきたことだが、翌朝の体の重さを思うと、これは本当に「贅沢」と呼んでいいものなのか、最近少し疑うようになった。
疑う根拠として、これまでは「消化にエネルギーを取られるから」「食後に眠くなるのは血が胃に集まるから」といった説明を頭に置いていた。聞き慣れた説明だが、数字で確かめたことはなかった。今回、測定した論文に当ててみると、そのまま言えるものは、ほとんど残らなかった。代わりに、もっと具体的な、意外な数字がいくつか出てきた。
消化にかかる労力は、思ったより小さい
食事を消化し、吸収し、貯蔵するときに、体は熱を出す。これを食事誘発性熱産生と呼ぶ。2004年のウェスタートープの総説は、エネルギーの摂取と消費が釣り合った状態で、混合食を摂っている人では、これが一日の消費エネルギーの5〜15%、おおむね10%前後だとまとめている。一日分の食事を全部合わせて、約1割である。「一度の食事の消化に、一日の消費量の1〜2割を使う」という言い方は、数字の上では成り立たない。仮に一日の消費が2,000キロカロリーなら、1割は200キロカロリー、おにぎり一個分ほどだ。夕食一回分なら、さらにその一部にすぎない。しっかり食べた夜に「消化で疲れた」と感じるとき、その疲れを熱の収支で説明するのは、帳簿の上では無理がある。
栄養素によっても違う。熱産生は、摂ったエネルギーに対する割合で、脂質が0〜3%、炭水化物が5〜10%、タンパク質が20〜30%、アルコールが10〜30%とされる。序列は、アルコール、タンパク質、炭水化物、脂質の順になる。熱産生の大きさを決める主な要因は、食事のエネルギー量と、タンパク質やアルコールの割合だ。高タンパク・低脂肪の食事では、高炭水化物・低脂肪の食事より、食後の熱産生が2倍になった、という研究も、総説は紹介している。「脂質やタンパク質が多いほど、消化の負担が大きい」というのは、半分だけ正しい。タンパク質は確かに大きいが、脂質は、熱産生で見ると最も小さい。1996年のタピーの総説は、肥満でインスリン抵抗性のある患者では、この熱産生が減っているが、その影響は1日あたり50〜150キロカロリー程度で、過剰な体重の一部しか説明できない、と述べている。食後に熱を出して体を使う仕事の大きさで言えば、霜降り肉の脂より、赤身のほうが大きく、総説の序列で先頭に置かれているのは、お酒だ(ただし幅はタンパク質と重なる)。
ここで言っているのは、熱産生という一つの物差しの話にすぎない。脂っこい食事で胃がもたれる、という経験は、これとは別の仕組みの話で、今回確認した資料には載っていなかった。「消化の負担」という言葉は、いくつもの現象をひとまとめにしているのだろう。ストーブの消費電力と、部屋の暖まり方と、窓際の冷え込みが、別の話であるのと同じだ。
食後の眠気は、血が胃に集まるからではなかった
食後にどうしようもない眠気が来るのは、脳がリラックスしているからではなく、血液が消化器に集中して他が後回しになっているだけだ、と書いたことがある。これも、測った論文に当ててみた。
2017年のムトゥサミらは、位相コントラストMRIで、食べる前と後の血流を測った。対象は、9歳から40歳までの健康な39人。食後に、腹部全体の血流は、約30%増えた。上腸間膜動脈の血流は、約3倍になる。腸には、確かに血液が集まる。ところが、夕方の商店街に人が増えても、駅前の人通りが減るとは限らないように、脳の循環は、食後も変化しなかった。胃を養う腹腔動脈の血流も、食後に変わっていない。血が胃に集まるから眠い、というのは、少なくとも脳への血の流れについては、測定で支持されなかった。2024年の別の研究(若年17人と高齢17人、約400キロカロリーの液体食)は、上腸間膜動脈の血流の増え方に、若者と高齢者の差を見つけなかった。
では、眠気の正体は何か。2005年のモンクの総説は、昼食後の能率の落ち込み(ポストランチ・ディップ)が、昼食を抜いても、時刻を知らなくても起こる現象で、体内時計の12時間の周期成分に関係している可能性があると述べている。食事は、その上に乗る。2012年のレイナーらは、前夜の睡眠を5時間に制限した若い男性12人に、305キロカロリーと922キロカロリー(脂質が3倍、炭水化物が2倍)の昼食を、二重盲検で食べさせ、2時間の単調な運転をしてもらった。重い昼食のあとは、車線の逸脱と、脳波の眠気の指標が増えた。ただ、最初の30分間は差がなく、主観的な眠気には、傾向があっただけだった。
食事が眠りに与える影響を、別の角度から見た研究がある。1995年のザミットらは、18〜30歳の健康な男性21人を、液体の炭水化物食を摂った12人と、昼食を抜いた9人に分けた。炭水化物食の群は、24回の試行のうち22回で眠り、3時間の記録中に平均93分眠った。昼食を抜いた群は、6人が平均30分眠った。入眠までの時間に差はなく、結論は「食事は眠りの始まりを促さないが、眠りの持続を延ばす」だった。1997年のウェルズらは、18人に高脂肪の朝食と低脂肪・高炭水化物の朝食を食べ比べてもらい、高脂肪の朝食のあとは、2〜3時間後に眠気の傾向があり、3時間後の疲労感が有意に高かった、と報告している。コレシストキニンという消化管のホルモンも、高脂肪の朝食のあとで高かった。
これらは、昼食か朝食の研究で、夜の旅館の夕食に当てはめた研究は見ていない。言えるのは、眠気の土台が体内時計と睡眠不足にあり、食事の量や中身がそれに上乗せされる、というところまでだ。血液の話を持ち出さなくても、旅の疲れと、朝からの移動と、湯上がりの体温の低下と、大量の食事があれば、布団に倒れ込むのは、十分にありそうなことだ。
旅先では、前夜の睡眠が短かったり、慣れない布団で眠りが浅かったりすることも多い。眠気は、夕食の皿の上ではなく、その日一日の積み重ねの上に、乗っている。
量と品数が、食べる量を決めている
「せっかくだから全部食べる」は、気持ちの問題というより、皿に盛られた量にかなりの程度左右されている。2002年のロールズらの実験では、51人が週に1回、4週にわたって昼食をとった。マカロニ&チーズが、500グラム、625グラム、750グラム、1000グラムの4段階で出される。最大量のときは、最小量のときより、約30%(676キロジュール)多く食べた。皿に盛られて出ても、自分で取り分けても同じで、性別や体格にも左右されなかった。
レストランでの実験もある。2004年のディリベルティらは、カフェテリア式のレストランで、同じ価格のパスタを、日によって248グラムと377グラムの2通りで提供し、客180人を調べた。大盛りの日の客は、パスタを43%(172キロカロリー)、食事全体を25%(159キロカロリー)多く食べた。そして、量の適切さや、いつもと比べてどれだけ食べたかの評価は、両群で差がなかった。量が違うことに、本人は気づいていなかったことになる。
懐石のように、料理の数が多いことも、食べる量を押し上げる。1981年のロールズらは、サンドイッチの具が4種類のときは、1種類のときより、3分の1ほど多く食べたと報告している。ヨーグルトでも、味と食感と色が違う3種類を出すと、好物の1種類だけのときより多く食べ、味だけが違う3種類(いちご、ラズベリー、さくらんぼ)では、増えなかったという。ただし、この論文は要旨を直接確認できず、人数などは確かめていない。1984年の実験は、48人に四皿の昼食を出し、皿ごとに違う料理を出すと、同じ料理を4回出すより、摂取エネルギーが60%増えたとした。増えたのは、主に3皿目と4皿目だった。食べた料理のおいしさはすぐ下がるが、まだ食べていない料理のおいしさは、ほとんど下がらない。しょっぱいものを食べればしょっぱいものに、甘いものを食べれば甘いものに飽きる。39の研究を整理した2001年の総説も、食事の多様性が、摂取量や体重と関連すると述べている。
これを旅館の夕食に重ねると、見えてくることがある。先付けから始まり、刺身、煮物、焼き物、揚げ物、肉、ご飯、デザート。一皿ごとに味と食感が切り替わる並びでは、食べ飽きる前に、次の皿が来る。コースの皿の数は、鈍行列車の駅に似ている。次の駅が見えているうちは、降りようという気にならない。全部食べてしまうのは、意志が弱いからというより、そういう並びの中では食べ続けやすいから、なのだろう。
満腹の知らせは、当てにならない物差しだ
ここまでの実験を並べると、一つのことが浮かぶ。人は、自分がどれだけ食べたかを、思っているほど正確に見積もれない。ディリベルティらの客が、量の違いに気づいていなかったことは、先に書いた。ロールズらの実験では、皿が代わるたびに、新しい料理のおいしさが、まだ下がっていない状態で現れた。満腹の知らせは、胃の中の量だけでなく、料理の入れ替わりや、盛りつけの大きさにも左右される。
だとすれば、「お腹が一杯になるまで食べる」ことは、旅館の夕食では、頼りにならない物差しになる。終わりを決めるのが、満腹感ではなく、皿の数や、盛りの量や、「もったいない」という気持ちになるからだ。これは、実験の結果から筆者が組み立てた整理で、旅館の夕食を直接測った研究があるわけではない。それでも、「全部食べたら苦しくなった」という経験の説明としては、胃腸が弱いからというより、物差しのほうが狂わされていた、と考えたほうが、公平な気がする。
宿泊施設の夕食は、よく残される
では、実際にどれくらい残されているのか。農林水産省の食品ロス統計調査(外食産業調査、平成21年度)に、宿泊施設の数字がある。飲料を除いた食べ残しの割合は、食堂・レストランが3.2%、結婚披露宴が13.7%、宴会が10.7%、そして宿泊施設が14.8%。宿泊施設は、この調査の4区分のうち最も高い。対象は「宿泊客に提供された夕食」で、1食あたりの食品使用量926.7グラムのうち、137.1グラムが残された。
残されやすい料理は、みそ汁・スープが22.1%、菓子・デザートが19.2%、果物が17.8%、米が主体の料理が17.5%、野菜類が主体の料理が16.5%、肉が14.9%、魚介が14.7%だった。1食あたりの量で見ると、みそ汁・スープが28.5グラム、米が22.9グラム、肉が18.3グラム。締めの汁物とご飯とデザートが、よく残っている。豪華なメインよりも、汁物やご飯のほうが、目につく量で残っている。
この調査には限りがある。対象は120事業所で、うち宿泊施設は20。標本は小さい。同じ省の別年度のグラフには、これと一致しない数字もあり、飲料を含めるかどうかなど、区分や定義の違いの可能性があるが、確かめられていない。引用した数字は、平成21年度の報告書本体の、飲料類を除いたものだ。宿泊施設の夕食では、一割余りが、残されている。残すことは、特別な不作法ではなく、量が合わないときの、ごく普通の結果のようだ。
先付けから食べる、は言えるか
最初の小鉢で食物繊維をとっておくと、後に来る糖質や脂質の負担が和らぐ、と考えていた。この言い方も、確かめた範囲では、条件付きでしか言えなかった。
2015年のシュクラらは、メトホルミンで治療中の2型糖尿病の患者11人に、同じ628キロカロリーの食事を、順番だけ変えて食べてもらった。野菜と鶏肉を先に、パンとジュースを15分後にすると、食後の血糖値が、30分後で28.6%、60分後で約37%、120分後で16.8%低かった。血糖の上昇面積は73%小さい。2013年の今井らは、2型糖尿病の19人と、耐糖能が正常な21人で、野菜を5分かけて食べてから主菜に進み、野菜と米かパンの間に10分あける順番を試し、血糖の振れ幅が両群で小さくなったと報告した。平均血糖は、変わらなかった。
ここで、先に食べたのは野菜とタンパク質で、食物繊維だけではない。今井らの試験食は、一日の食事で野菜が500グラムで、一食あたり約170グラムになる。先付けの小鉢とは規模が違う。確かめられているのは、血糖値の話であり、「脂質の負担が和らぐ」とまでは、確認できなかった。対象も、糖尿病の患者を含む、小規模な予備研究だ。刺身のツマが消化を助ける、発酵食品は微生物がタンパク質の分解を先にやっておいてくれたようなもの、という説明は、人での一次の研究を、見つけられなかった。言い伝えとして扱うのが、正直なところだ。ちなみに、旅館の懐石は、先付けの小鉢、刺身、煮物と、野菜や魚が先に出て、肉や揚げ物、ご飯があとに来る構成が多い。順番を意識して変えなくても、結果として「先食べ」に近い並びになっているのかもしれない。
夕食と睡眠、そして酒
翌朝の体の重さの原因を、夕食に求めたくなるが、睡眠の側からの研究は、単純な図式を許さない。2011年のクリスピムらは、健康な52人の睡眠ポリグラフと3日間の食事記録を比べ、女性では、夜間の脂質の摂取割合が、睡眠効率や入眠潜時、中途覚醒と相関したと報告した。寝る時間に近い食事(夕食と夜食)は、睡眠の質と負に関連していた。ただ、これは横断的な相関で、因果は言えない。2016年のセントオンジらの総説も、炭水化物や脂質の量で徐波睡眠やレム睡眠が変わる可能性はあるが、予備的な知見で、さらに研究が必要だと結論している。
2007年のアファギらの実験は、「重い夕食は睡眠に悪い」という図式を、少し揺さぶる。ただし試験食は約768キロカロリーで、エネルギーの9割が炭水化物、脂質はほとんどない食事だった。健康な男性12人に、高GI(血糖を上げやすい)のジャスミン米の食事を、就寝の4時間前に食べてもらうと、入眠までの時間は9.0分。低GIの食事では、17.5分だった。同じ高GIの食事を、就寝1時間前に食べると、14.6分。夕食が睡眠を妨げるとは限らず、食べるタイミングと中身で、結果は変わる。入眠潜時以外の睡眠の指標は、変わらなかった。
お酒については、はっきりした総説がある。2013年のエブラヒムらは、どの量でも、寝つきは早まり、前半の睡眠はまとまり(徐波睡眠も増える)、後半の睡眠は乱れる、とまとめた。最も一貫した効果は、最初のレム睡眠の遅れで、中等量以上では、一晩のレム睡眠の割合が減る。温泉で、ビールを一杯やりたくなる気持ちはわかるが、それが本当に喉の渇きなのか、それとも単に手っ取り早い気晴らしが欲しいだけなのかは、区別がつきにくい。地酒をお猪口に一杯だけ、その土地の水で仕込まれたものを味わう程度にとどめておくと、翌朝の目覚めがだいぶ違う。そう感じるのは、お酒の量が少ないぶん、後半の睡眠が乱れにくいからなのかもしれない。研究が示したのは、量にかかわらず後半が乱れる、というところまでだ。
水は、どれくらい飲んでいいのか
温泉で汗をかいたあとに、がぶ飲みする水は、体内の塩分濃度を急に下げてしまうことがあるらしい。少量の塩とレモンやかぼすを足した水を、時間をかけて飲むほうが、体には合っている気がする。そう思っていた。これも、一次の研究に当てると、一般の入浴後には言えなかった。
運動中や運動後に、血中のナトリウムが135ミリモル/リットルを下回る状態を、運動関連低ナトリウム血症と呼ぶ。2017年のヒュー=バトラーらの総説によれば、主な原因は、喉の渇き以上に飲むことと、運動で起きる抗利尿ホルモン(AVP)の分泌だ。発症者の多くは体重が増えていて、これは、失った量を超えて飲んだ証拠になる。汗によるナトリウムの喪失の寄与は、議論が分かれている。文脈は、長時間の持久運動である。
では、入浴ではどうか。入浴での発汗量そのものを測った研究は、確認できなかった。体重の減りで見た研究はあり、本サイトの湯温の記事で触れた、40度の湯に20分浸かった若年者10人で、前後の安静を含む約50分に、体重が800グラム弱減った、という報告がある(美和ら)。極端な例は、総合格闘技の選手が減量のために行う入浴だ。37.8〜約39.5度の湯に20分浸かり、温かい部屋で40分くるまる手順を2回、約2時間行うと、体重は1.6〜1.7キログラム、体重の約2%減った。前処置として24時間の水分と炭水化物の制限があり、一般の入浴とは別物だ。比べられているのは、湯にエプソム塩(硫酸マグネシウム)を加えるかどうかの違いで、食塩でも、入浴後の飲水の塩分でもない。これだけ極端にやっても、約2時間で2%である。温泉の汗程度の水分を補うのに、塩分濃度を心配する必要があるとは、今回の調べでは言えなかった。入浴の汗を補う適切な量を、数字で示した資料も、見つからなかった。危険が報告されているのは、失った以上に飲み続けたときで、その大半は長時間の持久運動だ。2015年のコンセンサス声明も、低張液の過剰な摂取とAVPの分泌を主因としている。なお、日本式の入浴を総説した2022年のトチハラの論文によれば、消費者庁の入浴事故対策には、入浴の前後の水分補給が入っている。水分を摂ること自体が悪い、という話ではない。
宿での付き合い方
理屈はわかっても、旅館に泊まれば豪華な食事が出てくるのは避けがたい。これまでに試した手段は三つある。一つ目は、自炊前提の宿を選ぶこと。秘境や古い温泉地には今も残っているが、数が少なく、行き先の選択肢はかなり狭まる。地元の直売所で買った野菜や豆腐だけの食事は、旅先では意外と満足感があった。二つ目は、予約時に「品数を減らして、野菜中心にしてほしい」と一言添えること。断られたことはなく、腕の見せどころとして受け止めてくれる宿のほうが多かった印象があるが、宿によって対応が違うことは承知している。三つ目は、素泊まりにして、近くの食堂で単品を頼むこと。焼き魚、お浸し、冷奴を一品ずつ頼むと、食べ過ぎることがほとんどなかった。ただし、歩いて行ける範囲に食堂がある場所でしか成り立たない。
それでも豪華な懐石が出てくる場面はある。そのときは、メインの肉料理は、二口ほど味わったところで箸を置くことが、いつからか増えた。量と品数が食べる量を押し上げることを知ったあとでは、全部食べないのは、意志の弱さの反対にあたる、という気がしてくる。「もったいない」という感覚は、普段の生活では正しいことが多いが、旅先で胃腸に無理をさせてまで守るべき原則ではないと、今は思っている。仲居さんに「ご飯を少なめに」と頼んでみたこともあるが、言い出せずに終わった日のほうが多い。残すのが難しいのは、満腹を感じていないからではなく、食事の終わりの合図が別のところにあるからだと思う。皿が空になる、膳が下げられる、という出来事が、終わりを告げる。ロールズらの実験で、料理が入れ替わるたびに、新しい料理のおいしさが下がっていなかったのは、人が胃の中身より目の前の皿に合わせて食べていることの、小さな証拠のように見える。半分残した皿は、終わっていない食事のまま、膳の上に居座る。それが落ち着かない。
味噌や漬物、納豆といった発酵食品は、胃腸への負担が少ない割に満足感がある、というのも、個人の感覚の話だ。旅先で本当にありがたいのは、豪華な一皿よりも、こういう地味な一品だったりする。「せっかくの旅行だから」という言い訳を少し脇に置いて、自分の空腹の具合を確かめる。それだけで、翌朝の体の軽さはずいぶん違った。違った、と感じている。その感じが、どの程度、量の効果で、どの程度、思い込みなのかは、ここまで見てきた研究でも、切り分けられなかった。
「少し残す」ことの効果を、旅館の夕食で直接測った研究は、見つからなかった。消化の熱も、血の行き先も、当てにしていた説明はいくつも崩れ、手元に残ったのは、皿の量と数が、食べる量を決めているらしい、という地味な事実だった。
贅沢とは、出されたものを全部食べることではなく、何を残すかを選べる自由のことなのかもしれない。
出典
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