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「ご趣味は?」に、答えに詰まる件について
趣味を聞かれて言葉に詰まるのは、趣味がないからではないのかもしれない。大人になってから新しく何かを始めることの、妙な気恥ずかしさについて。
「ご趣味は?」と聞かれて、少し言葉に詰まることがある。仕事はある。休みの日に何もしていないわけでもない。それでも、名詞ひとつで答えられる何かが手元にない気がして、毎回同じくらいの気まずさを味わう。
不思議なのは、子どもの頃はこんな質問に困らなかったことだ。好きなものは好きだと言えたし、下手でも夢中になれた。大人になってから趣味を「持とう」とすると、なぜか妙に身構えてしまう。それが自己紹介の材料になり得るか、周りにどう見えるかを、先に考えてしまうからかもしれない。
性格診断のように趣味を探すことについて
世の中には、性格やタイプ別に趣味を提案する記事が大量にある。「静けさが欲しい人にはこれ」「成長を感じたい人にはこれ」といった具合に、気分を入力すると趣味が出力される。仕組みとしては分かりやすいし、選択肢が多すぎて動けなくなっている人には、多少の助けにはなるのだろう。
ただ、この手のリストを自分で読み返すと、居心地の悪さも残る。「静けさが欲しい」も「成長を感じたい」も、その日の気分でいくらでも入れ替わる。今日は静かにしていたいのに、明日は体を動かしたくなる。趣味をタイプ別に固定してしまう発想自体が、そもそも趣味というものの気まぐれな性質にあまり合っていない。
始め方より先に決まっていること
振り返ってみると、続いている趣味のほとんどは、リストを見て選んだものではなかった。たまたま人に誘われた、たまたま道具が手元にあった、たまたま近所にそれができる場所があった。「これが自分に向いている」と判断してから始めたものより、成り行きで始めて後から向いていたと分かったものの方が多い。
だとすると、趣味探しの本当の難所は「何を選ぶか」ではなく、「まだ下手な自分を人に見せること」への抵抗の方にあるのかもしれない。新しいことを始めた最初の数週間は、誰でも下手だ。その気まずさを引き受けられるかどうかが、リストのどの項目を選ぶかよりもよほど効いている気がする。
「ご趣味は?」への答えを、無理に用意しなくてもいいのだろう。ただ、まだ名前のついていない何かに時間を使っている自覚があれば、それはもう答えの一歩手前にあるのだと思う。
自分の傾向を眺めてみたいときのために、ficusでは6つの質問を3つの型に数えるだけの簡単な診断を置いている。AIは使っていない、ただの集計だ。
