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お金をかけない趣味は、本当に「制約」なのか

お金をかけない趣味は、本当に「制約」なのか

無料で始められる趣味を並べてみると、共通していたのは値段の低さより、道具に頼れないことだった。図書館、地図アプリ、Wikipediaのリンク辿り、といった具体例から。

TOMOAKI··趣味

趣味にお金をかけないと決めると、最初に感じるのは自由ではなく不便さだった。カメラを買えないから構図と光だけで勝負するしかない、ジムに通えないから自分の体重だけで鍛えるしかない。そういう不便さが、結果的に工夫を生む。

そのことに気づいたのは、道具から入って三日坊主で終わった趣味がいくつも積み重なった後だった。ランニングを始めるといってシューズを買い、カメラを始めるといって一眼レフを買う。道具を揃えた時点で満足してしまい、実際に走ったり撮ったりする回数はさほど増えなかった。

図書館という、すでにあるインフラ

無料で始められるものの中で、今でも続いているのは図書館の使い方を変えたことだった。以前は目当ての本だけを借りて帰っていたが、あるとき「今月は行動経済学の棚だけを眺める」と決めて棚の前に立ってみた。目当てがない分、背表紙をひとつずつ読むことになり、知らなかった本に何度も出会った。相互貸借を使えば、近くの図書館にない本も他館から取り寄せられる。仕組みとしては地味だが、使い倒すほど効いてくる。

地図とWikipediaで、街を少しだけ違う目で見る

Google Earthやストリートビューで、行ったことのない場所に降り立ってみるのも、通勤の合間に何度かやった。過去のストリートビューと見比べると、10年でその街がどう変わったかが見える。旅行の代わりにはならないが、知らない場所への興味は保たれる。

Wikipediaの記事内リンクだけを辿って、まったく無関係な二つの記事の間を移動する遊びも、暇な時間があるとやってしまう。「徳川家康」から何クリックで「ブラックホール」に辿り着けるか、というような。何かの役に立っているとは思わないが、思いがけない繋がりに出会う瞬間は単純に面白い。

制約があるから、続くのかもしれない

これらに共通しているのは、お金がかからないという点よりも、道具や環境に頼れないという点だった気がする。高価な機材があれば機材の性能で満足してしまうところを、制約があるせいで、自分の観察や工夫に意識が向く。冷蔵庫の余り物で一品作る、というのも似た構造で、制約の中で試行錯誤すること自体が、案外飽きない。

もっとも、これは「無料の趣味こそ本物だ」という話ではない。高価な道具を使う趣味にも、それはそれで別の面白さがあるはずだ。ただ、道具に頼れない時間の中で見えてくるものが、思っていたより多かった、というだけの話である。

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