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温泉旅館の豪華な夕食を、少し残すという選択
「もったいない」を押しのけてまで、旅館の食事を減らす意味はあるのか。消化にかかる負担と、旅先での食べ方について考えたことを書く。
温泉旅館の夕食は、たいてい食べきれないほどの量で出てくる。霜降り肉のステーキ、延々と続く揚げ物、砂糖の効いた煮物、締めのデザート。「せっかくの旅行だから」と全部平らげて、そのまま布団に倒れ込む。何度もやってきたことだが、翌朝の体の重さを思うと、これは本当に「贅沢」と呼んでいいものなのか、最近少し疑うようになった。
消化にかかる労力
一度の食事を消化・吸収するのに使われるエネルギーは、一日の消費量のおよそ1〜2割にのぼるという報告がある。脂質やタンパク質が多い食事ほど、その負担は大きい。眠っている間に本来なら脳や筋肉の回復に回るはずのエネルギーが、消化という地味な作業に持っていかれる。食後にどうしようもない眠気が来るのは、脳がリラックスしているからではなく、血液が消化器に集中して他が後回しになっているだけらしい。それを「至福のひととき」と呼ぶのは、少し都合のいい解釈なのかもしれない。
宿での付き合い方
理屈はわかっても、旅館に泊まれば豪華な食事が出てくるのは避けがたい。いくつか試してきたやり方がある。
- 自炊前提の宿を選ぶ。秘境や古い温泉地には、今も自炊を基本とした宿が残っている。地元の直売所で買った野菜や豆腐だけの簡素な食事のほうが、旅先では意外と満足感がある。
- 予約時に「品数を減らして、野菜中心にしてほしい」と一言添えてみる。断られたことはこれまでない。むしろ、腕の見せどころとして受け止めてくれる宿の方が多かった印象がある。
- 素泊まりにして、近くの食堂で単品を頼む。焼き魚、お浸し、冷奴。自分の空腹に合わせて一品ずつ頼むと、食べ過ぎることがほとんどない。
出された料理を、全部食べなくてもいい
それでも豪華な懐石が出てくる場面はある。そのときに覚えておくと楽になったのは、先付けや前菜こそが実は一番の栄養だということだった。最初の小鉢で食物繊維をとっておくと、後に来る糖質や脂質の負担が和らぐ。刺身のツマも、飾りではなく消化を助ける役目がある。そしてメインの肉料理は、二口ほど味わったら箸を置いてもいい。「もったいない」という感覚は、普段の生活では正しいことが多いが、旅先で胃腸に無理をさせてまで守るべき原則ではないと、今は思っている。仲居さんに「ご飯を少なめに」と頼んでみたこともあるが、無理に言うようなことでもない。聞いてみる価値がある程度のことだ。
水と、少しの酒
温泉で汗をかいた後にがぶ飲みする水は、体内の塩分濃度を急に下げてしまうことがあるらしい。少量の塩とレモンやかぼすを足した水を、時間をかけて飲むほうが体には合っている気がする。ビールを一杯やりたくなる気持ちもわかるが、それが本当に喉の渇きなのか、それとも単に手っ取り早い気晴らしが欲しいだけなのかは、区別がつきにくい。地酒をお猪口に一杯だけ、その土地の水で仕込まれたものを味わう程度にとどめておくと、翌朝の目覚めがだいぶ違う。
味噌や漬物、納豆といった発酵食品は、微生物がタンパク質の分解を先にやっておいてくれたようなもので、胃腸への負担が少ない割に満足感がある。旅先で本当にありがたいのは、豪華な一皿よりも、こういう地味な一品だったりする。
「せっかくの旅行だから」という言い訳を少し脇に置いて、自分の胃腸の声を聞いてみる。それだけで、翌朝の体の軽さはずいぶん変わる。贅沢とは、出されたものを全部食べることではなく、何を残すかを選べる自由のことなのかもしれない。
