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温泉で「効いた」と感じるとき、何が効いているのか——水道水の風呂でも膝は良くなり、温泉水の群はそれを上回った

温泉で「効いた」と感じるとき、何が効いているのか——水道水の風呂でも膝は良くなり、温泉水の群はそれを上回った

遠くて不便な温泉で「効いた」と感じるのは、何のおかげなのか。温泉水と、色と匂いを似せた水道水に分けた58人の膝の試験では、水道水の群も改善した。厳しい入会ほど好意が増す実験は追試で割れ、何もしない時間は思ったより難しい。

TOMOAKI··趣味

電波の届かない山奥まで、わざわざ時間をかけて温泉に行くことがある。行くたびに、着いた瞬間に何かが軽くなったような感覚があって、それを「効いている」と思いたくなる。ただ、この感覚のどこまでが実際に泉質や環境のおかげで、どこまでが単に「ここまで来たのだから何か効いているはずだ」という思い込みなのか、正直なところ自分でも切り分けられていない。

切り分けられないまま放っておくのも据わりが悪いので、この文章では、「効いた」という実感を少しずつ分解してみる。先に断っておくと、温泉が効かないと言いたいのではない。効いたと感じている自分の中身を、一枚ずつはがしてみたいだけだ。はがした先に何も残らなかったら、それはそれで面白い結果だと思う。

遠さと不便さが、休息の条件になっている

近所の銭湯ではなく、わざわざ電波の届かない場所を選ぶのには理由がある気がする。近ければ、行き帰りの間もスマホを見てしまうし、着いてからも「あとで返信しなければいけない連絡」のことが頭から離れない。物理的に届かない場所に身を置くことで、初めて「今は連絡が取れないのだから仕方がない」という言い訳が成立する。休むための言い訳を、自分の意志の弱さの代わりに場所に肩代わりしてもらっている、というのが実際のところに近いのかもしれない。

強い酸性泉や高濃度の硫黄泉のような、刺激の強い温泉を選びたくなるのも、似た構造がある気がする。ぬるくて優しい温泉よりも、肌がぴりつくくらいの泉質の方が「何かが起きている」という実感を得やすい。血流が良くなっている感覚はたしかにあるが、それが疲労の回復や思考のクリアさにどこまで結びついているのかは、自分の体感だけで語れる話ではないと思う。

遠さ、不便さ、湯の強さ。この三つは、どれも「何かをした」という手応えを増やしてくれる。手応えが増えれば、効いたという実感も増える。問題は、その実感がどこから来ているのかだ。以下、順番に見ていく。

「ここまで来たのだから」は、好意を作る

山道を何時間も登った先で食べた茶店の団子は、麓で食べるよりうまい。これを気のせいと呼ぶのは簡単だが、心理学にはこの手の現象を実験にした、古い研究がある。1959年に、アロンソンとミルズが発表した論文だ。

実験の舞台は、女子大学生63人が参加した「討論グループへの入会面接」だった。参加者は三つの条件に21人ずつ割り振られる。厳しい条件では、卑猥とされる単語や性的な描写の文章を、実験者の前で声に出して読む。軽い条件では、性に関連はするが卑猥ではない単語を読む。三つ目の条件では何もしない。そのあと全員が、進行中の討論だと告げられて、録音を聞くことになる。討論は、わざと退屈になるように作られた録音だった。聞き終えた参加者は、討論と参加者たちを17項目で評価した。

評価の合計点の平均は、何もしなかった群で166.7、軽い条件の群で171.1、厳しい条件の群で195.3。厳しい条件の群だけが、はっきり高かった。苦労して入ったグループは、退屈でも好ましく見える。苦労に見合う価値があったと、自分に言い聞かせたくなるからだ、というのが論文の読みだった。

ここで、実験の弱点も見ておく。厳しい条件の中身は痛みではなく羞恥で、性的な刺激そのものが評価を押し上げた可能性を否定できない、と後続の研究者から指摘されてきた。そして後続の追試には、元の結果を支持しないものがある。オランダの学生団体で、3〜4週間にわたる実際の入会儀式を比べた2001年の研究は、厳しさと好意を結びつける仮説を支持しなかった。ある追試では、厳しく入会させられた人が集団への一体感を強めるという結果が、再現されなかった。古典的な実験だが、一般法則として扱うには根拠が心もとない。

もうひとつ、これは入会の実験であって、温泉の実験ではない。遠くまで来たから湯が良く感じられる、という話にこのまま持ち込むことはできない。言えるのは、「ここまで来たのだから」という気持ちが評価に混ざる可能性は、実験の世界でも真面目に検討されてきた、というところまでだ。

水道水の風呂に入った群も、良くなっていた

それでは、湯そのものの力はどうか。温泉療法の試験には、本物の温泉水と偽物を比べる設計がある。ハンガリーのチェルケセールー温泉で行われた、膝の変形性関節症の試験がそのひとつだ。58人を無作為に分け、15日間、毎日30分の入浴を続けてもらう。一方の群は温泉水、もう一方の群は、色と匂いを似せた水道水に入る。どちらの水かは、本人にも評価者にも知らされない。

結果は、両方の群で症状が改善した、というものだった。そして改善の幅は、温泉水の群の方が有意に大きかった。この二つは、どちらも同じ論文に書かれている。前者だけを取り出せば「真水でも効く」になり、後者だけを取り出せば「温泉は効く」になる。どちらの見出しも、半分しか言っていない。

この試験は、変形性関節症のコクランのレビュー(2007年)にも含まれている。似たことは、泥パックの試験でも起きている。関節リウマチの手に泥を当てる試験で、本物の泥と、効き目を弱めた泥を比べたところ、弱めた泥の群でも、患者自身が評価する関節痛は、3週間の治療の終了時と3か月後に有意に下がっていた。ただし、これは各群の中での変化だ。同じ試験を、群のあいだで比べ直したコクランのレビューは、手の関節リウマチ45人の泥パック対プラセボの比較で、痛みの差を見出していない(100ミリの痛みの目盛りで0.50ミリの差、95%信頼区間は-0.84〜1.84)。差が出たのは、押すと痛む関節の数だけで、レビューはその証拠の質を「非常に低い」と評価している。群の中で良くなったことと、群のあいだに差があることは、別の話だ。良くなった事実は、何が効いたかを教えてくれない。

では、なぜこの種の試験は少ないのか。温泉療法の臨床試験の盲検化を調べた2025年のスコーピングレビューが、その少なさを数えている。1990年から2025年までの109本の試験を調べると、盲検化がまったくない試験が74%を占め、二重盲検は11%。検証されたプラセボ水を使った試験は、1本だけだった。しかも年が進んでも、設計が明らかに良くなってはいない。湯は、錠剤のように白く丸くはない。温度も、匂いも、肌触りも、入った人には分かってしまう。ただ、レビューは、色や匂いの差が小さい湯でさえ、二重盲検を試みた研究がほとんどないとも指摘している。

その偽の湯を作る試みも、報告されている。ハンガリーのハルカーニ温泉の水は硫化カルボニルを含み、独特の匂いがある。研究者たちは水道水の温度をそろえ、同じ匂いのする部屋で入浴させた。174人が、入浴の前、途中、直後、水道水のシャワーのあとの4回、「温泉水か、水道水か、分からないか」を答えた結果、正答の点数は群のあいだで差がなく(p=0.128)、湯に触れる前の、見た目だけで答える段階でわずかに差が出たにとどまった。以前にその温泉で治療を受けたことがある人でも、正答率は変わらなかった。同じ部屋で入る限り、湯の違いを見分けられなかったことになる。ただし、1回きりの入浴で、対象は平均65歳の患者だった。

「温泉の効果」と一口に言うが、中身は何層にも重なっている。名郷直樹は、温泉の効果を測る難しさを、四つの候補に分けて問うた。湯の有効成分なのか、湯につかることなのか、温泉場で過ごすことなのか、そうできる余裕があることなのか。そのうえで、温泉は薬よりも旅行や買い物に似ているのではないか、と述べている。群馬温泉医学研究所の久保田一雄は、日本温泉気候物理医学会のパネルで、別の角度から、温熱などの物理作用は温泉に特有のものではなく真水の風呂でも見られること、泉質別に科学的に証明された効果と言えるのは二酸化炭素泉と硫黄泉の血管拡張作用くらいだ、と主張した。温泉医学の当事者による、かなり率直な整理だと思う。

玉ねぎの皮をむいていくようなものだ。湯の成分をむき、湯の温度をむき、温泉場の空気をむき、行ける余裕をむくと、最後に何が残るのか。玉ねぎなら何も残らないが、湯の場合は、残るかどうかさえ、まだ分かっていない。残るものがゼロだと言っているのではない。むく順番を間違えると、途中の一枚を「効いたもの」と呼んでしまう、ということだ。

期待は、体の数字を動かすことがある

その「余裕」や「手応え」が、体の数字まで動かすことはあるのか。有名な研究が、2007年のクラムとランガーの論文だ。舞台は七つのホテルで、働く女性の客室清掃員が対象だった。四つのホテルでは、「あなたの仕事は、公衆衛生の指針が求める運動量を満たしている」と、口頭と配布物と休憩室のポスターで伝えた。残りの三つのホテルでは、何も伝えなかった。4週間後、分析に残った84人(知らせた群44人、対照群40人)を比べている。

知らせた群は、体重が145.5ポンドから143.72ポンド(約0.8キロの減少)、収縮期血圧が129.55から119.9に下がった。対照群はほとんど変わらなかった(体重146.92から146.71、収縮期血圧128.87から127.27)。伝えられた群では、「自分は運動している」という自己評価も上がった(0〜10の尺度で3.76から5.74)。仕事は同じ、体を動かす量も、自己報告の限りでは同じだった。

この結果を「思い込みで痩せた」と読むのは、行き過ぎだと思う。割り付けは個人ではなくホテル単位で、知らせた群の方が平均年齢は低かった(34.1歳対42.4歳)。仕事中にどれだけ体を動かしたかは測られておらず(仕事量はマネージャーへの聞き取りで確認、仕事以外の運動と食事は自己報告)、参加者が報告しないまま、実際には働き方が変わっていた可能性を、著者自身が認めている。査読された直接の追試は、確認できた範囲では見つけられなかった。それでも、「運動になっている」と知らされたかどうかで、数字が動くことがありうる、という報告そのものは面白い。

もう少し、遠いところから期待を見てみる。過敏性腸症候群の患者262人を追った2008年の試験(全体は6週間、結果は3週間の時点)では、患者を三つの群に分けた。待機リストの群、偽の鍼をそっけなく行う群、偽の鍼を温かい態度と自信をもって行う群である。「十分な症状の緩和があった」と答えた人の割合は、待機の群で28%、そっけない偽鍼の群で44%、温かい偽鍼の群で62%だった。鍼は偽物で、薬も入っていない。変わったのは、施術する側の態度と、儀式の厚みだけだ。

温泉旅行は、どちらかといえば、この「厚い儀式」の側にある。長い移動、宿の人の迎え方、膳の並べ方、薄暗い廊下、湯気。治療をする人が一人もいなくても、場そのものが、温かい偽鍼のような役目を果たしているかもしれない。ただ、IBSの症状は主観的な評価で、結果を温泉にそのまま当てはめることはできない。

さらに、思い込みを自覚していても体験が動く、という報告もある。2010年のIBSの試験では、患者80人を、プラセボと知らせたうえで錠剤を渡す群(37人)と、無治療の群(43人)に分けた。錠剤を渡すときには、約15分の説明があり、プラセボ効果は強力であること、体が自動的に反応しうること、毎日欠かさず飲むことが大事であること、が伝えられた。21日目の全般改善のスコアは、錠剤の群で5.0、無治療の群で3.9。「十分な緩和」は59%対35%だった。後続の試験は、262人を6週間追って、プラセボと知らせた群が錠剤なしの群より症状の改善が大きかったと報告した(効果量0.43)。ただし2010年の効果の大きさほどではなく、プラセボと知らせた群と、知らせない二重盲検の群のあいだに差はなかった。

このあたりの結果を読んで思うのは、「思い込み」を悪い言葉として使わなくてもいいのではないか、ということだ。効くと信じている自分も、体験の一部になっている。それなら、遠くまで足を運んだこと、楽しみにしていたこと、湯の説明書きを読んだことも、体験の一部として数えるのが素直だと思う。数えるのは自由だが、それを湯の成分が効いた証拠と読み替えるわけにはいかない。

刺激の強い湯は、「何かが起きている」感じを連れてくる

では、刺激の強さは、実感をどれくらい増やすのか。これを温泉について直接調べた研究は、確認できなかった。代わりに、刺激の強い湯が体にどんな反応を起こすのかは、古い調査が残っている。1961年に杉山尚が発表した「湯あたり」の研究で、舞台は東北の湯治場、鳴子温泉だった。

湯治者1,086人を、一人ずつ診察した。湯あたりという言葉を、倦怠感や食欲の変化、不眠、頭痛といった全身の症状から、湯の刺激による皮膚の症状までを広く含めて数えると、875人、80.6%に何らかの症状が見つかった。同じ集団で、本人が「湯あたりがあった」と自覚していたのは40.9%。診察で見つかった数は、自覚の約2倍にのぼった。単純に差を取れば、症状が見つかった人の半数ほどは、自分では湯あたりと思っていなかったという計算になる。

湯あたりの頻度は、1日の入浴回数で大きく変わった。1〜2回の人は13.2%(91人中12人)、3〜5回の人は70.4%(372人中262人)、6回以上の人は96.5%(623人中601人)。泉質でも差があり、強酸性の湯の方が中性の単純泉より頻度が高かったと報告されている。局所の症状としては、いわゆる温泉皮膚炎が6.9%(75人)で、主に酸性泉と硫黄泉で起きていた。この報告が出たのは1961年。1日に5〜6回の入浴が湯治の習慣とされていた時代の話だ。現代の一泊二日と、同じ数字になるわけではない。

玉川温泉の皮膚炎を記録した1953年の報告では、38人の患者のうち、発症は病型によって平均で入浴の4日目と7日目、自覚症状はかゆみが53%、灼熱感が26%だった。遊離塩酸の刺激が原因と考えられている。ぴりつきは、気のせいとは言い切れない。酸が皮膚に実際の刺激を与えうることは、皮膚炎という形で記録されている。

強酸性泉が皮膚疾患に使われる根拠として、久保田が2016年に講演録にまとめた草津の報告(131人、81%が改善)がよく引かれる。対照群のない観察で、講演録の中でも、対症療法の一つという位置づけにとどめられている。

整理すると、こうなる。強い湯は、実際に体を動かす。皮膚には刺激が走り、体はだるくなり、眠くなり、人によっては湯あたりを起こす。「何かが起きている」という感覚には、実体がある。ただ、何かが起きていることは、良くなっていることの証明にはならない。そしてその二つを取り違えやすいところに、刺激の強い湯のやっかいさがある。

何もない時間は、思ったより難しい

温泉宿で過ごす時間のうち、実際に湯に浸かっている時間はそう長くない。それより長いのは、テレビもない部屋で、特に何をするでもなくぼんやりしている時間だ。この「何もしていない時間」が、日常では意外と確保しづらい。家にいると、手が空いた瞬間に何かしらの作業や通知が入り込んでくる。

この空白の時間について、2014年にウィルソンらが『サイエンス』に発表した研究が有名だ。参加者に、携帯電話や筆記具を預けてもらい、何もない部屋で6〜15分、一人で過ごしてもらう。実験室で行った最初の6つの研究(146人)では、集中するのが難しかったと答えた人が57.5%、心がさまよったと答えた人が89.0%、そして楽しさが尺度の真ん中以下だった人が49.3%だった。別の研究(自宅で、各15人)では、外部の活動をする群と、ただ考える群を比べた。楽しさ(楽しさ、面白さ、退屈さの3項目を平均した9段階)は、外部の活動の群で6.87、考える群で3.20だった。

研究の10番目は、もっと目を引く設定だった。15分間、ボタンを押せば自分に電気ショックを与えられる。参加者は事前に、ショックを「お金を払ってでも避けたい」と答えた人たちだ。それでも、男性は18人中12人(67%)、女性は24人中6人(25%)が、少なくとも1回はボタンを押した。なお、1人で190回も押した男性がいて、押した回数の平均と範囲は、この人を除いて計算されている。

「人は考えているくらいなら、電気ショックを選ぶ」と要約すると分かりやすいが、そのまま受け取るには、批判がある。「楽しい」の1項目だけを見ると、研究1〜7の190人の平均は5.21で、尺度の上では「やや楽しい」の付近にあり(3項目の合成では4.94)、嫌悪的とまでは言えない。比較に使われた外部の活動は、本人が選んだテレビやゲームで、平凡な作業ではない。ショックを押さなかった人も、42人の過半数にのぼる。一方で、考えるよりも何かをする方が楽しいという結果は、後に11か国12拠点、2,557人を対象にした追試で、一貫して確認された。ショックの課題は、この追試では行われていない。

何もしない時間が苦手なのは、どうやら自分だけではないらしい。そして、苦手な時間を過ごすために、温泉という場所が、ちょうどよい口実になっている。

もうひとつ、人は暇でいることに、理由を欲しがるらしい。2010年の論文の要旨によれば、正当化できる理由がなければ人は暇でいることを選ぶのに、もっともらしいだけの理由でも、あれば忙しくなる動機になる、という。忙しい人の方が幸福で、それは忙しさを強制された場合でも成り立つとされる。この研究は、忙しさの話をしている。休むことにも理由が要る、というのは、ここからの筆者の連想にすぎない。ただ、温泉に行く自分が「戦略的な休息」といった言い方をしたくなる気持ちを、すこし説明してくれる気はする。

この空白の時間に効能があるとすれば、それは温泉そのものというより、何もしなくていいと思える環境が用意されていることの方が大きいのではないかと思う。同じ空白を家で作ろうとしても、なぜか落ち着かない。場所を変えることでしか許可できない怠惰、というものが自分にはあるらしい。

休んだ効果は、どれくらい続くのか

休息の質を測る道具として、2007年にゾンネンターグとフリッツが作った回復体験の尺度がある。仕事から離れて回復するための体験を、四つに分けた。心理的距離(仕事について考えるのをやめること)、リラックス、熟達、自分でコントロールできる感覚、である。計930人の分析で、四つが別々のものとして成り立つことが確認された。271人の一部の標本では、四つのうち心理的距離が、疲労や不調と最も強く関連していた。ただし、横断的な相関で、因果を言うには早いと著者は述べている。

職場にいないことと、仕事から心理的に離れていることは、一致しない。圏外の宿に行けば、職場から離れることはできる。しかし、頭が仕事を追いかけているなら、心理的距離は取れていない。逆に、同じ部屋の中でも、考えないでいられる時間があれば、距離は取れる。

では、休んだ効果は、どのくらい持つのか。2011年の研究は、教員131人を、約2週間の休暇の前後で4回調べている。情緒的な消耗(0〜6点)は、休暇の直前に2.95、休暇のあとの初出勤日に1.55、2週間後に2.43、4週間後に2.88と動いた。ワーク・エンゲージメントは、3.06、3.45、3.20、3.11。著者の結論は、効果は1か月以内に消えた、というものだった。復帰後の時間的なプレッシャーや、生徒の問題行動が強いほど消耗の戻りが早く、余暇にリラックスできた人ほど、2週間後の時点では減衰がゆるやかだったが、4週間後にはその差は有意でなかった。回収率は43%で、教員だけの標本だ。

オランダの1,530人を調べた別の研究は、期待の側から興味深い数字を出している。休暇に行く人は、行かない人に比べて、旅行の前の時期の幸福度がわずかに高かった(2.25対2.07)。著者はこれを、休暇を楽しみにしている影響の可能性があると解釈している。ただ、差は小さい。そして休暇のあと、両群の差は消えた。例外は、休暇を「とてもリラックスできた」と答えた人たちで、帰った直後の約2週間だけ幸福度が高く、8週間後には元の水準に戻っていた。

「期待しすぎていないか」という問いに、数字はこう答える。期待は、確かにある。しかし、期待が実現した効果のほうは、思ったよりも短い。効いたと感じた実感が、1〜2週間で元に戻るとしても、それは偽物だったという意味にはならない。ただ、「効能」という言葉から連想する、体質が変わるような変化とは、別の種類のものだろう。

ラベルを外しても、行きたい気持ちは残る

「戦略的な休息」とか「システムの再起動」といった言い方は、温泉に行くという行為に、もっともらしい理由をつけたいという欲求から出てきたものだと思う。ただの息抜きだと言ってしまうと、時間とお金を使うことへの後ろめたさが残るから、効能という言葉で正当化したくなる。

ラベルを外して考えてみると、自分がしているのは案外単純なことだった。連絡が取れない場所に身を置き、刺激の強い湯に浸かり、何もしない時間を許可する。それだけのことに、脳のメンテナンスというような大げさな説明をつける必要は、たぶんなかったのだと思う。

ここまで見てきた研究を並べると、「効いた」という実感は、少なくとも五つの層でできている。遠くまで来たという事実、湯の温度と成分、場の演出、体を動かす刺激、何もしない時間の許可。色と匂いを似せただけの水道水の風呂でも、改善の一部は起きていた。休んだ効果そのものも、長くは続かないという報告がある。それでも、それらを全部はがした先に、行きたいという気持ちは残る。

効能の証明よりも、また行きたいと思う気持ちの方が、正直に語る価値のある部分だった。

出典

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