趣味
2025

マインドフルネスは、座らなくても始められる
瞑想と何が違うのか、科学的にはどこまで言えるのか、日常の動作の中でどう実践できるのか——マインドフルネスについて一度整理してみる。

仕事の役に立つかどうかを、趣味に聞くのをやめてみる
「趣味が仕事に効く」という語り方を、一度疑ってみる。役に立たないかもしれない時間を、それでも続けている理由について。

標高1,800mの温泉で、何もない時間を過ごす
コンビニもスーパーもない万座温泉。硫黄の匂いと四季の変化、そして山の歴史を辿りながら、不便さについて考えてみる。

自炊湯治は本来「三週間」、なぜ二泊三日で売られているのか
温泉地で自炊しながら長逗留する「自炊湯治」。効能を語る前に、この言葉がなぜこれほど心を引くのかを、歴史とエビデンスの両側から疑ってみる。
2024

部屋が広く感じるのは、配置の工夫ではなく家具の「量」だった
模様替えで部屋が広く感じられるのは、家具の配置を工夫したからではないらしい。狭い賃貸で家具を動かし壁を塗り替えた経験を、環境心理学と神経科学の実験結果に照らして検証する。

「デジタルデトックス」という言葉を使わずに、スマホとの距離を考える
デジタルデトックスの語彙は、脳科学の装いをまとった大きな物語を作りやすい。DMNやドーパミンといった言葉を外して、実際にスマホを置いて変わったことだけを書き出してみる。

日記が三日で終わる理由は、たぶん「義務」よりも根が深い
自己表現のはずの日記が、なぜ長続きしないのか。表現的筆記の効果量、報酬が意欲を削る実験、自伝的記憶の書き換え――三つの異なる研究群をたどると、「義務感さえなくせば続く」という単純な話ではないことが見えてくる。

森が15分で人を変える、という報告のまわりで
森に15分いるとストレスホルモンが下がる、という報告がある。だが条件を変えると数値は大きく揺れる。森林浴と森林セラピーの境界線から、五感を意識的に使う作法までをたどりながら、その揺れの正体を考えた。

趣味とは何か?――あなたの「醜さ」と「美しさ」を映し出す、最も残酷で自由な鏡。
「趣味は単なる楽しみ」だと思っていないだろうか。承認欲求や嫉妬、虚栄心といった人間臭い側面もまた、趣味という鏡には映る。趣味と仕事の共通点から、その両方を考えてみる。

タンスに眠る着物になぜ鋏が入れられないのか
譲り受けた着物を前に手が止まるのは優柔不断のせいではない。拡張自己、保有効果、イケア効果、贈与論、そして縮小した着物市場のデータから、その迷いの正体を分解する。

眠っていた帯を、もう一度使うということ
箪笥の奥にしまい込んだままの帯を、パネルやブックカバーに仕立て直す。「対話」でも「儀式」でもなく、ただの布の再利用として書いておく。

七歳で消える記憶のために、なぜベビー服を残すのか
ベビー服が捨てられないのは子どもの思い出のためだと思っていた。だが子ども自身はその時期をほぼ記憶しない。移行しているのは誰で、証拠として残されているのは何の記録なのか——発達心理学と消費者研究の知見から、この矛盾を辿る。

シャツより自由な布、ハンカチだけが持つ作り替えの選択肢
鼻をかむ布としての地位を失ったハンカチは、実はシャツやネクタイより作り替えの選択肢が多い。ラビッシュ理論とアフォーダンス理論から、その理由を追う。

トイレのドアだけを、リメイクしてみる
面積が小さく、失敗しても被害が少ない場所として、トイレのドアはDIYの練習に向いている。賃貸でも試せる範囲の手順と、実際につまずいたところをまとめた。

ワイシャツ一枚に、2700リットルの水が眠っている
コットン一枚を作るのに使われる水は、Water Footprint Networkの試算でおよそ2700リットル。だがその数字を知っても、リメイクの効果は思うほど大きくない。環境省の調査が示す「未着用のまま眠る139万トン」という別の数字と、着なくなったワイシャツを解体しながら向き合った記録。

古着を切る前に、何を壊しているのかを考える
国内で年間に手放される衣類のうち、リユースもリサイクルもされず焼却・埋め立てに回る分だけで47万トン——環境省の推計による数字だ。その桁と、自分の手元の一着との距離を測りながら、古着リメイクの手順とメンテナンスの工夫を書いた。

ネクタイがスカーフになるとき、消えるものと残るもの
ネクタイという物が背負っていた意味は、結ばれなくなった瞬間に消えるわけではないらしい。仕立て直すという手作業を通して、物の役割がどう組み替えられるのかを追う。

羊毛のうろこは、なぜ一方向にしか動かないのか
古いセーターを切る前に湯で縮ませてフェルト化させる作業には、繊維一本ごとに仕込まれた一方通行の仕組みと、後戻りできないことへの心理的な抵抗の両方が関わっている。損失回避、決定の不可逆性、そしてモノの「単一化」をめぐる研究を手がかりに、鋏を入れる前の逡巡を分解する。

卒業したランドセルを、また使えるものに仕立て直す
6年間使ったランドセルを、ミニチュアにして飾るのではなく、日々使える財布やカードケースに仕立て直す。なぜそちらの方が長く付き合えるのか、リメイクの実際について考えてみる。

服は全部残せなくても、少しなら残せるという理屈
着なくなった服の襟を一片だけ切り取って、残りは手放す。全部を諦めることと、少しも諦めないことの間にある、この中途半端な選択の心理的な仕組みを、記念品の実験と、割れた粘土板の歴史から追う。