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日曜日の夕方に感じる空虚さの正体
休んだはずなのに、心には活力ではなく空虚さが残っている。単なる暇つぶしではない趣味とは何か。フロー理論やリカバリー心理学を手がかりに、いくつかの活動について考えてみる。
日曜日の午後5時、スマートフォンのスクリーンタイムは数時間を超え、動画配信サイトの履歴には何を観たのかも覚えていないタイトルが並んでいる。休息をとったはずなのに、心には「明日への活力」ではなく、得体の知れない空虚さが居座っている。それは怠惰の証拠というより、余暇の質が精神的な回復に追いついていないだけなのかもしれない。
積極的な休息
心理学では、寝て過ごすような消極的な休息に対し、趣味のように主体的に取り組む活動を「積極的休息」と呼ぶ。組織心理学者のサビーネ・ゾンネンターク教授の整理によれば、真の休息には心理的離脱(悩みから意識を逸らす)、リラックス、習得(新しいスキルで達成感を得る)、コントロール(自分の時間を自分で支配している感覚)という要素があるという。これらを同時に満たしてくれる活動は、なかなか多くない。
心理学者ミハイ・チクセントミハイが提唱した「フロー」——自分のスキルと課題の難易度が絶妙に釣り合い、時間の感覚が消えるほど没頭する状態——も、よく引用される。この状態に入る経験が幸福度を高める、という報告もある。ちなみに「6分間の読書でストレスが68%減少する」という数字が読書の効能としてよく紹介されるが、これは査読論文ではなく大学の広報リリースが出所で、追試も見当たらない。読書がストレスを和らげるという体感自体を疑う理由はないが、この数字を鵜呑みにする理由もない。
いくつかの活動
読書は、数百年前の賢者や異国の作家の思考のプロセスを、自分の脳でなぞる行為だ。効率化が叫ばれる時代に、あえて長大な小説や難解な古典に数時間かけて向き合う。その非効率さの中に、思考の深みがある。
ガーデニングは、人間の都合で成長しないものと付き合う練習になる。即時の反応を求めるデジタルな世界に対し、待つことを強いてくる。広い庭は要らない。一鉢のハーブや水耕栽培から、微細な変化を観察する目が育っていく。
料理は論理と感性と工学が混ざり合う活動だ。空腹を満たすための調理ではなく、スパイスを0.5g変えるだけで香りが変わる、その繊細な調整を楽しむための実験として捉え直すと、少し違って見えてくる。
写真は、視点の解像度を上げる行為だ。高価な機材は要らない。今日いちばん美しい光はどこにあるかを探しながら歩くだけで、いつもの散歩が変わる。
楽器を奏でることは、感情を空気の振動に変換することに近い。上手く弾く必要はなく、弦や鍵盤の物理的な感覚そのものに意味がある。
合う活動を探す視点
興味はあっても続けられるか不安なとき、参考になりそうな視点が二つある。一つは、自分の性格傾向に沿った活動を選ぶこと。新しい経験を好むなら写真やプログラミングのような領域、習慣化と鍛錬を好むならガーデニングや楽器演奏、他者との交流を好むならチームスポーツやコミュニティ活動というように、傾向と活動の相性を考えてみる。もう一つは、最初から高価な道具を揃えないこと。一眼レフを買う前にスマホのマニュアルモードで100枚撮ってみる、庭を耕す前にキッチンで豆苗を育ててみる。小さく始めた成功体験の積み重ねが、続けやすさを支えてくれるように思う。
それでも迷っているなら、6つの質問に答えるだけの簡単な趣味診断もある。3つの傾向のうち自分がどれに近いかを数えるだけの単純な仕組みだが、考えるきっかけにはなるかもしれない。
