趣味
2026

分解できる道具と、できない道具について
中身が見えない一体成型のプロダクトと、ネジを外せば構造がわかる道具。どちらに長く付き合っているかを振り返ってみる。

ミッドライフ・クライシスと、趣味の再定義
40代前後で感じる名前のつかない虚無感は、若さの喪失というより、社会的役割の下に隠れていた自分への合図なのかもしれない。ユングやエリクソンの視点を借りながら、かつての情熱と今の経験をどう重ねられるか考える。

非効率という贅沢——アナログの摩擦が思考を取り戻す
デジタルの世界には手応えがない。万年筆、レコード、フィルムカメラ、土いじり——あえて不便さを選ぶことで何が変わるのか、注意回復理論や身体性認知の話を借りながら考えてみる。

「趣味を仕事に活かす」という話の、どこまでが本当なのか
離れた趣味を掛け合わせれば市場価値が上がる、という話をよく見かける。数字の上では筋が通って見えるその理屈を、少し疑ってみる。

会社の肩書きが揺らいだとき、それ以外の居場所はあるか
仕事の役割だけにアイデンティティを預けることの危うさについて。ニッチな趣味のコミュニティが持つ、損得抜きの繋がりを考えてみる。

【メンタル編】レジリエンスを高める「趣味という精神的インフラ」— 効率至上主義を脱し、折れない心をどう支えるか
激変する社会、絶えないストレス、それからミッドライフ・クライシス。自分を内側から支える「精神的インフラ」としての趣味について考えてみる。脳科学が示すDIYの「動的瞑想」効果、注意回復理論に基づく「自然の癒やし」、壊れたものを直すことで回復する自己効力感。

「AIにできないこと」を趣味の売り文句にすることについて
「AIには真似できない人間の価値」を強調する趣味紹介が増えている。その主張の中身と、添えられがちな架空の成功事例について、立ち止まって考える。

「趣味の資産化」という言い方について、立ち止まって考える
趣味を「投資」「資産」「ROI」という言葉で語る記事が増えている。小さな習慣から始めるという発想自体は理にかなっているが、その根拠として添えられる数字には注意が必要だ。

お金をかけない趣味は、本当に「探索型」なのか
無料の趣味を「消費型」と「探索型」に分けて語る記事をよく見かける。その区分は本当に、お金をかけないことの本質を言い当てているのだろうか。

四十年続く趣味には、何が共通しているのか
四十年続く趣味は、始め方が良かった結果ではないらしい。継続性理論、退職後のアイデンティティ研究、生きがい研究、認知症をめぐる論争、老いに伴う選択性理論を手がかりに、趣味が人生の断絶をまたいで生き延びる仕組みを考える。

趣味に「Lv.1〜Lv.3」を割り振ることの効き目と副作用
趣味の上達を「スキルツリー」として段階づける語り方には、ゲーミフィケーション研究の裏づけがある。ただしその効果は思ったより不安定で、効いている理由も思ったより一枚岩ではない。

趣味を選ぶ基準を、他人の反応から動機に移してみる
心理学でいう外発的動機と内発的動機の違いを借りて、趣味の選び方を考え直してみる。ブランド名は言えるが手入れの仕方は知らない、という状態に心当たりがあるなら。

「0円で自分を取り戻す」と言う前に、罪悪感の話をしたほうがいい
母親が自分のために時間を使うことへの罪悪感は、支出を0円にしても消えない。インテンシブ・マザリング規範や汚染された時間、認知労働の研究を手がかりに、金額を操作することが実は何を解決していないのかを検討する。

庭の雑貨を、スタイルから選ぶのをやめてみる
園芸グッズを「北欧風」「アンティーク風」で選ぶ行為の裏には、見た目の一貫性が生む安心感と、実際の園芸継続や満足度との間の意外な断絶がある。環境心理学の選好理論、園芸と健康の効果量、IKEA効果までを手がかりに、見た目と実用の対立そのものを問う。
2025

「趣味を仕事に活かす」という発想を、少し疑ってみる
「変な趣味がキャリアを救う」という話を時々見かける。もっともらしく聞こえるが、本当にそうなのか。趣味を実益に変換しようとする発想そのものを、一度立ち止まって考えてみる。

趣味の道具が増えていくことについて
収納グッズを買い足せば趣味のモノは片付く、という話を、一度疑ってみる。実際に効いていたのは、もっと地味なことだった。

1万円以下で試せる、いくつかの余白
写真散歩はスマホ一台、植物は3千円から、ZINEづくりは1千円から。1万円という「失敗しても痛くない」額の中で、何にいくら賭けるかを具体的に並べてみた。

子どもと一緒に何かを直したり育てたりする週末について
「サステナブルな暮らし」という言葉を使わずに、コンポストやアップサイクル、ベランダ菜園を子どもと試してみて実際に分かったことを書く。

ベランダで野菜を育てて、生ゴミを土に還す
マンションのベランダでハーブや野菜を育て、出た生ゴミをコンポストで堆肥に戻す。都会の限られたスペースでの循環について、実際にやってみて分かったことを書く。

「循環」という言葉を使わずに、ベランダのコンポストについて書く
生ゴミを堆肥に変える作業は、循環型ライフスタイルやSDGsといった大きな言葉とセットで語られがちだ。看板を外して、実際にやっている地味な調整作業だけを書き出してみる。